高森山 (宇和島市・西予市)
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「高森山」を含む東西方向の山並みは、宇和盆地と宇和島市との間を分断するように立ち並び、この2つの地域を結ぶ峠として、「法華津峠」(ほけずとうげ;396m)や、歯長峠(はながとうげ;538m)がある。
「高森山」はその山並みの中では最も高い山であり、それらの峠を行き来する人々が見上げる山であった。従ってこの山の周辺の人々からは、「高森山」という呼び方より、山並み全体を「法華津の山々」(ほけずのやまやま)と呼ぶことが多い、という。[1] [2]
現在は、その山並みの稜線には、「四国のみち」として整備された縦走路がある。
なお山頂部は、南側のみ展望が開けており、ある程度の眺めが望めるが、むしろ「法華津峠」のほうが、展望台として整備されており、展望も優れる。
また「法華津峠」には、教育者でクリスチャンでもあった「西村清雄」氏が作った、通称;「山路こえて」と呼ばれる、「讃美歌」の歌碑がある。[1] [2]
登山ルート
地質
「高森山」を含む、この「法華津の山々」とも呼ばれる山並みの地質構造はやや複雑である。この山並みの南麓部に、東西方向に走る地質境界がある。[4]
「高森山」を含む、「法華津の山々」の大部分は、主に「ジュラ紀」の「付加体」からなり、日本の地帯(地体)構造区分では、「秩父帯」に属すると考えられる。一方、南麓部とそれより南側は、「白亜紀」の「付加体」からなり、日本の地帯(地体)構造区分では、「四万十北帯」に属すると考えられる。[4] [5] [6]
「高森山」とその周辺の具体的な地質としては、「ジュラ紀」の「付加体」として「チャート」、「砂岩」が、「ジュラ紀」後期から「白亜紀」前期の「付加体」として「石灰岩」、「メランジュ相」地質体、「砂岩」が分布している。また南麓部では、「白亜紀」の「付加体」として「砂岩」が分布している。[4]
なお、「法華津峠」から「高森山」への登山ルート沿いには、上記の地質体のうち「チャート」岩体が分布しているのが確認できる。
