佐々連尾山

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標高 1,404.2 m
位置 北緯33度52分57.62秒 東経133度33分15.57秒 / 北緯33.8826722度 東経133.5543250度 / 33.8826722; 133.5543250
佐々連尾山
翠波峰から望む
標高 1,404.2 m
所在地 愛媛県四国中央市高知県長岡郡本山町
位置 北緯33度52分57.62秒 東経133度33分15.57秒 / 北緯33.8826722度 東経133.5543250度 / 33.8826722; 133.5543250
山系 四国山地石鎚山脈
佐々礼尾山の位置(愛媛県内)
佐々礼尾山
佐々礼尾山
佐々礼尾山 (愛媛県)
佐々礼尾山の位置(日本内)
佐々礼尾山
佐々礼尾山
佐々礼尾山 (日本)
プロジェクト 山
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佐々連尾山(さざれおやま)は、四国山地のうち、「広義の石鎚山脈[注釈 1]の東部、愛媛県と高知県との県境に沿って延びる「県境山脈(仮称)」[注釈 2]にあり、愛媛県四国中央市高知県長岡郡本山町にまたがる、標高;1,404.2mの山である。[1] [2]

四国百名山」の一つにも選定されている。[3]

 佐々礼尾山(さざれおやま)は、この項でいう、「広義の石鎚山脈」の一部としての「県境山脈(仮称)」[注釈 2]上にある山である。あまり目立つ山容はしておらず、銅山川の渓谷を挟んだ北側の「法皇山脈」の「翠波峰」などから望んでも、解りにくい。

 しかし、後述の通り、山頂部を含む主稜線は、ブナ林や笹原があって自然の庭園のような良い景観を持つ。また山頂部や主稜線からの展望にも優れ、北側に並走する「法皇山脈」の山々や、四国山地のうち、奥久石山白髭山などが望める。[1] [2]

 佐々礼尾山の北側中腹にはかつて、「佐々礼鉱山」(さざれこうざん)という銅鉱山があり、大正期から昭和中頃までの鉱山の最盛期には、北側中腹や銅山川沿いの山麓部に多くの人が住んでいたというが、現在はほとんど無人郷となっている。[3]

佐々礼尾山(さざれおやま)という、少し変わった名称を持つ山であるが、山名の由来は定かではない。

植生

 「佐々礼尾山」の頂上部を含む主稜線ぞいは、ブナ林が発達しており、ブナの大木も多い。また笹原となっている場所も多く、笹原に露岩、かん木が点在する景観は、さながら自然の庭園のようである。尾根筋にはブナ以外にもシャクナゲアケボノツツジドウダンツツジコバイケイソウなども多い。初夏の新緑の時期、秋季の紅葉の時期は特に素晴らしい景観となる。なおブナの大木が特に多いのは、「佐々礼尾山」の山頂部から、「中川峠」までの間である。[1] [2]

登山ルート

 「佐々礼尾山」の登山ルートはいくつかある。

 比較的よく使われているのは、この山の西側、愛媛県四国中央市(銅山川沿い)から高知県本山町へと抜ける道路(愛媛県側は、愛媛県道126号線、高知県側は高知県道246号線)が、この稜線の下を抜ける、「白髭トンネル」(しらがとんねる)の南口付近にある登山口からスタートし、まず主稜線上にある「猿田峠」に至り、更に東へと岩がちの主稜線を登って「大森山」(1433m)へと至る。この「大森山」は展望に優れる。その後はやや緩やかとなった稜線伝いに東へと向かって「佐々礼尾山」の山頂へ至るルートである。途中に少し岩場があるが、よく整備されている。またこの稜線部も展望に優れ、眼下に銅山側の深い谷を挟んで北側に並走する「法皇山脈」のうち、「翠波峰」、「赤星山」、「二ッ岳山系」などがまじかに望める。 [2]

 その他、愛媛県側からは、銅山川沿いの「金砂湖」付近から中之川林道をたどり、林道終点にある登山口から主稜線へと登り、主稜線上の「中川峠」から西へと進んで「佐々礼尾山」の山頂へ至るルートがある。 [1]

 また高知県側からは、林道を使って「中川峠」の手前へ至り、そこから「中川峠」へと登ってから稜線伝いに、「佐々礼尾山」の山頂へ至るルートもある。[2] [3]

地質

「佐々礼尾山」を含めた、広義の「石鎚山脈」の大部分は、日本の地帯(地体)構造区分では、結晶片岩類などの高圧型変成岩の存在を特徴とする、「三波川変成帯」に属する。[4]

 「佐々礼尾山」付近では、結晶片岩類のうち、主に「泥質片岩」が分布しており、その他には南側、北側の中腹部に、「珪質片岩」、「苦鉄質片岩」(緑色片岩)が帯状に分布している。また北側の中腹部には、「蛇紋岩」の小さい岩体がある。[5]

ギャラリー

脚注

関連項目

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