1999年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 4勝12敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC14位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1999
成績 4勝12敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC14位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー エドワード・デバートロ・ジュニア英語版
GM ビル・ウォルシュ
HC スティーブ・マリウッチ英語版
ホーム 3Comパーク
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1999年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL50年目のシーズンであり、AAFC時代を含めチーム創設54年目のシーズン。スティーブ・マリウッチ・ヘッドコーチの3年目のシーズン[1]

スティーブ・ヤングの負傷と戦線離脱

1999年シーズンの49ersは、最終成績4勝12敗を記録し、1980年以来19年ぶりとなる負け越しを喫した。NFC西地区でも4位に沈み、主力選手の相次ぐ負傷やサラリーキャップの問題が表面化するなど、チームは深刻な再建期へと突入した。

第3週のアリゾナ・カージナルス戦、ヤングは相手CBエニアス・ウィリアムズの激しいブラインドサイド・サックを受け、意識を失うほどの脳震盪を負った。 これがヤングにとってNFLでの最後のプレーとなり、キャリアを通じて繰り返してきた脳震盪の影響を考慮し、このシーズンは以降全休、翌年の引退表明へと繋がった。ヤング不在の穴はジェフ・ガルシアスティーブ・ステンストロムらが埋めようとしたが、偉大な司令塔の不在を補うことは困難であった。

攻撃陣の苦境とライスの奮闘

エースRBガリソン・ハーストが前年のプレーオフでの負傷によりシーズンを全休。ラン攻撃の核を失ったチームは、パス攻撃に頼らざるを得なかった。 WRジェリー・ライスは67キャッチ、830ヤード、5TDを記録したが、チームの低迷とともに自身のキャリアで初めて「衰え」が議論される厳しいシーズンとなった。一方で、テレル・オーウェンスは60キャッチ、754ヤード、4TDを記録し、次世代のエースとしての重責を担い始めた[2]

崩壊した守備陣

守備陣は平均失点28.3点(リーグ26位)と崩壊した。 前年に重傷を負ったDTブライアント・ヤングが奇跡的な復帰を果たし、11サックを挙げてカムバック賞を受賞するという明るい話題もあったが、チーム全体の守備力を底上げするには至らなかった。多くのベテラン選手をサラリーキャップの関係で放出せざるを得ず、経験不足の若手が露呈した形となった[3]

シーズンの結末

開幕から3試合で2勝1敗と好スタートを切ったものの、第3週のヤングの負傷後は8連敗を含む2勝11敗と苦戦した。最終戦で勝利したものの、4勝12敗という数字は、最強軍団の名を欲しいままにしてきた49ersにとって、時代の転換点を突きつける残酷な現実となった。

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1999 レギュラーシーズン敗退14位4位4120.2502-63-9.504.42218.428.3
1998 ディビジョナル敗退4位2位1240.7507-110-2.469.39629.920.5
1997 NFC決勝敗退1位優勝1330.8128-011-1.463.42123.416.6
1996 ディビジョナル敗退4位2位1240.7506-28-4.449.35424.916.1
1995 ディビジョナル敗退2位優勝1150.6885-38-4.504.49428.616.1
1994 第29回スーパーボウル制覇1位優勝1330.8126-010-2.465.44731.618.5
1993 NFC決勝敗退2位優勝1060.6254-28-4.469.41929.618.4
1992 NFC決勝敗退1位優勝1420.8756-011-1.461.46026.914.8
1991 レギュラーシーズン敗退7位3位1060.6253-37-5.512.46924.614.9
1990 NFC決勝敗退1位優勝1420.8754-210-2.445.45122.114.9
1989 第24回スーパーボウル制覇1位優勝1420.8755-110-2.457.42927.615.8

ドラフト

1999 サンフランシスコ・49ers ドラフト
全体選手Pos.大学備考

プレシーズン

サンフランシスコ・49ers 1999(プレシーズン)
米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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