塩塚峰
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| 塩塚峰 | |
|---|---|
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塩塚峰を北北西から望む | |
| 標高 | 1,043 m |
| 所在地 |
徳島県三好市 愛媛県四国中央市 |
| 位置 | 北緯33度55分35秒 東経133度40分33秒 / 北緯33.92639度 東経133.67583度座標: 北緯33度55分35秒 東経133度40分33秒 / 北緯33.92639度 東経133.67583度 |
| 山系 | 石鎚山脈、(四国山地) |
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塩塚峰(しおづかみね)は、広義の「石鎚山脈」[注釈 1] の最も東部に位置する、標高1,043mの山である。[1]
行政区画的には、山頂部を挟んで、東側が徳島県三好市(旧;山城町)、西側、南側が愛媛県四国中央市(旧;新宮村)に属する。[1]
山頂には二等三角点が設置されている。公式名称は「塩塚」、標高値は、1043.2m。[2]
塩塚峰の山容は比較的穏やかで、中腹部まで集落が点在している。また山頂部やその北面は高原状でススキの草原となっており、「塩塚高原」とも呼ばれる。ここは人為的に野焼きが行われてススキの草原が維持されている。[1] [3]
山頂部付近の緩斜面は、元々は地元の人々が、民家の茅葺(かやぶき)屋根の材料などとして使用する、「カヤト」(主にススキ)を取る「カヤ場」(採草地)であり、その後 一時期は牛の放牧地となっていた、という。[1] [3]
山名の由来は明確ではないが、かつて、愛媛県(東部)と徳島県(西部)との、塩の交易路となっていたから、とする説、などがある。[3]
塩塚峰の山頂部付近は、ススキの草原となっていることから、標高の割には展望が優れている。「石鎚山脈」東部の山々や、遠望が利く時期には北側に讃岐平野や瀬戸内海まで望むことができる。東側は、吉野川を隔てて、剣山地の山々も望める。[1]
また、北側の「法皇山脈」との間に「銅山川」の渓谷があり、西側にもその支流があることなどから、特に秋季には、早朝から午前中にかけ、それらの谷沿いに川霧が湧きたち、それが成長すると雲海状となり、美しい風景を望むことができる。[1]
観光、レジャー、登山
地質
「塩塚峰」を含めた、広義の「石鎚山脈」の大部分は、日本の地帯(地体)構造区分では、結晶片岩類などの高圧型変成岩の存在を特徴とする、「三波川変成帯」に属する。 [7]
「三波川変成帯」のうち「塩塚峰」を含む一体は、地質図で見ると、東西 約35km、南北は最大で 約15kmの範囲で、東西方向に長軸を持つ楕円形のゾーンがあり、このゾーンは「大歩危ユニット」(おおぼけユニット)と呼ばれている。「大歩危ユニット」より外側の部分は、結晶片岩類のうち、「泥質片岩」、「苦鉄質片岩」(緑色片岩)が多いのに対し、「大歩危ユニット」の内部では、砂岩を原岩とした「砂質片岩」が広範囲に分布しており、岩相がかなり異なる。[7] [8]
「大歩危ユニット」は、その構造的上位にあった「泥質片岩」、「苦鉄質片岩」の多いユニットが浸食により失われ、その構造的下位に伏在していた部分が地表に現れているものと解釈されている。このような地質構造は、「地窓」(じまど)、あるいは「テクトニックウインドウ」(tectonic window)や、「フェンスター」(Fenster(独))と呼ばれる地質構造で、「三波川変成帯」の地下構造を調べるのに重要な場所とされている。[7] [8]
塩塚峰付近の具体的な地質は、頂上部付近が「泥質片岩」、「苦鉄質片岩」(緑色片岩)からなり、山腹部には「砂質片岩」と「泥質片岩」が褶曲により複雑に分布している。いずれも「大歩危ユニット」に属するものである。[8]
なお「大歩危ユニット」は、「大歩危ナップ」とも呼ばれていたが、地質学で言う「ナップ」(nappe)という地質構造とは異なるものであり、「地窓」あるいは「テクトニックウインドウ」と呼ぶべきものである。
