1974年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 6勝8敗
地区 NFC西地区2位
CON NFC8位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1974
成績 6勝8敗
地区 NFC西地区2位
CON NFC8位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー ジョセフィーヌ・モラビト・フォックス
ジェーン・モラビト
GM ルイス・スパディア英語版
HC ディック・ノーラン英語版
ホーム キャンドルスティック・パーク
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1974年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL25年目のシーズンであり、AAFC時代を含め29年目のシーズン。ディック・ノーラン・ヘッドコーチの8年目のシーズン[1]

攻撃陣の崩壊

1974年シーズンの49ersは、ディック・ノーランHC体制の7年目であり、最終成績は2勝12敗に終わった。1964年以来10年ぶりとなる2桁敗戦を記録し、NFC西地区で2年連続の最下位(4位)に沈んだ。

攻撃陣は、前年に引退したジョン・ブロディの穴を埋めることができず、総得点189点(1試合平均13.5点)とリーグ最下位クラスの得点力不足に喘いだ。 先発QBは、若手のスティーブ・スパリアーと、この年ニューヨーク・ジャイアンツから移籍加入したトム・オーウェンらが務めたが、いずれも安定感を欠いた。特にオーウェンは、1,327ヤード、10タッチダウン(TD)を挙げた一方で、20インターセプトを喫するなど、ターンオーバーの多さが敗戦に直結した。

ターゲット陣では、エースWRジーン・ワシントンが606ヤード、6TDを記録し奮闘したが、前年までの主力TEテッド・クワリックが新設リーグのWFL(ワールド・フットボール・リーグ)へ移籍したことで、空中戦のオプションが激減。地上戦でも、エースRBのヴィック・ワシントンヒューストン・オイラーズへ放出されるなど、戦力の弱体化が顕著であった[2]

守備陣の停滞

守備陣は、平均失点20.7点(リーグ20位)を記録。随所で粘りを見せたものの、攻撃陣の不振による長時間守備を強いられ、シーズン後半にはスタミナ切れを起こす場面が目立った。

フロントセブンでは、DEセドリック・ハードマンが依然としてパスラッシュの核となり、LBデイブ・ウィルコックスもベテランの意地を見せプロボウルに選出されたが、ウィルコックスはこの年を最後に引退を表明した。セカンダリーでは、CBジミー_ジョンソンが全試合に出場し、リーグ屈指のカバー能力を維持したものの、ユニット全体としてのターンオーバー奪取能力は低下した[3]

シーズンの結果

開幕から7連敗を喫するなど、シーズンを通して一度も波に乗ることができなかった。かつての地区3連覇を支えた中心選手たちが次々と去り、ディック・ノーランHCの手腕にも疑問符が付けられる中、チームを再建することとなった。

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1974 レギュラーシーズン敗退8位2位680.4294-24-2.480.31016.116.9
1973 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3572-42-4.622.47918.722.8
1972 ディビジョナル敗退3位優勝851.6073-2-13-2-1.436.42425.217.8
1971 NFC決勝敗退3位優勝950.6432-42-4.510.47621.415.4
1970 NFC決勝敗退2位優勝1031.7503-2-13-2-1.444.42925.119.1
1969 レギュラーシーズン敗退4位482.3572-42-4.564.40219.822.8
1968 レギュラーシーズン敗退3位761.5362-3-12-3-1.543.35221.622.1
1967 プレーオフボウル勝利3位770.5003-33-3.528.38819.524.1
1966 レギュラーシーズン敗退4位662.5006-5-26-5-2.510.45222.923.2
1965 レギュラーシーズン敗退4位T761.5366-5-16-5-1.534.42530.128.7
1964 レギュラーシーズン敗退7位4100.2863-93-9.565.44416.923.6

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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