BRM・P201
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2009年マロリーパークでのP201 | |||||||||||
| カテゴリー | F1 | ||||||||||
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| コンストラクター | BRM | ||||||||||
| デザイナー | マイク・ピルビーム | ||||||||||
| 先代 | BRM・P180 | ||||||||||
| 後継 | BRM・P207 | ||||||||||
| 主要諸元[1] | |||||||||||
| シャシー | アルミモノコック | ||||||||||
| トレッド |
(前)1,540mm (後)1,560mm | ||||||||||
| ホイールベース | 2,591mm | ||||||||||
| エンジン | BRM・P192 2998cc V12 NA | ||||||||||
| トランスミッション | BRM・P161、P193 5速 | ||||||||||
| 重量 | 586kg | ||||||||||
| 燃料 |
モチュール ダッカムス | ||||||||||
| タイヤ |
ファイアストン グッドイヤー | ||||||||||
| 主要成績 | |||||||||||
| チーム |
チーム・モチュール・BRM スタンレー・BRM ロータリーウォッチ・スタンレー・BRM | ||||||||||
| ドライバー |
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| 出走時期 | 1974 - 1977 | ||||||||||
| コンストラクターズタイトル | 0 | ||||||||||
| ドライバーズタイトル | 0 | ||||||||||
| 通算獲得ポイント | 8 | ||||||||||
| 初戦 | 1974年南アフリカGP | ||||||||||
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BRM・P201は、ブリティッシュ・レーシング・モータース (BRM) が開発したフォーミュラ1カーである。1974年から1977年にかけて使用された。デザイナーはマイク・ピルビーム。
それまでBRMのカーデザインを担当していたトニー・サウスゲートに代わり、チーフデザイナーに就任したピルビームが初めて手がけたマシンである[2]。モノコックはブラバム・BT42に似た三角形断面構造を持つが、ブラバムと異なりラジエターを車体側面に配置。ブレーキは前後ともインボードタイプを採用している。スポンサーはマールボロにかわりモチュールがつく。それにともなって、カラーリングがグリーンとシルバーに変更された。
1976年以降は一部を改造したP201Bとなった。
戦績
第3戦南アフリカGPにてジャン=ピエール・ベルトワーズのドライブによりデビュー。新加入したアンリ・ペスカロロとフランソワ・ミゴールは前年使用していたP160Eに搭乗していたが、第7戦スウェーデンGPよりペスカロロにも与えられた。初戦を2位表彰台で飾るが、以降のポイント獲得はベルギーGPでの5位のみにとどまった。
1975年は資金難のため1台体制に変更。序盤2戦をマイク・ワイルズ、第3戦南アフリカGPからボブ・エバンスがドライブ。最高位はベルギーGPの9位だった。
1976年の開幕戦ブラジルGPにイアン・アシュレーが出走したがリタイヤ。この年のレース出場はこの1戦のみに終わる。
1977年はニューマシン、P207が登場したが、南アフリカGPの予選中にエンジンブローを起こしたため[3]、急遽出走することとなった。ラリー・パーキンスのドライブで、エンジンのトラブルに見舞われながら最下位の15位で完走した。