渡辺正和 (棋士)

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名前 渡辺正和
旧姓 吉田
生年月日 (1986-01-23) 1986年1月23日(39歳)
プロ入り年月日 2008年10月1日(22歳)
 渡辺正和 六段
名前 渡辺正和
旧姓 吉田
生年月日 (1986-01-23) 1986年1月23日(39歳)
プロ入り年月日 2008年10月1日(22歳)
棋士番号 273
出身地 埼玉県入間郡大井町(現ふじみ野市)
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 神吉宏充七段
段位 六段
棋士DB 渡辺正和
2021年3月18日現在
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渡辺 正和(わたなべ まさかず、1986年〈昭和61年〉1月23日 - )は、将棋棋士神吉宏充七段門下。棋士番号は273。埼玉県入間郡大井町(現ふじみ野市)出身。旧姓は吉田。

京華中学校に在学中より、大学生も参加する関東オール学生最強者戦などで上位入賞を果たす。2004年、北國王将杯の準決勝で敗れたことをきっかけに、富山県に転居。

2005年5月15日朝日アマ名人戦で、天野高志名人との三番勝負に勝利し、歴代最年少記録の19歳3か月で獲得。これにより参加資格を得た第24回朝日オープン将棋選手権では、プロに3連勝(阪口悟四段、浦野真彦七段、有吉道夫九段)し予選決勝まで進み、矢倉規広五段(当時)に敗れる。アマチュア時代の活躍は他に、平成最強戦優勝(2005年)・準優勝(2001年)、赤旗名人戦準優勝(2003年)。

朝日アマ名人獲得の実績により受験資格(満22歳以下でアマチュア公式戦全国大会優勝または準優勝者)を満たし、奨励会初段を受験。試験は、関西将棋会館で奨励会員と5番勝負をし3勝するもので、3勝1敗で合格。初段受験制度を利用した初のケースとなった。合格後は、初段を3か月、二段を1年3か月で通過して、三段リーグ入り。初参加の第42回三段リーグでは、15回戦を終了した時点で13勝2敗とトップであったが、そこから3連敗を喫し次点(3位)。翌第43回三段リーグも11回戦を終了した時点では9勝2敗とトップであったが、リーグ終盤に失速し再び次点(13勝5敗)。しかし2回の次点によって得られるフリークラス編入の権利を行使して、プロ入りした[1]

第60回NHK杯で、予選決勝で橋本崇載に勝利し初の本戦出場を果たす。本戦1回戦では頭を丸刈りにして対局に臨んだが、屋敷伸之に敗れた。

第52期王位戦で、予選決勝で中村修に勝利し初のリーグ入りを果たす[注 1]。勢いに乗ってその後も勝ち星を重ね、2011年1月19日の竜王戦6組ランキング戦2回戦の対伊藤博文[注 2]戦で勝利した時点で、フリークラスから順位戦C級2組への昇級条件の1つ(良いとこ取り30局以上で勝率6割5分以上)を満たし、昇級を果たした[2]。その昇級決定後に始まった王位リーグでは、残留はならなかったがA級棋士の三浦弘行から勝ち星を挙げた。

第24期(2011年度)竜王戦6組で準優勝[注 3]し、竜王戦初昇級(5組昇級)。翌第25期では2回戦で敗退したものの、昇級者決定戦を勝ち抜き2012年10月22日の決勝(及川拓馬戦)に勝利し、2年連続の昇級。これに伴い、竜王ランキング戦連続昇級の規定に基づき、同日付で五段昇段[3]

第76期(2017年度)順位戦C級2組では成績が振るわず0勝10敗に終わり、第74期(2015年度、3勝7敗)以来、2個目の降級点を喫した。

第77期(2018年度)順位戦C級2組では3勝7敗の成績を挙げるも、前年度クラス最下位による順位差が響いて3個目の降級点が付き、フリークラスに陥落することになった。

2022年3月16日、五段昇段後の公式戦120勝に達し六段に昇段。

棋風

人物

  • 2015年11月17日、競技かるた選手で「永世クイーン」称号を持つ22歳年上の渡辺令恵と結婚し、法律上の氏名が「渡辺正和」となった[5]。翌18日には、日本将棋連盟から、棋士としての活動名を「吉田正和」から「渡辺正和」に変更することが公表された[6]。2017年には夫婦でテレビに出演した[7]鎌倉市在住[8]。※2020年現在

エピソード

  • 2007年2月3日、今泉健司の三段リーグ編入試験第一局の対局者となる。吉田は勝てば8連勝で三段昇段の一番であったが敗れ、6月に16勝6敗で昇段するまで4か月を費やすこととなった。昇段後の42回三段リーグでは、三段リーグ編入試験に合格し41回から三段リーグ入りした今泉と対局し降している。プロ入り後の2012年8月30日に銀河戦では、プロ入りを果たせずアマに戻った今泉と対局し、この時は敗れている。
  • 師匠の神吉とは公式戦で対局が組まれることはなかったが、大師匠(神吉の師匠)である内藤國雄とは2012年4月17日の第25期竜王戦昇級者決定戦(前述)で対局し、千日手の末に吉田が勝ち、将棋界では非常に珍しい“大師匠への恩返し”を遂げた。

昇段履歴

  • 2005年9月 : 初段 = 奨励会入会
  • 2007年6月 : 三段(第42回奨励会三段リーグからリーグ参加)
  • 2008年10月1日 : 四段(第43回奨励会三段リーグ成績3位、次点2回でフリークラス編入) = プロ入り[1]
  • 2012年10月22日 : 五段(竜王ランキング戦連続昇級、通算64勝53敗)[3]
  • 2022年3月16日 : 六段(勝数規定 /五段昇段後公式戦120勝、通算184勝202敗)[9]

主な成績

在籍クラス

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[10]
(出典)竜王戦
出典[11]
名人 A級 B級 C級 0 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
2008 67 F編 22 6組 -- 4-2
2009 68 F編 23 6組 -- 0-2
2010 69 F編 24 6組 -- 5-1
2011 70 C242 5-5 25 5組 -- 6-1
2012 71 C222 6-4 26 4組 -- 2-2
2013 72 C213 6-4 27 4組 -- 1-2
2014 73 C213 4-6 28 4組 -- 2-2
2015 74 C233x 3-7 29 4組 -- 0-3
2016 75 C241* 5-5 30 5組 -- 2-2
2017 76 C227*x 0-10 31 5組 -- 2-2
2018 77 C245**x 3-7 32 5組 -- 1-2
2019 78 F編 33 5組 -- 3-2
2020 79 F編 34 5組 -- 1-2
2021 80 F編 35 5組 -- 1-2
2022 81 F編 36 5組 -- 1-2
2023 82 F編 37 5組 -- 1-2
2024 83 F編 38 5組 --
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2008 9540.5555[12]
2009 2413110.5416[13]
2010 2716110.5925[14]
2008-2010
(小計)
603426
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2011 3618180.5000[15]
2012 3721160.5675[16]
2013 2713140.4814[17]
2014 3114170.4516[18]
2015 279180.3333[19]
2016 3517180.4857[20]
2017 3616200.4444[21]
2018 3211210.3437[22]
2019 2313100.5652[23]
2020 218130.3809[24]
2011-2020
(小計)
305140165
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2021 2110110.4761[25]
2022 154110.2666[26]
2023 165110.3125[27]
2021-2023
(小計)
521933
通算 4171932240.4628[28]
2023年度まで

主な著書

  • これからの角換わり腰掛け銀(マイナビ将棋BOOKS)(2014年1月、マイナビISBN 978-4839950156
  • 決定版!横歩取り完全ガイド(マイナビ将棋BOOKS)(2015年6月、マイナビISBN 978-4839954703

脚注

関連項目

外部リンク

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