小倉久史

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名前 小倉久史
生年月日 (1968-05-15) 1968年5月15日(57歳)
出身地 東京都
プロ入り年月日 1988年10月1日(20歳)
 小倉久史 八段
名前 小倉久史
生年月日 (1968-05-15) 1968年5月15日(57歳)
出身地 東京都
棋士情報
プロ入り年月日 1988年10月1日(20歳)
引退年月日 2026年4月30日(57歳)
棋士番号 188
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 中原誠十六世名人
弟子 山本博志川村悠人
段位 八段
棋士DB 小倉久史
戦績
通算成績 570勝565敗(0.502)
竜王戦最高クラス 5組(20期)
順位戦最高クラス C級1組(12期)
2026年4月30日現在
■テンプレート ■プロジェクト

小倉 久史(おぐら ひさし、1968年5月15日 - )は、将棋棋士棋士番号は188。東京都出身。中原誠十六世名人門下。

プロ入り後

初挑戦となった1988年前期の三段リーグを16勝2敗で1位通過、20歳でプロデビュー。中原の弟子の中で、最も早くプロになった。小倉に土をつけた屋敷伸之が2位で小倉と同様三段リーグ1期抜けを果たしたが、第1回を除くと三段リーグ初挑戦者によるワンツーフィニッシュは2023年9月に至るまでこの時が唯一であり、三段リーグ1期抜けも両者のほかには第12回(1992年度後期)で川上猛、第24回(1998年度後期)で松尾歩、第53回(2013年度前期)で三枚堂達也、第59回(2016年度前期)で藤井聡太、第71回(2022年度前期) で齊藤裕也が達成しただけである。

1993年度、第6期竜王戦の6組ランキング戦で準優勝し、5組へ初昇級を果たした。

1994年、新人王戦でベスト4進出。

1995年度、第36期王位戦で初の王位リーグを果たしたが、白組で5戦全敗に終わった。

1996年度、順位戦8期目にして、10戦全勝でC級1組への昇級を果たした。残り1局の時点で昇級が決まっていたが、10勝目は亡き母に捧げる1勝であったという[1]

2003年度は、第44期王位戦で2回目のリーグ入り。羽生善治、渡辺明を破る活躍を見せたが、リーグ残留には失敗した。

2006年度、第19期竜王戦にて3連敗を喫し、6組へ降級したが、翌期の第20期竜王戦にて6組の昇級者決定戦を制し、即座に5組へ復帰した。

2008年度の第66期順位戦と、翌年度の第67期順位戦で苦戦。結果、2期連続で降級点を喫したため、C級2組へ陥落となった。

2011年度は第24期竜王戦にて3連敗を喫し、再び6組へ降級したが、翌期の第25期竜王戦にて6組の昇級者決定戦を制し、2回目の5組復帰に成功した。

2013年度は第71期順位戦で苦戦し、C級2組で1回目の降級点となった。そして2015年度の第73期順位戦でも成績が振るわず2回目の降級点を喫した。また、第28期竜王戦では5組残留決定戦で大平武洋に敗れ、3度目の6組降級となった。

そして2016年度(第74期順位戦)でも苦戦が続き、3回目の降級点が付いたため、フリークラスへの陥落となった。 一方、同年度の早指し棋戦では強さを発揮。第66回のNHK杯将棋トーナメント予選決勝で佐々木慎六段を破り、本戦へ出場。1回戦では、橋本崇載八段に敗れた。

その後も苦戦が続いていたが、2021年度は一転して好調となり、年度単位で12勝11敗の成績を収めた(6年度振りの2桁勝利数と、9年度振りの勝ち越し、という成績だった)。

しかし、2026年4月1日にはフリークラス規定による引退が日本将棋連盟により発表された。[2]同月30日の第39期竜王戦・6組昇級者決定戦では、自らが考案した戦法である下町流三間飛車を採用したものの、近藤正和七段に敗れ引退となった。[3]

棋風

  • 振り飛車を得意とし、特に積極的に攻める「下町流[4]」と命名した三間飛車を多く採用する。

人物

  • 小学6年生のとき(1979年)、新宿小田急デパートで開かれた第一回小田急将棋まつりの小学生大会で決勝戦まで勝ち進んだが、2歳年下の羽生善治に敗れ準優勝だった。2017年10月5日、ニコニコ生放送に叡王戦の解説として出演した際、リスナーからこの時の戦型を質問され、「はっきり覚えてますよ。羽生さんの左美濃で5七銀が4六にあがる当時流行していた急戦。終盤逆転されてしまったが、いい将棋だった」と語った。この大会には森内俊之も出場(羽生に敗れ3位)している[5]
  • 2008年1月現在、羽生善治に勝ち越している数少ない棋士の一人[6]
  • 競馬麻雀が趣味。競馬では、自分が好きな馬に、1レースに百万単位の金を賭けたことがある[1]という情報があったが、2017年10月5日、ニコニコ生放送に叡王戦の解説として出演した際、これは間違いで、正しくは一万円が五十万円くらいになったことがある程度であると訂正した。
  • 「下町流」を生んだ東京都江東区の多くの小学校で、将棋教室や指導などを二十年以上にわたり行なっている[7]。近年はさらに、師匠ゆかりの宮城県にも活動拠点を広げ、タイトル戦などでは仙台会場で大盤解説をすることが多い[注 1]

弟子

棋士となった弟子

名前四段昇段日段位、主な活躍
山本博志2018年4月1日 五段
川村悠人2026年4月1日 四段

(2026年3月14日現在)

  • 山本は小倉と同じく三間飛車を得意戦法としている。
  • 川村は大師匠の中原にも影響を受けた矢倉を得意戦法としている。

昇段履歴

  • 1982年:6級 = 奨励会入会
  • 1986年:初段
  • 1988年10月1日:四段 = プロ入り
  • 1992年10月28日:五段(勝数規定/公式戦100勝
  • 1998年5月20日:六段(勝数規定/五段昇段後公式戦120勝
  • 2005年10月24日:七段(勝数規定/六段昇段後公式戦150勝[8]
  • 2022年4月1日:八段(フリークラス規定)[9]

主な成績

在籍クラス

順位戦・竜王戦の在籍クラスの年別一覧
開始
年度
(出典)順位戦
出典[10]
(出典)竜王戦
出典[11]
名人 A級 B級 C級 0 竜王 1組 2組 3組 4組 5組 6組 決勝
T
1組 2組 1組 2組
1988 47 昇段前 2 6組 -- 1-2
1989 48 C253 5-5 3 6組 -- 0-2
1990 49 C232 7-3 4 6組 -- 2-2
1991 50 C215 4-6 5 6組 -- 4-2
1992 51 C232 8-2 6 6組 -- 3-1
1993 52 C203 7-3 7 5組 -- 1-2
1994 53 C207 7-3 8 5組 -- 1-2
1995 54 C209 4-6 9 5組 -- 2-2
1996 55 C232 10-0 10 5組 -- 1-2
1997 56 C119 4-6 11 5組 -- 2-2
1998 57 C116 7-3 12 5組 -- 3-2
1999 58 C107 4-6 13 5組 -- 2-2
2000 59 C116 4-6 14 5組 -- 3-2
2001 60 C119 8-2 15 5組 -- 3-2
2002 61 C104 5-5 16 5組 -- 3-2
2003 62 C111 6-4 17 5組 -- 1-2
2004 63 C111 6-4 18 5組 -- 4-2
2005 64 C109 3-7 19 5組 -- 0-3
2006 65 C123 6-4 20 6組 -- 6-2
2007 66 C114x 3-7 21 5組 -- 1-2
2008 67 C127*x 3-7 22 5組 -- 1-2
2009 68 C201 5-5 23 5組 -- 4-3
2010 69 C216 5-5 24 5組 -- 0-3
2011 70 C218 4-6 25 6組 -- 4-1
2012 71 C227x 3-7 26 5組 -- 2-2
2013 72 C238* 6-4 27 5組 -- 1-2
2014 73 C218*x 2-8 28 5組 -- 0-3
2015 74 C241**x 3-7 29 6組 -- 3-2
2016 75 F編 30 6組 -- 2-2
2017 76 F編 31 6組 -- 0-2
2018 77 F編 32 6組 -- 1-2
2019 78 F編 33 6組 -- 1-2
2020 79 F編 34 6組 -- 0-2
2021 80 F編 35 6組 -- 2-2
2022 81 F編 36 6組 -- 0-2
2023 82 F編 37 6組 -- 0-2
2024 83 F編 38 6組 --
順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。
順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 )
順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。
竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。

年度別成績

公式棋戦成績
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1988 161240.7500[12]
1989 4926230.5306[13]
1990 3921180.5385[14]
1988-1990
(累計)
1045945
年度対局数勝数負数勝率(出典)
1991 4023170.5750[15]
1992 4630160.6522[16]
1993 3722150.5946[17]
1994 3823150.6053[18]
1995 3921180.5385[19]
1996 4128130.6829[20]
1997 2911180.3793[21]
1998 4129120.7073[22]
1999 3819190.5000[23]
2000 3416180.4706[24]
1991-2000
(小計)
383222161
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2001 4024160.6000[25]
2002 3825130.6579[26]
2003 3516190.4571[27]
2004 2512130.4800[28]
2005 3618180.5000[29]
2006 2612140.4615[30]
2007 3012180.4000[31]
2008 3318150.5455[32]
2009 3216160.5000[33]
2010 3316170.4848[34]
2001-2010
(小計)
328169159
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2011 2711160.4074[35]
2012 3519160.5429[36]
2013 2711160.4074[37]
2014 255200.2000[38]
2015 2811170.3929[39]
2016 176110.3529[40]
2017 175120.2941[41]
2018 132110.1538[42]
2019 199100.4737[43]
2020 164120.2500[44]
2011-2020
(小計)
22483141
年度対局数勝数負数勝率(出典)
2021 2312110.5217[45]
2022 209110.4500[46]
2023 164120.2500[47]
2021-2023
(小計)
592534
通算 10985585400.5081[48]
2023年度まで

著書

  • 『振り飛車党宣言!(1)四間飛車』(1993年11月、文庫版は2003年7月、毎日コミュニケーションズ杉本昌隆藤井猛との共著
  • 『振り飛車党宣言!(3)居飛車穴熊対策』(1994年5月、文庫版は2003年9月、毎日コミュニケーションズ)同上
  • 『振り飛車党宣言!(4)四間飛車対左美濃』(1994年12月、毎日コミュニケーションズ)同上
  • 『小倉流向かい飛車の極意』(2003年9月、毎日コミュニケーションズ)
  • 『下町流三間飛車~居飛穴攻略の新研究』(2006年4月、毎日コミュニケーションズ)
  • 『三間飛車新時代』(2017年10月、マイナビ将棋BOOKS)弟子の山本博志との共著

脚注

関連項目

外部リンク

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