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豊臣兄弟!

2026年の日本のNHK大河ドラマ From Wikipedia, the free encyclopedia

豊臣兄弟!』(とよとみきょうだい)は、2026年令和8年)1月4日より放送中のNHK大河ドラマ第65作[2]豊臣秀吉の弟・豊臣秀長を主人公に、百姓から下剋上を経て天下統一するまでを描く[2]

別名 BROTHERS IN ARMS[1]
ジャンル テレビドラマ
演出 渡邊良雄
渡辺哲也
田中正 他
概要 豊臣兄弟!, 別名 ...
豊臣兄弟!
別名 BROTHERS IN ARMS[1]
ジャンル テレビドラマ
脚本 八津弘幸
演出 渡邊良雄
渡辺哲也
田中正 他
出演者 仲野太賀
(以下五十音順)
池松壮亮
井上和
榎木孝明
小栗旬
尾上右近
要潤
倉沢杏菜
坂井真紀
白石聖
菅田将暉
大東駿介
竹中直人
田中哲司
谷原章介
鶴見辰吾
中島歩
浜辺美波
松下洸平
宮﨑あおい
宮澤エマ
山口馬木也
山田涼介
吉岡秀隆
吉岡里帆
ナレーター 安藤サクラ
谷口慎一郎アバンタイトル
音楽 木村秀彬
時代設定 戦国時代 - 安土桃山時代
製作
制作統括 松川博敬
堀内裕介
プロデューサー 高橋優香子
舟橋哲男
吉岡和彦
国友茜
製作 NHK
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間2026年1月4日 -
放送時間日曜 20:00 - 20:45
放送枠大河ドラマ
放送分45分
公式サイト
番組年表
前作べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜
次作逆賊の幕臣
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制作

制作統括の松川博敬は、大河ドラマの制作統括をするならば戦国時代の三英傑をやりたいという思いがあった。当初は秀吉を主人公にと思ったが、脚本の八津と話し合いで、あまり知られていない秀長を主人公にすれば新しい切り口で比較的自由に描けるし、近年は秀吉が悪役として描かれる作品が多いため「原点に戻ったものを見てもらいたい」という思いから、秀長を主人公とした[3]

2024年3月12日、制作発表において、主演を仲野太賀、脚本を連続テレビ小説おちょやん』を手掛けた八津弘幸が担当することが発表された[2]

八津は秀長についてあまり知らなかったが、秀吉が主人公では晩年にかなり暗い展開になるため、「秀吉を支える人物とのバディもの」と考え秀長を主人公にしたと語っている。また、秀吉と秀長の関係性については「秀長がドラえもんで秀吉がのび太くんというイメージ」としている[4]

出演者発表は、2024年10月2日に第2弾[5]、2025年2月3日と4日に第3弾[6][7]、同年4月8日に第4弾[8][9]、同年12月9日と10日に第5弾[10][11]、2026年1月7日に第6弾[12]、同年1月14日と15日に第7弾[13][14]、同年3月8日に第8弾[15]、同年4月22日に第9弾[16]、同年6月11日に第10弾[17]、同年7月20日と22日に第11弾[18][19]が行われた。

2025年5月19日、秀長の幼馴染・直役を演じる予定であった永野芽郁の降板が発表された[20][21]。同月22日、同役として新たに白石聖の起用が発表された[22][23]

同年6月5日、山形県寒河江市の瑞宝山本山慈恩寺にてクランクイン[24]

同年7月30日、初回放送日が2026年1月4日になることが明らかにされた[25]

同年11月7日、主人公・小一郎と兄・藤吉郎をメインとしたキービジュアルが公開され、語りを安藤サクラが担当することが発表された[26]

2026年1月26日、海外展開にあたり海外ビジュアルと英語タイトル「BROTHERS IN ARMS」が公開された[27]

あらすじ

尾張清須編(第1回 - 第4回)

永禄二年(1559年)早春。尾張国中村百姓小一郎豊臣秀長)は家族や仲間とともに農作業に励んでいた。そこへ8年ぶりに帰郷した兄・藤吉郎豊臣秀吉)が現れ、武士になるよう小一郎を誘う。その後、侍となった藤吉郎の恐ろしさを目の当たりにしたことで一度は誘いを拒絶した小一郎だったが、村が相次いで野盗野武士に襲われたことで百姓の無力さを痛感し、母・なかや姉・ともの後押しもあり、藤吉郎と幼馴染・の3人で村を離れる。清須織田家に仕え始めた小一郎は、自分たちに槍の稽古をつける城戸小左衛門が亡き父の仇だと藤吉郎から知らされ、共に仇討ちを計画する。一方、直は浅野長勝の屋敷で寧々の侍女として働くことになる。

翌年、駿河国遠江国三河国を治める戦国大名・今川義元が、大軍を率いて尾張へ侵攻する。これに対し、織田信長清須城から全く動かず、柴田勝家ら重臣達は不安を募らせる。しかし、丸根砦鷲津砦が陥落すると信長は突如出陣し、桶狭間山に陣を敷いていた義元を討ち取る(桶狭間の戦い)。戦いの最中も小左衛門を狙う藤吉郎に対し、小一郎は今川との戦いを優先すべきと主張して仇討ちを中断させるが、直後に小左衛門が戦死する。藤吉郎は小左衛門が討ち取った大将首を手に論功行賞に臨み、足軽組頭の地位と木下藤吉郎秀吉の名を与えられる。また、小一郎は信長の近習となるよう打診されるも辞退し、藤吉郎の元で信長に尽くすことを誓い、木下小一郎長秀と名を改める。

美濃攻め編(第5回 - 第9回)

信長は今川から独立した三河の戦国大名・松平元康徳川家康)と同盟(清洲同盟)を結ぶと、犬山や美濃への侵攻を見据えて小牧山城へ拠点を移し、藤吉郎と小一郎も小牧へ家族を呼び寄せる。その後二人は、信長から鵜沼城主・大沢次郎左衛門の調略を任され、次郎左衛門が美濃国主・斎藤龍興から疎まれていることを利用し、義兄・弥助長尾弥兵衛)と義弟・甚助副田甚兵衛)の協力を得て次郎左衛門を寝返らせることに成功する。しかし、信長は当初から次郎左衛門を生かすつもりはなく、小一郎に彼を斬るよう迫る。次郎左衛門を殺害すれば人質として鵜沼城に残った藤吉郎の命はないとこれを拒否した小一郎は、次郎左衛門の助命のため奔走し、最後は命を懸けようとする。その姿に心打たれた次郎左衛門は出家を選び、信長もこれを容認する。

永禄八年(1565年)、尾張を統一した信長は、美濃の攻略に乗り出す。同じ頃、侍大将に出世していた藤吉郎は寧々と結婚し、小一郎も直と婚約する。信長は墨俣を築かせようとするも斎藤軍の妨害に頭を悩ませており、藤吉郎はその建設を安請け合いする。小一郎は料理の下ごしらえから策を思い付き、前野長康を仲介役として川並衆に接触する。藤吉郎は川並衆筆頭の蜂須賀正勝を説得して協力させ、翌年に墨俣砦を完成させる。この砦を囮として、藤吉郎や正勝らが稲葉良通氏家直元を引き付けている間、小一郎は長康らとともに北方城を攻めるが、竹中半兵衛の助言を受けた北方城主・安藤守就に作戦を見破られ、失敗に終わる。小一郎は小牧に戻るが、直の変わり果てた姿があった。直は中村に帰省中、用水を巡る百姓たちの争いに巻き込まれて命を落としていた。

悲しみに暮れる間もなく、小一郎は藤吉郎や正勝とともに竹中半兵衛の調略に乗り出す。しかし、半兵衛は「三顧の礼」を理由に明言を避ける。二度目の説得からの帰路、三人は安藤守就に捕らえられるが、稲葉良通や氏家直元とともに守就を織田方へ引き入れることに成功する。こうして美濃三人衆を麾下に加えた信長は、半兵衛に翻弄されながらも稲葉山城の龍興を追い詰める(稲葉山城の戦い)。小一郎たちは半兵衛が作った城内への抜け道を見つけて侵入し、三度目の説得を行う。半兵衛は降参して織田家の家臣となり、木下家の与力として働くことになる。

永禄十年(1567年)、信長は拠点を稲葉山城へ移し、岐阜城と改める。小一郎は生前の直が、「小一郎には乱世を終わらせる力がある」と信じていたと知り、岐阜の地にて争いのない世を築くことを誓う。

信長上洛編(第10回 - 第13回)

同年、室町幕府の奉公衆・明智光秀が岐阜を訪れ、将軍家の後裔である足利義昭を将軍職に就けるため、信長に上洛を要請する。信長はこれを承諾し、妹の近江浅井長政に嫁がせて同盟を結ぶと、六角氏三好三人衆を破って上洛を果たし、義昭を将軍職に就ける。その後、信長は各地の大名や有力武将に上洛要請を出す。大和松永久秀はこれに応じて信長に臣従する一方、甲斐武田信玄越前朝倉義景らは要請を無視する。

義昭は幕府再興を目指して強かに立ち回ろうとするが、自身を軽んじる信長への不満を募らせていく。また、浅井長政は義兄となった信長と良好な関係を築きながらも、朝倉家に肩入れする父・浅井久政に頭を悩ませる。そんな中、藤吉郎と小一郎は会合衆からの矢銭を徴収することに成功する。また、本圀寺では三好三人衆らに襲撃された義昭を光秀と共に守るなど(本圀寺の変)、手柄を重ねて出世していく。また、小一郎は信長の命により守就の娘・と政略結婚する。しかし慶は後家で、斎藤家重臣であった前夫は織田軍に討ち取られており、小一郎に対して頑なな態度を取る。

元亀争乱編(第14回 - 第17回)

元亀元年(1570年)、信長は幕府軍として若狭の武藤友益を攻め、そのまま越前の朝倉攻めにも乗り出そうとする。ところが、久政に迫られて朝倉方に付いた長政が突如裏切り、市は両端を縛った小豆袋で信長に危機を知らせる。信長は動揺するが、藤吉郎の説得を受けて京への撤退を開始する。小一郎と藤吉郎は危険を承知で殿を務め、朝倉軍の猛追を受けながらも、光秀に助けられて生還する(金ヶ崎の戦い)。その後、態勢を立て直した信長は徳川家康の協力を得て浅井・朝倉軍を破り(姉川の戦い)、彼らに味方した比叡山延暦寺にも容赦ない攻撃を加える(比叡山焼き討ち)。比叡山にて藤吉郎は信長の命令に背き、女子供たちを密かに逃がそうとしたことで怒りを買うが、その行動により延暦寺の元僧兵で浅井家家臣の宮部継潤の調略に成功する。

一方、義昭は信長の排斥を企て、浅井・朝倉家を密かに支援するだけでなく、武田信玄を説得して上洛戦を開始させ、自らも挙兵する。しかし、信玄の不慮の死により義昭の目論見は崩れ、義昭は信長に敗れて京を追放される(槇島城の戦い)。勢いに乗った信長は朝倉家を滅ぼし(一乗谷城の戦い)、続いて浅井家の居城・小谷城を攻める。落城が迫る中、長政は市と娘たちを小一郎らに託して自害する(小谷城の戦い)。

近江長浜編(第18回 - 第20回)

浅井の旧領を与えられた藤吉郎は長浜城主となり、羽柴筑前守秀吉と改名する。小一郎も羽柴姓を名乗るようになる。二人は領地経営のため登用試験を行い、石田三成平野長泰片桐且元を秀吉の家臣、藤堂高虎を小一郎の家臣として採用する。

小一郎は慶とは形式的な夫婦関係を続け、慶が男と密通しているという噂も放置していた。しかし、高虎がこの件に首を突っ込んだことで、慶には前夫との間に嫡男・与一郎がおり、その様子を密かに見守りに行っていたことが判明する。与一郎は父方の祖父・堀池頼昌によって慶から引き離されていたが、小一郎の説得でその養子となり、再び慶の元で暮らすこととなる。

その頃、秀吉は上杉謙信の侵攻を受けた能登へ出陣していたが、総大将の柴田勝家と対立して無断で長浜に帰り、織田軍は惨敗してしまう(手取川の戦い)。激怒した信長は秀吉に死罪を申し渡すが、大和松永久秀が謀反を起こしたため処分を保留とし、松永の元へ降伏を促しに行くよう命じる。

秀吉と小一郎は信貴山城に乗り込み、平蜘蛛茶釜を信長へ献上して降伏するよう久秀を説得する。しかし久秀は真偽不明の生い立ちを語った末、平蜘蛛が偽物であることを明かし、焙烙玉を仕掛けた天守に火を放つ(信貴山城の戦い)。信長は当初から久秀が降伏を拒むと予想していたため、兄弟を罰さず、播磨へと送り込む。

播磨攻略編(第21回 - 第24回)

秀吉は信長の命により、荒木村重から播磨攻略を引き継ぎ、現地の国衆・小寺家の家臣である小寺官兵衛尉孝高黒田官兵衛)と知己を得る。播磨の諸勢力は信長と西の毛利輝元の間で揺れ動いていたものの、官兵衛の協力により別所長治ら有力な国衆たちが織田方に付く。さらに小一郎は竹田城を、秀吉は上月城を落とすなど但馬・播磨の攻略は順調に進む。ところが、別所家が突然離反し、毛利軍も播磨へ出兵する。上月城を任されていた尼子勝久山中幸盛は非業の死を遂げる(上月城の戦い)。

一方、播磨の問題から解放され安堵していた村重は、信長から突然謀反を疑われる。村重は必死に否定するが、その直後に与力の高山右近中川清秀が毛利の外交僧・安国寺恵瓊と通じていたことを知り、思い詰めて信長に反旗を翻す。村重は籠城を続けるが毛利からの補給を小一郎に断たれたことで追い込まれる。そして妻のだしと小一郎に説得され、村重は信長への投降を決意するが、土壇場で命が惜しくなったために逃亡する。その結果、置き去りにされただし達は皆殺しにされる(有岡城の戦い)。

同じ頃、別所家も三木城で抵抗を続けていたものの、秀吉の兵糧攻めにより疲弊し落城が迫る。織田軍総大将の織田信忠は三木城内の者たちの皆殺しを命じるが、秀吉と小一郎、官兵衛は有岡城の二の舞を避けるため信忠を説得する。信忠から仕置きを任された秀吉と小一郎は三木城に潜入して別所賀相を捕らえ、城内の者たちの助命と引き換えに長治が切腹する(三木合戦)。

運命の本能寺編(第25回 - 第28回)

信長が建設を進めていた安土城が完成する。安土では宴が開かれ、かつて信長に謀反を起こした織田信勝の嫡男にも関わらず一門衆として重用される織田信澄や、信長から四国の切り取りを認められた土佐の戦国大名・長宗我部元親らも参加する。宴は和やかに進むが、余興の最中に信長が重臣の佐久間信盛林秀貞、安藤守就を追放し、織田家中に激震が走る。

さらに信長は四国政策を一転させ、元親との約束を反故にし、元親に反発されると四国攻めを決定したため、取次の明智光秀は困惑する。そんな中、信長は信澄にかつての信勝の姿を重ねて謀反を疑い出すが、羽柴家の取り成しにより疑いは晴れる。しかし、実際には信澄は幼い頃から父の仇討ちをする機会を虎視眈々と狙っており、舅の光秀に揺さぶりをかけて謀反に誘う。光秀は話を聞かなかったことにするが、安土で家康の饗応役を務めている最中、信澄による信長の毒殺未遂事件が起こる。信長は激怒し、光秀に激しい暴行を加え、信澄には切腹命令を下す。光秀は饗応役を解任され、秀吉の中国攻めに加わるよう命じられるが、思い悩んだ末に謀反を決意し、信長が滞在する本能寺へ兵を差し向け、信長を討つ(本能寺の変)。

その頃、秀吉と小一郎による備中高松城の水攻め(備中高松城の戦い)は大詰めを迎えていた。小一郎は総仕上げとして信長に出陣を要請した後、京に滞在していたところ、本能寺の変に遭遇する。小一郎は秀吉に本能寺の変について知らせるため書状を書くも、敢えて信長の死を伏せ、秀吉が一心不乱に畿内へ戻るよう仕向ける。その狙い通り、秀吉は直ちに毛利方との和睦交渉をまとめ、驚異的な速さで畿内に戻る。

天下一統編(第29回 - )

信長の三男・織田信孝らと合流した秀吉は、信孝を総大将に据えつつ実質的に軍を指揮し、明智軍を打ち破る(山崎の戦い)。しかし、戦傷により与一郎が死去し、小一郎は悲しみに暮れる。秀吉は小一郎を励まし、自らが信長に代わり理不尽な戦国の世を終わらせる決意を小一郎にのみ告げる。

織田家の家督を既に継いでいた信忠も明智軍に討たれていたため、その嫡男で僅か3歳の三法師が織田家当主となることが決まる。しかし、その名代を信長の次男・信雄と三男の信孝のどちらが務めるかが問題となり、秀吉、勝家、丹羽長秀池田恒興による評定が清須城で行われる(清須会議)。秀吉は他の家老たちを丸め込み、家老の合議によって織田家を支える体制を敷くこととするが、その直後に三法師を利用して自らが代表のように振る舞うなどして勝家らの反感を買う。一方、小一郎も強引な手段を用いて織田家の主導権を握ろうとする秀吉に戸惑うようになる。

登場人物

登場人物の歴史的事項については、当該記事を参照のこと。

主人公と一族郎党

羽柴家

羽柴美濃守秀長(はしば みののかみ ひでなが)
(小一郎 → 木下小一郎長秀 → 羽柴小一郎長秀 → 羽柴美濃守長秀 → 羽柴美濃守秀長)
演 - 仲野太賀[2](幼少期:平山正剛[28]
主人公。のちの豊臣秀長。羽柴家の第三子で、四兄弟姉妹の次男。織田家の家臣。寧々や慶からは「小一郎さん」、あさひからは「小一郎兄様(こいちろうあにさま)」、与一郎からは「父上」、市からは「弟猿(おとうとざる)」と呼ばれる。当初は単に小一郎と名乗っていたものの、桶狭間の戦いの功績で信長より偏諱を賜り、「木下小一郎長秀」と名乗る。その後、兄の改姓に伴って自身も羽柴に改姓する。
争いを好まず、調整や仲裁に長ける。また、素早い状況判断と的確な指示も得意。立身出世より銭が好きという一面を持つが、貯めた銭はここぞというときに惜しげもなく使う。官僚としての実務能力も高い。野盗に備えるため武術の鍛錬をしておりある程度の戦闘力はあるが、兄・藤吉郎のように敵を躊躇なく斬り捨てる冷酷さは無い。姉川の戦いでは藤吉郎を助けるために初めて敵兵を手に掛けたものの、それ以降も殺生を極力避けるようにしている。兄に対しては忠実な補佐役に徹しており、兄が鵜沼城の人質に取られた際や、西国攻めの最中に記憶を失い大将を務められなくなった際は周囲から兄を見捨てて成り代わるように勧められても固辞し、兄のために奔走する。
元は尾張中村百姓だったが、帰郷した藤吉郎に侍になるよう勧められる。また、清須にて信長と対面し彼の言葉に心を動かされるが、躊躇なく人を殺す藤吉郎に恐ろしさを覚え一度は兄の誘いを断る。しかし、村が武士団に何度も襲われ大勢が命を落としたことで、百姓という身分の無力さと自分たちを守ってくれぬ武士への怒りから侍になることを決意し、村を出て藤吉郎と共に信長に仕える。
雨が降る前兆を信長に教えていたことで、間接的に桶狭間の戦いでの織田軍勝利に貢献する。それを評価され、信長に近習になることを許可されるも、兄の配下として勤めたいと辞退する。
信長が美濃、近江、畿内、そして西国へと勢力を広げるに伴い、秀吉と共に各地の戦線に派遣され、秀吉が手柄を挙げていくのを裏で支える。その中で秀吉が度々無理難題を押し付けてくることに対しては怒りを露わにすることもあるが、知恵を絞り難局を乗り越えていく。
備中高松城攻めの最中、秀吉の頼みで信長を呼びに行ったところ、京に滞在中に本能寺の変が起きる。命を狙われながらも京に留まり、諸将が光秀方に付かないよう、また秀吉が一刻も早く畿内に戻れるように手を回す。その後、山崎の戦いで与一郎を亡くし悲しみに暮れるが、与一郎のためにも秀吉を支えて戦国の世を終わらせる決意をし、清須会議で根回しを行ったり、賤ヶ岳の戦いで勝家と戦うなど、秀吉の主導権掌握に貢献する。その中で秀吉が手段を選ばなくなっていくことに戸惑うが、千宗易との出会いを通して覚悟を決める。
(ちか)
演 - 吉岡里帆[5]
小一郎の妻。守就の娘。「お慶」とも呼ばれる。与一郎からは「母上」と呼ばれる。
斎藤家重臣であった前夫・堀池頼広を稲葉山城の戦いで失ったため織田家のことを恨む。信長の命により小一郎に嫁ぐが、「身は差し出しても心は織田の者には指一本触れさせない」と告げ、長年形だけの夫婦関係を続ける。小一郎との結婚前から密かに男と会っており、「男を誑かす女狐」という噂を立てられる。
実は堀池頼広との間に与一郎を儲けていたが、父・守就が斎藤家を裏切ったことから、与一郎を舅の頼昌に奪われて家を追い出されていた。その際に頼昌に斬りつけられたため、肩に大きな傷がある。小一郎に嫁いだ後も与一郎のことを気にかけ、村川竹之助を通じて密かに様子を見守っていたために密通の噂が立っていたことが判明する。小一郎たちに頑なな態度を取っていたものの実際には年月とともに織田家への恨みはなくなっており、頼昌とも和解して与一郎を小一郎の養子に迎え、名実ともに小一郎の妻となり、娘の末を儲ける。
本能寺の変の知らせを受けた後、小一郎の元に駆け付けたいと望んだ与一郎を「義父上の言うことを聞くのですよ」と送り出す。それが彼の死の間接的原因になったことに責任を感じるが小一郎に励まされる。清須会議の直前、自身を気遣って長浜に留まろうとした小一郎に対し、与一郎が望んだ世を作るためにも清須に行くように言い、背中を押す。
羽柴与一郎(はしば よいちろう)
(与一郎 → 羽柴与一郎)
演 - 大西利空[17](幼少期:高木波瑠
小一郎の養嗣子。慶とその前夫・堀池頼広の嫡男。
物心つく前に母の慶と引き離され、帰農した祖父の頼昌により弓術と織田家への憎悪を教え込まれて育つ。しかし、小一郎の説得により母と共に暮らす道を選び、堀池家を出て小一郎の養子となる。
長浜城で本能寺の変の知らせを受けた際、義父の役に立ちたいと小一郎の元に駆け付け、山崎の戦いで初陣を果たすが、総大将の織田信孝を明智軍の刺客から守ろうとして矢傷を肩に受ける。一時は小康状態にあったがその傷が原因で高熱を出し、家族に看取られて亡くなる。
末(すえ)[注釈 1]
小一郎と慶の娘。
羽柴筑前守秀吉(はしば ちくぜんのかみ ひでよし)
(藤吉郎 → 木下藤吉郎秀吉 → 羽柴筑前守秀吉)
演 - 池松壮亮[5](幼少期:木村優来[30][28]
小一郎の3歳年上の兄。通称は藤吉郎(とうきちろう)。のちの豊臣秀吉。羽柴家の第二子で、四兄弟姉妹の長男。織田家の馬廻衆で、後に家老の一人に出世する。小一郎から「兄者」、あさひからは「藤吉郎兄様(とうきちろうあにさま)」、寧々や直から「藤吉郎さん」と呼ばれる。信長や利家などから「」と呼ばれ、自らも称する。当初は単に藤吉郎と名乗っていたが、織田軍の足軽組頭に出世すると「木下藤吉郎秀吉」と名乗る。浅井の旧領を与えられて長浜城主となった後は「羽柴筑前守秀吉」と名乗り、他の織田家臣からは「筑前」と呼ばれる。
陽気な人たらしで、調子が良く女好き。また、したたかではったりも得意。小一郎ならなんとかしてくれると期待して無理難題を安請け合いしてくることも多い。身分が低く見下されてきた経験から「皆から好かれたい」という強い思いを持つ。上昇志向が非常に強く、立身出世のためなら小狡い策を弄する事も辞さない。時には敵を躊躇なく斬り捨てるなど冷酷な一面も持ち合わせる。自身を引き立ててくれた信長を尊敬し篤い忠義を誓っており、信長のためであれば命を懸けることを厭わない。
元は中村の百姓で、坂井喜左衛門から妻と仏画を盗んで出奔していたが、8年ぶりに中村に戻り、自身の配下となるよう小一郎を誘う。出奔後は今川家臣・松下加兵衛に仕え、のちに信長に仕えて足軽大将に出世したと説明していたものの、実際には木下雅楽助傘下の一足軽に過ぎないことが判明する。
桶狭間の戦い後、馬廻衆に取り立てられる。美濃鵜沼城の調略では、小一郎と次郎左衛門が清須城に赴いている間に大沢家の人質となり、清須へ帰還後、寧々に求婚し夫婦となる。その後も信長が美濃や近江へ進出する過程で美濃三人衆や竹中半兵衛、宮部継潤の調略を行い、金ヶ崎の戦いでは殿を務める。加えて姉川の戦いなど数々の戦いに従軍し、働きを認められて異例の速さで出世し、毛利攻めでは総大将を務める。
備中高松城攻めの最中、小一郎からの手紙により本能寺で信長が光秀に襲われたと知ると、衝撃を受けつつも信長が生きている可能性に一縷の望みをかけて畿内まで駆け戻り、山崎の戦いでは信孝から軍の指揮を任されて勝利する。戦い後、与一郎の死により悲しみに暮れていた小一郎を励まし、理不尽な戦国の世を正すために信雄や信孝に代わって自分が信長の意志を継ぐことを小一郎にのみ告げる。
家老の一人として参加した清須会議では、織田家当主となった三法師に特定の名代を置かず4人の家老の合議制を敷くことを他の家老たちに合意させる。しかし、その後の三法師の初お目見えでは彼を手懐け、抱きかかえた状態で家臣一同の前に現れ、自身が織田家を率いていくことを三法師から認められたかのように演出する。加えて、領国配分や信長の葬儀を勝手に行うなど強引な手段を取りつつも、丹羽長秀ら有力な織田家の重臣を取り込むことに成功する。
勝家、信孝と対立すると勝家方の利家を直接訪ねて説得し、さらに抜け目なく越後上杉氏を味方につける。そして賤ヶ岳の戦いで柴田勢に勝利した後、北ノ庄城の戦いで勝家と市を滅ぼす。
寧々(ねね)
演 - 浜辺美波[5]
藤吉郎の妻。長勝の養女。「お寧々」とも呼ばれる。
少々勝ち気で、藤吉郎からは自分勝手と思われている。藤吉郎が一介の足軽に過ぎなかった頃から藤吉郎を気に掛けており、彼の振る舞いから活力を得ていると話す。侍女がすぐ辞めてしまうのが悩みの種で、直が侍女になってくれる事を喜ぶ。
藤吉郎とは時折喧嘩しつつも周囲も公認の恋仲となるが、藤吉郎が出世するまで求婚はできないと決めていたため長らく待たされる。その後兄弟が大沢の調略に成功した後、藤吉郎からの求婚を承諾し夫婦となる。藤吉郎の女癖の悪さに悩まされ、口喧嘩が絶えないものの、義母や義姉妹たちとともに羽柴家の奥を取り仕切り、藤吉郎を支える。また、子宝には恵まれずに悩むが、福島正則や加藤清正や松寿丸を我が子のように養育し、生きがいを見出す。松寿丸が信長の命で殺されそうになった際には羽柴家の女たちを率いて抵抗する。
羽柴秀勝(はしば ひでかつ)
演 - 柊木陽太[31]
秀吉の養嗣子。信長の五男。
子供のいない秀吉の跡継ぎとして養子になる。秀吉が大徳寺で行った信長の葬儀では名目上の喪主を務める。
(ごう)
演 - 福地美晴[32]
藤吉郎と寧々の養女。利家とまつの四女。
寧々に実子同様に育てられ、自分の実の両親が利家とまつである事を知らずにいる。
なか
演 - 坂井真紀[7]
小一郎の母。元は中村の百姓。子どもたちから「かか様」と呼ばれる。
穏和で愛情深く、小一郎たちを優しく見守る。子供たちそれぞれの性格をよく把握している。
早くに夫・弥右衛門を亡くし、女手一つで小一郎ら4人の子を育てる。侍になりたいが村を出ることに迷いがあった小一郎の思いを汲むと、その背中を押す。その際、小一郎と藤吉郎に「お天道様のようにおなり」と彼らの進むべき道を示す。藤吉郎が出世すると小牧に呼び寄せられ同居し、度々戦に出る兄弟のことを心配しつつ背中を押す。松寿丸が信長の命で殺されそうになった際には自分の居室に松寿丸を匿った。
弥右衛門(やえもん)
演 - 小林顕作
小一郎の父。織田家の足軽。
兄弟がまだ幼いころ合戦で重傷を負い、中村へ帰った後に亡くなる。藤吉郎によると、合戦の手柄を味方の城戸小左衛門に奪われている。
とも
演 - 宮澤エマ[7]
小一郎の姉。元は中村の百姓。羽柴家の第一子で、四兄弟姉妹の長女。
気が強く口も悪いが、しっかり者で家族想いでもある。藤吉郎や小一郎からは「姉様(あねさま)」と呼ばれる。
百姓時代は貧しい一家を切り盛りし、唯一の男手である小一郎に稼いでくるように発破をかける。小一郎が村を出て侍になるか迷っていた際は、母とともに後押しをして送り出す。
中々結婚できずにいたが、小一郎が中村を出た後まもなく弥助を婿に取る。藤吉郎が出世すると小牧に呼び寄せられ同居する。
弥助との間には万丸と小吉を儲ける。万丸に継潤の養子入りの話が持ち上がると猛反対するが、小一郎と弥助の説得により了承する。
三好吉房(みよし よしふさ)
(弥助 → 長尾弥兵衛 → 三好吉房 → 長尾吉房)
演 - 上川周作[11]
ともの夫。初登場時は弥助(やすけ)、その後長尾弥兵衛(ながお やへえ)と名乗る。元は馬貸し
温厚な性格だが気が小さく、武芸も不得手。
小一郎と藤吉郎が中村を出た後にともと結婚する。とも達と共に小牧に呼び寄せられ、藤吉郎に仕える。直が中村に里帰りした際には護衛を務めるが、直を死なせてしまい食事を拒むほど落ち込む。ともや小一郎からの𠮟咤激励によって立ち直り、その後も藤吉郎の家臣として働く。
ともとの間に万丸や小吉を儲ける。侍になった覚悟を決めていたことから、万丸が継潤の養子に入ることに同意し、小一郎と共にともを説得する。
羽柴秀次(はしば ひでつぐ)
(万丸 → 三好信吉 → 羽柴秀次)
演 - 山田涼介[18](幼少期:藤田蒼央[33]小時田咲空[34]
ともと弥助の長男。継潤の元養子。幼名は万丸(よろずまる)。のちの豊臣秀次
甘えん坊で泣き虫だったが、継潤が信長の麾下に入る条件として養子入りすることになる。母・ともの言いつけを守り、継潤の元では一度も泣かずに気丈に振る舞う。
小吉(こきち)
ともと弥助の次男。のちの豊臣秀勝
あさひ
演 - 倉沢杏菜[7]
小一郎の妹。元は中村の百姓。羽柴家の第四子で、四兄弟姉妹の次女。
天真爛漫かつ自然体で、食欲旺盛。
藤吉郎が出世すると小牧に呼び寄せられ同居する。金ヶ崎の合戦で殿軍を務めた藤吉郎が過労で倒れた際は京都まで出向き看病する。
副田吉成(そえだ よしなり)
(甚助 → 副田甚兵衛 → 副田吉成)
演 - 前原瑞樹[11]
あさひの夫。初登場時は甚助(じんすけ)、その後副田甚兵衛(そえだ じんべえ)と名乗る。
気が弱く、悲観的に物事を考える。
ともと弥助が結婚した後、あさひと結婚する。あさひ達と共に小牧に呼び寄せられ、藤吉郎に仕えると間者や伝令として働く。

浅野家(一門衆)

浅野長勝(あさの ながかつ)
演 - 宮川一朗太[10]
寧々の養父。織田家の御弓衆。
温厚な性格だが、寧々からは少々頼りなく思われている。酒好きで、酔うと呂律が回らなくなる。
弥右衛門と戦に出た経験があり、その息子の藤吉郎と小一郎を当初から気に掛ける。藤吉郎と寧々との結婚を快諾すると、藤吉郎を支えていく事を約束する。藤吉郎が出世して長浜城主にまでなったことを喜び、領地経営を手伝うなどしていたが間もなく亡くなる。
ふく
演 - 森口瑤子[10]
寧々の養母。
しっかり者で、やや頼りない夫・長勝を支える。
やや
演 - 増井湖々[35]
寧々の妹。浅野家の養女。
浅野長吉(あさの ながよし)
演 - 大地伸永[36][12]
ややの夫。のちの浅野長政
長勝の死後、浅野家の家督を継ぎ、羽柴家の元で働く。
本能寺の変の直後は、小一郎の指示で長浜に急行し、寧々ら羽柴家一族の命を守る。
直(なお)
演 - 白石聖(幼少期:泉谷星奈[37]
小一郎の幼馴染。寧々の侍女。
気が強くはっきり自分の意見を言うが、さっぱりとした性格の持ち主。小一郎の心中をよく理解しており「小一郎ならそう言うと思った」が口癖。また、時に叱咤しつつ小一郎を支える。小一郎とは相思相愛の間柄で、浅野家では「小一郎の許嫁」を名乗る。自分たちの生きる世が下克上の世の中であると弁えており、それゆえに百姓上がりの小一郎の出世に期待する。
中村で生活していた頃から土豪の娘にも関わらず村を自由に歩き回り、身分差のある小一郎らと親しく交流する。少禄の侍の三男を婿に取ることとなるが、小一郎に想いを寄せていたことから祝言を抜け出して駆け落ちを持ち掛ける。その後、野盗や野武士の襲撃を受けたことで結婚は破談となっている。その後は小一郎の誘いで村を出奔して清須に行き、寧々の侍女となる。小一郎が侍として生きることに悩む度に背中を押し、心の支えとなる。
小一郎が兄より先に結婚しないと決めていたことから長らく結婚を待たされていたものの、藤吉郎と寧々の婚礼後、小一郎と祝言を上げることとなり新居を構えて同居する。しかし、父の許しを請うため中村へ帰郷した帰り道に用水を巡る百姓たちの争い(水論)に遭遇し、子供を守ろうとしたところを背中に致命傷を受け亡くなる。

羽柴家の与力・家臣

竹中半兵衛(たけなか はんべえ)
演 - 菅田将暉[38][12]
織田家の家臣。羽柴家の与力。美濃菩提山城主。元は斎藤家の家臣。諱は重治(しげはる)。
幼い頃から病弱で戦場に出ることは叶わなかったものの戦を好み、頭の中で軍略をめぐらして実際の戦と比較することに無上の喜びを感じている。普段は冷静沈着に振る舞うが、内心は負けず嫌いで激しい気性の持ち主。強い敵と対峙することを望み、あらゆる策を講じようとする衝動が抑えられない自身のことを恐ろしい存在と自嘲したこともある。
小一郎たちが接触する3年前、僅かな手勢のみで斎藤龍興から稲葉山城を乗っ取ったため、改易蟄居を受けて菩提山麓の粗末な庵で兵法の研究に勤しむ。信長の命で調略にやって来た小一郎たちを最初は拒むが、3度請われたことで自身が憧れる諸葛亮に倣って織田家に降り、木下家の与力として知略で秀吉を支える存在になる。
次第に体調不良に悩まされるようになり、秀吉の行く末を見届けたいと願いながらもそれが叶わないであろうことを悟り、時がないと焦り始める。そのため、官兵衛に対してはその才覚を買いながらも、後を託せるか試すような行動を取る。
官兵衛が有岡城から帰らず、信長から松寿丸の始末を命じられた際には、羽柴家に火の粉が降りかからないよう従おうとするが、羽柴家の女たちや小一郎に阻まれて折れ、菩提山城で松寿丸を匿う。最後は自力で歩けなくなりながらも正勝らの助けを借りて戦場を見に行き、自身の策により宇喜多直家の調略が成功したことを聞いて喜ぶと、「まだ死にとうない。お前らのせいじゃぞ」と呟きつつ静かに息を引き取る。
蜂須賀正勝(はちすか まさかつ)
演 - 高橋努[11]
川並衆の筆頭。羽柴家の与力龍野城主。通称は小六(ころく)。弟分の前野長康からは「兄い」と呼ばれる。
勇猛で豪放磊落な戦国武者だが、今までの戦歴が負け続きだったのを気にする一面も持つ。当初半兵衛の事を嫌っていたが、やがてその才能を認めるようになる。
金次第で様々な仕事を請け負い、誰の下にも付かないと決めていたものの、藤吉郎の説得により彼の元で墨俣砦の建設に力を貸す。その後、正式に木下家の与力となり、荒事で藤吉郎を支える存在になる。墨俣砦の建設に力を貸した際、3年後に城持ちとしてもらうことを条件としていたが、15年後にそれが叶い、龍野城主となる。
前野長康(まえの ながやす)
演 - 渋谷謙人[11]
織田家の家臣。羽柴家の与力。元は川並衆。通称は将右衛門(しょうえもん)。
冷静沈着で理知的な性格。
正勝を兄と慕い、共に川並衆を束ねていたものの、戦国の世を生き残るために決別し織田家に仕官する。藤吉郎の働きにより正勝と和解し、共に墨俣砦の建設に力を貸す。その後、正式に木下家の与力となる。本能寺の変の直後は、小一郎の命で備中の秀吉の本陣に急行し、変事を報告する。
稲田植元(いなだ たねもと)
演 - 沼口拓樹[39]
蜂須賀家の家臣。川並衆。
宮部継潤(みやべ けいじゅん)
演 - ドンペイ[40][14]
羽柴家の与力。元は比叡山僧兵、のち浅井家の重臣。
周辺勢力が織田家に調略されてもなお浅井家に従っていたものの、朝倉家に不信感を抱いていたことから藤吉郎と小一郎の説得に応じ、藤吉郎の近親者を養子とすることを条件に織田家に降ると述べる。浅井家と織田家の和睦により一旦話が流れるが、比叡山焼き討ちの際に僧兵時代の知人を藤吉郎に救われたことに心を動かされ、改めて織田家に降る決心をする。織田家に臣従した後は藤吉郎の甥・万丸を養子に迎え、木下家の与力になる。
黒田官兵衛(くろだ かんべえ)
(小寺官兵衛尉孝高 → 黒田官兵衛)
演 - 倉悠貴[13]
羽柴家の与力。姫路城代。諱は孝高(よしたか)。元は播磨の国衆・小寺政職の家臣で、自身も小寺姓を名乗る。
知恵者だが野心家で、自信家な一面を持つ。
村重を通じて織田家と関係を築き、主君の政職のみならず別所氏赤松氏も少々強引な手を使って説き伏せ、信長に服属させる。村重の後任として播磨にやってきた藤吉郎の元で働き、半兵衛に対抗心を燃やしつつ、播磨攻略の戦略を練る。
旧知の村重が謀反を起こした際、考え直すように説得のため有岡城に赴くが幽閉される。衰弱しながらも生き延び、左足が不自由になりつつも有岡城の開城後救出される。自身の幽閉中に既に故人となっていた半兵衛が松寿丸を助命してくれたことに感謝し、半兵衛の生前の願いを汲んで羽柴家に尽くす決心をし、小寺家の人間としてではなく「黒田官兵衛」として忠誠を誓う。以後半兵衛に代わる参謀役として秀吉を支える。
松寿丸(しょうじゅまる)
演 - 森優理斗[41]
官兵衛の嫡男。後の黒田長政
織田家に人質に出され、長浜城の寧々の元に預けられる。父の官兵衛が有岡城に入ったきり消息を絶ったことから、官兵衛の寝返りを疑った信長により殺害命令が下る。それにより半兵衛に殺されそうになるも、羽柴家の女たちや小一郎に庇われ、最終的に助命を決めた半兵衛によって菩提山城に匿われ、有岡城から生還した官兵衛と再会する。
藤堂高虎(とうどう たかとら)
演 - 佳久創[8]
小一郎の家臣。
大柄で腕っぷしが強い。仲間想いで、冷静な状況判断を下せる才覚の持ち主ながら、一方で短気なため周囲との衝突が絶えず、小一郎に窘められている。
元は浅井家の家臣で、姉川の戦いで小一郎らに初めて遭遇する。その後短期間のうちに阿閉貞征磯野員昌などの元を渡り歩いたのち、長浜城で行われた家臣登用試験で小一郎の家臣として取り立てられる。
石田三成(いしだ みつなり)
演 - 松本怜生[8]
藤吉郎の家臣。
長浜城で行われた家臣登用試験で藤吉郎の家臣として取り立てられる。聡明だが融通が利かない一面を持つ。端整な風貌の持ち主で女子から人気があり、正則と清正に羨まれる。
山崎の合戦では敗走する明智光秀を生け捕りにする武功を挙げる。
片桐且元(かたぎり かつもと)
演 - 長友郁真[42]
藤吉郎の家臣。元は浅井家の家臣。
長浜城で行われた家臣登用試験で藤吉郎の家臣として取り立てられる。
平野長泰(ひらの ながやす)
演 - 西山潤[43]
藤吉郎の家臣。
長浜城で行われた家臣登用試験で藤吉郎の家臣として取り立てられる。
福島正則(ふくしま まさのり)
演 - 松崎優輝[13]
藤吉郎の子飼い。幼名は市松(いちまつ)。
加藤清正(かとう きよまさ)
(加藤虎之介 → 加藤清正)
演 - 伊藤絃[13]
藤吉郎の子飼い。幼名は虎之介(とらのすけ)。
賤ヶ岳の戦いでは佐久間盛政に一騎打ちを挑んで圧倒し、彼を敗走させる。
桑山重晴(くわやま しげはる)
演 - 住田隆[18]
羽柴家の家臣。元々秀吉に仕えていたが、賤ヶ岳の戦いにて小一郎の元に付けられる。
秀吉には「つわもの」と評されるが、それとはかけ離れた印象の気弱で飄々とした男。小一郎に特技を訊かれると「死なないこと」と答える。
賤ヶ岳の戦いで柴田軍を前にした際は撤退を進言するが、秀吉の援軍到着を信じた小一郎によって拒否される。
吉川平助(よしかわ へいすけ)
演 - 松岡広大[18]
羽柴家の家臣。

織田家

織田一門

織田信長(おだ のぶなが)
演 - 小栗旬[6](幼少期:村上秋峨
尾張出身の戦国大名。尾張清須城主のち小牧山城主、美濃岐阜城主、近江安土城主。官位は弾正忠(だんじょうちゅう)。天下人となってからは「上様(うえさま)」と呼ばれる。
型破りな性格で一部からは「うつけ」と評されている。身分や家柄を問わず実力ある者を取り立てており、藤吉郎や小一郎に目をかける。一方で敵対する者には容赦無く、家臣を厳しく叱責し時には折檻するなど、苛烈さも備える。以前は心優しく繊細であったが、市によると弟・信勝に裏切られて以降、人が変わり人間不信となっている。信勝の件は大きなトラウマとなっており、小一郎や浅井長政、織田信澄に信勝を重ね合わせて理不尽な行動に出ることもある。また、強力なリーダーシップを発揮し、敵対勢力の殲滅など非情な決定を躊躇なく下しているように見えるものの、内心では密かに迷い、傷ついている。しかし、家臣たちの前では弱みを見せず尊大に振る舞っているため、市のみがこの一面に気が付いている。
桶狭間の戦いにおいて今川義元を討ち取り勝利すると、美濃の攻略に着手する。藤吉郎と小一郎を使って調略を進め、稲葉山城を落とすと岐阜城と改名して居城とする。その後、足利義昭に上洛を要請されると即座に了承し、翌年彼を奉じて上洛を成し遂げ、その後ろ盾となって幕府再興を目指すが、本心ではそれを足掛かりとして天下一統への野心を燃やす。
その後、自身に反旗を翻した義昭を京都から追放、室町幕府を滅ぼし、さらには浅井氏や朝倉氏も滅ぼして自らの政権を樹立し覇業に邁進する。その勢いで武田氏を滅ぼし、さらに上杉氏毛利氏との戦いも優位に進め、天下一統が目前に迫る。ところが、小一郎の要請を受けて毛利攻めに向かう途上、家臣の明智光秀による謀反に遭い自害する。
織田信忠(おだ のぶただ)
演 - 小関裕太[13]
信長の嫡男。
岩村城の戦いで戦功を挙げた後、信長から家督と岐阜城を譲られる。
松永久秀や荒木村重、別所長治を攻める際は織田軍の総大将を務める。
本能寺の変の直後、光秀に討たれたことが語られている。
三法師(さんぼうし)
演 - 清水伊織[32]
信忠の嫡男。信長の嫡孫。
信長と信忠が明智光秀の謀反により自害すると、僅か3歳にして織田家当主となる。初お目見えでは秀吉に抱きかかえられて家臣一同の前に姿を現すと、織田家筆頭家老として織田家を支えると言った秀吉に対し「頼りにしておるぞ、秀吉」と声をかける。
織田信雄(おだ のぶかつ)
演 - 山脇辰哉[44][31]
信長の次男[31]。織田家の一門衆。清須会議での領地配分後は清須城主となる。
本能寺の変後すぐには畿内に戻れず、弟の信孝に手柄を取らせまいと自分が合流するまで明智軍との戦闘を控えるよう要請するが、却下されている。清須会議では甥の三法師の名代になろうと信孝と対立し、恒興を味方に引き入れる工作をしたり、侍女(演:森寧々[45])を使って三法師の誘拐未遂事件を起こしたりするが、秀吉たちに阻まれる。会議では特定の名代を置かず合議制を敷くことを家老たちが決定したため蚊帳の外に置かれるが、その後信孝が三法師の名代のように振る舞い始めたことで信孝と対立し、秀吉を味方につける。
津川雄光(つがわ かつみつ)
演 - 早瀬栄之丞[32]
信雄の重臣。
織田信孝(おだ のぶたか)
演 - 結木滉星[13]
信長の三男[13]。織田家の一門衆。信雄より序列は低いが、信長からは信雄より評価されていたとされる。清須会議での領地配分後は岐阜城主となる。
覇気があり強気な気性だが将としての器量に乏しく、秀吉から「全く分かりやすいお方じゃ」と評される。
信長が長宗我部の討伐を決めると、総大将に任じられるが、信長の死により遠征を中止する。そして挙兵していた大坂の信澄を討ったのち秀吉たちと合流し、山崎の戦いでは名目上の総大将を務めるが、軍の指揮を秀吉に任せる。信雄への対抗心から信雄軍が到着するのを待たずに戦を始め、また不用意に戦線に出たことで明智軍の刺客から攻撃され、自身を庇った与一郎を負傷させてしまうなど失態を演じる。清須会議では甥の三法師の名代になろうと信雄と対立するが、特定の名代を置かず合議制を敷くことを家老たちが決定したため、蚊帳の外に置かれる。しかし、「保護」という名目で三法師を岐阜城に留め置いて織田家の主導権を握ろうとし、勝家を味方に付ける。この動きに反発した秀吉と信雄に攻められるが、積雪により柴田勝家の援軍を得られず一度は降伏する。春になると、勝家に呼応して挙兵するが、勝家が羽柴軍に敗れた後、信雄により捕縛されて自害させられる。
織田信勝(おだ のぶかつ)
演 - 中沢元紀[12](幼少期:石田頌馬
信長の弟。市の兄。
信長との兄弟仲は良好だったが、家臣に担がれて信長と対立する。1度目の謀反は許されたものの、2度目の謀反発覚により信長の眼前で柴田勝家に成敗される。
ちよ
演 - 樋口日奈
信勝の妻。信澄の母。信澄が幼い頃に病で亡くなっている。
夫を殺した信長を深く恨み、機が熟した際には信長を討ち、織田家を掌握するよう信澄に繰り返し言い聞かせる。
織田信澄(おだ のぶずみ)
演 - 緒形敦[12](幼少期:梶谷奏陽
(坊丸 → 織田信澄)
信勝の長男[12]。織田家の一門衆。光秀の娘婿。幼名は坊丸(ぼうまる)。
父が信長に討たれた後は柴田勝家に養育され、成長後は信長に重用される。信長が刺客に襲われた際に庇って負傷するが、刺客を手引きした上でわざと阻止したのではないかと信長に疑われる。その後、長宗我部家と密かに接触していたことが判明したこともあって謀反を疑われるが、織田家を思っての行動であったと申し開きをする。秀吉と小一郎の執り成しによって疑いは晴れるが、実際には信長に従順な態度を取りながら信長を討つことを唯一の生きがいとして機会を狙っており、光秀の中の義昭を慕う気持ちや信長に仕えることへの迷いを見抜き、偽造した義昭の手紙を渡して揺さぶりをかける。光秀には本心を明かし、共に謀反を起こすことを持ち掛ける。信長には信孝や丹羽長秀らの四国攻めに加わるよう命じられるが、出立する直前に台所人に金と毒を渡し、信長の毒殺を試みるが失敗し、切腹が申し渡される。
切腹命令は信長により撤回されるが、その報告が届く前に信長が本能寺の変で自害してしまう。光秀とは連携を取っていなかったものの、明智軍に加勢しようと大坂城で決起するが、丹羽長秀らに瞬く間に鎮圧され、切腹させられる。その首は、信孝の命令で晒された。

織田家家臣とその関係者

柴田勝家(しばた かついえ)
演 - 山口馬木也[6]
織田家の重臣。北庄城主。通称は権六(ごんろく)。鬼柴田(おにしばた)の異名を持つ。利家からは「親父殿(おやじどの)」と呼ばれる。
武骨で力が強く少々暴力的で、大言壮語癖がある。藤吉郎のことを快く思っておらず、藤吉郎の身分が低かった際は軽んじていたが、藤吉郎の出世後は才能を認めつつ対抗心を燃やす。信長に対しては厚い忠義心を持ち、市にも思慕の念を抱いているが、それらが空回りすることも多い。
上杉謙信との戦いでは織田軍の総大将を務めたが、秀吉の諫言を無視し、上杉軍に決戦を挑むも敗北する(手取川の戦い)。その後も北陸で対上杉戦を担当する。
越中魚津城にて本能寺の変による信長の訃報を耳にし、激しく取り乱すが、利家の叱咤により正気を取り戻す。その後、北庄城まで撤退し、利家を上杉軍への牽制に残して明智討伐を実行に移そうとするも、秀吉が織田信孝軍と合流し信長の仇討ちをする機会を得たことを知り悔しがる。
その後、家老の一人として清須会議に参加し、三法師の名代として信孝を推すが、秀吉の説得により自分たち家老4人の合議制で三法師を支えることに同意する。その際、4人の中で唯一織田家との縁を持たないことから市との婚姻を秀吉から勧められる。一度は断るものの、秀吉の野心に気が付いた市から改めて婚姻を持ち掛けられ結婚、市の意向で羽柴家の台頭を防ごうとし、信孝と結ぶ。
信孝の最初の挙兵時には雪により合流を阻まれ、春を待って挙兵するが羽柴軍に敗れる。前田利家には「天下人になってくだされ」と懇願されるも、自身はあくまで織田家の家老として主家に尽くすと主張して拒み続ける。自身からの離反を決めた利家を一騎打ちで打ち負かすが、「親父殿と新しき世を作りたかった」と言う利家に対し、「その願いは別の者と果たせ」と言って彼の命を取らずに去る。
北庄城に敗走後、羽柴軍の総攻撃をかけられ、小一郎の眼前で市と共に城の最上階から飛び降りて死去する。
佐久間盛政(さくま もりまさ)
演 - 遠藤雄弥[19]
柴田家の家臣。
賤ヶ岳の戦いでは加藤清正との一騎打ちで劣勢になり、敗走する。
毛受勝照(めんじゅ かつてる)
演 - 中山義紘[32]
柴田家の家臣。
丹羽長秀(にわ ながひで)
演 - 池田鉄洋[46][10]
織田家の重臣。通称は五郎左(ごろうざ)。正室は織田氏の縁者
穏やかで人当たりがよく、家臣団の中では調整役を務める。藤吉郎・小一郎の身分が低かった時代から兄弟を気に掛け、意見に耳を傾ける。一方で情に流されず状況を見極める冷静さを持ち合わせる。
安土城築城においては責任者を務める。
本能寺の変が起きた際は信孝と共に長宗我部討伐に向かう予定となっていたが、信長の死の報告を受けた信孝により中止されたため兵を引き、大坂城で挙兵していた信澄を討ち取る。その後秀吉らと合流し山崎の戦いに臨むが、戦いを前に家臣同士で揉めた際は「これでは明智の思う壺だ」と皮肉り、場を収める。
その後、家老の一人として清須会議に参加し、秀吉の説得により自分たち家老の合議制で三法師を支えることに同意するが、三法師の初お目見えで秀吉に出し抜かれたことで不快感を示す。しかし、勝家と秀吉が対立すると時流を見て秀吉側に付く。
佐久間信盛(さくま のぶもり)
演 - 菅原大吉[10]
織田家の筆頭家老。通称は右衛門尉(うえもんのじょう)。
安土城の完成を祝う宴において森乱との相撲で敗れ、それにより追放を言い渡され高野山に入る。追放の真の理由は、本願寺と通じていた嫌疑がかかったことによる。
林秀貞(はやし ひでさだ)
演 - 諏訪太朗[10]
織田家の家老。
桶狭間の戦いの際は、清須城の留守居役を務める。
信盛と同様、森乱との相撲で敗れて織田家を追放され、山城にて2か月後に死去する。追放の真の理由は、武田家と通じていた嫌疑がかかったことによる。
佐久間盛重(さくま もりしげ)
演 - 金井浩人[10]
織田家の重臣。丸根砦を守備する。
今川の大軍が目前に迫っても動かない信長に不信感を抱き、今川軍への寝返りを簗田政綱の前でほのめかす。丸根砦が松平元康により攻撃されると降伏しようとするが、信長の命を受けていた政綱により殺害される。
森可成(もり よしなり)
演 - 水橋研二[10]
織田家の重臣。槍の名手。
美濃の地理に詳しく、小一郎が信長から安藤守就の調略を命じられた際に道案内を務める。
比叡山と結んだ朝倉軍の急襲を受け、宇佐山城で討死する。
森乱(もり らん)
演 - 市川團子[12]
可成の息子。信長の近習。武芸に秀で、信長に従順に仕える。
本能寺の変で明智軍から信長を守ろうと戦うも、死を覚悟した信長の頼みで脇差を渡し、信長の首を渡さないよう信長を一人残して戦いに戻る。信長の自害後、明智兵に扮して本能寺から脱出し、偶然居合わせた小一郎に信長の死を伝えて事切れる。
滝川一益(たきがわ かずます)
演 - 猪塚健太[13]
織田家の重臣。
清須会議の際は北条軍とのいさかいにより身動きが取れず、延期を請うも却下されている。その後、信長の葬儀で秀吉を暗殺しようと刺客を放つが失敗する。
明智光秀(あけち みつひで)
演 - 要潤[6]
織田家の家臣。近江坂本城主。元は室町幕府の奉公衆。通称は十兵衛(じゅうべえ)。
教養豊かで公家たちの相手も卒なくこなす。かつて、明智の里を斎藤家によって追われて美濃から逃げ出し、困窮していたところを義昭に救われたため、義昭に忠節を尽くしている。
義昭の使者として信長に上洛を要請し、義昭の将軍就任に貢献する。幕府軍として若狭攻めに参戦し、浅井長政の裏切りにより織田軍が危機に瀕した際は共に撤退するが、殿の藤吉郎・小一郎が窮地に追い込まれると駆けつけて二人を救う。その後、義昭の頼みで幕府側の間諜として信長に仕えるようになる。
比叡山焼き討ちを任されるが、信長が義昭の行動を訝しんでいたことから信頼を得るために非情に徹し、信長の命に従って山上に逃げ込んでいた女子供を惨殺する。これにより義昭に罵倒され疎遠になるが、信長には評価されて近江滋賀郡を与えられ、坂本城を築く。
その後も迷いを抱えながら信長に仕え続け、義昭が京から追放された際は信長の命で二条御所を打ち壊す。さらに、長宗我部元親との取次役を務めていたが、信長が突如方針を転換して長宗我部家を蔑ろにし、さらには攻め入ることを決定したため、信長との溝が深まっていく。それを娘婿の信澄に見透かされ、偽造した義昭からの手紙を渡されて心を揺さぶられ、共に信長を討とうと唆される。一度は拒否するも、家康の饗応役を務めた際に、信長に提供される予定だった食事に毒が混入する隙を作ってしまったため、信長に激しく殴打される。饗応役は罷免となり、西国攻めに加わるように命じられるが、信長が滞在する本能寺に兵を向け、信長を死に追いやる(本能寺の変)。
本能寺の変後、信長の居城安土城に入り、朝廷から畿内を守る許可を得る。しかし信長の首級を挙げられなかったことや、小一郎が各所に手を回したことで、細川藤孝や筒井順慶ら当てにしていた武将たちを味方につけることに失敗する。さらに、秀吉が毛利軍と和睦を締結し短期間のうちに畿内まで軍を引き返してきたと知り驚愕する。それでも勝機はあると踏んで山崎の戦いに臨むが敗北し、坂本城へ敗走中に羽柴軍に生け捕りにされる。秀吉に謀反の理由を問われ、「自分が見たかった世は信長の天下ではなく義昭の天下であったから」と告げる。その後秀吉に斬られ、その首は落ち武者狩りを行なっていた百姓が届け出たものであるということにされる。
斎藤利三(さいとう としみつ)
演 - 内藤剛志[47][17]
明智家の重臣。
山崎の戦いで明智軍が不利になると、光秀を逃すべく戦場に踏みとどまる。なお、光秀を逃す直前には彼への呼び方を「殿」から「上様」に変えていた。
前田利家(まえだ としいえ)
演 - 大東駿介[6]
織田家の家臣。馬廻衆のち柴田家の与力。通称は又左衛門(またざえもん)。信長や秀吉からは「」と呼ばれることもある。
武勇に優れるが気性が激しく、口論の末に朋輩を斬った事を信長に咎められ織田家を追放されていたが、戦場で武勲を挙げて罪を許され復帰した。右目の下に戦傷の痕がある。
槍の名手で、「槍の又左(やりのまたざ)」の異名を持つ。秀吉とは対立しつつ、犬猿の仲のような口喧嘩も絶えないが、心の内では気にかける。織田家が拠点を岐阜に移してからは藤吉郎の隣の屋敷に住み、頻繁に藤吉郎邸を訪ねるようになる。
勝家を慕っており、本能寺の変後には信長の訃報によって取り乱していた彼を信長の口調を真似て叱咤することで正気を取り戻させる。
秀吉と勝家が対立すると勝家方に付くが、賤ヶ岳の戦いの直前に七尾城を訪ねてきた秀吉から天下人になる覚悟を聞かされ、「自分の天下取りの手伝いをして欲しい」と告げられる。一度は秀吉を拒否するが、織田家への忠節にのみこだわる勝家の言動を見て、勝家に新たな世を作ることはできないと悟る。勝家に天下人を志すよう懇願するも拒否され、最終的に勝家に送り出されるような形で秀吉方に寝返る。
まつ
演 - 菅井友香[8]
利家の妻。
気が強く、夫の出世を望む。織田家が拠点を岐阜に移してからは寧々と喧嘩友達のような間柄となる。利家との間に多くの子を儲けており、四女の豪を秀吉と寧々の養女に出している。
佐々成政(さっさ なりまさ)
演 - 白洲迅[10]
織田家の家臣。黒母衣衆の筆頭、のち柴田家の与力。
血気盛んで剣術に優れる。信長の命令で大沢次郎左衛門に濡れ衣を着せようとしたが、小一郎に真実を暴かれる。
本能寺の変の直後、信長の仇討ちだけを考えて周りが見えなくなっていた勝家を諭そうとするも暴行を加えられて退けられている。
秀吉と勝家が対立すると、勝家方に付く。
池田恒興(いけだ つねおき)
演 - 堀井新太[13]
織田家の家臣。は信長の乳母であるため、信長の乳兄弟に当たる。
山崎の戦いでは、秀吉たちと同じく織田信孝軍に合流するが、秀吉に食って掛かったり右近や清秀と言い争うなど場を乱す。しかし戦が始まると明智軍の横腹に攻め込み勝利に貢献する。
その後、家老の一人として清須会議に参加する。会議では信雄から摂津の支配を認めると打診されたことにより、三法師の名代として信雄を推そうとするが、秀吉の説得により自分たち家老の合議制で三法師を支えることに同意する。
その後の秀吉の勝手な振る舞いには不快感を示すも秀吉方に付き、賤ヶ岳の戦いでは羽柴勢として参戦する。
池田元助(いけだ もとすけ)
演 - 柴崎楓雅[48]
恒興の嫡男。
横川甚内(よこかわ じんない)
演 - 勝村政信[49]
織田家の台所方。
藤吉郎と親しく、密かににぎり飯を与えるなど気に掛ける。その正体は斎藤家の間者であり、それが露見しそうになったことで小一郎を始末しようとするも、藤吉郎により斬り捨てられる。
城戸小左衛門(きど こざえもん)
演 - 加治将樹[49]
織田家の家臣。槍の名手。
目下の者に傲慢な態度で接し、槍の稽古の名目で部下たちをいたぶる。また、博打好きでずる賢く味方も平気で裏切る。
かつて弥右衛門から手柄を奪ったため、桶狭間の戦いでは藤吉郎から命を狙われるが、高い戦闘力から織田軍に欠かせない人材と小一郎に判断され、敵討ちは中止される。しかし、その直後に矢を受け討死する。
簗田政綱(やなだ まさつな)
演 - 金子岳憲[50]
織田家の家臣。
桶狭間の戦いでは、今川方に寝返ろうとした佐久間盛重を信長の命で討ち取る。また、その首が義元の陣へ運ばれることを見越して密かに追跡し、義元の場所を突き止め報告する。それが織田軍勝利のきっかけの一つになったため、信長から一番手柄とされる。
毛利新介(もうり しんすけ)
演 - 永田崇人[51]
織田家の家臣。
桶狭間の戦いにて、今川義元を討ち取る。
服部小平太(はっとり こへいた)
演 - 角屋直
織田家の家臣。
桶狭間の戦いにて、今川義元に一番槍をつける。
武田佐吉(たけだ さきち)
演 - 村上新悟[50]
織田家の家臣。
大御前試合や安土での相撲大会では行司を務める。
牢屋番
演 - 大水洋介[52][53]
藤吉郎が能登での戦から無断で戻り拘留されていた際の牢屋番。
丹羽長秀の名代、池田恒興の名代
演 - 関町知弘田所仁[54]
秀吉が行った信長の葬儀に主君の名代として出席する。

美濃衆

安藤守就(あんどう もりなり)
演 - 田中哲司[11]
斎藤家の元家臣。美濃三人衆の一人。美濃北方城主。受領名伊賀守(いがのかみ)。慶の父で、小一郎の舅。「美濃の熊殺し(みののくまごろし)」を自称する。
斎藤龍興から墨俣砦の対処を命じられるも、半兵衛の助言でそれが北方城を攻めるための囮であると気が付き、城で小一郎を迎え撃つ。しかし、その際に小一郎が「信長様なら新たな面白き世を必ずお作りになる」と言ったことに心動かされ、龍興を見限って稲葉良通や氏家直元と共に織田家に降る。その後は織田家のために働き、信長の命で娘の慶が小一郎と結婚したことで小一郎の舅になる。小一郎と慶が形だけの夫婦関係を続けていた間は羽柴家と親しい様子はなかったものの、与一郎が小一郎の養子となり、末も生まれてからは長浜城にやってきて孫たちを可愛がる。
安土城の完成を祝う宴において信長の命で森乱と相撲を取って負けた後、追放を言い渡される。追放の真の理由は武田家と通じていた嫌疑がかかったことに依るもので、自身は潔白であったものの嫡男の定治が武田に通じていた。小一郎たちには羽柴家に身を寄せるように誘われるも断り、再会を約束して長浜を去る。
安藤定治(あんどう さだはる)
演 - 森優作[31]
守就の嫡男。
戦に明け暮れる信長の元で働くことに疲れ果て武田家に通じるが、それが父・守就の追放の原因となってしまう。
稲葉良通(いなば よしみち)
演 - 嶋尾康史[11]
斎藤家の元家臣。美濃三人衆の一人。美濃曽根城主。受領名は伊予守(いよのかみ)。
守就の追放後はその旧領を引き継ぐ。そのため裏で糸を引いたのではないかと守就と小一郎に疑われ、問い質されると武田家の者が安藤家に出入りしていたことを光秀に報告していたことを認める。
氏家直元(うじいえ なおもと)
演 - 河内大和[11]
斎藤家の元家臣。美濃三人衆の一人。美濃大垣城主。

大和衆

松永久秀(まつなが ひさひで)
演 - 竹中直人[10]
大和の戦国武将。多聞山城主のち信貴山城主。茶人としての顔も持ち、茶器を収集している。
「将軍を殺した男」という悪評を持つが、自身は「三好に着せられた濡れ衣」と否定する。嘘とも真実ともつかぬ話をして相手を煙に巻くしたたかな男だが、最初の主君である三好長慶を父と慕う忠義者の一面も持つ。
出自に関しては様々な噂があり不明だが、本人によると贋作師の庶子。長慶に仕えて大和の支配を任され、その後上洛した信長に芥川城で謁見し、九十九髪茄子を献上して服属する。幕府軍として若狭攻めに出陣するなど信長の配下で働き、小一郎を有望な織田家家臣と見なして娘との縁談を持ち掛けるも断られている。その後、信長に反旗を翻し、一度は許されたものの大和の支配を認められなかったことで二度目の謀反を起こす。その際、所有する平蜘蛛を差し出せば許すと信長が言ったため、小一郎と藤吉郎が説得に赴く。兄弟を翻弄しつつも信長の元に平蜘蛛を持って参上することに同意したかに見えたものの、実は所有する平蜘蛛は偽物であることを兄弟に明かし、壮絶な爆死を遂げる。
筒井順慶(つつい じゅんけい)
演 - 永沼伊久也[55]
大和の戦国武将。筒井城主。
信長を裏切った松永久秀に代わり、大和の支配を任される。長年の宿敵である久秀に強い敵愾心を持つ。
本能寺の変直後には、光秀から加勢を求める書状を受け取るも、曖昧な態度を取ったことが語られている。秀吉が台頭してからは秀吉に付き、賤ヶ岳の戦いでは羽柴勢として参戦する。

摂津衆

荒木村重(あらき むらしげ)
演 - トータス松本[14]
摂津の戦国武将。有岡城主。
生き残る事を最優先にして戦国乱世を渡ってきた男で、大それた野心は持っていない。茶人としての顔も持ち、茶器を収集している。
信長に臣従し、摂津の支配を任される。本人曰く、藤吉郎と大差ない成り上がり者であり、必死に働いて摂津の大名にのし上がった。
二年間任されていた播磨攻略を藤吉郎に引き継ぐ。与力の高山右近や中川清秀と異なり、播磨攻略の重圧から解放されたことを内心喜ぶ。その後信長に謀反を疑われ、刀先に刺された饅頭を食べさせられてからは過剰なまでに信長を恐れるようになる。自身に信長への逆心はなかったものの、与力の高山右近と中川清秀が毛利方に通じ、二人に引き入れられていた安国寺恵瓊に脅されて信長を裏切る。織田軍の攻撃に対し籠城を続けたものの、毛利からの補給を小一郎に断たれるなどして徐々に追い込まれていき、小一郎とだしの説得により降伏を決める。しかし、土壇場で信長への恐怖心を思い出して命が惜しくなり、妻や家臣たちを見捨てて有岡城から逃亡する。
だし
演 - 山谷花純[16]
村重の妻。
時折気弱になる村重を明るく励まし、村重が信長に反旗を翻した後も支えていたが、勝機がないと悟ると村重の助命を条件に小一郎の調略に応じ、共に村重を説得して降伏を決意させる。しかし村重に裏切られて城に置き去りにされ、有岡城の開城後六条河原で斬首される。
高山右近(たかやま うこん)
演 - 市川知宏[56]
摂津の戦国武将。荒木家の与力。高槻城主。
村重が播磨攻略の担当から外されたことに憤る。その後、毛利方と通じ村重に信長への謀反を迫り、有岡城の戦いを引き起こすが、その後織田方に戻っている。
本能寺の変直後に光秀から加勢を求める書状が送られた際は返答せず、その後織田信孝軍に合流する。しかし山崎の戦いを前にして清秀とお互いに「裏切り者」と罵り合うなどし、恒興も交えて口論となる。また、戦では明智軍の挑発に乗ってしまい清秀と共に独断で攻め込み苦戦するが、羽柴軍の加勢により体勢を立て直し勝利する。
秀吉が台頭してからは秀吉に付き、賤ヶ岳の戦いでは羽柴勢として参戦する。
中川清秀(なかがわ きよひで)
演 - すがおゆうじ[56]
摂津の戦国武将。荒木家の与力。茨木城主。
高山右近と同じく、村重が播磨攻略の担当から外されたことに憤る。
右近と行動を共にしており、毛利方と通じて有岡城の戦いの原因となりながら自身は織田方に戻る。本能寺の変後は光秀に加勢せず、秀吉たちに合流する。山崎の戦いでは右近らと口論したり明智軍の挑発に乗ってしまったりと足を引っ張るが、秀吉らの加勢により勝利を収めている。
賤ヶ岳の戦いでは羽柴勢として参戦するも、摂津全土の領有権を条件に柴田勢に寝返る。しかし、柴田勢から羽柴勢に寝返った前田利家に討ち取られる。[注釈 2]
中川秀政(なかがわ ひでまさ)
演 - 大友至恩[32]
清秀の嫡男。

旧尼子家

尼子勝久(あまご かつひさ)
演 - 渡邉蒼[56]
尼子家の一門衆。
尼子家再興を目指して各地を放浪した後、藤吉郎を頼る。藤吉郎が落とした上月城を任されるが、毛利軍と宇喜多軍の攻撃を受け切腹する。
山中幸盛(やまなか ゆきもり)
演 - 廣瀬友祐[56]
尼子家の旧臣。
勝久と共に上月城で毛利軍や宇喜多軍と戦うも敗れ、安芸に護送される途中で討ち取られる。

備前衆

宇喜多直家(うきた なおいえ)
演 - 緋田康人[56]
備前の戦国武将。岡山城主。
毛利家と結び、上月城を攻めるなど織田家と敵対していたものの、積極策を取らない毛利家に不満を持ち、さらに半兵衛の案で潤沢な資金を提供されたことから調略に応じ、織田家に味方する。

徳川家

徳川家康(とくがわ いえやす)
(竹千代 → 松平元康 → 徳川家康)
演 - 松下洸平[6](幼少期:谷利春瑠[58]
三河の戦国大名。岡崎城城主。幼名は竹千代(たけちよ)。
穏やかな印象とは裏腹に秘めた野心を持ち、同盟相手である信長や人の思いを信じてはいない。常に冷静な目線で状況を観望し、情に流されることなく自利を考えて行動している。そのため、表向きは同盟相手の信長に従っているものの、状況が変われば信長を裏切ることを常に考えている。
幼い頃は織田家の人質、その後は今川家の人質として成長する。桶狭間の戦いでは今川家の家臣として従軍すると大高城に兵糧を搬入したのち丸根砦鷲津砦を攻撃する。
桶狭間の戦いの後に独立し、信長との同盟を締結する。その際に、藤吉郎から立身出世の秘訣について尋ねられ「織田殿を信じること」「熱意が人を動かし、勝敗を決する」と本心とは真逆の言葉であしらうが、それを真に受けた藤吉郎のやる気に火をつけたことを知らない。
若狭攻めへ出陣する際、挨拶に訪れた藤吉郎と小一郎に再会するも、この時点では二人のことを覚えていなかった。やがて自身のからかい半分の言動を真に受けて生き延び続けるばかりか出世していく藤吉郎たちに対し、「得体が知れない」と恐れを抱くようになる。姉川の戦いでは信長の出方を探ろうとわざと遅参したものの信長に叱責され、信長からの圧を受けながら奇襲の役目を果たして勝利に貢献する。
正妻の築山殿と嫡男の信康に対して、信長から謀反の疑いをかけられ、生き残りのために二人を手にかける。その三年後、安土に呼ばれて信長から饗応を受けるが、「その気になればいつでもやれると思わなければ自分を抑えられぬ気がした」と毒を懐に忍ばせていたことを家臣たちに明かしている。
本能寺の変の際はわずかな従者たちと共に畿内にいたが、信長の訃報を耳にすると船に乗って領国へと引き返す。その後、明智討伐を計画するものの、秀吉が毛利軍と和睦し、織田信孝軍に合流したことを知ると中止し、「甲斐信濃をお守りする」という名目で進軍を開始する(天正壬午の乱)。
築山殿(つきやまどの)
家康の正妻。信長に謀反を疑われたことで家康により粛清される。
松平信康(まつだいら のぶやす)
家康の嫡男。信長に謀反を疑われたことで家康により粛清される。
長丸(ちょうまる)
演 - 日影琉叶[59]
信康亡き後の家康の嫡男。のちの徳川秀忠。
於義伊(おぎい)
演 - 立花利仁[60]
家康の庶子。
石川数正(いしかわ かずまさ)
演 - 迫田孝也[61][14](幼少期:味元耀大[62]
徳川家の家臣。
家康が今川家の人質のころから行動を共にする。良識的な人物であることから、隙あらば信長を殺そうと思っている家康から本音を漏らされる度に驚く。
安土で主君家康と共に饗応を受けるが、その席で信長の毒殺未遂事件が起きた際、築山殿と信康の件の恨みから家康が毒を盛ったのではないかと疑い、否定されている。
本多忠勝(ほんだ ただかつ)
演 - 夏生大湖[63]
徳川家の家臣。
酒井忠次(さかい ただつぐ)
演 - 天野ひろゆき[19]
徳川家の家臣。
榊原康政(さかきばら やすまさ)
演 - 栗原類[19]
徳川家の家臣。
井伊直政(いい なおまさ)
演 - 阿久津仁愛[19]
徳川家の家臣。

斎藤家

斎藤龍興(さいとう たつおき)
演 - 濱田龍臣[8]
美濃国主稲葉山城城主。
若さゆえに短慮で粗暴であり、偉大な祖父・道三と比較される事を嫌う。美濃三人衆や大沢次郎左衛門など父祖の代からの重臣たちを扱いきれず、次々と離反され斎藤家を衰退させていく。
竹中半兵衛に城を乗っ取られたことを恨んでいたが、信長から稲葉山城に攻め込まれると半兵衛に助けられ姿を消す。その後、三好三人衆とともに本圀寺の変を起こすが、失敗し再び逃亡する。その後は義景の元に身を寄せ、長政への援軍として共に近江に出陣するが、撤退する際に殿を押し付けられ、織田軍に襲われるが、以後の消息は不明。
斎藤義龍(さいとう よしたつ)
演 - DAIGO[64]
美濃の戦国大名。龍興の父。
信長と対立しており、上洛した信長を暗殺しようと手勢を差し向けるも失敗する。
斎藤道三(さいとう どうさん)
演 - 麿赤兒[14]
美濃の戦国大名。龍興の祖父。
大沢次郎左衛門(おおさわ じろうざえもん)
演 - 松尾諭[11]
斎藤家の家臣。鵜沼城城主。諱は正秀(まさひで)。
礫打ちの名人。道三に対し恩義を感じているが、孫の龍興には冷遇され不信感を抱く。
一介の素牢人から道三に見いだされ、大沢家に婿入りして鵜沼城主となる。小一郎の策略により龍興から謀反の疑いをかけられ妻を人質に出すよう命じられると、藤吉郎の説得により龍興を見限り信長に謁見する。身内を殺して成り上がっていたことから信長には調略前から不信感を抱かれており、信長の策により信長暗殺を企てた濡れ衣を着せられ捕らえられる。しかし、小一郎が助命のために奔走し、最後は命をかけようとしたことに心を打たれ、信長の目の前で髻を切り出家する。
篠(しの)
演 - 映美くらら[11]
次郎左衛門の妻。
夫婦仲が良く、体が弱い中でも夫を献身的に支える。夫が信長に謁見しにいっている間、人質として大沢家に滞在する藤吉郎を持て成す。
大沢主水(おおさわ もんど)
演 - 杉田雷麟[65]
次郎左衛門の嫡男
血気盛んで父と同様に礫打ちの名人。父が信長に謁見しにいっている間、人質として大沢家に滞在する藤吉郎にはきつく当たり、帰りが遅いことから父の身を案じて藤吉郎に詰め寄る。

今川家

今川義元(いまがわ よしもと)
演 - 大鶴義丹[11]
駿河遠江三河を勢力下に置く戦国大名。家臣からは「太守様(たいしゅさま)」と呼ばれる。
堅実かつ慎重に戦に臨む。蹴鞠を好む。
嫡男・氏真に家督を譲って間もなく、大軍を率いて尾張へと侵攻する。全く動きを見せない織田の様子から、攻め滅ぼす好機と判断し軍を二つに分けて進軍するが、信長の急襲を受け討死する。
今川氏真(いまがわ うじざね)
(竜王丸 → 今川氏真)
演 - 三河悠冴(幼少期:桒木里夢[58]
義元の嫡男。
林阿弥(りんあみ)
演 - 加治屋章介
今川家の家臣。
桶狭間の戦いの後の首実検に立ち会う。

浅井家

浅井長政(あざい ながまさ)
演 - 中島歩[6]
近江の戦国大名。小谷城主。官位は備前守
信長の上洛を契機として信長と同盟を結び、市と政略結婚する。心優しく誠実な青年で、市を常に気遣い一途に愛する。信長にも協力的な姿勢を示し、居城に信長を招待したり一緒に相撲を取ったりするなど、義弟として親交を結ぶ。しかし嫡男の万福丸を人質に出していることもあって朝倉との縁を断ち切れず、久政や景鏡に朝倉に味方するように迫られて信長を裏切る。
信長に小谷城を攻められ、籠城を続けるも為すすべなく、小一郎と藤吉郎に市と娘たちを託して切腹する。
(いち)
演 - 宮﨑あおい[6]
浅井長政の妻のちに柴田勝家の妻。信長の妹。
信長の最大の理解者であり、信長が信勝の謀反を引きずっていることや非情な決断を下す度に人知れず傷ついていることを心配している。兄の覇業のためならば政略結婚の道具となり、相手と刺し違えることも辞さない覚悟を持つが、戦場で兄を支えることができる男に生まれなかったことを残念に思っている。嫁入り前は年相応に無邪気で好奇心旺盛な面を見せ、藤吉郎と小一郎が語るよもやま話を楽しみにしており、結婚後に兄弟が小谷城を訪れた際も、物語を聞かせるようねだる。
織田家と浅井家が同盟を結ぶ際、その証として長政に嫁ぐ。長政に心を許すつもりはなく、初陣に臨む心持ちで嫁いだものの、信長から贈られた鏡を久政に燃やされた際に、火傷を負ってまで鏡を拾ってくれた長政に心を開き、慕うようになる。長政との間に茶々を儲けるが、長政が信長を裏切ったため板挟みになり苦しむ。自分が取るべき道を悩みながらも両端を縛った小豆袋を信長に送ることで裏切りを知らせるが、その後も長政の傍に留まることを自らの意志で選び、娘の初と江を儲ける。
信長に小谷城を攻められた際は、陥落直前に長政の説得により娘たちを連れて城から脱出することになるが、逃げる前に長政の介錯を行う。その後は信長に引き取られ、娘たちと共に岐阜城で暮らす。
信長が横死した際は悲しみに明け暮れ、生きる意味を見失うが、清須会議での秀吉の言動からその野望を見抜き、それを阻止するべく、柴田勝家に自分を娶るよう命令する。勝家に嫁いだ後は彼の参謀役として振る舞い、秀吉と対立する。
勝家が賤ヶ岳の戦いで敗れると覚悟を決め、娘たちを逃がした後、自らの意志で勝家と共に死を選ぶ。
万福丸(まんぷくまる)
演 - 近江晃成
長政の嫡男。茶々の異母兄。
市の実子ではないものの、市を実母のように慕い、市にも可愛がられている。朝倉家からの要求により、人質に出される。織田家と朝倉家・浅井家との戦の中で行方不明となる。
茶々(ちゃちゃ)
演 - 井上和[8](幼少期:増留優梨愛[66]
長政と市の長女。
若い頃の市に似た気性の持ち主で、秀吉と勝家が対立した際は「自分が秀吉の元に人質に行き、隙をついて秀吉を殺す」と市に訴える。
北庄城の落城が迫ると、市から守り刀を渡され、妹たちを託されて城から落ち延び、秀吉と寧々の庇護下で暮らすこととなる。
(はつ)
演 - 田牧そら[18](幼少期:森みなみ[67]
長政と市の次女。
(ごう)
演 - 西川愛莉[18](幼少期:永井花奈[68]
長政と市の三女。
浅井久政(あざい ひさまさ)
演 - 榎木孝明[14]
長政の父。浅井家の前当主。
長政に既に家督を譲っているものの、浅井家中で強い発言権を持つ。織田家のことを快く思っておらず、長政に嫁いできた市に冷ややかな態度を取り、織田家のことを忘れるよう求める。さらに景鏡を小谷城に出入りさせ、朝倉に味方し織田を裏切るように景鏡と共に長政に迫る。
織田軍に小谷城を攻められると陥落直前に切腹する。
遠藤直経(えんどう なおつね)
演 - 伊礼彼方[15]
浅井家の重臣。
姉川の戦いでは形勢が不利になったと見るや、織田兵を装い長政の首を取ったと言って信長に近づき暗殺を企てるが、小一郎に見破られて討たれる。

朝倉家

朝倉義景(あさくら よしかげ)
演 - 鶴見辰吾[14]
越前の戦国大名。
かつて義昭を保護していたが上洛することはなく、代わりに義昭を奉じて上洛した信長のことを侮る。浅井家や延暦寺と結び信長に対抗するが、浅井家のことを軽視しており、姉川の戦いでは自ら出陣せずに景健を派遣する。これには「一乗谷を離れなければ朝倉家は安泰」という考えもあり、龍興に「井の中の蛙」と吐き捨てられている。
信長が近江攻めを行った際は自ら近江に出陣するが、大嶽砦と丁野砦が落ちるなど戦況が不利と悟ると龍興に殿を押し付けて越前に撤退する。しかし、織田軍に越前まで攻め込まれ、一乗谷に住む家臣や民衆を巻き込んで心中を図ろうとするが、見かねた景鏡により殺害される。
朝倉景鏡(あさくら かげあき)
演 - 池内万作[15]
朝倉家の一門衆。
小谷城の久政の元に出入りし、朝倉家に味方するよう久政と共に長政に迫る。織田軍に攻め込まれた際は、一乗谷を巻き込んで心中を図ろうとする義景を諫めるが聞き入れられなかったため彼を殺害し、その首を持って信長に降伏する。
朝倉景健(あさくら かげたけ)
演 - 重岡漠[69]
朝倉家の一門衆。
姉川の戦いに朝倉軍を率いて参陣するが、浅井家に対し尊大な態度を取る。

武田家

武田信玄(たけだ しんげん)
演 - 髙嶋政伸[14]
甲斐の戦国大名。
領民たちに慕われている。
信長と盟約を結んでいたものの、義昭に直接請われたことで盟約を破り、上洛戦を開始する。三方ヶ原の戦いで家康に圧勝し勢いに乗るが、のどにを詰まらせて急死する。
山県昌景(やまがた まさかげ)
演 - 石井一彰
武田家の家臣。
信玄が急死した際は、事情を知る朋輩を斬ってまでも秘匿し、兵を甲斐に撤退させる。

三好家

三好長逸(みよし ながやす)
演 - 中野英樹[70]
三好家の一門衆。三好三人衆の筆頭。
将軍・足利義輝を死に追いやった後、実質的に畿内を支配していたが、上洛してきた信長に敗れ、阿波へ逃れる。その後、信長が岐阜へ帰った隙を狙って再起を図り、本圀寺の変を起こすが、小一郎と藤吉郎の策に嵌り失敗する。
三好宗渭(みよし そうい)
演 - 奥田洋平[70]
三好家の一門衆。三好三人衆の一人。
石成友通(いわなり ともみち)
演 - 阿部亮平[15]
三好家の重臣。三好三人衆の一人。
三好康長(みよし やすなが)
演 - 妹尾正文[31]
三好家の一門衆。
長宗我部氏との抗争で不利になっていたが、信長が長宗我部氏との約定を反故にして三好氏を支持することを決定したため、勢いを持ち直す。

足利将軍家

足利義昭(あしかが よしあき)
演 - 尾上右近[11]
足利将軍家の後裔。室町幕府十五代将軍。十三代将軍・足利義輝の弟。
強かで行動力や統率力があり、本圀寺の変で三好軍に襲われた際は自ら陣頭に立って兵たちを鼓舞する。しかし武芸の心得がないため、後に光秀に教えを請うている。
元はだったが、義輝が三好三人衆に殺害されると自らが将軍となるため後ろ盾となる人物を探す。そのために光秀を使者として派遣するだけでなく、その従者を装って自ら各地の有力者の元に足を運ぶが、断られ続けた末に信長を頼る。信長と共に上洛すると朝廷から将軍に任じられる。信長に感謝し「心の父」と持ち上げつつも、危機感と不信感を抱く。一方で、本圀寺の変で藤吉郎・小一郎兄弟に助けられたことをきっかけに二人を気に入り、自らの家臣にしようと試みる。
信長に利用されつつ自らも信長を利用し、幕府の再興を目指す。しかし、信長から元亀への改元を拒否され、五ヶ条の条書を突きつけられるなど、軽視され実権を奪われていることに次第に反発心を強める。信長が幕府軍として若狭攻めに向かうのを見送るが、その道中で浅井家に裏切られて窮地に陥ったと聞くと、自身が政治を主導する好機と喜ぶ。しかし、信長が生還したため、密かに朝倉家や浅井家と通じて信長の排除を目論み、さらに光秀を間者として信長の元に送り込む。その上で信玄に上洛を促し自らも挙兵するが、信長に敗れて京から追放され、新天地での再起を誓う。その後の動向は不明だが、本能寺の直前に光秀から手紙を受け取った際は「もう、儂を巻き込むな」と返答している。
細川藤孝(ほそかわ ふじたか)
演 - 亀田佳明[71]
室町幕府の元奉公衆。勝龍寺城主のち宮津城主。
幕府滅亡後も織田家の麾下に残り、松永久秀謀反の際は討伐軍に加わる。
光秀と友好関係にあり、本能寺の変後に光秀に加勢を要請されるが、小一郎の説得を受けて拒否することを決め、家督を嫡男忠興に譲り出家する。
三淵藤英(みつぶち ふじひで)
演 - 味方良介[15]
室町幕府の奉公衆。
和田惟政(わだ これまさ)
演 - 玉置孝匡[70]
室町幕府の奉公衆。

別所家

別所長治(べっしょ ながはる)
演 - 下川恭平[72]
播磨の国衆。別所家の当主。三木城主。通称は小三郎(こさぶろう)。
一度は信長に服属するが、叔父の賀相が言うままに織田家に反旗を翻し、抵抗を続ける。しかし勝機がないと悟ると秀吉の降伏勧告を受け入れ、自身の命と引き換えに城兵たちを助命するため、切腹し果てる。
別所賀相(べっしょ よしちか)
演 - 田中美央[16]
別所家の一門衆。長治の叔父で後見人。重棟の兄[16]
長治の名代として藤吉郎に謁見するが、織田家に不信感を抱く。その後、毛利家に通じて長治に挙兵させる。
別所重棟(べっしょ しげむね)
演 - 忍成修吾[16]
別所家の一門衆。長治の叔父で後見人。賀相の弟[16]
一貫して織田家・羽柴家に恭順な姿勢を示すが、毛利家に通じる賀相を止められず、別所家が離反したことを藤吉郎に謝罪する。

山名家

太田垣輝延(おおたがき てるのぶ)
演 - 中野英雄
但馬国守・山名家の家臣。竹田城主。
小一郎たちの策により水の手を断たれると水を独り占めし、家臣たちに対して暴言を吐くなど横暴な振る舞いをする。しかし、それにより家臣たちに裏切られて小一郎たちの城内への侵入を許し、敗北する。捕縛されても家臣たちに暴言を吐き続け、小一郎から「家臣の命をなんじゃと思うとるんじゃ」と激怒され殴られる。
上垣清重(うえがき きよしげ)
演 - 松本実
太田垣家の家臣。

毛利家

毛利輝元(もうり てるもと)
演 - 濱正悟[16]
安芸の戦国大名[16]毛利家の当主にして、毛利元就の嫡孫。
西国で大きな力を持ち、播磨の国衆たちにも大きな影響力を及ぼす。播磨に侵出してきた織田家と対立し、別所長治や荒木村重を織田家から離反させ、上月城も攻略する。しかし信長を侮って積極的な攻めの姿勢を見せず、それが一因となって宇喜多直家の離反を招く。宇喜多勢の離反により別所勢と荒木勢へ救援を差し向けることが難しくなり、結果として彼らを救うことができなかった。
吉川元春(きっかわ もとはる)
演 - こばやし元樹[56]
毛利家の一門衆。毛利元就の次男。
小早川隆景(こばやかわ たかかげ)
演 - 山本浩司[56]
毛利家の一門衆。毛利元就の三男。
安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)
演 - 立川談春[16]
毛利家の外交僧。荒木村重に謀反を唆し、織田家から離反させる。
備中高松城を秀吉に水攻めされ、救援の道を閉ざされたことから和睦交渉の席に着くが、羽柴側に対して一歩も引かずに強気の姿勢を崩さなかったため結論が出ずに終わる。本能寺の変直後、二度目の交渉にて羽柴側が毛利側に譲歩してきたことで何かが起きたことを察するが、秀吉による説得に応じて和睦を成立させる。
清水宗治(しみず むねはる)
毛利家の家臣。備中高松城城主。
羽柴軍を相手に籠城戦を戦い抜くが(備中高松城の戦い)、毛利軍と秀吉の和睦条件により自害する。

長宗我部家

長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)
演 - 磯部寛之[15]
土佐の戦国大名。岡豊城主。幼少期は女子のようだと評され姫若子(ひめわこ)と呼ばれていたと語る。成長した現在でも女性の着物を着ると落ち着くと言い、艶やかな着物を着て京都御馬揃えを見学する。
小一郎との対話の中で「戦は、好きか嫌いかでやるもんじゃあない」と語るなど、小一郎とは異なる戦争観の持ち主。
信長に四国の切り取りを認められ、四国統一を目指す。安土城の完成を祝う宴には光秀の手引きで参加し、信長の前で能を舞って感謝の意を述べる。しかし長宗我部氏と敵対していた三好氏を信長が厚遇し、信長から四国の切り取りの約束を反故にされたため、激しく反発する。
長宗我部信親(ちょうそかべ のぶちか)
演 - 林裕太[19]
元親の嫡男。
谷忠澄(たに ただずみ)
演 - 堀部圭亮[19]
長宗我部家の家臣。

その他の勢力

覚恕(かくじょ)
演 - 黒田大輔
天台座主
義景や長政と結び、信長に歯向かう。女子供を盾にすれば攻め込まれることはないと侮り、信長からの要求を無視したため比叡山を焼き討ちされる(比叡山焼き討ち)。
上杉謙信(うえすぎ けんしん)
(上杉輝虎 → 上杉謙信)
演 - 工藤潤矢[70]
越後の戦国大名。俗名は上杉輝虎(うえすぎ てるとら)。
能登に出兵し、織田軍と組んでいた七尾城を攻略(七尾城の戦い)。さらに柴田勝家が率いる織田軍とも戦い勝利する(手取川の戦い)。
北条氏政(ほうじょう うじまさ)
演 - 谷原章介[19]
東国の戦国大名。北条家前当主。

公家

近衛龍山(このえ りゅうざん)
演 - 前野朋哉[19]
近衛家前当主。

市井

尾張

坂井喜左衛門(さかい きざえもん)
演 - 大倉孝二[10]
中村の土豪。直の父。
藤吉郎が妻と仏画を盗んで出奔したことを根に持っており、小一郎たち一家を8年もの間冷遇して困窮に追いやる。娘の直を溺愛しており、彼女が小一郎と親しいことを快く思っていない一方で、直の幸せを最優先に考えている。
直の結婚が破談になった後、新たな婿を見つけようと息まくが、小一郎と共に出奔したため激怒する。中村に里帰りした直から小一郎との結婚を告げられた際は当初猛反対し妨害しようとするが、最終的には直の想いを受け入れる。花嫁衣裳を持たせて直を送り出すが、その道中で直が非業の死を遂げてしまう。その後、彼女の墓前で悲嘆にくれる小一郎を叱咤激励し立ち直らせる。
了雲和尚(りょううん おしょう)
演 - 田中要次[73]
中村の住職。
小一郎の理解者で、仕事の紹介や寺で武芸を習わせるなど、何かと世話を焼く。
玄太(げんた)
演 - 高尾悠希[74]
中村の百姓。小一郎の幼馴染。
信吉(しんきち)
演 - 若林時英[74]
中村の百姓。小一郎の幼馴染。
両親を相次いで亡くしており、中村が野武士の集団に襲われた際には田畑を守ろうとするも、首を斬られ殺される。

美濃

堀池頼昌(ほりいけ よりまさ)
演 - 奥田瑛二[16]
宝久寺村の百姓。慶の前夫・堀池頼広の父。
もともとは斎藤家の旧臣である武士で、信長により龍興が国を追われてからは、近江との国境の村にて耕作を始める。
安藤守就の裏切りに激怒し、慶を斬りつけ与一郎を奪い、堀池家の跡取りとして育てる。亡き息子・頼広の幻影と織田家への恨みを心の拠り所として生きており、与一郎には織田家を討つように言い聞かせて弓術を厳しく仕込む。与一郎の存在を知って村に来た小一郎に激昂し追い返すが、最終的に説得に応じて与一郎を小一郎に託す。
絹(きぬ)
演 - 麻生祐未[16]
頼昌の妻。
村川竹之助(むらかわ たけのすけ)
演 - 足立英
旅姿の男。堀池家の旧臣。
堀池夫妻とともに農作業に勤しみつつ、慶が与一郎の様子をひそかに見守れるよう手引きしていたものの、慶と何度も密かに会っていたことから密通の噂を立てられる。与一郎が小一郎の養子になると決まった後、共に来るように勧められるも断り、堀池夫妻と共に百姓として生きる道を選ぶ。

近江

演 - 三住敦洋
桑実寺での茶会で信長が刺客の襲撃を受けた際、寺で殺生が起きたことを嘆く。しかし自身も刺客であり、隙をついて信長を殺そうとするが失敗する。

ルイスフロイス
演 - フェルナンデス直行[75]
宣教師
二条御所藤戸石が運び込まれる様子を見物する。
吉祥(きっしょう)
演 - 鶴田真由[17]
遊女屋の女将。
本能寺の変の後に小一郎が明智勢から命を狙われていた際、秀吉が上客となっていたことから小一郎を匿う。
僧侶A
演 - 坂詰健太
大徳寺の僧。

千宗易(せん の そうえき)
演 - 吉岡秀隆[19]
の商人。会合衆(えごうしゅう)[19]。茶人として著名でありながら、単体では茶を苦手としており、茶菓子をより甘く味わうために茶を嗜んでいる。
顔が広く、秀吉が信長の葬儀を大徳寺で行った際は口利きを行う。
北庄城の戦いの後、秀吉の元で働くことに悩みを抱えていた小一郎と偶然出会い、何気ない会話から小一郎に秀吉の天下取りを支える覚悟を決めさせる。
今井宗久(いまい そうきゅう)
演 - 和田正人[15]
堺の商人。会合衆の筆頭。
藤吉郎を通じて信長に矢銭二万貫を納めるよう求められた際、時流を考えて受け入れ、秀吉の信頼を得る。茶人としての顔も持ち、信長が三好康長をもてなした際には茶を立てている。また、信長の命で武器の調達を行っている。
津田宗及(つだ そうぎゅう)
演 - マギー[15]
堺の商人。会合衆。茶人としての顔も持つ。
藤吉郎を通じて信長に矢銭二万貫を納めるよう求められるも反発し、信長に売る予定であった鉄砲を三好三人衆に売り渡す。しかし、三好三人衆の企み(本圀寺の変)が失敗に終わると信長に臣従し、藤吉郎に茶を求められると笑顔で応じる。
本能寺の変が起きた際、堺の自邸に滞在していた家康が伊賀越えすると口にしたのを聞くと、家康には路銀を提供しながら光秀に密かに報告し、双方に恩を売ろうとするが、家康にはそれを見越して嘘をつかれていたために出し抜かれている。
能登屋(のとや)
演 - 山本浩司
堺の商人。会合衆。
橘屋又三郎(たちばなや またさぶろう)
演 - 関太
堺の商人。会合衆。

登場予定の人物

石川清兵衛(いしかわ せいべえ)
演 - 伊藤健太郎[76]
狩野永徳(かのう えいとく)
演 - 片岡鶴太郎[76]
川窪清俊(かわくぼ きよとし)
演 - カトウシンスケ[60]
兼深(けんしん)
演 - 赤星昇一郎[60]
小平太(こへいた)
演 - 野平駿[60]
小堀正次(こぼり まさつぐ)
演 - 萩原護[18]
才蔵(さいぞう)
演 - 間宮祥太朗[76]
俊英(しゅんえい)
演 - 新名基浩[60]
末(すえ)
演 - 池端杏慈[18]
筒井定次(つつい さだつぐ)
演 - 貴堂寛之[60]
羽田正親(はねだ まさちか)
演 - 平埜生成[18]
盤覚(ばんかく)
演 - 坂口涼太郎[76]
むぎ
演 - 信川清順[60]

スタッフ

・美術進行:丹羽教介

・音楽録音:高橋清孝

・制作担当:前芝啓介、豊田周平

・取材:高橋美咲

紀行

放送

放送時間

  • 本放送
    • 総合:毎週日曜 20時 - 20時45分
  • 先行放送
  • 再放送
    • 総合:毎週土曜 13時5分 - 13時50分

放送日程

  • 初回は15分拡大[79]
  • 第2回・第8回・第12回・第15回~第17回は次回予告なし[80][81]
  • 第17回・第27回・第33回はオープニングのタイトルバック映像なし[82]
さらに見る 放送回, 放送日 ...
放送回放送日サブタイトル演出紀行地上波視聴率
尾張清須編(第1回 - 第4回)[83]
01回01月04日二匹の猿渡邊良雄豊国神社愛知県名古屋市
郡山城跡奈良県大和郡山市
13.5%[84]
02回01月11日願いの鐘常泉寺(愛知県名古屋市)
頭陀寺静岡県浜松市
12.2%[84]
03回01月18日決戦前夜清洲古城跡公園(愛知県清須市12.9%[84]
04回01月25日桶狭間!渡辺哲也桶狭間古戦場公園(愛知県名古屋市)
桶狭間古戦場伝説地(愛知県豊明市
13.1%[84]
美濃攻め編(第5回 - 第9回)[83]
05回02月01日嘘から出たまこと田中正前田利家公初陣の像(愛知県名古屋市)12.5%[84]
06回02月15日兄弟のきずな犬山城(愛知県犬山市
鵜沼城跡岐阜県各務原市
11.8%[84]
07回02月22日決死の築城作戦渡邊良雄蜂須賀小六正勝公碑(愛知県あま市
徳島城跡徳島県徳島市
10.9%[84]
08回03月01日墨俣すのまた一夜城墨俣一夜城址公園(岐阜県大垣市12.1%[84]
09回03月08日竹中半兵衛という男渡辺哲也大御堂城跡(岐阜県大野町
竹中氏陣屋跡 櫓門(岐阜県垂井町
10.4%[84]
信長上洛編(第10回 - 第13回)[83]
第10回03月15日信長上洛渡辺哲也岐阜城跡(岐阜県岐阜市12.1%[84]
第11回03月22日本圀寺ほんこくじの変 酒井悠開口神社大阪府堺市11.6%[84]
第12回03月29日小谷おだに城の再会渡邊良雄総本山醍醐寺京都府京都市11.4%[84]
第13回04月05日疑惑の花嫁 小谷寺滋賀県長浜市11.8%[84]
元亀争乱編(第14回 - 第17回)[83]
第14回04月12日絶体絶命!石川慎一郎金ヶ崎古戦場(福井県敦賀市
信長の隠れ岩(滋賀県高島市
12.2%[84]
第15回04月19日姉川大合戦渡辺哲也姉川古戦場跡(ちはら公園)(滋賀県長浜市)11.6%[84]
第16回04月26日覚悟の比叡山酒井悠坂本城跡(滋賀県大津市11.9%[84]
第17回05月03日小谷落城渡邊良雄徳勝寺(滋賀県長浜市)10.4%[84]
近江長浜編(第18回 - 第20回)[85]
第18回05月10日羽柴兄弟!田中正長浜城歴史博物館(長浜城跡)(滋賀県長浜市)10.7%[84]
第19回05月17日過去からの刺客渡邊良雄在士八幡神社(滋賀県甲良町
津城跡(三重県津市
10.9%[84]
第20回05月24日本物の平蜘蛛石川慎一郎朝護孫子寺奈良県平群町
達磨寺(奈良県王寺町
11.6%[84]
播磨攻略編(第21回 - 第24回)[86]
第21回05月31日風雲!竹田城渡邉昭寛竹田城跡(兵庫県朝来市10.8%[84]
第22回06月07日播磨大誤算渡辺哲也書寫山圓教寺(兵庫県姫路市10.8%[84]
第23回06月14日さらば半兵衛渡邊良雄竹中半兵衛の墓(兵庫県三木市11.2%[84]
第24回06月21日軍師官兵衛!酒井悠姫路城(兵庫県姫路市)
福岡城跡(福岡県福岡市
11.1%[84]
運命の本能寺編(第25回 - 第28回)[87]
第25回06月28日変事の予兆石川慎一郎安土城跡(滋賀県近江八幡市11.4%[84]
第26回07月05日信長を笑わせろ!末森城址(愛知県名古屋市)
大溝城跡(滋賀県高島市)
11.3%[84]
第27回07月12日本能寺の変渡邊良雄寺町 阿弥陀寺(京都府京都市)11.3%[84]
第28回07月19日急げ!秀吉備中高松城跡(岡山県岡山市10.3%[84]
天下一統編(第29回 - )[88]
第29回07月26日天下への道田中正山崎合戦古戦場(京都府大山崎町
勝龍寺城跡(京都府長岡京市
10.5%[84]
第30回08月09日清須会議円徳寺(岐阜県岐阜市)
善福寺跡(和歌山県橋本市
10.4%[84]
第31回08月16日これで、お別れにございます廻田博思総見院(京都府京都市)10.7%[84]
第32回08月23日賤ヶ岳しずがたけの決闘渡邊良雄田上山砦(滋賀県長浜市)10.1%[84]
第33回08月30日北庄きたのしょう城の別れ西光寺(福井県福井市09.2%[84]
第34回09月06日最強のライバル石川慎一郎岡崎城(愛知県岡崎市
臨済寺(静岡県静岡市
浜松城(静岡県浜松市)
11.0%[84]
第35回09月13日秀長誕生小牧山(愛知県小牧市
古戦場公園(愛知県長久手市
09.9%[84]
第36回09月20日姫若子ひめわこ鬼若子おにわこ酒井悠和歌山城和歌山県和歌山市
一宮城(徳島県徳島市)
(視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)
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放送時間変更・休止

再放送枠以外での再放送

  • 2026年1月25日 1時10分から総合テレビで初回から第3回を連続再放送[95]

ダイジェスト

第1回から第5回までのダイジェストで構成された特別番組「大河ドラマ『豊臣兄弟!』特別編 プロローグ~そして伝説は始まった~」が、2026年2月11日にNHK総合で、同月14日にNHK BSで放送された。

関連番組

テレビ

  • おうみ発スペシャル おうみ戦国武将列伝(NHK総合〈滋賀県域〉:2025年12月26日・2026年1月24日)
  • チャリダー★快汗!サイクルクリニック 歴史街道の旅 豊臣兄弟編(NHK BS:2025年12月28日)
  • ザ・プロファイラー~夢と野望の人生~ <FILE:201> 秀吉支えた天下のナンバー2 豊臣秀長(NHK BS:2025年12月28日)
  • 豊臣政権サミット2026(NHK BSプレミアム4K:2025年1月25日、NHK BS:同年12月30日・2026年1月24日)
  • 英雄たちの選択(NHK BS)
    • スペシャル 秀吉と秀長〜激突!豊臣チルドレンの関ヶ原〜(2026年1月3日)
    • 豊臣秀吉 出世の鍵は美濃にあり(3月2日・同月11日)
  • 歴史探偵(NHK総合)
    • 豊臣兄弟!新春コラボスペシャル(2026年1月1日)
    • 出陣!信長親衛隊(同年3月4日・同月10日)
  • 日本最強の城スペシャル あなたも絶対行きたくなる!大特集「豊臣兄弟」の城(NHK総合:2026年1月1日)
  • 先人たちの底力 知恵泉NHK Eテレ
    • 新春SP 豊臣秀長・寧々 リーダーを支える!家族の知恵(2026年1月1日)
    • 前田利家 秀吉の盟友・どん底からの復活劇(同年2月24日)
  • ダーウィンが来た! 大河コラボ!干支のウマ“相棒力”の秘密に迫る(NHK総合:2026年1月4日)
  • 大追跡グローバルヒストリー 大河ドラマ「豊臣兄弟!」SP 謎の戦国商人(NHK総合:2026年1月5日)
  • まるっと!みえ 「豊臣兄弟!」藤堂高虎役の佳久創さん伊賀の旅(NHK総合〈三重県域〉:2026年1月7日)
  • 豊臣兄弟!誕生地からプレミアムトーク 仲野太賀さん・池松壮亮さんらがドラマの魅力を語る!(NHK総合〈東海・北陸7県〉:2026年1月10日、NHK総合〈全国〉:同月18日)
  • 50ボイス 豊臣兄弟!〜兄弟の絆を感じるとき〜(NHK総合:2026年1月10日・17日)
  • 歴史デリバリー〜素朴な疑問?歴史資料で解決〜「豊臣兄弟も!?戦国武将はセコケチだった?」(NHK Eテレ:2026年1月12日・同月24日)
  • 激突メシあがれ〜自作グルメ頂上決戦〜 豊臣兄弟!コラボ「おむすび」(NHK総合:2026年1月14日・同年3月1日、NHK大阪放送局 制作)
  • 豊臣兄弟!トークスペシャル 仲野太賀×池松壮亮(NHK総合〈関西〉:2026年1月24日、NHK総合〈全国〉:同月30日)
  • 木村多江のいまさらですが… 豊臣秀長〜天下統一を支えた男〜(NHK Eテレ:2026年1月26日)
  • 土スタ『豊臣兄弟!』特集(NHK総合)
    • 宮澤エマ・倉沢杏菜(2026年1月31日)[96]
    • 高橋努(同年3月7日)
    • 要潤(同年7月11日)
  • 豊臣兄弟!SP 豊臣姉妹たび(NHK総合〈中部7県〉:2026年2月14日、NHK総合〈全国〉:同月28日)
  • 歴史温泉 戦国武将・「豊臣兄弟!」編(NHK BSプレミアム4K:2026年2月22日)
  • 大河ドラマ「豊臣兄弟!」がもっと面白くなる!天下統一へのモノがたり(NHK総合:2026年3月16日)
  • ひむバス! 第43便「大河ドラマ「豊臣兄弟!」の舞台 滋賀・長浜市 伝統の子ども歌舞伎」(NHK総合:2026年5月21日)[97]

ラジオ

ドラマ舞台地の誘致運動・反応

イベント

近鉄郡山駅のコラボラッピング

秀長ゆかりの地である奈良県大和郡山市は、大河ドラマの放送を契機として、歴史資源を生かした観光振興を推進するため「秀長さんプロジェクト」を立ち上げ[98]、その一環として近鉄郡山駅2025年(令和7年)12月17日より約1年間コラボラッピングを実施[99]

愛知県の「あいちの歴史観光推進協議会」は、新たな歴史観光のPRキャラクターとして、秀長をイメージしたキャラクター「ひでながくん」を制作した[100]

2025年9月28日、鳥取県鳥取市で「第26回鳥取三十二万石お城まつり」が開催され、池松壮亮が参加した[101]

同年10月19日、愛知県名古屋市の「第71回名古屋まつり」の郷土英傑行列に、仲野太賀と小栗旬が『豊臣兄弟!』特別隊として参加した[102][103]

同年11月2日、滋賀県長浜市石田町で開催された「〜生地で集う〜 石田三成祭」に松本怜生が参加した[104]

同年11月8日から2026年12月31日まで、滋賀県では「戦国ディスカバリー 滋賀・びわ湖」キャンペーンと題して、豊臣秀吉や秀長、浅井三姉妹など、滋賀ゆかりの戦国武将・人物に焦点を当てた史跡巡りや体験型観光などの企画を開催。また、そのオープニングイベントには、要潤と池田鉄洋が参加した[105]

同年11月22日、静岡県浜松市の「浜松 家康公祭り2025」にて、迫田孝也と池田鉄洋がトークショーを行った[106]

同年11月23日、奈良県高取町の「第37回たかとり城まつり」に仲野太賀が参加した[107]

2026年1月4日、初回放送当日に、名古屋市の愛知県芸術劇場大ホールで「大河ドラマ『豊臣兄弟!』グランドプレミア in 愛知・名古屋」が開催され、出演陣が登壇し、放送のパブリックビューイングが行われた[108][109]

同年5月3日、浜松市の「浜松まつり」(同月3日 - 5日)にあわせた催しとして、徳川家康役の松下洸平と石川数正役の迫田孝也を招いてのトークライブを開催。2人はまつり初日の吹奏楽パレードにも参加した[110][111]

同日、福岡市の「博多どんたく港まつり」のパレードに、豊臣秀長役の仲野太賀と豊臣秀吉役の池松壮亮が参加[111]

展示会等

放送博物館での衣装展示

2026年1月4日 - 2月15日、NHK放送博物館において「大河ドラマ『豊臣兄弟!』展」開催[112]。東京での閉会後は各地のNHK放送局での全国巡回展となる[113]

名古屋市長浜市大和郡山市にて大河ドラマ館が開館。

  • 豊臣兄弟! 名古屋中村 大河ドラマ館
    • 2026年1月24日 - 2027年1月11日
    • 名古屋市の中村公園内に大河ドラマ館をはじめとする複合施設「豊臣ミュージアム」が開設される[114]
  • 豊臣兄弟! 北近江長浜 大河ドラマ館
    • 2026年2月1日 - 12月20日
    • 長浜市の大通寺総会所と旧東浅井商工会事務所[115][116]
    • 市内各所をエリアとして「北近江豊臣博覧会」が開催される。
  • 豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館
    • 2026年3月2日 - 2027年1月22日
    • 大和郡山市のDMG MORI やまと郡山城ホール[117]
    • 大和郡山館では大河ドラマの紹介にとどまらず、「郡山歴史展示ゾーン」も設けて郡山城の全体像が分かるパネルを設置したり、城から出土した金箔瓦の実物を展示するなど他地域のドラマ館とは一線を画している。
    • 7月24日より展示替えが行われ、藤堂高虎など秀長に関わる追加キャストの展示が増設された[118]

大河ドラマ特別展が以下の日程で開催される[119]

関連商品

サウンドトラック

  • 大河ドラマ「豊臣兄弟!」オリジナル・サウンドトラック(ソニー・ミュージックレーベルズ
    • vol.1(2026年1月28日、SICX-30260、EAN 4547366791242

書籍

公式ガイドブック
  • NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟!(NHK出版
  • NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 豊臣兄弟! 豊臣秀長とその時代(NHK出版、2025年12月9日発売、ISBN 978-4149112190
ガイドブック
楽譜
  • 大河ドラマ「豊臣兄弟!」 ピアノ・ソロアレンジ(2026年2月20日発売、ISBN 978-4140554609

DVD/BD

  • NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」完全版 DVD/BD-BOX[120]
    • 第壱集(第一回 - 第十五回、2026年7月24日発売)
    • 第弐集(第十六回 - 第、2026年11月27日発売予定)
    • 第参集(第 - 第、2027年3月26日発売予定)

脚注

参考文献

外部リンク

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