杉本和陽

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名前 杉本和陽
生年月日 1991年09月01日(34歳)
プロ入り年月日 2017年04月01日(25歳)
 杉本和陽 六段
名前 杉本和陽
生年月日 1991年09月01日(34歳)
出身地 東京都大田区
棋士情報
プロ入り年月日 2017年04月01日(25歳)
棋士番号 310
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 米長邦雄 永世棋聖
段位 六段
棋士DB 杉本和陽
2025年4月25日現在
■テンプレート ■プロジェクト

杉本 和陽(すぎもと かずお、1991年9月1日[1] - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士である。東京都大田区出身[1]攻玉社中学校・高等学校卒業[2]米長邦雄永世棋聖門下[1]。棋士番号は310[1]

プロ入り後

6歳の頃、アマ二段の父が将棋を指す姿を見て、ルールを覚えた[1][2]

2002年、第1回全国小学生倉敷王将戦高学年の部で優勝[3]

2003年、第28回小学生将棋名人戦で優勝[4]。同年9月に奨励会入会[5]

三段リーグには2008年の第44回から参加。13期目の第56回で3位となり、次点を獲得。17期目の第60回にて、2017年3月4日に行われた最終日で連勝し、12勝6敗の成績で2位となったことで、四段へ昇段した[1][注 1]

2018年、第68回NHK杯テレビ将棋トーナメントで予選を突破し、自身初となる本戦トーナメント進出を果たした。本戦では、1回戦で斎藤慎太郎に敗れ、敗退となった。

2019年、第32期竜王戦6組の昇級者決定戦の決勝で長谷部浩平に勝利し、5組へ昇級。

2024年、第66期王位戦予選の決勝で深浦康市に勝利し、自身初となる挑戦権者決定リーグ入りを果たした。リーグ(白組)では2勝3敗となり、残留とはならなかった。

2025年、第96期棋聖戦決勝トーナメントにて、1回戦で前期挑戦者の山崎隆之[6]、準々決勝で及川拓馬、準決勝で西田拓也を破り、挑戦者決定戦へ進出[7]。4月25日に行われた挑戦者決定戦では永瀬拓矢に勝利し、藤井聡太棋聖への挑戦権を獲得するとともに、「五段昇段後タイトル挑戦」の昇段規定により同日付で六段に昇段した[8]。また、タイトル戦の番勝負に出場したことのある棋士における四段昇段時の最年長記録を更新した。なお、五番勝負は0勝3敗で敗退となった。

棋風

師匠

入門時および現在での公式の師匠は米長邦雄であり、米長の最後の弟子でもある。米長が「どうしても最後に弟子に取りたい」として杉本を入門させたという[12]

奨励会に在籍していた2012年12月18日に米長が亡くなった際、米長門下の筆頭弟子であった伊藤能門下となったが、その伊藤が2016年12月25日に死去してしまい、さらに米長門下の二番弟子であった中川大輔門下となった経緯を持つ。しかし、2017年に四段昇段でプロ入り後は、日本将棋連盟の慣習に従い、米長門下という扱いになっている。

人物

  • 趣味はバスケットボール[1]。 ※四段昇段時インタビューより
  • 昇段インタビューでは「三段リーグで戦っていた期間が長くて、応援していただいた人の顔が浮かび、感極まりました。」と涙を拭う仕草を見せた[13]
  • 対局時にはウィダーインゼリー(現名称・Inゼリー)を食べる[2]
  • 2020年1月、前年に一般女性と結婚していたことを発表した[14]

昇段履歴

昇段規定は、将棋の段級を参照。

  • 2003年9月関東奨励会入会 [1][5]
  • 2008年9月 : 三段(第44回奨励会三段リーグ〈2008年度後期〉からリーグ参加)[1][15]
  • 2017年4月01日 : 四段(第60回奨励会三段リーグ成績2位) = プロ入り [1]
  • 2021年7月08日 : 五段(勝数規定/公式戦100勝、通算100勝68敗)[16][17]
  • 2025年4月25日 : 六段(五段昇段後タイトル挑戦、通算212勝124敗)[18][19]

主な成績

脚注

外部リンク

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