生野島
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歴史
この島には遺跡・古墳群が合計21ヶ所発見されている[5]。特に、大崎上島周辺での縄文時代の遺跡はこの島のみで発見されている[6]。また弥生時代以降の複数の遺跡から製塩土器が発見されており、当時塩を作っていた形跡が残っている[5][7]。古墳では大崎上島町史跡「福浦古墳」が貴重で、円墳で箱式石棺には人骨も発掘されている[5]。
明治以降の行政区分は、1889年村制施行により東野村、1964年町制施行により東野町、2003年市町村合併により大崎上島町大字東野となっている。
1930年、東野村は昭和恐慌以降の景気対策としてこの島に農林省が持つ土地を借受し開墾、そして入居者(耕作者)を募集した。その中には足利浄圓と迦洞無坪もいた。この無坪に会いに種田山頭火は2度この島を訪れ、9句残している[8][9]。ミカン栽培で栄えたが、近年は耕作放棄され森となる場所も目につく。
1980年代、この島には「生野島リゾートタウン」というマリンリゾート構想が考えられ、これに1987年総合保養地域整備法(リゾート法)施行後計画された瀬戸内中央リゾート構想の一つとして整備されることになった[10]。東野町出資で第三セクター(株)マリーン生野を設立、アワビ養殖事業とビーチやリゾート施設を整備した[10]。1983年から始まったこの事業はバブル崩壊により施設維持に行き詰まり、アワビ事業も結局は頓挫し2001年に閉鎖された[11]。2000年代ころから、海を渡ったイノシシが入り込み、増加している。
- 1947年アメリカ軍撮影

