アラゴンのアルフォンソ5世の前で説教するシエナの聖ベルナルディーノ

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製作年1781-1783年
寸法480 cm × 300 cm (190 in × 120 in)
『アラゴンのアルフォンソ5世の前で説教するシエナの聖ベルナルディーノ』
スペイン語: San Bernardino de Siena predicando ante Alfonso V de Aragón
英語: San Bernardino of Siena preaching before Alfonso V of Aragon
作者フランシスコ・デ・ゴヤ
製作年1781-1783年
種類キャンバス上に油彩
寸法480 cm × 300 cm (190 in × 120 in)
所蔵サン・フランシスコ・エル・グランデ教会英語版マドリード

アラゴンのアルフォンソ5世の前で説教するシエナの聖ベルナルディーノ』(アラゴンのアルフォンソごせいのまえでせっきょうするシエナのせいベルナルディーノ、西: San Bernardino de Siena predicando ante Alfonso V de Aragón: San Bernardino of Siena preaching before Alfonso V of Aragon) 、または『シエナの聖ベルナルディーノの説教』(シエナのせいベルナルディーノのせっきょう、西: Predicación de San Bernardino de Siena: Sermon of Saint Bernardine of Siena) は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1781-1783年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。フロリダブランカ伯爵の委嘱によってマドリードサン・フランシスコ・エル・グランデ教会英語版のために描かれ[1]、現在も同教会に所蔵されている[1][2]

フロリダブランカ伯爵から本作の委嘱を受けたことは、ゴヤにとって大きな喜びであった[1]。彼は、サラゴサの義兄弟たちとの間に問題があったために非常に打ちひしがれていたのである。当時、スペイン王家直轄のサンフランシスコ・エル・グランデ教会が竣工間際であったが、この教会内の複数ある小祭壇のために、ゴヤはフランシスコ・バイユーホセ・デル・カスティリョ英語版マリアーノ・サルバドール・マエリャらとともに衝立画の委嘱を受けたのであった[1][2]

ゴヤ『ボルハの聖フランシスコと悔悛しない瀕死の病人』(1788年)、バレンシア大聖堂バレンシア

ゴヤは教会の「使徒書簡」側の第3礼拝堂のための絵画を割り当てられたが、特定の主題が指定されることはなかった[1]。彼は1781年の夏に本作のためのスケッチに取り掛かっており、9月には最終案を準備していた。そして、同月22日にフロリダブランカ伯爵に自身が選択した主題について知らせ、最初の下絵を送るために手紙を書いている。12月23日に、伯爵はゴヤに了承を伝え、ゴヤは6,000レアルを支払われることとなった[1]

ゴヤは本作の委嘱を競作の場として捉え、作品は2年がかりの大作となった[2]。描かれているのは、15世紀のフランシスコ会シエナのベルナルディーノ英語版 (1380-1444年) がアラゴンの王アルフォンソ5世聖母戴冠について説教をする場面である。ベルナルディーノは、「天上から光り輝く星が下り、…構図はピラミッド型にならねばならず」と解説している。その聖人の姿は、バレンシア大聖堂蔵の『ボルハの聖フランシスコと悔悛しない瀕死の病人』 (1788年) 中の聖フランシスコ・ボルハと同様のポーズとなっている[3]。なお、本作の画面手前右から2人目の人物は画家ゴヤ自身の自画像である[2]

1783年1月11日には、画家たちのすべての作品がサンフランシスコ・エル・グランデ教会の祭壇に配置された。しかし、それらはまだ未完成状態で、覆いが掛けられていた。1785年4月25日、ゴヤ、カスティリョらは、絵画にかけられた労力と時間の見返りとしてフロリダブランカ伯爵にさらなる報酬を求め、同年6月21日に伯爵は画家たちに4,000レアルの追加の制作費を払っている。しかし、伯爵は、画家たちの絵画については評価しなかった[1]

脚注

参考文献

外部リンク

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