1991年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 10勝6敗
地区 NFC西地区3位
CON NFC7位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1991
成績 10勝6敗
地区 NFC西地区3位
CON NFC7位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー エドワード・デバートロ・ジュニア英語版
GM キャメロン・ポリシー英語版
HC ジョージ・シーファート英語版
ホーム キャンドルスティック・パーク
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1991年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL42年目のシーズンであり、AAFC時代を含めチーム創設46年目のシーズン。ジョージ・シーファート・ヘッドコーチの3年目、QBジョー・モンタナの13年目のシーズン[1]

攻撃陣:ヤングの台頭と負傷

1991年シーズンの49ersは、最終成績10勝6敗を記録した。5年連続で保持していた地区王者の座をニューオーリンズ・セインツに譲り、NFC西地区3位となった。10勝を挙げながらもタイブレークの末にプレーオフ進出を逃すという、チームにとっては1982年以来の失意の結果となった。

攻撃陣は総得点393点(リーグ3位)を記録し、依然として高い攻撃力を維持した。 前年のNFCチャンピオンシップゲームで負傷したモンタナが肘の手術により全休したため、スティーブ・ヤングが先発を務めた。ヤングはパス2,517ヤード、17TDを記録し、パス効率指標(レイティング)101.8でリーグ1位に輝いた。しかし、シーズン途中にヤングも負傷離脱し、その間は控えのスティーブ・ボノが先発を務めて5連勝を記録するなど、層の厚さを見せた。

WRジェリー・ライスは80キャッチ、1,206ヤード、14TDを記録し、6年連続のプロボウル選出を果たした。ラン攻撃では、長年チームを支えたロジャー・クレイグが移籍したため、キース・ヘンドリックスが主戦RBを務めた[2]

守備陣の再編と主力の離脱

守備陣は平均失点18.2点(リーグ4位)と安定していたが、長年の功労者の離脱が影を落とした。 プロテクトから外れたロニー・ロットとロジャー・クレイグがプランBフリーエージェントでチームを去り、王朝の精神的支柱を失った。

LBチャールズ・ヘイリーは7サックを記録したが、コーチ陣やフロントとの確執が表面化し始めた。セカンダリーではティム・マクイヤーらが踏ん張ったものの、ロット不在の穴は大きく、勝負所での失点が響くシーズンとなった[3]

シーズンの結末

チームは終盤に6連勝を飾り10勝の大台に乗せたが、同地区のセインツとアトランタ・ファルコンズとのタイブレークに敗れ、プレーオフ進出を逃した。モンタナの復帰時期を巡る憶測と、ヤングのプレースタイルへの適応に揺れた1年であった。

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1991 レギュラーシーズン敗退7位3位1060.6253-33-3.512.46924.614.9
1990 NFC決勝敗退1位優勝1420.8754-24-2.445.45122.114.9
1989 第24回スーパーボウル制覇1位優勝1420.8755-15-1.457.42927.615.8
1988 第23回スーパーボウル制覇3位優勝1060.6254-24-2.512.51323.118.4
1987 ディビジョナル敗退1位優勝1320.8675-15-1.473.44430.616.9
1986 ディビジョナル敗退3位優勝1051.6563-2-13-2-1.494.41923.415.4
1985 ワイルドカード敗退4位2位1060.6254-24-2.520.48125.716.4
1984 第19回スーパーボウル制覇1位優勝1510.9386-06-0.418.40829.714.2
1983 NFC決勝敗退2位優勝1060.6254-24-2.494.49127.018.3
1982 レギュラーシーズン敗退11位3位360.3331-31-3.457.37023.222.9
1981 第16回スーパーボウル制覇1位優勝1330.8125-15-1.457.46222.315.6

プレシーズン

相手 結果 戦績 開催地 観客数
 勝利   敗戦  at:敵地での対戦

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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