不完備契約

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不完備契約(ふかんびけいやく、: Incomplete contracts)とは、契約法において重要な点で欠陥がある、または不確定な契約を指す。経済学の理論では、完備契約英語版とは対照的に、不完備契約とは世界のあらゆる状態における当事者の権利・義務・救済を網羅的に規定していない契約を意味する[1]

人間の精神は希少な資源であり、無限の情報を収集・処理・理解することはできないため、経済主体には限定合理性(複雑な問題の理解や解決における人間の限界)があり、すべての偶発事象を予見することはできない[2][3]。また、完備契約を書き上げるコストが高すぎるため、当事者が「十分に完備している」程度の契約を選好することもある[4]。要するに、実務上は様々な理由と制約により、あらゆる契約が不完備である。契約が不完備であるということは、契約が提供する保護が不十分となり得ることも意味する[5]。もっとも、契約が不完備であっても直ちに法的有効性が否定されるわけではなく、不完備契約が不可執行であることを意味しない。契約条項や規定は依然として効力を有し、当事者を拘束する。法は、契約の空白が多すぎる、あるいは不確定すぎて強制できない場合に、裁判所がいつどのようにその空白を補充すべきか、また不完備契約を完全な契約へと仕上げるため、あるいは望ましい最終契約を達成するために、いつ交渉義務が生じるのかに関心を払う[1]

不完備契約のパラダイムは、サンフォード・J・グロスマンオリバー・ハートジョン・ムーアによって先駆けられた。グロスマンとハート(1986年)、ハートとムーア(1990年)、ハート(1995年)の古典的貢献において、実務では契約があらゆる偶発事象において何をすべきかを規定することはできないと論じられた[6][7][8]。契約締結時点では、将来の偶発事象は記述すら不可能な場合がある。さらに、当事者は将来の関係において相互に有益な再交渉を決して行わないとコミットすることができない。したがって、不完備契約アプローチの直接の含意として、いわゆるホールドアップ問題が生じる[9]。当事者は少なくとも一部の状態では後に契約の再交渉を行うため、関係特殊的投資の誘因が不十分になる(再交渉で投資のリターンの一部が相手方に帰属してしまうため)。

オリバー・ハートらは、より複雑な契約が排除されるという不完備契約のパラダイムの下では、適切な所有構造を事前(ex-ante)に選択することでホールドアップ問題を緩和できると論じる。この所有権(プロパティ・ライツ)アプローチは、企業理論において垂直統合の利点と欠点を説明し、ロナルド・コース(1937年)が提起した企業の境界に関する重要な問いに形式的な解答を与える[10]

不完備契約アプローチは、契約理論において今日に至るまで議論の対象である。特に、エリック・マスキンジャン・ティロール(1999年)は、合理的な当事者は複雑な契約によってホールドアップ問題を解決できると主張する一方、オリバー・ハートジョン・ムーア(1999年)は、再交渉を排除できない場合にはそうした契約上の解決策は機能しないと指摘する[11][12][13]。また、垂直統合の功罪は完備契約モデルでも説明できる場合があるとする見解もある[14]。不完備契約に基づく所有権アプローチは、事前の投資誘因に焦点を当てるあまり、事後の非効率を等閑視しているとオリバー・ウィリアムソン(2000年)から批判されている[15]。これに対し、パトリック・シュミッツドイツ語版(2006年)は、情報の非対称性を導入することで所有権アプローチを拡張でき、事後の非効率を説明し得ると指摘している[16]。また、ワイ・スティーブン・チウ(1998年)やデビッド・デ・メザベン・ロックウッド(1998年)は、再交渉のモデル化方法を変える拡張を提示している[17][18]。さらに近年の拡張として、オリバー・ハートジョン・ムーア(2008年)は、契約が参照点として機能し得ると主張している[19]。不完備契約の理論は、民営化[20][21]国際貿易[22][23]研究開発のマネジメント[24][25]、形式的権限と実質的権限の配分[26]、アドボカシー(擁護活動)[27]など、多様な文脈で応用されている。

2016年には、契約理論(不完備契約を含む)への貢献により、オリバー・ハートベント・ホルムストロームにノーベル経済学賞が授与された[28]

経済理論における不完備契約

1986年、グロスマンとハートは、不完備契約理論を垂直統合の費用と便益に関する画期的論文に適用し、「企業とは何か、その境界は何によって決まるのか」という問いに答えようとした。グロスマン=ハートの所有権理論は、組織選択の文脈において市場の重要性を平明に説明した最初のものとされる[29]。経済主体は有限の合理性しか持たず、すべての偶発事象を予見できないことが、この問題の核心にあるといえる[30]。しかし、そのような不確実な事態や行動は執行可能な契約に書き込むことができないため、契約が不完備であるとき、資産のあらゆる用途を事前に特定することはできず、事前に交渉された契約は資産の利用について一定の裁量を残さざるを得ない。そして契約段階で、会社の「所有者」とは残余統制権が割り当てられた当事者を意味する。グロスマンとハートは、企業の本質は資産の所有が付与する意思決定権にあると主張する。不完備契約の世界では、この意思決定権が所有者の誘因を決定づける重要な役割を果たす[31]。望ましい所有権の配分(ガバナンス構造)は、効率損失を最小化する配分である。したがって、A当事者の投資がB当事者の投資より重要であるなら、Bの投資をいくらか阻害する恐れがあっても、その資産の所有権をAに割り当てることが望ましいと考えられる[32]。この不完備契約/所有権アプローチは、所有権と垂直統合の理論を生み出すとともに、「企業とは何か」という根本問題に直接答える。グロスマンとハートはいずれも、企業を、所有者が残余統制権を持つ資産の束とみなしている[3]

1990年、オリバー・ハートジョン・ムーアは「Property Rights and the Nature of the Firm」を公刊し、取引が企業内で行われるべきか、市場を通じて行われるべきかを判断するための枠組みを提示した[33]。1986年のグロスマン=ハート・モデルの要諦は、所有が付与する拘束力の最適配分にあり、その所有権モデルは企業ではなく個人(起業家)間の資産配分を扱っていた。これに対し、1990年のハート=ムーア・モデルは最適配分の考え方を拡張し、企業間の資産配分仮定の内容を明確化し、企業を所有者が統制する資産の集合として特徴づけた[34]。ハート=ムーアの主要な含意の一つは、財・サービスの生産に用いられる非人的資産の大半を企業が(労働者ではなく)所有する傾向がある理由を説明するものであり、補完的資産は一人の主体に所有されるべきだという点にある[31]

戦略的あいまいさ仮説

不完備契約は、非効率な投資や市場の失敗をもたらす状況を生み得るが、その不完備性自体は本質的に実現可能性の制約である。「戦略的あいまいさ仮説(The strategic ambiguity hypothesis)」によれば、最適な形式契約は、意図的に不完備にされることがあり得る。企業は戦略的あいまいさを用いて法的制約を迂回し、その結果、こうした合意の無効化が困難となり、その成立と履行を法が十分に阻止できなくなることがある[4]

限界

関連項目

出典

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