北島忠雄

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名前 北島忠雄
生年月日 (1966-01-04) 1966年1月4日(60歳)
出身地 東京都
プロ入り年月日 1995年4月1日(29歳)
 北島忠雄 七段
名前 北島忠雄
生年月日 (1966-01-04) 1966年1月4日(60歳)
出身地 東京都
棋士情報
プロ入り年月日 1995年4月1日(29歳)
棋士番号 214
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 関根茂九段
弟子 小山怜央内山あや岩崎夏子
段位 七段
棋士DB 北島忠雄
2014年8月16日現在
■テンプレート ■プロジェクト

北島 忠雄(きたじま ただお、 1966年1月4日 - )は、将棋棋士関根茂九段門下。棋士番号は214。東京都出身。日本将棋連盟理事(2003年5月-2005年5月、2011年5月-2013年5月)。

1988年、東京都立代々木高等学校卒業[1]

プロ入りに苦労した棋士の代表例である。

奨励会を抜けるのに15年かかり、四段昇段したのは29歳のときである。奨励会の同期には日浦市郎小野敦生中田功佐藤秀司がいるが、北島が四段昇段した当時、彼らは全員トーナメントプロとして相応の実績を挙げ、五段以上に昇段していた。

しかしながら、プロ入り後は相応の活躍をし、順調に出世する。

第39期(1997年度)王位戦予選でタイトル経験者の田中寅彦・後に二冠となる久保利明などに勝利し紅組リーグ入り。初代竜王島朗に勝利したものの、残留ならず。次期王位戦でも予選を勝ち抜き、白組リーグ入り。当時タイトルホルダーだった郷田真隆棋聖に勝利したものの、再びリーグを陥落した。

第54期(1995年度)より参加した順位戦ではC級2組在籍5期目となる第58期(1999年度)において8勝2敗・45人中3位の成績を修め、C級1組に昇級した。第61期(2002年度)も、C級1組において8勝2敗の好成績を修めたが、B級2組への昇級には至らなかった(仮に最終局で、北島自身が勝ち、勝数上位だった堀口一史座・勝数同点で北島より順位が上位だった屋敷伸之の両者が負けていたら、北島が昇級していた。しかし、堀口・屋敷ともに勝利し、昇級を阻止された形となった)。

2003年に六段に昇段。これは、竜王戦の昇段規定の一つである「竜王ランキング戦通算3回優勝」の条件によって昇段した初のケースである(竜王戦歴代本戦出場者 を参照)。

第22期竜王ランキング戦3組準決勝(2009年4月9日)で勝ち、自己最高の2組へ昇級。また、同年度、第17期銀河戦においては予選と本戦を勝ち抜き、16名で行われる決勝トーナメントに進出し、さらに羽生善治を破るなどしてベスト4入り。準決勝で阿久津主税(この期の優勝者)に敗れる。

人物・棋風

  • 居飛車党。温和な性格と語り口であるが、将棋では激しい戦法を用いることが多い。
  • NHK BS2で放送される「囲碁・将棋ジャーナル」の司会を務めたことがある。
  • 2003年に日本将棋連盟の理事選挙に出馬し当選、主にメディア・出版業務を担当するが、2005年の選挙では落選。
  • 2011年に日本将棋連盟の理事選挙に出馬し当選。主に総務部・電子メディア部を担当。2013年まで務めた。

弟子

棋士となった弟子

名前四段昇段日段位、主な活躍
小山怜央2023年4月1日 四段

(2023年4月1日現在)

  • 小山は2014年第70回全日本学生名人戦に優勝[2]、2015年にアマチュア名人戦で優勝し、奨励会三段編入試験の権利を得て受験したが、2勝3敗で不合格に終わった[3]。その後2022年9月13日、第16回朝日杯将棋オープン戦一次予選6組準決勝での勝利により、公式戦の成績を良い所からみて10勝5敗(勝率6割6分7厘)として「棋士編入試験」の受験資格を得た。編入試験(全5局、3勝合格/3敗不合格)は3勝1敗として棋士編入試験合格とした。

女流棋士となった弟子

名前女流プロ入り日段位、主な活躍
内山あや2020年12月1日 女流二段
岩崎夏子2024年4月1日 女流初段

(2026年3月2日現在)

昇段履歴

  • 1980年: 6級 = 奨励会入会
  • 1983年: 初段
  • 1995年4月1日: 四段 = プロ入り
  • 1999年6月3日: 五段(勝数規定/公式戦100勝[4]
  • 2003年10月1日: 六段(竜王ランキング戦通算3回優勝)[5]
  • 2014年8月14日: 七段(勝数規定 /六段昇段後公式戦150勝[6]

主な成績

在籍クラス

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[7]
(出典)竜王戦
出典[8]
名人 A級 B級 C級 0 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
1995 54 C249 6-4 9 6組 -- 3-2
1996 55 C219 6-4 10 6組 -- 3-2
1997 56 C215 5-5 11 6組 1-1 5-0
1998 57 C220 7-3 12 5組 -- 2-2
1999 58 C210 8-2 13 5組 -- 3-2
2000 59 C123 5-2 14 5組 0-1 5-0
2001 60 C116 6-4 15 4組 -- 5-2
2002 61 C112 8-2 16 4組 0-1 5-0
2003 62 C103 3-7 17 3組 -- 3-2
2004 63 C124 5-5 18 3組 -- 1-2
2005 64 C118 6-4 19 3組 -- 2-2
2006 65 C112 5-5 20 3組 -- 1-2
2007 66 C117 5-5 21 3組 -- 2-2
2008 67 C112 3-7 22 3組 -- 3-1
2009 68 C124 6-4 23 2組 -- 0-2
2010 69 C111 5-5 24 3組 -- 1-2
2011 70 C114 4-6 25 3組 -- 1-2
2012 71 C126x 2-8 26 3組 -- 0-2
2013 72 C131*+ 6-4 27 4組 -- 1-2
2014 73 C114x 2-8 28 4組 -- 1-2
2015 74 C131*+ 9-1 29 4組 -- 2-2
2016 75 C106x 2-8 30 4組 -- 1-2
2017 76 C134* 5-5 31 4組 -- 1-2
2018 77 C122*+ 5-5 32 4組 -- 1-2
2019 78 C118 5-5 33 4組 -- 1-2
2020 79 C116 4-6 34 4組 -- 2-2
2021 80 C124 4-6 35 4組 -- 1-2
2022 81 C126 4-6 36 4組 -- 1-2
2023 82 C121x 1-9 37 4組 -- 2-2
2024 83 C134*x 3-7 38 4組 -- 3-2
2025 84 C204x 0-10 39 4組 --
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1995 3119120.6129[9]
1996 4225170.5952[10]
1997 4327160.6279[11]
1998 3823150.6053[12]
1999 4123180.5610[13]
2000 3421130.6176[14]
1995-2000
(小計)
22913891
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2001 3618180.5000[15]
2002 352690.7429[16]
2003 3519160.5429[17]
2004 3315180.4545[18]
2005 3219130.5938[19]
2006 3420140.5882[20]
2007 3217150.5313[21]
2008 2812160.4286[22]
2009 2812160.4286[23]
2010 2714130.5185[24]
2001-2010
(小計)
320172148
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2011 3314190.4242[25]
2012 258170.3200[26]
2013 249150.3750[27]
2014 2710170.3704[28]
2015 2817110.6071[29]
2016 3312210.3636[30]
2017 259160.3600[31]
2018 2510150.4000[32]
2019 2710170.4138[33]
2020 2912170.4138[34]
2011-2020
(小計)
276111165
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2021 246180.2500[35]
2022 226160.2727[36]
2023 255200.2000[37]
2024 255200.2000[38]
2021-2024
(小計)
962274
通算 9214434780.4809[39]
2024年度まで

脚注

関連項目

外部リンク

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