堂ヶ森
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| 堂ヶ森 | |
|---|---|
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山頂間近の登山道より | |
| 標高 | 1,689[1] m |
| 所在地 | 愛媛県西条市・久万高原町 |
| 位置 | 北緯33度45分22.4秒 東経133度4分0.9秒 / 北緯33.756222度 東経133.066917度座標: 北緯33度45分22.4秒 東経133度4分0.9秒 / 北緯33.756222度 東経133.066917度 |
| 山系 | 石鎚山脈(四国山地) |
「堂ヶ森」(どうがもり)は、四国山地の北西部に位置する石鎚山脈に属し、愛媛県西条市と久万高原町にまたがる、標高 1689mの山である。[2]
「四国百名山」の一つに選ばれている。[3]
なお、登山ガイドブックなどによっては、「堂ヶ森」と表記しているものと、「堂ガ森」と表記しているものがある。
「四国山地」のうち、北西部に位置する「石鎚山脈」は、「中央構造線」の南側に沿って、東西方向に100km以上の長さをもって伸びているが、そのうち、標高が1500mを越える、石鎚山脈の主要部と呼べるゾーンは、広義の「石鎚山脈」の一部である、「法皇山脈」に属する、「二ッ岳」(標高 1647m)から、この「堂ヶ森」まで続く。
広義の石鎚山脈は「堂ヶ森」より更に西へと続き、「石墨山」、「皿ヶ峰」などの1400~1000m台の山々があるが、1500m以上の山は、「堂ヶ森」より西側にはない。従って、「石鎚山脈」の主要部のうち西端に、この堂ヶ森は位置していることになる。[2]
「堂ヶ森」という山名の由来は定かではない。現在は存在しないが、 ”かつてはお堂があったから堂ヶ森と呼ばれた” 、という伝承がある。
「堂ヶ森」の山頂部には、大きなマイクロ波の反射板が設置されているため、遠方からも山頂が確認できる。山頂部の北側は鞍瀬渓谷(くらせけいこく)に向かって絶壁状に落ち込んでいるが、南側はやや緩やかで、ササで覆われた斜面となっている。また山頂からの展望は良い。
登山ルート
山小屋
地質
「堂ヶ森」を含めた「石鎚山脈」は、日本の地帯(地体)構造区分では、「三波川変成帯」に属しており、多くの場所で高圧型変成岩の一種、結晶片岩類が広く分布している山脈である。[5]
しかし、「堂ヶ森」付近では、「新第三紀」の「中新世」に、現在の石鎚山付近で噴火した火山から噴出した火山岩類が広く分布しており、結晶片岩類は、北側の中腹部から山麓部に分布しているだけである。[6]
「堂ヶ森」の山頂部や、その東へ続く主稜線部、及び南側を含む範囲は、東に隣接する「二ノ森」と同じく、「中新世」(約15~14Ma)[注釈 1] に、現在の石鎚山付近でカルデラ式火山が噴火した際に噴出した、「天狗岳火砕流堆積物」と呼ばれる、安山岩質の溶結した火砕流堆積物が大部分を占める。[6] [7] [8]
また、この時の噴火によって、陥没カルデラ地形が形成され、その痕跡である、「石鎚コールドロン」[注釈 2] [9]と呼ばれる、直径7~8kmの陥没カルデラの跡の内側に、この「堂ヶ森」の山頂部や、その東側、南側が含まれる。なお「堂ヶ森」の山頂部は、上記の「コールドロン」構造の北西端に位置している。[6] [7] [8]
「堂ヶ森」周辺における、その他の地質体としては、「保井野コース」の中間部を含む、北側から西側にかけての中腹部に、上記の石鎚山付近での、「天狗岳火砕流堆積物」噴出より少し前に噴出した、「高野(たかの)火砕流堆積物」と呼ばれる、デイサイト質~流紋岩質の、大規模火砕流堆積物が分布している。[6] [7] [8]
また、これらの火山噴出物の構造的下位にあり、「久万層群」(くまそうぐん)[注釈 3] と呼ばれる、「中新世」のうち、前記の火山噴火より少し前の時代に堆積した、礫岩を主体とした堆積岩が、北西側の「保井野登山口」付近や、南西側の「梅ヶ市登山口」付近に分布している。[6] [10]
本来の石鎚山脈の基盤岩である結晶片岩類は、「堂ヶ森」の北側中腹から山麓部、「鞍瀬渓谷」(くらせけいこく)沿いなどに、結晶片岩類の一種、「苦鉄質片岩」(緑色片岩)が分布している。[6]
ギャラリー
- 面河ダムから望む堂ヶ森
- 山頂のアンテナ板の下に頂上ケルンが
- 頂上より石鎚山を望む
- 山頂より面河ダム方面を見る
