西赤石山
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| 西赤石山 | |
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| 標高 | 1,625.7 m |
| 所在地 | 愛媛県新居浜市 |
| 位置 | 北緯33度52分32秒 東経133度20分23秒 / 北緯33.87556度 東経133.33972度座標: 北緯33度52分32秒 東経133度20分23秒 / 北緯33.87556度 東経133.33972度 |
| 山系 | 四国山地 ; 石鎚山脈 - 法皇山脈 |
西赤石山(にしあかいしやま)は、「四国山地」のうち、「広義の石鎚山脈」[注釈 1] の東部、「法皇山脈」(ほうおうさんみゃく)に属する、標高;1,625 mの山である。単に「西赤石」(にしあかいし)とも呼ぶ。行政区画的には、愛媛県 新居浜市に属する。[1]
東に隣接する「東赤石山」(標高:1706m)とともに、この一帯は、「赤石山系」とも呼ばれる。[1] [2]
山名は、「東赤石山」と同じく、山頂部に、赤茶けた色をした、「カンラン岩」が分布していることによる。[1] [3]
なおこの項では、「西赤石山」の西側の稜線沿いにある、「銅山峰」(どうざんみね)と呼ばれるゾーンの説明も記載する。
「石鎚山脈」の東部は、「笹ヶ峰」の少し東側、「ちち山の分かれ」と呼ばれる場所で、銅山川を間に挟んで、北側の「法皇山脈」(ほうおうさんみゃく)と、南側の愛媛県/高知県の県境をなす山脈(俗称;「県境山脈」)の2列の山並みに分かれ、東西方向に長く伸びている。[1]
そのうち北側の山並みである「法皇山脈」は、前記の「ちち山の分かれ」から東へと徐々に高度を下げ、「銅山越」(どうざんごえ、標高;1294m)と呼ばれる峠まで高度を下げてから、一転して高度を回復し、標高;1626mの、「西赤石山」に至る。[1]
なお山頂には、二等三角点が設置されている。三角点の公式名称は「銅山」、標高は、1,625.68 mとなっている。[4]
「西赤石山」は、北麓の瀬戸内側から望む山容は、比較的穏やかな様相をしており、山頂部はさほど目立たないが、活断層系、地形境界線としての「中央構造線」がその北側山麓部に東西に走っている為、北麓の新居浜平野から急な傾斜でそびえており、「赤石山系」全体が大きな壁のようになっている。ちなみに、「西赤石山」の山頂から新居浜平野の南端まで、直線距離で約5km、一方で標高差は1600mを越える急斜面である。
この地形は、地形学的には「石鎚断層崖」(いしずちだんそうがい)と呼ばれる地形であり、標高差 約1600~1700mの断層崖として、日本の中でも有数の高度差を持つ。 [5] その為、北側の平野部から望むと、実際の標高よりも雄大に見える。また、「中央構造線」が通っている平野部との境の山麓部は、上から降りてくる尾根の末端部が三角型の形状をしている、「三角末端面」と呼ばれる、特徴ある断層地形をしている。なお、「石鎚山脈」付近での活断層系としての「中央構造線」は、水平方向には右横ずれの活動センスを持ち、鉛直方向には、南側の「石鎚山脈」が隆起、北側の瀬戸内側が沈降、という活動センスを持っている。[5]
「西赤石山」は、その東に隣接する「東赤石山」とともに、「法皇山脈」の一部としての、「赤石山系」(あかいしさんけい)と呼ばれ、「法皇山脈」の中では良く登られている山である。[1]
かつては、「銅山越」付近にあった「別子銅山」の為に「西赤石山」付近の森林はかなり伐採されていたが、後にカラマツなど様々な種類の樹々が植林され、また1972年の「別子銅山」の完全な閉山後は、自然林の回復がより顕著である。[1] [3]
特に4月末から5月上旬にかけ「アケボノツツジ」が多く咲くことで、最近は花の山として、四国以外からも登山者が集まる人気のある山となった。[1] また秋には頂上付近にあるカラマツの黄葉も色鮮やかで、紅葉も楽しめる。なお冬季は、最大1m程度の積雪があり、冬山装備が必要である。
山名の由来は、前述のとおり、頂上付近に分布する、赤茶色をした「カンラン岩」が元となっているが、古くは、「東赤石山」も含めた「赤石山系」全体を、「赤太郎尾」(あかたろうお)と呼んでいたという。[3] また現在は、「西赤石山」と呼ぶのが一般的であるが、かつては単に「西赤石」と呼ぶことが多かった、という。それは、「石」という単語に、「山」の意味を含ませて入るためだ、という。 [3]
「地質」の項で詳しく述べるが、この「赤石山系」は、「石鎚山脈」の中でも、変成度の高い各種変成岩が分布している地域であり、地質学的にも古くから注目され、数々の研究が行われている、重要な山である。[6] [7]
「西赤石」の北西側の中腹部には、かつての「別子銅山」の拠点となっていた、「東平」(とうなる;標高 約700m)という場所があるが、1990年代から、地元の新居浜市を主体として観光地として整備されており、新居浜市は、「東洋のマチュピチュ」と称して宣伝をしている。ここは、別子銅山の色々な遺構が見られる場所となっている。 [8] [9]
植生
「概要」の項でも述べたように、現在の西赤石山とその周辺は、自然林がかなり回復しており、自然豊かな山となっている。代表的なものは、4月末から5月中旬に、もも色の艶やかな花を咲かす、「アケボノツツジ」で、「銅山越」から「西赤石山」の山頂へ向かう主稜線部や、山頂の北側にある、「兜岩」(かぶといわ)と呼ばれる小岩峰との間などに多い。[1]
また初夏には、鮮やかな赤い色のミツバツツジ類や白色のウツギ類、また一部にはコメツツジも咲き、新緑の色合いと好対照を示す。 「西赤石山」の南側中腹などには、自然回復の為に人工的に植林したカラマツ林があり、秋には黄金色に黄葉する。[1]、[2] [3] [10]
ところで、「西赤石山」から西へ約3km離れた、「銅山越」(峠)の一帯の尾根筋は、地元では「銅山峰」(どうざんみね)と通称されているが、このあたりは樹々が少なく、草原状となっている。この一帯に高木が生えていない理由は、別子銅山が稼働していた時期に、銅精錬の副産物として亜硫酸ガスなど有毒ガスがでて樹々を枯らした為とも、「法皇山脈」の中では大きくたわんだ地形の為、風の通り道となっていることから、風障地形となっているから、とも言う。 [3] この一帯には、本来は高山植物である「ツガザクラ」や「アカモノ」の群落があり、小さく可愛い花が、5月下旬に咲くことで知られている。[1] [2] [3] [10]
特に「ツガザクラ」群落は、日本における分布南限であることもあり、従来から愛媛県指定の天然記念物となっていたが、その後、2019年に、国の「天然記念物」に指定されており、新居浜市や、市民ボランティアなどによって保護されている。[11]
登山ルート
現在、「西赤石山」へと登る、主な登山ルートは3つある。以下、ルートごとに説明する。また、かつてはよく使われていたルートや、「東赤石山」への縦走路も、参考として記載する。[1] [2] [3]
なお以下の「コース名」は、オーソライズされた名称ではなく、説明用である。
1) 「東平」・「銅山越」(とうなる・どうざんごえ)コース
北麓の「新居浜市」中心部から車で、標高 約700mの「東平」(とうなる)まで行く。ここが「東平」コースの登山口である。「東平」には広い駐車場、トイレなどがある。少し先に進むと、谷沿いの「柳谷コース」と、尾根コースの「馬の背コース」に分かれるが、どちらのコースも、標高 約1150mの「角石原」(かどいしわら)と呼ばれる場所で合流する。ここには「銅山峰ヒュッテ」という山小屋があるが、近年は閉鎖していることが多い。この場所では水が補給でき、テント泊も可能である。ここから一登りで、主稜線上の「銅山越」(標高 1294m)という峠に至る。ここからは、北側の新居浜市街や瀬戸内海の展望が良い。ここから東へと主稜線ぞいの登山道を進む。途中、数か所の小さな岩場がある。「銅山越」から1.5時間程度で「西赤石山」の山頂へ至る。全体によく整備された登山道である。[1]
2) 「東平」・「兜岩」(とうなる・かぶといわ)コース
出発地点は前のコースと同じく「東平」である。ここから南東方向へ登る登山道をたどり、途中、古い鉱山鉄道跡である「上部鉄道跡」を越え、更に急登を進むと、「西赤石山」の北側にある「兜岩」という、カンラン岩からなる岩峰に着く。そこから南へと急登を登ると、「西赤石山」の山頂へ至る。前述のコースと組み合わせると、回遊コースとなる。 道は全体に、まずまず整備されているが、「上部鉄道跡」の道は一部、崩壊しているところがある。[1]
3) 「旧別子」(きゅうべっし)コース
このコースは、「赤石山系」の南側から登るコースである。かつての「別子山村」(現在は、新居浜市 別子山地区)の、県道47号線沿い、標高700m付近に、「日浦」(ひうら)登山口があり、ここから北へと登っていく。途中、かつての別子銅山の遺構群を見ながら進むと、前述の、主稜線にある「銅山越」に至る。ここからは前述のコースと同様、主稜線沿いの登山道を東へとたどって、「西赤石山」の山頂へ至る。この道は、よく整備されており、道標、案内板が多い。[1]
(以下は、縦走路、古いルートについて)
4) 「東赤石山」縦走ルート
「西赤石山」の山頂からは、東へと主稜線沿いに縦走路があり、「物住の頭」(ものずみのかしら)、続いて「カンラン岩」からなる岩峰、岩稜である「前赤石」(まえあかいし)、「八巻山」(はちまきやま)を経由して「東赤石山」へと道が続いている。[1]
5)「鹿森ダム」コース
前述の「東平」地域まで舗装道や駐車場が整備されて登山口となる前までは、北の新居浜市街側から登るメインルートであったコースで、また「東平」に住んでいる鉱山関係者の生活道路でもあった由緒ある道である。新居浜市街から県道47号を進み、「鹿森ダム」のほとり(標高;約200m)、「落とし」と呼ばれていた場所に登山口がある。そこから急登を登っていくと、前述の「東平」へでる。そこからは前述の「東平」コースをたどって「西赤石山」の山頂へ至る。標高差 約1400mのコースである。ただし、「東平」まで車でアクセスできるようになってからは、このコースを歩く人は少ない。[3]

