井波唯志

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井波 唯志(いなみ ただし、1923年3月10日 - 2011年1月25日)は、日本漆芸家加賀蒔絵の系譜に学びつつ、日展を主たる発表の場として活動し、作品「晴礁」により日本芸術院賞を受賞した。

石川県金沢市に生まれ、代々加賀蒔絵を営む家に育った。伝統的な漆芸技法を基盤としながら、日展を中心に漆屏風や漆芸額などを発表し、抽象性を帯びた現代的な作風で評価を受けた。

略歴

1923年、金沢市に生まれる。本名は忠。父は二代目喜六斎で、井波はその長男であった。1944年東京美術学校附属文部省工芸技術講習所を卒業した。在学中には漆芸を山崎覚太郎に、陶芸を加藤土師萌と富本憲吉に学んだとされる[1]

卒業後は父から加賀蒔絵の技術を学んだが、活動の中心は日本工芸会ではなく、日展および日本現代工芸美術展に置かれた。1946年、第2回日展出品作「夏の蔓草」が初入選した。その後も連続して入選を重ね、第10回日展では漆屏風「彩苑」、第1回改組日展では漆屏風「化礁譜」により特選・北斗賞を受けた[1][2]

1974年に日展会員、1979年に日展評議員となり、1995年には日展理事に就任した[1]。また、石川県立図書館の人物情報では、日展参事、工芸美術家協会顧問とされている[3]

1994年、第25回改組日展出品作「晴礁」により平成5年度(第50回)日本芸術院賞を受賞した[4][5]

2011年1月25日、急性心不全のため死去した。87歳没[1]

作風・評価

加賀蒔絵の技法を基礎にしつつ、日展系工芸の文脈の中で、漆屏風や漆芸額などの壁面的作品を多く手がけた。作品について、題材も「抽象的でモダンな作風」であったと評される[1]

代表作として、日本芸術院賞受賞作「晴礁」がある。同作は平成5年第25回改組日展出品作で、日本藝術院の所蔵作品となった[4]。また、「樹映(埋没林の詩)」が日展の所蔵作品となっている[6]

主な受賞・役職

  • 第10回日展 特選
  • 第1回改組日展 特選・北斗賞
  • 1974年 日展会員
  • 1979年 日展評議員
  • 1995年 日展理事
  • 平成5年度(第50回)日本芸術院賞
  • 日展参事
  • 工芸美術家協会顧問

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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