1979年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 2勝14敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC13位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1979
成績 2勝14敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC13位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー エドワード・デバートロ・ジュニア英語版
GM ビル・ウォルシュ
HC ビル・ウォルシュ
ホーム キャンドルスティック・パーク
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1980 »

1979年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL30年目のシーズンであり、AAFC時代を含め34年目のシーズン。ビル・ウォルシュ・ヘッドコーチの1年目のシーズン[1]この年のドラフト3巡目全体82位でQBジョー・モンタナが49ersに指名され、入団した。

攻撃陣の変革

1979年シーズンの49ersは、前年までの低迷を受け、経営陣が大幅な刷新を断行した年である。新ヘッドコーチ兼GMとして、スタンフォード大学を率いていたビル・ウォルシュが招聘された。最終成績は2勝14敗に終わり、3年連続でNFC西地区最下位(4位)を記録したが、チームの戦術および選手構成には大きな変化が見られた。

ウォルシュHCは、短いパスを正確につなぐことで攻撃を組み立てる、後に「ウエストコースト・オフェンス」と称される独自のパスシステムを導入した。 先発QBを務めたスティーブ・デバーグは、当時のNFL記録となる年間347回のパス成功(578回試投)を記録し、3,652ヤードを獲得した。一方で、この年のドラフト3巡目で指名された新人のジョー・モンタナが16試合中13試合に出場し、パス成功率60.1%を記録するなど、シーズンを通して段階的に出場機会を増やした。

ターゲット陣では、WRフレディ・ソロモンが807ヤード、7TDを記録して攻撃の核となった。また、ドラフト10巡目で指名された新人のドワイト・クラークが18キャッチを記録するなど、新たな戦力が起用された。一方、かつてのスターRBO・J・シンプソンは、負傷の影響もあり460ランヤード、0TDに終わり、この年を最後に現役を引退した[2]

守備陣の再編と停滞

守備陣は、平均失点26.0点(リーグ27位)を記録し、前年に続きリーグ下位に沈んだ。

1970年代のチームを支えてきたDEセドリック・ハードマンは、この年が49ersでのラストシーズンとなった。ウォルシュHCは、自身の戦術に合致しないベテラン選手を放出する一方で、若手選手の適性を見極めるなど人員の整理を進めた。しかし、チーム全体のターンオーバー数がリーグワーストの54回に達したこともあり、守備陣が長時間フィールドに留まる展開が多く、失点を抑えることができなかった[3]

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1979 レギュラーシーズン敗退13位4位2140.1251-51-5.527.50019.226.0
1978 レギュラーシーズン敗退14位4位2140.1250-60-6.512.28113.721.9
1977 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3573-33-3.495.30015.718.6
1976 レギュラーシーズン敗退6位2位860.5715-25-2.467.39319.313.6
1975 レギュラーシーズン敗退8位2位590.3573-33-3.439.35718.220.4
1974 レギュラーシーズン敗退8位2位680.4294-24-2.480.31016.116.9
1973 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3572-42-4.622.47918.722.8
1972 ディビジョナル敗退3位優勝851.6073-2-13-2-1.436.42425.217.8
1971 NFC決勝敗退3位優勝950.6432-42-4.510.47621.415.4
1970 NFC決勝敗退2位優勝1031.7503-2-13-2-1.444.42925.119.1
1969 レギュラーシーズン敗退4位482.3572-42-4.564.40219.822.8

プレシーズン

相手 結果 戦績 開催地 観客数
 勝利   敗戦  at:敵地での対戦

[1]

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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