1978年シーズンのサンフランシスコ・49ers

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成績 2勝14敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC14位
結果 レギュラーシーズン敗退
サンフランシスコ・49ers 1978
成績 2勝14敗
地区 NFC西地区4位
CON NFC14位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー エドワード・デバートロ・ジュニア英語版
GM ジョー・トーマス英語版
HC ピート・マッカリー
フレッド・オコナー英語版(暫定)
ホーム キャンドルスティック・パーク
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1978年シーズンは、サンフランシスコ・49ersNFL29年目のシーズンであり、AAFC時代を含め33年目のシーズン。ピート・マッカリーがヘッドコーチに就任したが、シーズン途中で交代となった[1]

攻撃陣の崩壊

1978年シーズンの49ersは、新ヘッドコーチにピート・マカリーを迎え、リーグが16試合制に移行した最初の年に最終成績2勝14敗を記録した。NFC西地区で3年連続の最下位(4位)に沈んだだけでなく、リーグ全体でも最下位となる屈辱的なシーズンとなった。

攻撃陣は、リーグワーストの総得点219点(1試合平均13.7点)に終わった。 GMジョー・トーマスは、前年の先発QBジム・プランケットを解雇し、代わりにバッファロー・ビルズから往年の名RBであるO・J・シンプソンを、複数のドラフト上位指名権(翌年の1巡目を含む)と引き換えに獲得する大勝負に出た。

しかし、31歳となっていたシンプソンは膝の故障により往年の輝きを失っており、597ランヤード、0タッチダウン(TD)という期待を大きく裏切る結果に終わった。QB陣も、前年加入のスコット・ブルが先発を務めたが、2TDに対し22インターセプトという壊滅的な成績を記録。前年のエースWRジーン・ワシントンデトロイト・ライオンズへ放出されており、攻撃ユニットは完全に機能不全に陥った[2]

守備陣の瓦解

前年までリーグ上位を維持していた守備陣も、主力の流出により平均失点25.6点(リーグ25位)と崩壊した。

前年オフにトミー・ハートが放出されたのに続き、フロントセブンの核であったDEセドリック・ハードマンもチームの混乱に巻き込まれ、本来のパフォーマンスを発揮できず。長年守備を支えたリーダーの不在が響き、シーズンを通して30失点以上を喫する試合が5試合に及ぶなど、かつての「堅守の49ers」の面影は失われた[3]

シーズンの結果

開幕から連敗を重ね、マカリーHCはわずか9試合(1勝8敗)で解任された。後任のフレッド・オコナーも立て直すことはできず、最終的に1勝14敗の状態から最終戦でようやく2勝目を挙げるという惨憺たる結果に終わった。

しかし、この歴史的な大失敗を受け、オーナーのエディー・デバルトロ・ジュニアはついに決断を下す。シーズン終了後、GMジョー・トーマスを解任し、スタンフォード大学を率いていたビル・ウォルシュをHC兼GMとして招聘した。

直近のチーム成績

49ers の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1978 レギュラーシーズン敗退14位4位2140.1250-60-6.512.28113.721.9
1977 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3573-33-3.495.30015.718.6
1976 レギュラーシーズン敗退6位2位860.5715-25-2.467.39319.313.6
1975 レギュラーシーズン敗退8位2位590.3573-33-3.439.35718.220.4
1974 レギュラーシーズン敗退8位2位680.4294-24-2.480.31016.116.9
1973 レギュラーシーズン敗退9位3位590.3572-42-4.622.47918.722.8
1972 ディビジョナル敗退3位優勝851.6073-2-13-2-1.436.42425.217.8
1971 NFC決勝敗退3位優勝950.6432-42-4.510.47621.415.4
1970 NFC決勝敗退2位優勝1031.7503-2-13-2-1.444.42925.119.1
1969 レギュラーシーズン敗退4位482.3572-42-4.564.40219.822.8
1968 レギュラーシーズン敗退3位761.5362-3-12-3-1.543.35221.622.1

プレシーズン

相手 結果 戦績 開催地 観客数
 勝利   敗戦  at:敵地での対戦

[1]

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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