梅原清山

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梅原 清山(うめはら せいざん、1922年4月27日 - 2023年1月25日)は、日本の書家青山杉雨に師事し、日展で特選、内閣総理大臣賞を受賞した。2000年には、書「漢鐃歌三章」により日本藝術院賞を受賞した。書人社を主宰し、読売書法会顧問などを務めた[1][2][3][4]

神奈川県横浜市に生まれる。若年期に競書雑誌を通じて書を学び、欧陽詢の「九成宮醴泉銘」に親しんだが、戦時下の事情によりいったん書から離れた。その後、会計事務所勤務を経て書道研究団体「書人社」を立ち上げ、1959年から青山杉雨に師事した[5][1]

1961年に日展初入選。1974年1976年に日展特選、1995年に日展内閣総理大臣賞を受賞した。2000年には「漢鐃歌三章」により日本藝術院賞を受賞した[4][3][2]

読売書法展では第1回展から第13回展まで事務長を務めた。晩年には日展名誉会員、読売書法会顧問、全日本書道連盟顧問などを歴任した[4][6]

2023年1月25日、死去した[7]

書風

古典臨書を創作の基礎とみなし、形だけでなく背臨(はいりん、手本を見ずに記憶を頼りに書く練習法)まで身につけることに重きを置いた。また、青山杉雨の指導のもとで隷書・木簡の学習を深めたことが、自身の作風形成に大きく関わったと述べている[5]

作品

日展収蔵作品に「藝城」(2004年制作)がある。内閣総理大臣賞受賞作の書「随縁」は成田山書道美術館に収蔵された[8][9]

著書

脚注

外部リンク

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