牛久保駅

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所在地 愛知県豊川市牛久保町城跡55
北緯34度48分32秒 東経137度22分55.3秒 / 北緯34.80889度 東経137.382028度 / 34.80889; 137.382028座標: 北緯34度48分32秒 東経137度22分55.3秒 / 北緯34.80889度 東経137.382028度 / 34.80889; 137.382028
所属路線 飯田線
牛久保駅
駅舎(2024年2月)
うしくぼ
Ushikubo
CD03 小坂井 (2.2 km)
(2.1 km) 豊川 CD05
所在地 愛知県豊川市牛久保町城跡55
北緯34度48分32秒 東経137度22分55.3秒 / 北緯34.80889度 東経137.382028度 / 34.80889; 137.382028座標: 北緯34度48分32秒 東経137度22分55.3秒 / 北緯34.80889度 東経137.382028度 / 34.80889; 137.382028
駅番号 CD04
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 飯田線
キロ程 6.6 km(豊橋起点)
電報略号 クホ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
[1]1,688人/日
-2024年-
開業年月日 1897年明治30年)7月15日
備考 無人駅お客様サポートサービス導入駅[2]
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牛久保駅(うしくぼえき)は、愛知県豊川市牛久保町城跡にある、東海旅客鉄道(JR東海)飯田線である。駅番号CD04

牛久保駅は、豊橋駅(愛知県)と辰野駅長野県)を結ぶ飯田線の中間駅(途中駅)の一つであり、豊川市南部に当たる牛久保地区に位置する。1日あたり約800人の乗車客数があり、2023年3月17日までは飯田線では数少ない有人駅であった。

1897年明治30年)に、豊川鉄道の駅として開業したのを始まりとする。1943年昭和18年)の国有化を経て、1987年(昭和62年)から国鉄分割民営化に伴いJR東海運営に移行している。

IC乗車券サービス対応駅の1つであり、「TOICA」や相互利用が可能なその他ICカードの利用が可能である。

歴史

当駅を開設した豊川鉄道は、現在のJR飯田線南部分に当たる豊橋 - 大海間を運営していた私鉄である。1897年7月、同鉄道線豊橋 - 豊川間開通時に、当時唯一の途中駅として開設された。

1943年8月、豊川鉄道線は買収・国有化され国鉄飯田線が成立する。これ伴い当駅も国鉄の駅となった。1971年(昭和46年)には開業時からの貨物取扱が廃止されて旅客駅となり、そのまま1987年4月の国鉄分割民営化を迎えてJR東海に継承されている。

年表

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。北側が1番線、南側が2番線である。また、2番線からホームを挟んで反対側(南側)の場所に、上下列車対応3番線(待避線)があった[11] が、2018年4月現在、下り方面設備は撤去されている。撤去に伴って3番線下り方面の安全側線も撤去された。

1番線(下りホーム)に駅舎があり、上下ホームは跨線橋で接続する[12]。お客様サポートサービスに対応した無人駅豊川駅管理[13]にもかかわらず、通常の自動改札機は設置されておらず、TOICA用のカードリーダーの稼働にとどまる。

番線路線方向行先
1 CD 飯田線 下り 豊川飯田方面[注 1]
2 上り 豊橋方面[注 1]

利用状況

旅客

2017年度の乗車人員は合計32万0022人で、1日当たり877人であった[14]

1950年度 - 2010年度までの1日平均の乗車人員は、以下の通りに推移している。1950年度以降1日平均2,000人台を保ち、1966年度には1日平均2,570人の最大値を記録するが、1969年度以降は2,000人を割込むまでに減少した。その後も利用客は減少し続けたため1984年度以降は1,000人をも下回っている。

1日平均の乗車人員の推移
年度乗車人員出典
1950年度2,284人[15]
1951年度2,429人[16]
1952年度2,377人[17]
1953年度2,428人[18]
1954年度2,404人[19]
1955年度2,375人[20]
1956年度2,438人[21]
1957年度2,300人[22]
1958年度2,224人[23]
1959年度2,311人[24]
1960年度2,406人[25]
1961年度2,419人[26]
1962年度2,372人[27]
1963年度2,501人[28]
1964年度2,411人[29]
1965年度2,499人[30]
1966年度2,570人[31]
1967年度2,354人[32]
1968年度2,192人[33]
1969年度1,974人[34]
1970年度1,879人[35]
1971年度1,711人[36]
1972年度1,618人[37]
1973年度1,576人[38]
1974年度1,576人[39]
1975年度1,513人[40]
1976年度1,387人[41]
1977年度1,307人[42]
1978年度1,183人[43]
1979年度1,120人[44]
1980年度1,100人[45]
1981年度1,045人[46]
1982年度1,124人[47]
1983年度1,041人[48]
1984年度943人[49]
1985年度843人[50]
1986年度809人[51]
1987年度831人[52]
1988年度910人[53]
1989年度914人[54]
1990年度890人[55]
1991年度908人[56]
1992年度900人[57]
1993年度981人[58]
1994年度995人[59]
1995年度998人[60]
1996年度989人[61]
1997年度960人[62][63]
1998年度916人[64][63]
1999年度927人[65][63]
2000年度919人[63]
2001年度924人[63]
2002年度896人[66]
2003年度915人[66]
2004年度878人[66]
2005年度840人[66]
2006年度808人[66]
2007年度865人[66]
2008年度865人[67]
2009年度830人[67]
2010年度799人[67]
2011年度815人[68]
2012年度801人[68]
2013年度799人[69]
2014年度790人[69]
2015年度854人[69]
2016年度877人[14]
2017年度877人[14]

貨物

1950年度から、取扱が一時廃止された1971年度までの貨物取扱量(発送・到着トン数)は以下の通り。

貨物取扱量の推移
年度発送到着
1950年度7,956t3,628t
1951年度5,236t3,640t
1952年度3,483t4,030t
1953年度4,229t5,844t
1954年度4,546t6,199t
1955年度4,474t5,852t
1956年度4,229t6,852t
1957年度3,774t4,498t
1958年度3,823t4,508t
1959年度5,705t5,198t
1960年度8,737t7,039t
1961年度10,980t7,096t
1962年度6,656t7,712t
1963年度10,001t7,075t
1964年度5,054t6,260t
1965年度3,779t3,264t
1966年度1,966t3,263t
1967年度8,994t2,782t
1968年度21,008t3,040t
1969年度17,823t2,825t
1970年度18,186t2,742t
1971年度9,260t1,263t
※出典は乗車人員の推移に同じ。

停車列車

普通列車は、豊橋行上り列車・豊川方面行下り列車共に1時間当たり概ね3・4本(ラッシュ時はそれ以上)設定されている。また、上りのみに1日1本ある快速列車も停車する。一方、飯田線で運行される特急伊那路」は通過。

駅周辺

隣の駅

東海旅客鉄道(JR東海)
CD 飯田線
特急「伊那路
通過
快速(上りのみ運転)・普通
小坂井駅 (CD03) - 牛久保駅 (CD04) - 豊川駅 (CD05)

脚注

参考文献

関連項目

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