上申書 (松本清張)
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昭和十×年二月十七日午後四十分ごろ、東京の生命保険会社支店員、時村牟田夫が帰宅すると、奥の六畳間で妻の句里子が殺害されている、殺人強盗事件が発生した。被害品としては、銀側腕時計と蟇口が無くなっていたが、翌十八日、六畳間の箪笥と壁の間より発見された。
Q警察署警部補の馬寄重竜を中心とする尋問に対し、第三回の聴取で句里子を殺した被疑者とされた時村は、第五回の聴取でもこれを否定したが、第七回の聴取で句里子を殺したと供述する。 しかし、第十回の聴取では句里子を殺したというのは全く嘘と弁明し、第十三回の聴取では、やはり私が殺したのであります、刑事さんたちは一面に非常に親切で快活な明るい方々ばかりのように感じました、非常に誤解しておりました、などと供述する。
司法警察官の意見書では「毫も酌量の余地なきものにつき極刑相成度」と記述された。その後、予審では免訴となり、東京地方裁判所による一審で無罪の判決をなすが、検事控訴申立てを受け、東京控訴院は懲役十年の判決をなした。
時村は上告を申し立て、大審院裁判長宛てに上申書を提出する。上申書では、警察による拷問を受け、時村の関知しないことを無理に訂正されられ、でたらめの殺人調書が作りあげられる経緯が申し述べられていた。
エピソード
- 著者は「上申書というのは、被告人が裁判長に提出する訴えで、弁護人の弁論とは関係なく、法的には効力はない。裁判長の心証まで左右するかどうかは疑わしい。被告人の気休めともいえないことはない。この事件では被告人は妻殺しのアリバイを主張するが裁判官側は認めなかった。証人のいない時間的空隙はわれらの生活にはいっぱいある。それを思うと、日常生活での断崖をわれわれはいつも歩いているような気がする」と記している[1]。
- 文学研究者の南富鎮は、本作と、著者がのちに発表した短編小説「証言の森」[注釈 1]は同じ事件(1936年1月15日に発生した巣鴨若妻殺し[注釈 2])を素材としていることを指摘した上で、清張文学の特徴は自説の修正、訂正、補強が時間差をおいて行われているところにあると述べている[2]。
- 推理作家の北村薫は「これは私自身がまだ初心な学生時代に読んで、官憲の取調べの恐怖が惻惻と迫り、心に食い入っている短編です」「権力に強制されて”真相”がコロコロ変わる様がとにかく恐ろしい」と述べている[3]。