2000年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 6勝10敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC11位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 2000
成績 6勝10敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC11位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー エドワード・デバートロ・ジュニア英語版
GM ビル・ウォルシュ
HC スティーブ・マリウッチ英語版
ホーム 3Comパーク
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2000年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL51年目のシーズンであり、AAFC時代を含めチーム創設55年目のシーズン。スティーブ・マリウッチ・ヘッドコーチの4年目のシーズン[1]

攻撃陣:ガルシアの台頭とオーウェンスの記録的試合

2000年シーズンの49ersは、最終成績6勝10敗を記録し、NFC西地区4位となった。2年連続の負け越しとはなったものの、中盤以降に攻撃陣がリーグ屈指の破壊力を見せ、翌年以降の躍進に向けた確かな手応えを掴んだ。

攻撃陣は総得点388点(リーグ4位)を記録。 QBジェフ・ガルシアはパス4,278ヤード、31TDという、ヤングモンタナに比肩する驚異的な成績を残し、自身初のプロボウルに選出された。

WRテレル・オーウェンスは97キャッチ、1,451ヤード、13TDを記録し、名実ともにリーグを代表するレシーバーとなった。特に第16週のシカゴ・ベアーズ戦では、当時のNFL記録となる1試合20キャッチ(283ヤード)を達成。これは、チームの象徴であったジェリー・ライスの本拠地最終戦という記念すべき日に、次代のエースが引導を渡すかのような衝撃的なパフォーマンスであった。

WRジェリー・ライスは、この年75キャッチ、805ヤード、7TDを記録。依然として主力として貢献したが、シーズンオフにはサラリーキャップの影響もあり、長年住み慣れたサンフランシスコを離れ、オークランド・レイダースへ移籍することとなった[2]

守備陣の課題と若手の成長

守備陣は平均失点26.4点(リーグ28位)と、前年に続き苦戦を強いられた。 ドラフト1巡目でDEジュリアン・ピーターソン、2巡目でLBアハメド・プラマーを獲得するなど、守備の若返りを図った。ブライアント・ヤングが9.5サックを挙げ孤軍奮闘したが、セカンダリーの経験不足からくる失点が多く、乱打戦で競り負ける試合が目立った。

ジェリー・ライスとの別れ

12月17日のベアーズ戦は、ライスの49ersとしての最後のホームゲームとなった。試合後、ライスはヘルメットを脱ぎ、詰めかけたファンに別れを告げた。1985年の加入から3度の世界一をもたらした「史上最高のレシーバー」の退団により、49ersの一つの巨大な時代が完全に幕を閉じた[3]

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
2000 レギュラーシーズン敗退11位4位6100.3751-74-8.449.26024.226.4
1999 レギュラーシーズン敗退14位4位4120.2502-63-9.504.42218.428.3
1998 ディビジョナル敗退4位2位1240.7507-110-2.469.39629.920.5
1997 NFC決勝敗退1位優勝1330.8128-011-1.463.42123.416.6
1996 ディビジョナル敗退4位2位1240.7506-28-4.449.35424.916.1
1995 ディビジョナル敗退2位優勝1150.6885-38-4.504.49428.616.1
1994 第29回スーパーボウル制覇1位優勝1330.8126-010-2.465.44731.618.5
1993 NFC決勝敗退2位優勝1060.6254-28-4.469.41929.618.4
1992 NFC決勝敗退1位優勝1420.8756-011-1.461.46026.914.8
1991 レギュラーシーズン敗退7位3位1060.6253-37-5.512.46924.614.9
1990 NFC決勝敗退1位優勝1420.8754-210-2.445.45122.114.9

ドラフト

2000 サンフランシスコ・49ers ドラフト
全体選手Pos.大学備考

プレシーズン

サンフランシスコ・49ers 2000(プレシーズン)
米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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