鷲ヶ頭山

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標高 436 m
位置 北緯34度14分21秒 東経133度01分17秒 / 北緯34.23917度 東経133.02139度 / 34.23917; 133.02139座標: 北緯34度14分21秒 東経133度01分17秒 / 北緯34.23917度 東経133.02139度 / 34.23917; 133.02139
鷲ヶ頭山
多々羅大橋ふもとから望む鷲ヶ頭山
標高 436 m
所在地 日本の旗 日本
愛媛県今治市
位置 北緯34度14分21秒 東経133度01分17秒 / 北緯34.23917度 東経133.02139度 / 34.23917; 133.02139座標: 北緯34度14分21秒 東経133度01分17秒 / 北緯34.23917度 東経133.02139度 / 34.23917; 133.02139
鷲ヶ頭山の位置(愛媛県内)
鷲ヶ頭山
鷲ヶ頭山
鷲ヶ頭山の位置(日本内)
鷲ヶ頭山
鷲ヶ頭山
プロジェクト 山
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鷲ヶ頭山(わしがとうざん、わしがとうさん)[注釈 1]は、愛媛県今治市(本土部)と、広島県尾道市とを結ぶ、「しまなみ海道」の島々(芸予諸島の一部)のうち、「大三島」(おおみしま)のほぼ中央に位置する、標高;436mの山である[1][2][3]

行政区画的には、愛媛県今治市(旧;越智郡大三島町)に属する。

山頂には二等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「鷲頭山」、標高値は、436.1mである。[4]

この山は、「四国百名山」の一つに選定されている。[5]

「鷲ヶ頭山」は、愛媛県広島県との間にある「芸予諸島」のうち、「大三島」の最高峰であり、瀬戸内海国立公園地域に含まれる。北西麓には「大山祗神社」(おおやまずみじんじゃ)があり、この山をご神体としている、という。なお古くは、鷲峯山、神ノ山、神野山とも表記したという。

「鷲ヶ頭山」を含む「大三島」は、かつてはクスノキの多い島だったと伝えられるが、「南北朝時代」の戦火で島全体の森が燃えてしまい、その名残を留めるのが、「大山祇神社」の社叢林だという。更に江戸時代には乱伐により、鷲ヶ頭山も含め、はげ山状態になったという。その後、明治期の末ころから植林もされているが、花崗岩質の痩せた土壌や、雨の少ない瀬戸内海気候、更にしばしば起こる山火事もあって、植生は充分回復しておらず、鷲ヶ頭山付近もアカマツクロマツなど背の低い樹々があるに留まっている。[5]

「鷲ヶ頭山」は、その周囲にさほど高い山が無いことや前記の理由で大きな樹々がないこともあり、山頂からは良い展望が得られる。東に生口島岩城島など、南に伯方島大島、及び「高縄山地」や「石鎚山脈」など四国本土の山々、西には大崎上島などの島々を望むことができる。

山麓は概ね柑橘類の果樹園に覆われている。もともと大三島は降水量が1,142mm(1979−2000年平均アメダス)と少ないため水利に恵まれず、初期消防力にも限りがあることから、過去に何度か山火事が発生し被害を生じたことがあり、植林が行われている。南山腹からは台本川(うてなほんがわ)が源流を発し、西流して台海岸で瀬戸内海に流れ込んでいる。

山名の由来

伊豆三嶋大社の縁起を記した『神道集』三嶋大明神事や『三宅記』に、伊予国三嶋(大三島)を舞台として、子供を連れ去ったが登場する。

『神道集』によると、鷲はその後、鷲大明神となり、三嶋大明神(大山祗神社)の摂社として奉られた。更に、三嶋大明神が東国に渡って伊豆三島神社(三嶋大社)となった際、鷲も東国へ飛び移り、武蔵国鷲宮神社となったという[6]。鷲宮神社は14世紀には鷲山大明神とも呼ばれていた。鷲ヶ頭山の名は、このに由来するとされる[7]

登山コース

 麓から山頂部まで舗装道が通じており、車や自転車で山頂部まで行くことも可能だが、麓からの山頂部までの、ハイキングレベルの登山もできる。

良く使われている登山ルートは、「大山祇神社」付近にある登山口からのルートで、まず「安神山」(あんじんやま;267m)に登り、そこから山頂部までの遊歩道状の道を進むルートである。安神山からは、麓の「大山祇神社」やその周辺の街並み、その先に瀬戸内海の風景が望める。安神山から10分ほど進むと「エボシ岩」と呼ばれる花崗岩からなる岩峰の脇を通る。この岩峰を「安神山」と呼ぶ場合もある。この先は遊歩道状の緩やかな道をたどり、頂上手前で車道を横切って、頂上に至る。[3] [5]

なお「安神山」には、海の神である「竜王権現」が祀られており、また「石鎚大神」の碑が建てられている。この山からは遥かに石鎚山が遠望できることから、四国に多い「石鎚山遥拝所」の一つと考えられている。[5]

地質

 まず「大三島」全体の地質であるが、この島は、日本の地帯(地体)構造区分上は、「領家変成岩類」の分布をその特徴とする「領家帯」(りょうけたい)と、「ジュラ紀」の「付加体」の分布をその特徴とする「美濃・丹波帯」(みのたんばたい)との境界部分に位置している。[8] [9]

領家帯」とは、「付加体」を原岩とし、「白亜紀」に変成作用を受けてできた高温型変成岩である、「領家変成岩類」が分布していることを特徴とする「地帯」である。しかし実際には「領家帯」とされる場所でも「領家変成岩類」は浸食により失われ、その下位の、「白亜紀」の花崗岩類が分布していることが多い。この「大三島」でも地質図上では「領家変成岩」の分布は確認できない。[8] [10]

 実際には「大三島」の広い範囲に、「白亜紀」後期の花崗岩類が分布している。種類は通常の「花崗岩」が大部分で、その他に「花崗閃緑岩」が一部に、また所々にデイサイト流紋岩質の小さい貫入岩体が分布している。[10]

 一方で、地質図によると、「大三島」の北部には、「ジュラ紀」の「付加体」が分布している。岩相はほとんどが「メランジュ相」で、わずかに石灰岩の岩体を含む。この「ジュラ紀」の「付加体」は、芸予諸島のうち「大三島」より北側の島々、及び広島県本土部(三原市付近)にも分布しており、「丹波・美濃帯」のものと考えられる。[10] [9]  従って「大三島」のうち少なくとも北部は「美濃・丹波帯」に属すると考えられる。

この項で説明している「鷲ヶ頭山」は、前記の「白亜紀」後期の「花崗岩」からなる。また登山コースの項で説明した、「大山祇神社」から安神山を経由するコースも全て、「花崗岩」からなり、途中の岩峰「エボシ岩」も花崗岩からなる岩峰である。[10] 登山コース沿いは花崗岩が風化してできた、「ザク」などと呼ばれる粗い砂状のものが多い。

ギャラリー

脚注

外部リンク

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