井上慶太

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名前 井上慶太
生年月日 (1964-01-17) 1964年1月17日(62歳)
プロ入り年月日 1983年2月4日(19歳)
 井上慶太 九段
平成28年11月、姫路市で行われた人間将棋にて
名前 井上慶太
生年月日 (1964-01-17) 1964年1月17日(62歳)
出身地 兵庫県芦屋市
棋士情報
プロ入り年月日 1983年2月4日(19歳)
棋士番号 157
所属 日本将棋連盟(関西)
師匠 若松政和八段
弟子 稲葉陽菅井竜也船江恒平出口若武横山友紀狩山幹生藤本渚上野裕寿炭崎俊毅生垣寛人中七海
段位 九段
棋士DB 井上慶太
戦績
一般棋戦優勝回数 2回
2025年9月6日現在
■テンプレート ■プロジェクト

井上 慶太(いのうえ けいた、1964年1月17日[1] - )は、将棋棋士、九段。若松政和八段門下[2]棋士番号は157[1]兵庫県芦屋市出身[1][3]

日本将棋連盟棋士会副会長(2011年4月 - 2015年6月)、日本将棋連盟非常勤理事(2015年6月 - 2017年2月)、同連盟常務理事(2017年2月 - 2025年6月)[注 1]

  • 1978年、神戸市立高倉中学校3年のとき、中学生名人戦で準優勝(優勝は達正光[4]。翌1979年、兵庫県立星陵高等学校1年の高校選手権で3位となり(優勝は古作登)、高校を中退して奨励会に入会[5]。入会から3年余り経った1983年2月4日の対局で神吉宏充に勝ち、成績を13勝3敗として四段に昇段、プロ入りを果たす[2]
  • 1985年度、新人王戦で棋戦初優勝(決勝三番勝負の相手は森下卓)。翌1986年度には若獅子戦で優勝。1987年度の第36期王座戦南芳一米長邦雄真部一男を破りベスト4に進出した。翌1988年度の王座戦でも米長らを破りベスト4。しかし、当初は順位戦との相性は悪かった。1988年度の第47期順位戦C級2組では、勝てば昇級という最終局で逆転負けを喫する。しかし、兄弟子の谷川浩司から送られた「報われない努力はない」との手紙に勇気付けられ[注 2]、翌年、7期目の順位戦にして初の昇級を勝ち取る。
  • 1993年度の第52期順位戦C級1組では、タイトル経験者の屋敷伸之郷田真隆らを破り10戦全勝でB級2組へ昇級。さらに、1995年度、1996年度の順位戦では、2年連続昇級を決めて、一気にA級八段となる。
  • 初のA級順位戦(1997年度)では、最終9回戦の対島朗戦で横歩取り8五飛戦法[注 3]を用いて勝利。自身が5勝4敗でA級残留して米長邦雄(4勝5敗)をA級からの陥落に追い込み、また、同戦法が一躍注目を浴びるきっかけともなった。
  • 翌年度(1998年度)のA級順位戦は、最終局で自分が負けても兄弟子の谷川が島朗に勝てば降級を逃れるという展開となったが、井上、谷川ともに敗れたことにより、井上は降級となってしまった。
  • 竜王戦のランキング戦では、1993年度(第6期)に5組優勝、1996年度に4組優勝、1999年度に3組優勝、2001年度に2組優勝と、通算4回も優勝を記録。
  • 2008年度の第67期B級1組順位戦で、混戦の中頭一つ抜け出して、A級復帰を決める。11期振りのA級復帰は、原田泰夫(14期振り)に次ぐ2番目の記録。
  • 2011年3月3日の対局(第61期王将戦一次予選・対伊藤博文戦)で勝ち、八段昇段後250勝により九段昇段[2]。なお、この時点での通算成績は、635勝456敗(勝率0.5820)。
  • 第84期順位戦を満61歳・C級1組在籍・降級点無しの状態で迎えた時点で、以降の順位戦及び竜王戦における成績にかかわらず、フリークラスの定年を超過して(短くとも満66歳・2029年度の全公式戦が終了する日まで)現役を続行できることが確定した。

棋風・エピソード

  • 居飛車党であるが、振り飛車党のような軽快な捌きを重んじる軽い棋風である。
  • プロ棋士としては珍しく、終盤まで居玉のまま勝利した経験を持つ。(2017年1月27日・第43期棋王戦予選・対星野良生戦・手数99手) 
  • 羽生善治1996年2月14日に七冠独占を達成した6日後の2月20日オールスター勝ち抜き戦で井上が羽生に勝ち、「羽生七冠」に初めて勝った棋士として話題となった[4]
  • 順位戦A級・竜王戦1組在籍経験者でありながら、タイトル戦登場だけでなく、その挑戦者決定戦への進出もいまだに果たしていない。このことは「将棋界の七不思議」のひとつとされる。段位も九段でタイトル経験者でもありながらA級在位歴が無い、福崎文吾中村修とは逆の立場である。
  • 子供大会の景品に用意していたアマチュア発の戦法「嬉野流」の定跡本を見たのをきっかけに2022年の公式戦で戦法の採用を始めた。戦績は1年間で9局4勝5敗であったが、敗戦局でも中終盤を優位に進めていたことや、同時期に村田顕弘が嬉野流に独自の工夫を加えた「村田システム」を公式戦で採用するなどしたことで、嬉野流が他のプロ棋士にも注目されるようになり、戦法開発者の嬉野宏明が2022年度の将棋大賞升田幸三賞を受賞している[6]
二人の藤井六段との因縁
  • B級2組で迎えた1995年度順位戦は9勝1敗で1期抜けを遂げたが、当期における唯一の黒星である1995年12月22日の7回戦・対藤井猛六段戦は、井上が居飛車穴熊に組もうとしたところ、「藤井システム」の前に47手で惨敗した一局である(対居飛車穴熊の藤井システムの1号局)。当時、井上の居飛車穴熊は天下一品と言われていたが、それゆえ、藤井猛の標的にされてしまった[注 4]
  • 2018年3月28日、前月に朝日杯将棋オープン戦で史上最年少の棋戦優勝を遂げ六段に昇段した藤井聡太と、第68期王将戦一次予選で対局し勝利し、藤井の四段時代から続いていた連勝を16で止め、六段昇段後初の黒星を付けた[3]。藤井は井上戦以降に再び連勝を続け、2018年5月18日の第31期竜王ランキング戦5組準決勝で船江恒平を破って竜王戦の昇段規定を満たし史上最年少七段となったため、井上は「藤井聡太六段」に唯一の黒星をつけた棋士となった[3]

人物

  • 兄弟子である谷川浩司の良き飲み友達である。また、谷川と同じく大の阪神タイガースファン(阪神ファン)であり、谷川を特集した毎日放送情熱大陸』では、甲子園球場で谷川と一緒に阪神を応援している姿が放送された。谷川は「タイガースに対する思いは井上に負ける」と語っている。日本将棋連盟関西本部からタイガース所属選手に名誉段位や賞状などを贈呈する際は、阪神タイガースのレプリカユニフォームを着用している。
  • 1992年に結婚した妻は、かつて関西将棋会館の売店職員だった[7]。新居を探していたときに偶然、加古川市内のマンションに当選したことが移住のきっかけである[8]
  • 1981年の王位戦予選、淡路仁茂中田章道の339手に及んだ将棋で記録係を務めていた。深夜に及ぶ対局で尿意を催してしまい、限界になりそうなところ、当時奨励会員だった長沼洋が様子を見に来てくれたために、惨事を免れた。
  • 棋士仲間でのあだ名は「キューピー」である。これは顔の風貌と、笑ったとき頬にエクボが出来るからである[9]。ベビーフェイスなため、パンパースとも呼ばれていた。将棋ファンからは「ケイタ」と呼ばれることが多い。

一門

居住地の加古川市で「加古川将棋倶楽部」を主宰し[8][10]、ここから複数の棋士、女流棋士、奨励会員が育っている。

  • プロ棋士となった弟子は以下の10名(2026年4月1日時点)。
名前四段昇段日段位、主な活躍
稲葉陽2008年 4月01日 八段、名人挑戦1回、A級在籍8期、棋戦優勝2回
菅井竜也 2010年 4月01日 八段、王位1期、タイトル戦登場4回、A級在籍5期、棋戦優勝4回
船江恒平 2010年 10月01日 七段、棋戦優勝2回
出口若武 2019年 4月01日 六段、タイトル挑戦1回
横山友紀 2021年 10月01日 四段
狩山幹生 2021年 10月01日 五段
藤本渚 2022年 10月01日 七段、棋戦優勝1回
上野裕寿 2023年 10月01日 五段、棋戦優勝2回
炭崎俊毅 2025年 4月01日 四段
生垣寛人 2025年 10月01日 四段
  • 女流棋士となった弟子は以下の1名(2025年9月13日時点)。
名前女流プロ入り日段位、主な活躍
中七海2024年 11月01日 女流三段、タイトル挑戦1回
  • 2019年以降は、ほぼ毎年プロ入りする弟子を輩出しており、2025年10月時点においては、森信雄門下(現役棋士・現役女流棋士17人)に次ぎ、所司和晴門下(現役棋士・現役女流棋士11人。現役の所司自身も含めると12人)、小林健二門下(現役棋士・現役女流棋士11人)に並ぶ多数の弟子が現役で活躍している。
  • 元弟子・元奨励会員の稲葉聡(稲葉陽の兄)は2015年の加古川青流戦にて、アマチュア参加者で初のプロ公式戦優勝をしている。
  • 前述の井上-藤井聡太戦(2018年)時点で、藤井は菅井(第67期王将戦)と稲葉(第67期NHK杯)にそれぞれ1度ずつ敗れていた。井上に敗れたことで藤井の対井上一門の成績が3戦全敗となり、井上一門は「藤井キラー」と呼ばれるようになる[11]。後に出口も藤井から勝利を上げている(第46期棋王戦)[注 5]

昇段履歴

  • 1979年10月 : 6級 = 奨励会入会[12]
  • 1981年 : 初段
  • 1983年2月4日 : 四段 = プロ入り
  • 1987年3月27日 : 五段(勝数規定/公式戦100勝、通算100勝)
  • 1991年7月12日 : 六段(勝数規定/五段昇段後公式戦120勝、通算220勝)
  • 1996年4月1日 : 七段(順位戦B級1組昇級)
  • 1997年4月1日 : 八段(順位戦A級昇級)
  • 2011年3月3日 : 九段(勝数規定/八段昇段後公式戦250勝)[13]

主な成績

一般棋戦優勝

優勝合計 2回

将棋大賞

  • 第21回(1993年度) 勝率第一位賞

在籍クラス

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[14]
(出典)竜王戦
出典[15]
名人 A級 B級 C級 0 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
1983 42 C240 7-3
1984 43 C213 8-2
1985 44 C204 6-4
1986 45 C210 6-4
1987 46 C215 7-3 1 5組 -- 3-2
1988 47 C207 8-2 2 5組 -- 1-3
1989 48 C204 8-2 3 5組 -- 3-2
1990 49 C121 6-4 4 5組 -- 2-2
1991 50 C109 9-1 5 5組 -- 5-2
1992 51 C102 7-3 6 5組 0-1 5-0
1993 52 C106 10-0 7 4組 -- 4-2
1994 53 B218 7-3 8 4組 -- 1-2
1995 54 B204 9-1 9 4組 1-1 5-0
1996 55 B112 9-3 10 3組 -- 2-2
1997 56 A 10 5-4 11 3組 -- 2-2
1998 57 A 06 2-6 12 3組 2-1 4-0
1999 58 B101 7-4 13 2組 -- 2-2
2000 59 B103 6-6 14 2組 0-1 4-0
2001 60 B108 6-6 15 1組 -- 0-3
2002 61 B107 7-4 16 2組 -- 2-2
2003 62 B103 4-8 17 2組 -- 2-2
2004 63 B109 6-6 18 2組 -- 4-2
2005 64 B108 6-6 19 2組 -- 2-2
2006 65 B106 7-5 20 2組 -- 1-2
2007 66 B105 5-7 21 2組 -- 1-2
2008 67 B109 8-4 22 2組 -- 4-1
2009 68 A 10 3-6 23 1組 -- 0-2
2010 69 B101 5-7 24 2組 -- 1-2
2011 70 B109 6-6 25 2組 -- 2-2
2012 71 B107 3-9 26 2組 -- 1-2
2013 72 B201 5-5 27 2組 -- 0-2
2014 73 B212 5-5 28 3組 -- 0-2
2015 74 B211 3-7 29 4組 -- 3-2
2016 75 B221 5-5 30 4組 -- 4-2
2017 76 B213 5-5 31 4組 -- 2-2
2018 77 B211 4-6 32 4組 -- 1-2
2019 78 B215 5-5 33 4組 -- 2-2
2020 79 B214 4-6 34 4組 -- 0-3
2021 80 B217 6-4 35 5組 -- 3-2
2022 81 B211x 3-7 36 5組 -- 2-2
2023 82 B225*x 2-8 37 5組 -- 1-2
2024 83 C105 7-3 38 5組 -- -
2025 84 C105 - 39 (開始前)
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1983 4227150.6429[16]
1984 3720170.5405[17]
1985 4831170.6458[18]
1986 4422220.5000[19]
1987 5239130.7500[20]
1988 4626200.5652[21]
1989 3722150.5946[22]
1990 4222200.5238[23]
1983-1990
(小計)
348209139
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1991 4936130.7347[24]
1992 4328150.6512[25]
1993 4534110.7556[26]
1994 4328150.6512[27]
1995 4027130.6750[28]
1996 3623130.6389[29]
1997 3317160.5152[30]
1998 2812160.4286[31]
1999 4024160.6000[32]
2000 3820180.5263[33]
1991-2000
(小計)
395249146
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2001 3619170.5278[34]
2002 3618180.5000[35]
2003 4024160.6000[36]
2004 3516190.4571[37]
2005 3319140.5758[38]
2006 3721160.5676[39]
2007 3616200.4444[40]
2008 3518170.5143[41]
2009 3214180.4375[42]
2010 2912170.4138[43]
2001-2010
(小計)
349177172
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2011 2810180.3571[44]
2012 2910190.3448[45]
2013 269170.3462[46]
2014 2510150.4000[47]
2015 2811170.3929[48]
2016 269170.3462[49]
2017 3219130.5938[50]
2018 3414200.4118[51]
2019 2913160.4483[52]
2020 3012180.4000[53]
2011-2020
(小計)
287117170
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2021 2711160.4074[54]
2022 3115160.4839[55]
2023 286220.2143[56]
2021-2023
(小計)
863254
通算 14657846810.5352[57]
2023年度まで

日本将棋連盟 表彰

勝数表彰
勤続表彰
  • 2007年11月:勤続25年
  • 2022年11月18日:勤続40年 [61]

その他表彰

  • 2014年6月:加古川市功労者[62]
  • 2023年11月:兵庫県文化賞[63]

著書

脚注

脚注

関連項目

外部リンク

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