LGBT関連映画

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LGBT関連映画(エルジービーティーかんれんえいが、英語:LGBT-related films)とは、性的少数者LGBTレズビアンゲイバイセクシャルトランスジェンダーなど)に関連する映画作品を指す。性的少数者に関連する映画作品は、総称の「クィア」を用いて、クィア映画(Queer films)とも呼ばれる[1][2][3][4]。本記事ではテレビドラマについても同時に扱う。

男性同性愛者に向けたポルノ系作品は「ゲイ・ポルノ」「ゲイビデオ」などを参照のこと。

沿革

1929年、フランク・ヴェーデキントの戯曲(ルル二部作)を原作とするドイツ映画『パンドラの箱』が公開される。主人公のルル(ルイーズ・ブルックス)にゲシュヴィッツ伯爵夫人が恋愛感情を抱くサブブロットが物議を醸し、フランスでは伯爵夫人とルルの場面が削除された[5]。またいくつかの国においては結末が変更されたものが上映された。

1934年、リリアン・ヘルマンの戯曲『子供の時間(The Children's Hour)』がブロードウェイで初演。女子寄宿学校を経営する二人の女性教師をレズビアンの恋人同士だと言って生徒が噂を立てたことから悲劇が始まるこの物語はロングランとなり、批評家からも高く評価された[6]。映画プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンは映画化に興味を示し、ヘルマンと契約した。映画製作当時施行されていたヘイズ・コードでは、同性愛を題材にしたり、それをほのめかしたりすることさえ許されなかった[7]ため、ヘルマンに映画用に脚色させた。1936年、ヘルマンの戯曲は『この三人』のタイトルでウィリアム・ワイラー監督により、同性愛の部分はカットされて映画化された。

1948年、アルフレッド・ヒッチコック監督による実験的なスリラー映画『ロープ』が公開される。近年、登場人物のブランドン(ジョン・ドール)とフィリップ(ファーリー・グレンジャー)の関係性に同性愛的な含みがあることが多く指摘されている[8][9][10][11]。グレンジャーは両性愛者で[12]、脚本を書いたアーサー・ローレンツとは製作当時交際していた[13]。ローレンツはドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』の中で「当時の検閲官はこれが同性愛者についての映画だとは気づいていなかったと思う。何がそうで何がそうでないのか彼らは分かっていなかったから、うまい具合に検閲を通過できた」と語っている[14]

1959年、木下惠介監督は自身のオリジナル脚本による作品『惜春鳥』を発表した[15]。時を経て、映画評論家の石原郁子は1999年に『異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に』を出版。同書において、「木下はこの映画で一種捨身のカムアウトとすら思えるほどに、はっきりとゲイの青年の心情を浮き彫りにする。邦画メジャーの中で、初めてゲイの青年が<可視>のものとなった、と言ってもいい」と書き記し、日本におけるクィア映画のさきがけとしての『惜春鳥』の再評価につながった[16][17]

イギリスの脚本家のジャネット・グリーンウォルフェンデン報告書(1957年4月公表)を読み、男性同性愛者に対する数々の訴追事件の事例を知った[18]。ウォルフェンデン報告書は政府に対し「同意した成人間の私的な同性愛行為はもはや犯罪とすべきではない」と勧告していた[19]。グリーンは同性愛禁止法の改正を熱心に支持するようになり、夫のジョン・マコーミックとともに同性愛を明確にテーマにした一本のシナリオを書いた[18]。プロデューサーのマイケル・レルフと監督のバジル・ディアデンは、主人公の弁護士メルヴィル・ファー役として何人もの俳優に声をかけるが、いずれも断られた[20]。最終的に当時大スターだったダーク・ボガードが引き受けるが、ボガードは周囲から、このような映画に出演するとキャリアが台無しになると警告を受けた[21]。ゲイであることをひた隠しにしている主人公のメルヴィルが秘密を暴露すると脅す謎の集団から脅迫を受けるという筋立ての映画『Victim』は1961年8月に公開された。英語圏の映画として初めて「ホモセクシュアル」という言葉を使った作品とされる。画期的な点はそれだけにとどまらず、1967年にイギリスで性犯罪法が成立し、それまで犯罪行為とされていた同性愛行為が合法になったのは、『Victim』がきっかけだったと言われている[21]

イギリスの劇作家のシーラ・ディレイニーが19歳の時に書いた戯曲『蜜の味』が同名のタイトルで映画化され、1961年9月に公開される。監督のトニー・リチャードソンはヒロインのジョーに寄り添うゲイのジェフリーを設定を変えることなく登場させ、ジェフリーが抱える不安や同性愛差別への批判をしっかりと描いた[22][23]。『蜜の味』は1962年5月のカンヌ国際映画祭に出品され、ジェフリーを演じたマレー・メルヴィンは男優賞を受賞した。

同性愛が重要なサブプロットとして描かれるアレン・ドルーリーの小説『Advise and Consent』は1960年にピューリッツァー賞を受賞した。オットー・プレミンジャー監督は同性愛のエピソードに手を加えないまま同作品を映画化すると発表。ハリウッドの検閲と闘い、1961年10月3日にアメリカ映画協会は折れて「現代の文化、風習、価値観に合わせて、慎重・抑制を条件として、同性愛その他の性的逸脱を扱うことを認める」と規則を改正した[24]。同年12月に『子供の時間』の2回目の映画化作品である『噂の二人』が公開されるが、『噂の二人』は性的規制改正後にアメリカ映画協会のコード・シールを受けた最初の映画であった[24]。ドルーリーの小説を映画化したプレミンジャー監督の『野望の系列』は1962年に公開された。

海外

レズビアン関連映画作品

欧米など

パンドラの箱』(1929年)
制服の処女』(1931年)
処女オリヴィア』(1951年)

アジア

ゲイ関連映画作品

欧米など

1950 - 1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代

アジア

トランスジェンダー関連映画作品

日本

レズビアン関連映画作品

』(1964年)
美しさと哀しみと』(1965年)

ゲイ関連映画作品

惜春鳥』(1959年)
一般映画
成人映画

トランスジェンダー関連映画作品

テレビドラマ

レズビアン関連ドラマ作品

ゲイ関連ドラマ作品

(キャストの一部にゲイが登場する作品含む。)

映画祭

日本
さらに見る 名称, 創立年 ...
名称創立年備考
レインボー・リール東京1992年「東京国際レズビアン・ゲイ・フィルム&ビデオ・フェスティバル」の名称で第1回が開催された。2016年に「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」から現行の名称に変更。
関西クィア映画祭2005年2025年で32回目を迎えた[27]
香川レインボー映画祭2005年
青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル2006年
アジアンクィア映画祭2007年「アジアン・クイア・フィルム&ビデオ・フェスティバル・イン・ジャパン」の名称で第1回が開催された。2026年2月に13年ぶりに第5回が開催された[28]
愛媛LGBT映画祭2011年松山市で第1回が開催された[29]
福岡レインボー映画祭2016年福岡市で第1回が開催された[30]
福井LGBTQ映画祭2021年福井市で第1回が開催された[31]
札幌LGBTQ映画祭2022年札幌市で第1回が開催された[32]
渋谷ジェンダー映画祭2022年渋谷区で第1回が開催された[33]
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海外
さらに見る 名称, 創立年 ...
名称創立年備考
アウトフェスト・ロサンゼルスLGBTQ映画祭1982年
ニューヨークLGBTQ+映画祭1988年通称「NewFest」。
インサイドアウト映画祭1991年カナダのトロントで第1回が開催。
香港レズビアン&ゲイ映画祭1989年
北京クィア映画祭2001年
韓国クィア映画祭2001年ソウル・クィア・カルチャー・フェスティバルにおいて開催。
ソウル国際プライド映画祭2011年
台湾国際クィア映画祭2014年
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脚注

参考文献

関連項目

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