巻頭句の女
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俳句雑誌「蒲の穂」の校了のあと、主催者の石本麦人は、同人の藤田青沙たちと、今月も志村さち女の句が投稿されなかったことに首を傾げる。志村さち女は「蒲の穂」に去年から現われた投句者で、麦人選の雑詠で一度巻頭を占めたことがある。彼女は隣県の施療院「愛光園」の施療患者であり、胃潰瘍ということであった。麦人は見舞いかたがた投句の慫慂をするが、返事が来ない。
麦人と青沙は句会にかこつけて愛光園を訪れるが、院長は、志村さち女がすでに退院しており、岩本英太郎という東京の中野に住む男が、さち女と結婚するから引取らせてくれと申し出たと云う。院長はさち女は本当は胃癌であり、結婚しても当人の余命はもう半年と保てないと告げたが、岩本は、たとえ三月でも半年でも、彼女の生涯の最後のしあわせを築いてやりたい、と改めて頼み、院長はそれを感動して聞き、承諾したのだと語った。
さち女の様子が知りたくなった青沙は、さち女が引き取られた先の中野の住所の家主を訪ねるが、さち女は引き取られて二か月も経つか経たぬうちに亡くなっており、寂しい葬式のあと、岩本はどこかに引っ越してしまったと聞かされる。青沙は沈んだ顔で麦人に話した。
短い幸福。岩本氏ひとりに送られただけで彼女は満足だったのではあるまいか。そんなことを思っているうちに、麦人はふとあることに思い当って、考える眼つきになった。