楢原山
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楢原山は、1000m以上の山もいくつかある高縄山地の中では、特別に高い山というわけではないが、東の今治平野からは山頂部が目立つ山であり、古くから、今治平野の人々から信仰の対象となっていた山である。[1] [2]
中腹部まではスギなどの人工林となっているが、山頂部は後述の通り「奈良原神社」があり、その神域として守られていた為、自然林もある程度残っている。山頂部には、スギの巨木やブナ林が残されており、荘厳な気配がある。なお樹木が多い為、山頂部からの展望はあまり良くない。麓からはいくつかの登山ルートがある(後述)。また近年には9合目付近まで林道が通じ、簡単に頂上部に行けるようになった。[1] [2]
信仰
今治平野からみると、その西側にそびえ、良く目立つ楢原山は、牛馬の守護神として、古くからの信仰の対象となってきた山である。また時代は不詳だが、山岳信仰の修験道の場所ともなっていたと言われ、山頂部の西側には、修験道に関連する「蓮華寺」と呼ばれるお寺の跡があり、石碑が残されている。また今治平野は、瀬戸内海型気候で雨が少ない為、雨乞いの神様としても信仰されたようである。このように様々な意味で、楢原山は、信仰の山である。[1] [3]
「愛媛面影」という古い文献によると、楢原山は、『越智郡治一の高山なり。(中略) 嶺上に蔵王権現を祀る。牛馬を護らす神なりとして、農民信仰して詣でる人多し』と書かれている、という。[2]
また「南北朝」の時代には、南朝方の長慶天皇が一時、この楢原山の山中に隠れていた、という伝承もある。[2] [3]
山頂部には、8世紀には建立されたと伝えられる「奈良原神社」(ならばらじんじゃ)があり(現在は小さいお社のみがある)、大きな鳥居を持ち、その参道沿いにはかなりの樹齢のスギの巨木が並び立つ。特に「子持ち杉」と呼ばれるスギの巨木は、愛媛県の天然記念物に指定されている。[1]
また、1934年(昭和9年)には、奈良原神社の敷地の中から、平安時代の「銅宝塔」が見つかり、国宝に指定されている。その「銅宝塔」は、お経を奉納した「経塚」(きょうづか)でもあり、古くからの信仰の跡を偲ばせる。[1]、[3] その発掘物は、現在、楢原山の麓に位置する、今治市立 玉川美術館に、特別展示品として保存されている。[4]
今治市玉川町畑寺にある光林寺からは楢原山が遠望でき、本堂に楢原大権現が祀られている。
登山ルート
1990年代年以降は、今治平野側から鈍川温泉(にぶかわおんせん)を経由し、「湯ノ谷林道」という未舗装の林道をたどり、頂上の西側 9合目付近(標高;約900m)まで車でアクセスできるようになった。終点には駐車場があり、そこから石段状の参道をたどると約30分で山頂に至る。[1]
古くからの登山ルートとしては、東側山麓の「上木地」(かみきじ)地区から登る「上木地」コースがある。このコースは、かつての信仰登山のメインルートであり、今でも使うことができる。また西側山麓の蒼社川(そうじゃがわ)源流域から、「四国のみち」として行政が整備した道がある。このコースは「竜岡コース」と呼ばれており、上記の林道終点近くまで続いている。[1] [2] [3]
地質
文化財
- 国宝
- 伊予国奈良原山経塚出土品:昭和31年6月28日指定
- 県指定天然記念物
- 子持ち杉:昭和32年12月14日指定
