島田敏

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本名 島田 敏(しまだ さとし)[1][2][3]
愛称 敏ちゃん[4]
性別 男性
しまだ びん
島田 敏
プロフィール
本名 島田 敏(しまだ さとし)[1][2][3]
愛称 敏ちゃん[4]
性別 男性
出身地 日本の旗 日本新潟県新潟市[5][6]
生年月日 (1954-11-20) 1954年11月20日(71歳)
血液型 B型[7]
職業 声優俳優
事務所 青二プロダクション[8]
配偶者 あり
公式サイト 島田 敏|株式会社青二プロダクション
公称サイズ(時期不明)[9]
身長 / 体重 164[7] cm / 53 kg
靴のサイズ 24.5[7] cm
声優活動
活動期間 1978年 -
ジャンル アニメゲーム吹き替えナレーション
デビュー作 ユーガー(『宇宙魔神ダイケンゴー』)[5]
俳優活動
活動期間 1970年代 -
ジャンル テレビドラマ舞台
デビュー作 青年(『アメリカの夢』)[10]
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

島田 敏(しまだ びん、1954年11月20日[2][5][11][12] - )は、日本声優俳優である。新潟県新潟市出身[5][6]青二プロダクション所属[8]日本俳優連合理事[13]既婚。

舞台俳優として

高校時代、地元のアマチュア劇団に参加していたという[6][14]大東文化大学経済学部[10][15]に進学後、その劇団で一緒だった人物がテアトル・エコー[7][11]の養成所の願書をもらいに行く時に道案内を頼まれたという[1][6][14]。ついでに願書をもらって受けたところ、養成所第一期生として合格し、2年目に劇団研究生になったという[14]。その頃は芝居漬けで、演技だけではなく、裏方もしており、大道具をたたいたり、代役したり、プロンプつけたり、稽古したりしていたという[14]。劇団の公演だけではなく、外部の芝居にも出演させてもらったという[14]

エドワード・オールビー原作の『アメリカの夢』の青年役で初舞台[10]

声優として

若い頃は俳優志望であり、声優には興味がなかったが、「後学のために」と『バルジ大作戦』の吹き替え現場へ出演する納谷悟朗村越伊知郎の付き添いで見学に来たところ、音響監督春日正伸から突然出演を命じられ[注 1]、いきなり初アテレコをすることになったとのこと[6][14][16][17]。同時に偶々テアトル・エコーには声の仕事をしていた人物が多かったためオーデションを受けたが、特に声の仕事をやりたいというわけではなかった[2]。表現者という意味では、舞台で表現、ラジオドラマ、ナレーションと多数あるため「表現者として何かできればいいな」と思っていた[2]。オーディションで合格したものの、最初の頃は「下手くそだ」と散々に言われていたという[2]

その後、洋画の吹き替えを何度か経験した後に1978年、『宇宙魔神ダイケンゴー』のユーガー役でアニメデビュー。以降は、数々の作品で活動している。

テアトル・エコーに入団してから間もなく劇団の先輩から「日俳連の活動に参加しませんか」と誘われて日本俳優連合に参加したという[18]

人物

趣味はマジック読書、観劇[8]。読書のジャンルは様々だが、特に時代物や経済物などの小説が多いという[2]

好きな言葉は、黒人初のメジャーリーガーになったジャッキー・ロビンソンの「不可能の反対は可能ではない。挑戦だ」であり、いつも心を奮い立たせてくれるという[17]

特色

音域はE - A[8]。方言は新潟弁[8]

役柄としては、主役・脇役を問わずどこかしら坊ちゃん育ちを感じるキャラクター、ヒーローなど幅広い役柄を演じ分けている[5][19]。気の良い優男でも知られている[19]

吹き替えではスティーヴ・カレルマーク・ハミルの声を多く担当している。

スーパー戦隊シリーズ」では幹部クラスに相当する悪役を多く演じている。東映公式からも「シリーズファンにはお馴染み」と紹介され[20]、『海賊戦隊ゴーカイジャー』では「アフレコでは朝から晩まで声を出しっぱなしでどの登場人物よりも喋っていて、実はハリケンジャー編の一番の功労者かもしれない」と紹介された[21]

ゲーム『スーパーロボット大戦』シリーズでは一般兵の声を幾度も演じたことがあり、プロデューサーの寺田貴信に「キング・オブ・スパロボ一般兵」と評されたことがある[22]。島田が担当する一般兵を指して「島田兵」と呼ばれることもある[23]

ドラゴンボール』シリーズではブロリー役を演じており、セリフ自体がとても少ない役だが、秘めた感情を爆発させて、テンションをいきなりMAXにまで持って行く必要があった[17]。島田は声が大きかったりしたため、そういう部分もあり抜擢されたかもしれないという[17]。飯をいっぱい食べて、力をつけてから収録に臨んでいた[17]孫悟空役の野沢雅子によると、当時のプロデューサーだった森下孝三が、島田の芝居が好きでとても信頼していたことから、重要な敵役を任せたかったと語る[17]。収録の時も、「額の血管が切れちゃうんじゃないか」というくらい、凄い迫力だったという[17]

スクライド』においては脚本担当の黒田洋介が「島田さんは悪役に出来ない」として、瓜核を人情深いキャラクターへと変貌させた[24]

2005年劇場アニメ『機動戦士Ζガンダム A New Translation』のアフレコのテスト録音で、音響監督の藤野貞義パプテマス・シロッコの役作りが変わっていることを指摘され、昔を思い出しながら改めて丁寧に役作りしたという。シロッコについては彼なりの世界観や正義があったと述べ、自身がやってきた悪役の中でも燦然と輝く際立った役であると語っている[25]

2010年に病気療養のために役を降りた青野武に代わり、『ちびまる子ちゃん』のおじいちゃん(さくら友蔵)役を同年6月27日放送回より引き継いだ[26]。初収録時は、長く愛されている番組で不安もあり気が重かったが、スタジオに入った瞬間に拍手で迎えられ「おじいちゃん、ここお座りください!」と言われて涙が出そうになったという。このことを、「これまでのキャリアの中で思い入れのあるキャラクター」という質問に対して、役ではなくチームとして『ちびまる子ちゃん』を挙げてインタビューに答えている[27]。なお同年以降は『ちびまる子ちゃん』以外にも青野が受け持っていた役[注 2]を数多く引き継ぐようになった。

エピソード

過去、自転車の盗難に遭い、交番に被害届を出した際、職業に「自由業」と答えたが、警官に詳細を求められ「声優」と答えたら、「エルドランシリーズの島田敏さんですか!」と驚かれたという。その後、警官に激励され、無事に自転車も戻ってきたと話した[28]

40代前半に網膜剥離で入院し手術を受けたが、再手術が必要になり、2週間入院[6]。レギュラー番組に代役を立てたり、出演分を抜いて収録したりしてしのいだという[6]。その時に仕事に対する責任感から、復帰まで落ち着かない日々を過ごしていたという[6]

持病の腰痛の対策として、腹筋と背筋を鍛えるために水泳に通っている[29]。また、同じ青二プロ所属の田中真弓と共に、テアトル・エコー同期入団の盟友で糖尿病のために左足を切断し右目を失明した俳優、安西正弘への支援をおこなっていた(安西は2009年に現場復帰)[30]龍田直樹の声優グループ「龍のとなり」のメンバーである[31]。龍田からは「敏ちゃん」と呼ばれており[4]、仲が良い。事務所の後輩で島田や龍田と一緒に仕事する機会が多かった野島健児は「2人とも見ている僕まで楽しくなるほど生き生きと仕事をされる」「本当にこの仕事が好きなんだな」とありありと感じたという[32]

NOMORE 無断生成AI

2024年山寺宏一梶裕貴ら他の有名声優26名と共同で、本人に無断で学習・生成される生成AI音声や映像に反対する有志の会として『NOMORE 無断生成AI』を結成した。声明文では「やった覚えのない朗読や歌、そして声そのものが、ネット上に公開され、時に販売」される現状への強い懸念が表明され、「平和的な認識のすり合わせのための議論を有識者も交えて行い、文化的なルール作り」を行うことを提言した[33]

出演

脚注

外部リンク

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