1975年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 5勝9敗
地区 NFC西地区2位
CON NFC8位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1975
成績 5勝9敗
地区 NFC西地区2位
CON NFC8位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー ジョセフィーヌ・モラビト・フォックス
ジェーン・モラビト
GM ルイス・スパディア英語版
HC ディック・ノーラン英語版
ホーム キャンドルスティック・パーク
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1975年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL26年目のシーズンであり、AAFC時代を含め30年目のシーズン。ディック・ノーラン・ヘッドコーチの9年目のシーズン[1]

攻撃陣の迷走

1975年シーズンの49ersは、ディック・ノーランHC体制の8年目であり、最終成績5勝9敗でNFC西地区4位(最下位)に沈んだ。シーズン終了後、1970年代序盤の黄金期を築いたノーランHCが解任され、チームは再建に向けた大きな転換期を迎えることとなった。

攻撃陣は、リーグ21位の総得点255点(1試合平均18.2点)を記録。QBポジションは、この年ジャイアンツから加入したベテランのノーム・スニード(パス1,337ヤード、9TD)と、生え抜きのスティーブ・スパリアー(パス1,151ヤード、5TD)が先発の座を分け合ったが、いずれもチームを浮上させる決定力に欠けた[2]

ターゲット陣では、エースWRジーン・ワシントンがチームトップの735ヤード、9TDを挙げ、依然として高い能力を証明した。地上戦では、2年目のデラヴィン・ウィリアムズがチーム最多の631ランヤードを記録し、後のブレイクを予感させる活躍を見せたが、オフェンシブラインの脆弱さもあり、攻撃全体が波に乗ることはなかった。

守備陣の限界

守備陣は、平均失点20.4点(リーグ15位)を記録。

フロントセブンでは、DEセドリック・ハードマンが孤軍奮闘を続け、自身3度目となるプロボウルに選出された。しかし、かつての中心選手であったラインバッカー陣の不在が響き、失点以上にラン守備で主導権を握られる場面が目立った。 セカンダリーでは、37歳となったCBジミー・ジョンソンが依然として全試合に先発出場し、驚異的なスタミナと技術を見せた。しかし、これがジョンソンにとっても現役最後のフルシーズン(翌1976年に引退)となり、一つの時代の終わりを感じさせるものとなった[3]

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1975 レギュラーシーズン敗退8位2位590.3573-33-3.439.35718.220.4
1974 レギュラーシーズン敗退8位2位680.4294-24-2.480.31016.116.9
1973 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3572-42-4.622.47918.722.8
1972 ディビジョナル敗退3位優勝851.6073-2-13-2-1.436.42425.217.8
1971 NFC決勝敗退3位優勝950.6432-42-4.510.47621.415.4
1970 NFC決勝敗退2位優勝1031.7503-2-13-2-1.444.42925.119.1
1969 レギュラーシーズン敗退4位482.3572-42-4.564.40219.822.8
1968 レギュラーシーズン敗退3位761.5362-3-12-3-1.543.35221.622.1
1967 プレーオフボウル勝利3位770.5003-33-3.528.38819.524.1
1966 レギュラーシーズン敗退4位662.5006-5-26-5-2.510.45222.923.2
1965 レギュラーシーズン敗退4位T761.5366-5-16-5-1.534.42530.128.7

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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