北海道コンサドーレ札幌
日本のサッカークラブ
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北海道コンサドーレ札幌(ほっかいどうコンサドーレさっぽろ、Hokkaido Consadole Sapporo)は、日本の北海道札幌市を中心とする地域をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ[2]。
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒062-0054 北海道札幌市豊平区羊ケ丘1番地(大和ハウス プレミストドーム内) |
| 設立 | 1996年4月16日[3] |
| 業種 | サービス業 |
| 法人番号 | 7430001022464 |
| 事業内容 | サッカークラブの運営他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 石水創 |
| 資本金 | 20億3,600万円 (2025年1月現在)[4] |
| 売上高 | 50億0,000万円(2025年1月期)[4] |
| 営業利益 | △3億4,200万円(2025年1月期)[4] |
| 経常利益 | △2億5,400万円(2025年1月期)[4] |
| 純利益 | △2億7,300万円(2025年1月期)[4] |
| 純資産 | 3億3,100万円(2025年1月31日現在)[4] |
| 総資産 | 25億4,300万円(2025年1月31日現在)[4] |
| 従業員数 | 70名(2025年9月時点) |
| 決算期 | 1月31日 |
| 主要株主 | |
| 主要子会社 | 株式会社エゾデン |
| 関係する人物 |
石水勲(元最高顧問) 野々村芳和(第6代Jリーグチェアマン) |
| 外部リンク | https://www.consadole-sapporo.jp/ |
| 特記事項:「北海道の関与団体」として指定。 | |
概要

クラブの前身は、1935年に創部された東芝堀川町サッカー部である[2]。1996年に同部が北海道へ移転し、運営会社として株式会社北海道フットボールクラブが設立された。同年にJリーグ準会員となり、1998年にJリーグ正会員として昇格した[2]。2016年には、運営会社を「株式会社コンサドーレ」に変更している。ホームタウンは「札幌市を中心とする北海道」、ホームスタジアムは「大和ハウス プレミストドーム(旧称・札幌ドーム)」で、詳細は「#ホームスタジアム」節を参照のこと[2]。
クラブ名「コンサドーレ(Consadole)」は、北海道民を意味する「道産子(どさんこ)」の語順を反転させた「コンサ」と、ラテン語の響きを持つ「-ole(オーレ)」を組み合わせた造語で[2]、一般公募で決定された。創設当初の名称は「コンサドーレ札幌」で、ホームタウンは札幌市のみであったが、クラブ創立20周年を迎えた2016年シーズンから名称を「北海道コンサドーレ札幌」に変更し、ホームタウンも北海道全域へ拡大された[6]。
クラブエンブレムは、北海道に生息する日本最大のフクロウである「シマフクロウ」をモチーフとしている。頂点に羽ばたく翼を持つ盾形のデザインの中に、
- 11個の星(結束したイレブン)
- 勝利を見据えるシマフクロウの眼光(闘志)
- ブリザードを表す白ストライプ(攻撃性)
が配置され、これらの要素がホームタウンを象徴するリボンの円弧に収められたデザインとなっている。クラブ創設20周年となる2016年、同25周年となる2021年はアニバーサリーエンブレムはグッズなどに限定した展開となったが、同30周年となる2026年のエンブレムは2026-27シーズンのユニフォームに採用されることが決定した[7]。
1997年には、シマフクロウをモチーフとしたマスコットキャラクター「ドーレくん」が誕生した[2]。
練習場は以下の2か所を使用している。
2020年には新型コロナウイルス感染拡大による移動制限の影響(詳細は#2020の節を参照) で千葉県の高円宮記念JFA夢フィールドをサッカー日本代表より先に使用した。
クラブ事務所は、2001年以降札幌ドーム内(当時)に置かれていたが、2014年1月29日に宮の沢白い恋人サッカー場内へ移転したのち、2023年6月5日に再び札幌ドーム内(当時)に移転した。
「コンサドールズ」は、日本のサッカークラブとして初めて結成された専属オフィシャルダンスドリルチームである。1997年5月15日、札幌厚別公園競技場でデビューし、試合前の演出、選手入場、ハーフタイム、ゴール後、勝利時の試合終了後などでパフォーマンスを行う。ミスダンスドリルチーム日本大会での優勝経験を持つほか、サテライトやユースなどの下部組織を通じて育成活動も行っている。
ホームユニフォームは、前身の東芝サッカー部時代から続く「赤と黒の縦縞」を採用している。このデザインは、当時選手として在籍し、後に監督も務めた石崎信弘が発案したものである。2021年シーズンからは、ファッションブランド「White Mountaineering」の相澤陽介がデザインを担当している。
2014年には、ユース年代の強化を目的とした「松山光プロジェクト」を開始した[8]。
また、2025年にはクラブフィロソフィーを制定している[9]。
- コンサドーレパーパス(存在意義):赤黒の輪で、北海道の夢をつなぐ
- Core Value(価値観):Enjoy・Commitment・Open・Family
- フットボールフィロソフィー:走る、闘う、規律を守る。 その笑顔のために。
役員(フロント)
- 代表取締役会長
- 今井春雄(1996年4月16日 - 1998年1月15日)
- 坂野上明(1998年2月16日 - 2003年1月15日)
- 石水勲(2005年3月11日 - 2005年5月12日)
- 野々村芳和(2022年1月11日 - 2022年3月15日)
- 代表取締役社長
- 斉藤達(1996年4月16日 - 1997年2月9日)
- 金井英明(1997年2月10日 - 1998年2月9日)
- 田中良明(1998年2月10日 - 2003年1月15日)
- 佐々木利幸(2003年1月16日 - 2005年3月10日)
- 児玉芳明(2005年3月11日 - 2008年7月10日)
- 矢萩竹美(2008年7月11日 - 2013年3月21日)
- 野々村芳和(2013年3月22日 - 2022年1月10日)
- 三上大勝(2022年1月11日 - 2025年3月24日)※在任中の呼称は代表取締役GM
- 石水創(2025年1月14日 -)
- ゼネラルマネージャー(GM)
- 村野晋(2008年2月 - 2008年12月)
- 三上大勝(2013年1月 - 2025年3月24日)
- 河合竜二(2025年12月12日 -)
歴史
前身
クラブの前身は、1935年に創設された東芝堀川町サッカー部(1980年に東芝サッカー部に改称)である。東芝の企業チームとして活動を開始し、戦後は神奈川県川崎市を拠点に関東社会人リーグや日本サッカーリーグ(JSL)2部などに所属した。1980年代以降は府中市を拠点とし、地域リーグを中心に活動を続けていた。1990年代半ば、東芝は企業スポーツ部門の縮小方針を進めており、サッカー部の存続と強化を目的として、クラブの地域移転とプロ化が検討された。
- 移転経緯[10]
1993年2月、Jリーグ開幕を控えて北海道サッカー協会がJリーグクラブ誘致に向けた特別委員会を設置した[11]。同年10月には、Jリーグブームの高まりを背景に札幌青年会議所が中心となり、誘致推進特別委員会を発足させ、署名活動を開始した。1994年1月27日には誘致活動の母体となる「札幌SJクラブ」が設立され、同年9月22日までに約31万人の署名を集めた。誘致活動の過程では、まず北海道電力サッカー部(現ノルブリッツ北海道FC)へのプロ化を打診したが、企業方針を理由に実現しなかった。また、札幌蹴球団の強化も検討されたが、Jリーグ参入に必要な条件を満たすには至らなかった[11]。
1995年3月25日には、官民の代表者による「Jリーグ札幌ホームタウンチーム設立推進協議会」が設立された。その後、Jリーグ関係者を通じて東芝サッカー部の関係者が紹介され、プロ化に慎重であった東芝サッカー部に対し、札幌への移転が提案された。これを受け、同年7月には移転準備組織として、受け皿となる新クラブの設立を検討する「札幌フットボール設立企画」が発足した。当時、東芝サッカー部に対しては複数の自治体から移転誘致の申し入れがあったが、最終的には札幌への移転が選択された[11]。1996年1月11日に東芝サッカー部の札幌移転が正式に発表され、同年2月8日に日本サッカー協会が移転を承認。3月2日に新チーム名「コンサドーレ札幌」が発表され、同年4月に運営会社「北海道フットボールクラブ」が設立された。
1996年 - 1997年(旧JFL)
1996年
クラブは「北海道からJリーグチームを」を掲げ、ジャパンフットボールリーグ(旧JFL)に参入した。監督には、東芝サッカー部時代から指揮を執っていた高橋武夫が引き続き就任した。選手編成では、ヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)からJリーグでの実績を持つアルシンドとペレイラが加入したほか、元ウルグアイ代表のMFオテーロ、第74回全国高等学校サッカー選手権大会の得点王となった初芝橋本高校の吉原宏太が入団した。これにより、Jリーグ経験者と川合孝治を含む東芝サッカー部からの社員選手が混在する登録選手が41名の体制となった。
リーグ開幕戦となった第1節福島FC戦では、吉原宏太がクラブ初得点を記録した。一方で、アルシンドは第2節富士通川崎戦での処分により4試合の出場停止となり、第9節大塚FC戦での退場を経て、本人の申し出により退団した。7月にチェコの一部リーグからヨゼフ、ルボシュが加入したが、当時の外国人枠5名を超える6人体制となったため、吉成大が研修生としてペルーのクラブへ派遣された。シーズン中盤には、守備の中心であったペレイラが第20節本田技研工業(現Honda FC)戦で負傷離脱し、チームは第23節鳥栖フューチャーズ戦と第24節東京ガス戦に連敗。これにより、Jリーグ昇格条件である2位以内の可能性が消滅した。終盤6試合は5勝1敗と成績を持ち直したが、最終成績は20勝10敗の5位(全16チーム)で、初年度のJリーグ昇格はならなかった。
シーズン終了後、東芝社員選手のうち残留を希望した選手は東芝を退社してプロ契約へ移行した。一方で、チーム得点王(8得点)であった川合孝治が戦力外通告を受け退団し、1987年から指揮を執っていた高橋武夫監督も退任した。
1997年
元ウルグアイ代表のウーゴ・フェルナンデスが監督に就任した。前年まで所属していた茶木裕司(ブランメル仙台へ移籍)、平岡宏章(アルビレックス新潟へ移籍)、加藤剛、木島敦、川合孝治、後藤静臣(大分トリニータへ移籍)、新明正広、渡邉晋、笠原恵太(甲府SCへ移籍)、小池大樹、村田信行(ブレイズ熊本へ移籍)、白井淳(ジェフ市原(現ジェフ千葉)へ移籍)、パベル、オテーロ、金鍾成ら多くの選手が移籍・退団し、チームは大幅な入れ替えを行うこととなった。
補強面では、鳥栖からパナマ代表のバルデスが復帰したほか、アビスパ福岡からディエゴ・マラドーナの弟であるウーゴ・マラドーナ、ジュビロ磐田からハーフナー・ディド、大塚FCから古川毅と田渕龍二、セレッソ大阪から渡辺卓と山橋貴史、コスモ四日市から鳥居塚伸人、市原から新村泰彦らを獲得し、さらに、法政大学の赤池保幸、初芝橋本高校の大野貴史、亜細亜大学の黄川田賢司ら新人選手が加入した。
「チームはファミリー」をスローガンに、シーズン前に行われたナビスコカップ予選リーグでは、V川崎、ガンバ大阪、横浜マリノス(現横浜F・マリノス)と同組になりながら、2勝3分1敗(勝ち点9)で1位通過を果たした。
リーグ戦では、開幕から6連勝と好調なスタートを切り、バルデスとマラドーナを中心とした攻撃陣が得点を重ねた。特に川崎フロンターレ戦では、いずれも劇的な展開が続き、第7節ホーム(札幌厚別)では後半43分時点で1-3とリードを許していたが、終盤にバルデスが2得点を挙げて同点とし、延長戦でバルデスが延長Vゴールを決めて4-3で勝利した。第20節アウェイ(等々力)でも後半31分に1-3とされたが、再びバルデスが2得点を挙げてで3-3とし、延長戦でバルデスが延長Vゴールを決めた。第28節の大分戦に勝利し、Jリーグ昇格とJFL優勝を同時に決めた。最終成績は26勝4敗(全16チーム)で、ホームでは無敗を維持した。バルデスは40得点を挙げ、リーグ得点王とり、7回のハットトリックを記録した。
11月18日にはJリーグ臨時理事会でクラブの正会員承認が行われ、翌1998年からのJリーグ参入が正式に決定した。また、1996年6月13日JFL第10節の鳥栖戦から1997年10月29日第30節ジャトコ戦まで、札幌厚別公園競技場ではリーグ戦21勝0敗という成績を残し、「厚別不敗神話」「厚別神話」と呼ばれた。
1998年(Jリーグ)
クラブにとって初のJリーグ参戦となったシーズンであり、監督は前年に続きウーゴ・フェルナンデスが指揮を執った。前年まで所属していた工藤英章(アステール青森FCへ移籍)、中吉裕司(大分へ移籍)、小野甲介(新日鉄室蘭へ移籍)、石塚啓次(V川崎へ復帰)、新村泰彦(ジャトコへ移籍)、鮎貝秀彦・金子真人(大学進学)、朝倉徳明らが退団し、森敦彦と冨樫剛一が現役を引退した。
一方で、C大阪から深川友貴と梶野智、G大阪から木山隆之、柏レイソルから加藤竜二と有馬賢二、本田技研工業から村主博正とバウテルらJリーグ経験者を中心とした補強を行い、Jリーグで戦うための戦力整備を進めた。さらに2ndシーズン途中に、柏から棚田伸、横浜フリューゲルスから埜下荘司、東京ガスから関浩二を獲得し、戦力の上積みを図った。
1stステージでは、開幕戦の清水エスパルス戦で1-4と敗れ、第4節のG大阪戦でJリーグ初勝利を挙げたものの、第7節以降は失点が増え、磐田戦では中山雅史に4試合連続となるハットトリックを許すなど守備が不安定な試合が続いた。最終的に1stステージは4勝13敗で16位となった。2ndステージでは、第11節終了時点で5勝6敗と持ち直したが、クラブとの方針の違いからフェルナンデス監督が解任され、石井肇コーチが第12節から監督に就任した。2ndステージの最終成績は8勝9敗の10位で、年間成績は12勝22敗の14位(全18チーム)となった。
1999年からのJリーグ2部制移行に伴い、Jリーグ下位4クラブとJFL優勝クラブによるJ1参入決定戦に参加した[注 1]。札幌は勝利すればJ1残留が決まるという状況でヴィッセル神戸と福岡と対戦したが、ホーム・アウェイともに敗れ4連敗となり、Jリーグで初めてJ2へ降格したクラブとなった。
1999年 - 2000年(J2)
1999年
J2初年度となるリーグで「1年でのJ1復帰」を目標に掲げ、1998 FIFAワールドカップで日本代表監督を務めた岡田武史を新監督として招聘した。1996年から1998年まで在籍したペレイラ、マラドーナ、バルデスをはじめ、渡辺卓(水戸ホーリーホックへ移籍)、太田貴光(ジャトコへ移籍)、後藤義一と有馬賢二(横浜FCへ移籍)、バウテル(モンテディオ山形へ移籍)、鳥居塚伸人(図南SCへ移籍)らが退団した。また、ディド、赤池保幸、木山隆之、浅沼達也、山橋貴史が現役を引退した。
補強面では、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)から名塚善寛、鹿島アントラーズから佐藤洋平・池内友彦・栗田泰次郎、柏から加藤竜二、横浜FMから桜井孝司、ブラジル人MFアシス(ロナウジーニョの実兄)、FWリカルジーニョ、FWクレーベルら外国人選手を補強し、藤枝東高校から河村優、北海道札幌市出身の佐賀一平、磐田東高校から藤ヶ谷陽介ら新入選手も加入した。
リーグ序盤は第8節終了時点で3勝5敗と安定せず、外国人選手の入れ替えが行われた。リカルジーニョとクレーベルの契約を解除し、新たにビジュとジネイを獲得し、両選手は第15節から出場した。第24節終了時点で12勝6分6敗と昇格争いに踏みとどまっていたが、終盤戦で失速し、最終成績は17勝6分13敗の5位(全10チーム)に終わり、目標としていたJ1復帰には届かなかった。
個人では、吉原宏太が第9節にハットトリックを記録するなど15得点を挙げ、チーム得点王となった。吉原はU-22日本代表に選出され、2000年シドニーオリンピック代表の予備登録メンバーにも名を連ねたほか、中山雅史の負傷離脱に伴い、コパ・アメリカ(南米選手権)の日本代表に追加招集された。
2000年
岡田武史監督の就任2年目となった。吉原宏太(G大阪へ移籍)、栗田泰次郎(清水へ移籍)、アシス、関浩二(青梅FCへ移籍)らが退団し、期限付き移籍中であった林晃平(G大阪)と井手口純(横浜FM)が移籍元へ復帰した。また、棚田伸、埜下荘司、梶野智が現役を引退した。
補強面では、市原から 野々村芳和、G大阪から播戸竜二、京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)から大森健作、FC東京からアウミール、V川崎から高木琢也、福岡から森秀昭、川崎Fから小松崎保と伊藤優津樹、ブラジルセリエAのサンパウロFCからエメルソンらが加入した。さらに、下部組織の札幌U-18から遠国信也がクラブ史上初のトップ昇格を果たし、北海高校から山瀬功治、四日市中央工高校から中尾康二、筑波大学から井上敦史ら新入選手も加入した。
クラブは限られた予算の中で戦力を整えるため、期限付き移籍選手を中心とした編成を行い、エメルソンを含む8人が期限付き移籍で加入した[注 2]。岡田監督の戦術が浸透し、チームは開幕後から安定した戦いを続け、14連勝を含む17試合無敗(16勝1分)[注 3][12]を記録した。最終的に31勝5分4敗でJ2優勝(全11チーム)を果たし、J1昇格を決めた。個人では、エメルソンが31得点を挙げてJ2得点王となり、山瀬功治と藤ヶ谷陽介がU-19日本代表に選出された。
このシーズンの勝率0.886およびアウェイ勝率0.889(は、2010年に柏が更新するまでJ2最高記録であった。また、リーグ戦総失点22(40試合)と1試合平均失点0.55は、2025年シーズン終了時点においてもJ2最少記録として残っている[13]。
2001年 - 2002年(J1)
2001年
クラブ創立5周年となった2001年シーズンは岡田武史監督の3年目のシーズンとなった。前年に期限付き移籍で加入していた選手のうち、特にエメルソンの完全移籍での残留を目指し、サポーター有志による募金活動により約3億円の資金を集められたが、エメルソンは退団した。一方で、大分からウィルが期限付き移籍で加入し、東北高校から今野泰幸が入団した。
リーグ戦では、開幕戦のC大阪戦、第2節の柏戦に連勝し、序盤は上位に位置した。最終的には10勝5分15敗の11位(全16チーム)とどまり、J1残留を確保した。個人では、ウィルが24得点を挙げて得点王となり、山瀬功治がJ1最優秀新人選手賞を受賞した。また、新人の今野泰幸がレギュラーとして出場機会を得た。シーズン終了後、岡田武史監督が退任した。
クラブ施設面では、3月に札幌市西区に宮の沢白い恋人サッカー場(練習場)が開設された。また、5月に札幌市豊平区に札幌ドーム(旧称:札幌ドーム、現・大和ハウス プレミストドーム)が完成し、7月の第15節の横浜FM戦で初めてリーグ戦を開催した。この試合には39,319人が来場し、2026年時点でもクラブでのリーグ戦最多観客数となっている。札幌ドームの使用開始もあり、シーズンの平均観客動員数は2万人を超えた。
2002年
元日本代表の柱谷哲二が監督に就任した。前年の主力であったウィルが横浜FMへ、播戸竜二が神戸へ移籍し、名塚善寛と野々村芳和が現役を引退した。補強では、ロシアサッカー・プレミアリーグのFCスパルタク・モスクワからロブソン、東京Vから小倉隆史、G大阪から小島宏美らを獲得した。
しかし、ロブソンは加入時に「ロシアリーグ得点王」「UEFAチャンピオンズリーグ出場」といった経歴が紹介されていたものの、一部が事実と異なっていることが後に判明し、パフォーマンスも安定しなかった。さらに2002 FIFAワールドカップ開催による札幌ドーム(当時)の利用制限により、シーズン序盤のホームゲーム3試合を高知・室蘭・函館で開催するなど、日程面での制約を受けた[注 4]、チームは開幕から成績が上がらず、ロブソンは同時期に加入したマクサンドロと共に5月末で退団した。
6月には柱谷哲二監督が解任され、後任として ラ・リーガ(スペイン1部リーグ)のレアル・オビエドのチームコーディネータを務めていたラドミロ・イバンチェビッチが就任した。イバンチェビッチ体制では、同じユーゴスラビア出身のバーヤック、ブラジル人MFジャディウソンらを補強し、さらに日本人選手の加入も進めたが、成績は改善しなかった。9月にイバンチェビッチが辞任し、後任として張外龍が監督に就任したものの、2ndステージ第11節の鹿島戦に敗れ、クラブは2度目のJ2降格が決定した。最終成績は5勝1分24敗の最下位(全16チーム)とあった。
2003年 - 2007年(J2)
2003年
- チームスローガン:We Shall Return
1年でのJ1復帰を目指して、監督には鹿島などで指揮を執ったジョアン・カルロスが就任した。補強面では、横浜FMを退団したウィルが復帰し、元ブラジル代表のホベルッチ、ベットを獲得した。一方で小倉隆史が退団し、山瀬功治が浦和レッズへ移籍した。
シーズン開幕後、ベットがホームシックを理由に退団し、ウィルが負傷療養中に起こした不祥事により退団となった。さらに、ホベルッチもジョアン・カルロス監督との関係悪化により退団し、外国籍選手3名がシーズン前半でチームを離れる事態となった。その後、ビタウ、元大分のアンドラジーニャ、元名古屋グランパスのウリダを補強した。
第26節の新潟戦後、成績不振によりジョアン・カルロス監督が辞任し、後任として再び張外龍が監督に就任した。しかし、チーム状況は改善せず、最終的に13勝13分18敗の9位(全12チーム)でシーズンを終え、J1昇格には届かなかった。
2004年
- チームスローガン:全力蹴球
磐田で監督を務めた柳下正明が新監督に就任した。クラブは強化費を含む経費削減と経営改善を進める中で、若手主体の編成とアカデミー強化を軸とした長期育成計画(いわゆる「5段階計画」)を掲げ、期限付き移籍や外国籍選手への依存を抑えたチーム作りを進めた。この方針のもと、中心選手であった今野泰幸をはじめ、高年俸のベテラン選手や外国籍選手が退団した。
一方で、札幌U-18から鈴木智樹と蛯沢匠吾が昇格し、高卒選手として鵬翔高校から上田常幸、宮古高校から上里一将、筑陽学園高校から桑原剛、札幌第一高校から斉川雄介が加入した。また、札幌大学から河端和哉、道都大学から鎌田安啓の大学出身選手に加え、テスト生の静岡FCの清野智秋も加入し、新人8名を含む若手中心の編成となった。
開幕から第4節まで無敗でスタートしたものの、三原廣樹の負傷離脱に加え、新居辰基と中尾康二の不祥事による契約解除が発生した。シーズン途中には横浜FMから金子勇樹、神戸から西嶋弘之を獲得し、前年に特別指定選手として登録されていた道都大学の権東勇介と正式契約した。
しかし、若手育成を優先した編成もあり、勝ち点を伸ばせず、最終成績は5勝15分24敗でJ2最下位(全12チーム)となった。当時のJ2には下位リーグとの降格制度はなかったため、翌シーズンもJ2で戦うことになった。一方で、天皇杯ではJ1の市原と大分を破り、クラブ初のベスト8に進出した。
2005年
- チームスローガン:真っ攻勝負!
柳下正明監督の2年目シーズン。藤ヶ谷陽介がG大阪へ移籍した一方、サンフレッチェ広島から林卓人と中山元気、鹿島から池内友彦、磐田から高原寿康と加賀健一、鹿屋体育大学から徐暁飛が加入した。また、札幌U-18から石井謙伍と野田達郎が昇格した。
クラブは「5位以内」を目標に掲げてシーズンに臨んだが、堀井岳也、上里一将、西澤淳二ら主力選手の負傷離脱が相次ぎ、戦力面での影響を受けた。シーズン中盤には浦和から西谷正也、水戸からデルリスを獲得した。西谷は攻撃面で貢献した一方、デルリスは戦術に適応できず、同年限りで退団した。最終的にチームは17勝12分15敗の6位(全12チーム)でシーズンを終え、当初目標の5位以内には届かなかったものの、第4クール後半までJ1昇格争いに加わった時期もあった。個人では、池内友彦がDFながらチームトップの11得点を挙げ、攻撃面でも存在感を示した。
一方、クラブ運営面では、シーズン中に取締役が買春容疑で逮捕される不祥事が発生した。また、3月には札幌市西区に選手寮「しまふく寮」が開設された。
2006年
- チームスローガン:闘
クラブ創立10周年となった2006年シーズンは、柳下正明監督の3年目のシーズンとなった。選手補強では、川崎からフッキ、千葉から芳賀博信、山形から大塚真司と川崎健太郎、水戸から関隆倫、アルビレックス新潟シンガポールから野本安啓、名古屋からセバスティアンが加入した。また、ユースから藤田征也と西大伍が昇格した。
リーグ戦序盤は、フッキの出場停止や大塚ら主力選手の負傷離脱が重なり、10試合連続未勝利となるなど苦しいスタートとなった。中盤戦以降は戦術の浸透と選手の復帰により徐々に成績が安定し、勝ち点を積み上げていった。最終的には20勝12分16敗の6位(全13チーム)で終了した。
一方で、第41節湘南戦、第42節徳島ヴォルティス戦ではクラブ史上初となる2試合連続6得点を記録した。フッキを中心とした前線の破壊力が発揮され、柳下体制で積み上げてきた攻撃的なスタイルが表れたシーズンでもあった。天皇杯ではJ1の千葉、新潟、ヴァンフォーレ甲府を破りクラブ史上初のベスト4に進出を果たした。しかしリーグ戦では昇格争いに加わるまでには至らず、シーズン終了後に柳下監督は退任した。
2007年
- チームスローガン:Power to 1
元大宮アルディージャ監督の三浦俊也が新監督に就任した。フッキが東京Vへ移籍し、加賀健一が所属元の磐田へ復帰した。一方、2006年に途中加入した佐藤優也が甲府から完全移籍で加入し、C大阪からDFブルーノ・クアドロス、ブラジルのECヴィトーリアからFWダヴィ・MFカウエ、大宮から高木貴弘が加入した。さらに、高卒選手としてルーテル高校から岡本賢明、前橋育英高校から岩沼俊介が加入した。
三浦監督のもと、チームは堅守速攻を軸とした戦術を確立し、リーグ序盤に7連勝を記録するなど順調に勝ち点を積み上げた。シーズン途中には首位に浮上し、一時は2位以下に大きな勝ち点差をつける状況となった。しかし、主力選手の疲労蓄積や台風接近による試合順延など日程面の影響もあり、第3クールに入った8月後半頃から成績が下降し、昇格争いは混戦となった。
終盤戦では、3年目の石井謙伍、2年目の西大伍、新人の岡本賢明に加え、横浜FCから途中加入した鄭容臺らが起用に応え、チームの戦力として機能した。第45節から48節まで4連勝を記録し、首位を維持したまま最終節の水戸戦に勝利して、J1復帰を決めた。また、同日に東京VがC大阪と引き分けたため、クラブは27勝10分11敗でJ2優勝(全13チーム)を果たした。
2008年(J1)
- チームスローガン:Progress
三浦俊也監督の2年目となった。補強では、広島から吉弘充志が完全移籍で加入し、神戸から坪内秀介、清水から平岡康裕、新潟からディビッドソン純マーカスが期限付き移籍で加入した。さらに、高卒選手として室蘭大谷高校から宮澤裕樹、柏U-18から堀田秀平が加入した。一方で前シーズンの主力であったブルーノ・クアドロスが退団した。新加入の元柏のアルセウはキャンプ中の親善試合で監督の指示に反発し、暴力行為による退場処分を受けたことを契機に退団した。その後、新たにアトレチコPRから元名古屋のクライトンを獲得し、攻撃面の補強を図った。
リーグ戦では序盤から苦戦が続き、中断期間に入る時点で18クラブ中17位と降格圏に位置した。夏の移籍期間にはアンデルソンや川崎から箕輪義信を獲得し、守備の立て直しを試みたが、成績は改善しなかった。第29節の柏戦に敗れて1年でのJ2降格が決定し、続く第30節の川崎戦の敗戦により最下位が確定した。最終節で鹿島に敗れ、鹿島の優勝決定試合となった。最終成績は4勝6分24敗の最下位(全18チーム)で、クラブとして3度目のJ2降格となった。三浦監督はクラブからも続投要請を受けていたが、降格の責任を理由にシーズン終了後に辞任した。
2009年 - 2011年(J2)
2009年
- チームスローガン:戦
大分や柏で指揮を執った石崎信弘が新監督に就任。前シーズンの主力であったダヴィが名古屋へ移籍し、西澤淳二・池内友彦・西谷正也・アンデルソンら10人以上(期限付き移籍の選手も含む)が退団した。一方で、チームの中心選手であり去就が注目されていたクライトンが残留し、前シーズン途中に期限付きで加入した箕輪義信が完全移籍で加入した。ダヴィの移籍に伴い、名古屋から約3億円の移籍金が支払われたこともあり、外国籍選手の補強が進められた。スウェーデンのユールゴーデンスIFからキリノ、コロンビアのインデペンディエンテ・メデジンからダニルソン、韓国Kリーグの浦項スティーラースから趙晟桓(チョウ・ソンファン)が加入した。日本人選手では大宮から荒谷弘樹が加入し、新人として沖縄大学から上原慎也が加入、札幌U-18から曵地裕哉と古田寛幸が昇格した。シーズン途中の7月には、クライトンが以前から抱えていた負傷の悪化により長期離脱が決まり、退団した。代わってブラジル人MFハファエルが加入し、さらに柏の石川直樹が期限付き移籍で加入するなど、夏の移籍期間に複数の補強が行われた。
若手中心の編成もあり、チームは連勝と連敗が続く不安定な戦いとなった。勝ち切れない試合も多く、引き分けはリーグ最多となる16試合に達した。最終的には21勝16分14敗の6位(全18チーム)でシーズンを終え、昇格争いには加わり切れなかったものの。若手選手の台頭や新戦力の定着などが見られたシーズンとなった。
2010年
- チームスローガン:「MOVE」 -より速く、より正確に、よりタフに-
石崎信弘監督の2年目となった。選手の入れ替えでは、西大伍が新潟へ完全移籍し、ダニルソンが名古屋へ期限付き移籍したほか、長年チームを支えた曽田雄志が現役を引退した。一方で、複数クラブとの競合の末、磐田から元日本代表の中山雅史を獲得したことは大きな話題となった。さらに、FC東京から藤山竜仁と近藤祐介、愛媛FCから内村圭宏、広島から李漢宰が加入し、経験豊富な選手と即戦力の補強が進められた。シーズン途中の夏には、清水から高木純平が期限付き移籍で加入し、中盤の層を厚くした。
リーグ戦は開幕からつまずき、序盤に勝ち点を伸ばせずに、5月から6月にかけては無敗を維持したものも、5試合連続引き分けとなり、順位を押し上げるには至らなかった。7月以降は負傷者の増加により戦力が安定せず、シーズンを通して昇格争いに加わることはできなかった。終盤は、ベンチ入り可能な18人の登録枠を満たせない試合も発生するなど、厳しいチーム状況が続いた。最終的に11勝13分12敗の13位(全19チーム)でシーズンを終え、前年からの順位回復には至らなかった。
2011年
- チームスローガン:Challenge for Smile
クラブ創立15周年となった2011年シーズンは、石崎信弘監督の3年目のシーズンとなった。6年半在籍した西嶋弘之が徳島へ、ユース出身の藤田征也とキャプテンを務めた石川直樹が新潟へ、佐藤優也がギラヴァンツ北九州へ、吉弘充志が愛媛へ、堀田秀平が新潟シンガポールへ、李漢宰がFC岐阜へ、新潟へ期限付き移籍していた西大伍は鹿島へ完全移籍した。また、藤山竜仁が現役を引退し、箕輪義信も退団するなどし、多くの選手がチームを離れた。
一方で、新潟から高木貴弘、C大阪から山下達也、サガン鳥栖から日高拓磨、横浜FMから河合竜二を獲得し、期限付き移籍で加入していた高木純平は完全移籍に移行した。札幌U-18から三上陽輔が昇格し、室蘭大谷高校から櫛引一紀が加入した。外国籍選手では、元京都のチアゴ)、ユニバーシアード韓国代表のイ・ホスン、ブラジルのクラブ所属のブルーノ、元徳島のアンドレジーニョが加入した。また、2010年シーズン後に退団していた砂川誠は再契約し、キャンプに参加していた西村卓朗とも契約を締結した。
シーズン中にはアンドレジーニョがオーストラリアAリーグのパース・グローリーFCへ移籍し、チアゴも退団したが、浦項から岡山一成、ブラジルのクラブからジオゴ、レモスが加入し、戦力補強が続けられた。
リーグ戦は開幕戦の愛媛に敗れ、さらに東日本大震災による1ヶ月半の中断期間を経て迎えたホーム開幕戦の湘南にも敗れるなど、序盤は苦戦が続き、第11節時点で18位と低迷した。しかし、夏場にかけて守備が安定し、7月から9月にかけて10勝3分2敗と大きく勝ち点を積み上げ、9月21日に3位へ浮上した。終盤戦は徳島、鳥栖、千葉など複数クラブが昇格圏を争う混戦となり、札幌もその中に加わった。特に第38節のFC東京戦は、4位徳島と勝ち点で並ぶ3位で迎えた重要な一戦となり、札幌ドーム(当時)には39,243人(当時のクラブ歴代2位)が来場した。この試合に2-0で勝利し、最終成績は21勝5分12敗の3位(全20チーム)となり、4年ぶり4度目のJ1復帰を決めた。
2012年(J1)
- チームスローガン:「We Go On」 -ただ、ひたすらに-
石崎信弘監督の4年目となった。山下達也がC大阪に、2年間期限付き移籍していたダニルソンが名古屋に、ブルーノがブラジルのグアラニFCに、ジオゴが徳島へ完全移籍し、レモスは契約満了、西村卓朗が現役を引退した。上里一将が徳島へ期限付き移籍した。一方で、鹿島から杉山哲、広島から髙柳一誠、大分から前田俊介、清水から山本真希、新潟から大島秀夫、FC東京からオーストラリア代表のジェイド・ノースが完全移籍で加入し、ジュニーニョが期限付き移籍で加入した。前年に韓国の大邱FCへ期限付き移籍していたキリノが復帰し、札幌U-18から奈良竜樹、荒野拓馬、小山内貴哉、前貴之、榊翔太が昇格した。また、湘南から完全移籍していた松尾直人はシーズン前にFC大阪へ移籍した。
スタジアム面では、室蘭市入江運動公園陸上競技場と函館市千代台公園陸上競技場がJリーグクラブライセンス制度の基準を満たさなかったため、クラブ史上初めて全ホームゲームを札幌市内で開催した[14]。
リーグ戦は開幕から苦戦が続き、第2節から7連敗を喫した。第9節のC大阪戦で初勝利を挙げたものの、第10節から再び9連敗となり、下位に低迷した。7月には全北現代モータースより金載桓(キム・ジェファン)が期限付移籍で加入し、これに伴い李昊乗の選手登録を抹消した。さらにブラジルのナウチコからハモン、フォス・ド・イグアスFCからテレが完全移籍で獲得した。一方で、キリノが湘南へ完全移籍し、横野純貴がツエーゲン金沢へ期限付き移籍、ジュニーニョは契約解除となった。しかし、補強後も成績は上向かず、敗戦が続いた。第27節の川崎戦の敗戦により地力残留の可能性が消滅し、同節でJ2降格が確定した。9月中の降格決定としてはJリーグ史上初であり、7試合を残しての降格決定は史上最速であった。最終順位は4勝2分28敗で最下位(全18チーム)。連勝無し、年間28敗、総失点88、得失点差-63、アウェイ13連敗はいずれも当時J1ワースト記録となった。勝ち点14はJ1がリーグ戦18チーム年間34試合制となって以降最低タイの記録である[注 5]。シーズン終了後、石崎監督は退任した。
2013年 - 2016年(J2)
2013年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ
札幌ユース及びトップチームコーチを務めていた室蘭市出身の財前恵一が監督に就任した。財前はクラブOBとして、また北海道出身者として初めてトップチームの監督を務めることとなった。また、3月にはクラブOBの野々村芳和が北海道フットボールクラブの代表取締役社長に就任し、経営体制の刷新が進められた。
クラブは財政難に直面しており、強化費は前年の推定5億円から約2億5000万へ半減した。この影響で、契約延長を希望していた主力選手であっても慰留が困難となり、多くの選手が契約満了に伴い退団した。中山雅史、元主将の芳賀博信が現役を引退、高原寿康・高木純平(共に清水へ移籍)、岡山一成(奈良クラブへ移籍)、高木貴弘(岐阜へ移籍)、山本真希(川崎へ移籍)、髙柳一誠(神戸へ移籍)、大島秀夫(北九州へ移籍)が退団、金載桓は期限付き移籍満了で全北現代へ復帰し、ハモンがブラジルのクラブへ、ジェイド・ノースがブリスベン・ロアーFCに、近藤祐介が栃木SCに、岩沼俊介が松本山雅へ完全移籍した。
一方で、カマタマーレ讃岐から趙成眞(チョ・ソンジン)を完全移籍で獲得し、ブラジルのクラブからパウロンが期限付き移籍で加入した。FC東京・徳島への期限付き移籍から上里一将、金沢への期限付き移籍から横野純貴が復帰した。さらに、東洋大学から札幌ユースU-18出身の松本怜大が加入し、ユースからは前年度にJユースカップで全カテゴリを通じてクラブ史上初の全国優勝を果たした世代の中原彰吾、永坂勇人、堀米悠斗、神田夢実、阿波加俊太、深井一希の6名が昇格した。3月にはタイのコーンケンFCとクラブ間提携パートナーシップを締結し、シーズン中に中原と永坂が同クラブへ期限付き移籍した。シーズン中にはテレが規律違反により退団(後にFC町田ゼルビアへ移籍)、2014シーズンの加入内定の阪南大学の工藤光輝を特別指定選手として登録した。7月、練習参加していたフェホ、ベトナム代表のレ・コン・ビンを期限付き移籍で獲得し、これに伴い李昊乗の登録を抹消した(契約自体は継続)。
リーグ戦は開幕戦で2006年以来の開幕勝利を挙げたものの、第2節から3連敗し、第4節終了時点で21位に後退した。その後は大きな連敗こそなかったものの、大きな連勝もなく、一進一退の展開が続いた。第2節から第24節までは2桁順位が続いたが、第25節に9位に浮上し、以降は概ね1桁順位を維持した。第39節からシーズン初の3連勝を記録し、最終節に勝利すれば得失点差と他会場の結果次第でプレーオフ進出の可能性があった。しかし、最終節の北九州戦で引き分けに終わり、プレーオフ進出はならなかった。最終成績は20勝4分18敗の8位(全22チーム)でシーズンを終えた。天皇杯は4回戦で甲府に敗退した。
2014年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ
財前恵一監督の2年目となった。曵地裕哉(愛媛へ移籍)、三上陽輔(カターレ富山へ移籍)が契約満了により退団、岡本賢明がロアッソ熊本へ、フェホが中国の北京八喜足球倶楽部へ、趙成眞が韓国の水原三星へ完全移籍でチームを離れた。また、横野純貴がタイのコーンケンFCへ、堀米悠斗が福島ユナイテッドFCへ、神田夢実と阿波加俊太がSC相模原へ期限付き移籍となり、レ・コン・ビンが期限付き移籍期間満了で退団した。
一方で、愛媛から5年ぶりに石井謙伍から復帰し、V・ファーレン長崎から金山隼樹、栃木SCから菊岡拓朗、川崎から薗田淳、神戸から都倉賢、韓国の慶南FCから丁成勳(チョン ソンフン)、オランダ2部のアルメレ・シティFCからステファノが完全移籍で加入した。ブラジルのクラブからヘナンが期限付き移籍で加入し、中原彰吾、永坂勇人が期限付き移籍から復帰した。さらに、特別指定選手で登録していた工藤光輝、北海道教育大学の上原拓郎が加入し、ユースから前寛之、内山裕貴がへ昇格した。
シーズン中には、1月に仮契約していた小野伸二がオーストラリアAリーグのウェスタン・シドニー・ワンダラーズFCから完全移籍で加入し、話題を集めた。また、李昊乗の負傷に伴い、相模原へ期限付き移籍していた阿波加俊太が育成型期限付き移籍を解除し復帰した。また、前貴之が富山、古田寛幸がカマタマーレ讃岐へ期限付き移籍した。
リーグ戦は開幕戦で前年J2降格の磐田にアウェイで勝利し好スタートうぃ切ったものの、その後は下位に低迷し、一時は17位まで順位を落とした。第24節から第28節までの5試合連続未勝利となり、さらに途中加入の都倉賢の起用が限定的であったことも批判の対象となった。こうした状況を受け、8月28日に財前監督が成績不振でを解任し、後任としてかつて愛媛で指揮を執ったイヴィッツァ・バルバリッチが就任した。来日スケジュールの都合により、第29・30節は名塚善寛コーチがが監督代行を務めた[注 6]。
バルバリッチ監督体制では3バックを採用し、都倉を中心とした攻撃的な布陣が機能し始めた。都倉は加入後に本格的に出場機会を得ると得点源として活躍、チームの立て直しに貢献した。監督交代後は4勝2敗5分と安定した成績を残したが、序盤の成績が響き、最終的には15勝14分13敗の10位(全22チーム)に終わりプレーオフ進出はならなかった。天皇杯は2回戦で清水に敗北した。また、クラブは女子サッカーチーム「北海道リラ・コンサドーレ」を創設し、宗像訓子が初代監督に就任した。
2015年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ
バルバリッチ監督の2年目となった。日高拓磨(富山へ移籍)、前年タイリーグへ期限付き移籍していた横野純貴(福島へ移籍)、松本怜大(町田へ移籍)、上原拓郎(熊本へ移籍)、丁成勳、ステファノ(インドネシア・スーパーリーグのプルシジャ・ジャカルタへ移籍)が契約満了、ヘナンが期限付き移籍期間満了に伴い退団した。さらに、イ・ホスンが湘南へ完全移籍し、奈良竜樹がFC東京へ、工藤光輝が相模原(7月からはいわてグルージャ盛岡へ再移籍)、内山裕貴がシンガポールSリーグのホウガン・ユナイテッドFCへ期限付き移籍した。シーズン中には、小山内貴哉がAC長野パルセイロ、砂川誠が岐阜へ期限付き移籍した。
一方で、川崎から元日本代表の稲本潤一、岐阜から前年J2得点4位のナザリト、甲府からインドネシア代表のイルファン、C大阪から韓国U-21代表のク・ソンユン(具聖潤)を完全移籍で加入した。また、川崎から福森晃斗、ブラジルのアヴァイFCから前年東京Vに所属していたニウドが期限付き移籍で加入し、古田寛幸・前寛之・前貴之・堀米悠斗・神田夢実が期限付き移籍から復帰した。また、ユースから進藤亮佑が昇格した。
リーグ戦では開幕戦で勝利し、5月には都倉が6得点を挙げてJ2月間MVPを獲得する活躍など、前半戦は好調を維持した。特にでアウェイ戦では安定した戦いを見せ、前半21試合を終えてアウェイ無敗、プレーオフ圏内の6位で折り返した。しかし、後半戦に入ると状況が一変し、第19節から3連敗を含む7試合勝利なしと失速した。攻撃面の停滞や守備の不安定さが重なり、順位は徐々に下降した。こうした状況を受け、クラブは7月24日にバルバリッチ監督を成績不振で解任し、U-18監督の四方田修平がトップチーム監督に就任した。新監督就任直後から4試合連続無得点、バルバリッチ監督時代から続く勝利なしは12試合と伸びた。戦術面では守備の再構築が図られたものの、得点力不足が解消きれず、勝ちきれない試合が続いた。最終的にチームは14勝15分13敗の10位(全22チーム)でシーズンを終え、プレーオフには届かなかった。天皇杯は3回戦で鳥栖に敗北した。
2016年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ
クラブ創立20周年となった2016年シーズンはクラブとして大きな転換点となった。運営会社名を「株式会社北海道フットボールクラブ」から「株式会社コンサドーレ」へ変更し、チーム名も「コンサドーレ札幌」から「北海道コンサドーレ札幌」へ改称した(公式記録などの略称は従来通り「札幌」を使用)。ホームタウンも札幌市から「札幌市を中心とする北海道」へ変更[6]。 また、サッポロドラックストアー(リージョナルマーケティング)及びF-Powerと共同で「株式会社エゾデン」を設立し、小売電気事業に参入した[15]ほか、博報堂DYメディアパートナーズと7年間のクラブビジネス戦略パートナー契約を締結するなど、クラブ経営面でも新たな取り組みが進められた。
四方田修平監督の2年目となったこのシーズン。前年に岐阜へ期限付き移籍していた砂川誠が現役を引退し、古田寛幸(金沢へ移籍)、前田俊介(ガイナーレ鳥取へ移籍)、薗田淳(熊本へ移籍)、菊岡拓朗(相模原へ移籍)、ナザリトが契約満了で退団、二ウドも期限付き移籍期間満了に伴い退団した。FC東京へ期限付き移籍していた奈良竜樹は川崎へ完全移籍し、長野へ期限付き移籍していた小山内貴哉とパウロンは福島へ期限付き移籍した。
一方で、神戸から増川隆洋、ブラジルのECバイーアからヘイスとマセード、オペラリオ・フェロヴィアリオECからジュリーニョが完全移籍で加入した。さらに、阿波加俊太と内山裕貴が期限付き移籍から復帰し、またシーズン途中には鳥栖から菊地直哉が期限付き移籍で加入するなど守備と攻撃の両面で補強が行われた。
リーグ戦では、開幕5試合で3勝1分1敗と好スタートを切ると、その後も安定した戦いを続け、5月3日の第11節終了時点で首位に立った[注 7]。試合内容としては、先制点を奪った後に守備を固めて無失点に抑える1-0での勝利する展開が多く、「ウノゼロ」での勝利が11試合を数えた一方、5年ぶりの函館開催となった第21節横浜FC戦や第25節岐阜戦では5得点を挙げるなど、攻守がかみ合った試合も目立った。ホームでは開幕から18試合無敗(16勝2分)を記録し、前年から続いていたホーム無敗記録はJ2タイ記録の23試合まで伸ばした。しかし、終盤に入ると流れが一時的に停滞する。第37節東京Vでホームで敗戦し、J2新記録となるホーム無敗達成はならなかった。この敗戦以降、続く4試合を1勝3敗とし、昇格・優勝争いにおいて足踏みが続く展開となった。
- 第41節・千葉戦、最終節・金沢戦
優勝争いが佳境を迎えた第41節、アウェイでの千葉戦はクラブ史に残る一戦となった。J1昇格とJ2優勝の行方を左右する重要な試合と位置付けられ、3000人を超える多くのサポーターがアウェイ千葉に駆け付けた。試合は一時リードを許す厳しい展開となったが、後半アディショナルタイムに得点し逆転した。この勝利により、最終節を前に昇格・優勝の可能性を自力で手繰り寄せることに成功した。迎えた最終節はJ2残留ラインギリギリにいる金沢が相手となり、引き分け以上でJ1昇格とJ2優勝が同時に決まる状況でキックオフを迎えた。他会場の試合経過状況から結果的に両チームが「引き分けでも(負けなければ)OK」という状況になり、試合終盤では札幌が最終ラインでボールを保持しつつも金沢の前線が積極的に奪いに行かないという「引き分け狙い」の展開が続き、タイムアップを迎えることとなった。この結果、25勝10分7敗の1位(全22チーム)となり、J2最多記録となる9年ぶり3回目のJ2優勝と、5年ぶり5回目[注 8] のJ1昇格を同時に達成した。天皇杯は2回戦でファジアーノ岡山に敗北した。
このシーズンのホーム勝率0.944は、2025年シーズン終了時点においてもJ2最高記録として残っている[16]。
2017年 - 2024年(J1)
2017年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:WE LOVE A CHALLENGE)
四方田修平監督の3年目となった。11年間在籍していた上里一将(熊本へ移籍)をはじめ、神田夢実(愛媛へ移籍)、内山裕貴(鳥取へ移籍)、イルファン(バリ・ユナイテッドFCへ移籍)、盛岡へ期限付き移籍していた工藤光輝(現役引退)が契約満了、前貴之がレノファ山口FC、櫛引一紀が名古屋、中原彰吾がG大阪、福島へ期限付き移籍していたパウロンが水戸へ期限付き移籍、堀米悠斗が新潟、小山内貴哉が期限付き移籍先の福島へ完全移籍した。また、シーズン途中には阿波加俊太が育成型期限付き移籍で愛媛へ、永坂勇人が水戸へ期限付き移籍した。
一方で、ベガルタ仙台からキム・ミンテと金園英学、鳥栖から早坂良太、神戸から田中雄大、横浜FMから兵藤慎剛が完全移籍で加入し、大宮から横山知伸を期限付き移籍で加入した。福森晃斗は期限付き移籍から完全移籍に移行し、菊地直哉は期限付き移籍期間が延長された。ユースからは前年に2種登録選手で出場していた菅大輝と濱大耀が昇格した。シーズン中には、2016年12月に仮契約していた[17]タイ代表のチャナティップ・ソングラシンがタイ・リーグのムアントン・ユナイテッドFCから期限付き移籍で加入し、仙台から6年半ぶりに石川直樹を完全移籍で復帰した。また、前年まで磐田でプレーしていたジェイ・ボスロイドが加入し、外国籍枠の関係で負傷離脱中のジュリーニョは登録を抹消された。
開幕5試合を1勝1分3敗の勝ち点4と出遅れ、2005年以降のJ1昇格クラブがJ1残留してきた「勝ち点5のライン」に届かなかった。第11節からは6連敗を喫し、前半戦を15位で折り返す残留争いの渦中にあった。後半戦初戦となる第18節大宮戦では、0-2から福森晃斗がJ1史上7人目となるFK2得点を記録し、引き分けに持ち込んだ。第24節仙台戦、第25節磐田戦で16年ぶりとなるJ1での連勝達成した。夏以降は、チャナティップ、ジェイ、石川直樹ら新加入選手が戦術にフィットし、攻撃面・守備面の両方で改善が進んだ。10月以降も勢いが続き、第29節柏戦、第30節FC東京戦で連勝。第32節清水戦に勝利し、2001年以来16年ぶりとなるJ1残留を確定させた。残留決定後も集中力を切らさず、16年ぶりとなる3連勝で締めくくり、最終成績は12勝7分15敗の11位(全18チーム)でシーズンを終了した。5年ぶりの出場となったルヴァンカップはプレーオフステージでC大阪に敗退、天皇杯は2回戦で福島県代表のいわきFCに敗れ、初戦敗退となった。
2018年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:冒険コンサドーレ)
2018年シーズンはミハイロ・ペトロヴィッチが新監督に就任[18]し、クラブは大きな転換期を迎えた。ペトロヴィッチは広島・浦和で約11年間指揮を執った実績を持ち、2017年J1第19節札幌戦の翌日に浦和を退任していた。前監督の四方田修平はヘッドコーチに就任し、指導体制は継続性と刷新を兼ね備えた形となった。増川隆洋(京都へ移籍)、石井謙伍(タイのサムットサーコーンFCへ移籍)、マセード(ブラジルのレッドブル・ブラガンチーノへ移籍)が契約満了で退団し、杉山哲が東京ユナイテッドFC、金山隼樹が岡山、上原慎也が愛媛、前貴之が前年期限付き移籍先の山口、櫛引一紀が前年期限付き移籍先の名古屋へ完全移籍した。また、前寛之が水戸、金園英学が甲府、前年G大阪へ期限付き移籍していた中原が長崎へ期限付き移籍した。シーズン中には、横山知伸が熊本、ジュリーニョが山口へ期限付き移籍し、ヘイスは契約解除(のちに新潟へ移籍)となった。
一方で、愛媛から白井康介、広島から宮吉拓実を完全移籍で加入し、川崎から三好康児、浦和から駒井善成、京都から菅野孝憲が期限付き移籍で加入した。期限付き移籍だった菊地直哉と横山知伸は完全移籍に移行し、ユースから前年2種登録選手の藤村怜が昇格、阿波加俊太が期限付き移籍から復帰し、前年負傷で登録抹消されていたジュリーニョも再登録された。
シーズン開始前には、2018年2月8日・10日にハワイ州のアロハ・スタジアムで開催された「パシフィックリムカップ2018」に出場し、優勝した[19]。
フォーメーションは基本的には前年までと同様の[3-4-2-1]だが、攻撃・守備で形を大きく変える「ミシャ式」と呼ばれる可変システムが導入された。
- 攻撃時:ボランチの一人が最終ラインに落ち、左右のCBがサイドに開いてSB化、両WBが高い位置を取ることで5トップの形になる[4-1-5]を形成
- 守備時:両WBが最終ラインまで下がり5バックの形になる[5-4-1]を形成
- 特殊携帯:左右CBの福森と進藤の攻撃力を生かすため、攻撃時にボランチ2枚を下げて中央CBと3CBを形成し、左右CBを押し上げる[5-0-5]を採用することもあった。
前年までのロングボール主体の戦い方を残しつつ、GKを含めた最終ラインからのビルドアップを徹底し、攻撃的なスタイルへの転換を図られた。
リーグ戦はカップ戦を含む公式戦5試合で1勝4敗11失点と苦しいスタートとなったが、第4節長崎戦にシーズン初勝利を挙げると、チームは急速に安定。第14節FC東京戦までクラブ最長記録となる11試合負け無し(7勝4分)で第12節終了時には3位に浮上、ロシアワールドカップによる中断前を5位で折り返した。再開後も勢いは続き、第23節FC東京戦は0-2から3-2へ逆転勝利。第25節まで3連勝で9月の中断期間に入った。中断期間中の9月6日に北海道胆振東部地震が発生し、北海道全域がブラックアウトとなるなど甚大な被害を受けた。選手・スタッフは自宅待機となり、練習再開まで時間を要するなどコンデション面に大きな影響が生じた[20][21]。再開後の第26節川崎戦では0-7と大敗し、続く鹿島戦にも敗戦したが、その後は持ちな押し、第30節まで4位~7位の間を推移した。台風の影響で延期していた第18節の振替試合[22] に勝利し、クラブ史上初となる2年連続J1残留を決めた。
- 最終節・広島戦
第33節の磐田戦に勝利して勝ち点54とすると、最終節は勝ち点56で2位の広島との直接対決となった。勝利すればクラブ史上初の2位、[[ACL]]出場の可能性もあった。札幌ドーム(当時)には34,250人が来場し、クラブの歴史的試合となった。試合は前半21分までに2点をリードしたが、後半に追いつかれ2-2引き分け。ACL出場権獲得には届かなかったものの、最終成績は15勝10分9敗の4位(全18チーム)で、クラブ史上J1最高順位を記録し、大躍進のシーズンとなった。なお、ルヴァンカップは予選敗退、天皇杯はベスト16だった。
- 2018Jリーグアウォーズ
- チャナティップ:ベストイレブン
- ペトロヴィッチ:優秀監督賞(J1)
に選出された[23]。
2019年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:ミシャ、第2章。)
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の2年目となった。9年間在籍していた内村圭宏(FC今治へ移籍)、8年間在籍していた河合竜二(現役引退)をはじめ、田中雄大(ブラウブリッツ秋田へ移籍)、菊地直哉(福岡へ移籍)、稲本潤一(相模原へ移籍)、熊本へ期限付き移籍していた横山知伸(9月に岐阜へ移籍)、山口へ期限付き移籍していたジュリーニョ、水戸へ期限付き移籍していた永坂勇人(7月に北海道リーグ・十勝へ移籍)が契約満了で退団した。また、三好康児が期限付き移籍期間満了に伴い退団(その後横浜FMへ期限付き移籍)、都倉賢がC大阪、宮吉拓実が京都、兵藤慎剛が仙台へ完全移籍、前寛之が前年期限付き移籍先の水戸、金園英学が前年期限付き移籍先の甲府へ完全移籍した。
一方で、京都から岩崎悠人、長崎から鈴木武蔵、仙台から中野嘉大、FCソウルから元広島のアンデルソン・ロペスが完全移籍で加入し、ECヴィトーリアからルーカス・フェルナンデスが期限付き移籍で加入した。ユースから前年2種登録選手の中村桐耶が昇格、直前の高校サッカー選手権で優勝した青森山田高校から檀崎竜孔が加入した。菅野孝憲は期限付き移籍期間が延長され、2年間G大阪と長崎へ期限付き移籍していた中原彰吾が復帰、期限付き移籍で加入していたチャナティップ、駒井善成が完全移籍に移行した。
シーズン中には翌2020年加入内定の日本大学の金子拓郎、ユース出身で筑波大学の高嶺朋樹、大阪体育大学の田中駿汰が特別指定選手として登録された。小野伸二がFC琉球OKINAWAへ、中原彰吾が仙台へ完全移籍し、中村桐耶がHonda FCに育成型期限付き移籍した。
リーグ戦の序盤では第2節浦和戦で完勝し、第3節ではアンデルソン・ロペスが4得点を挙げ、13年振りにホーム開幕戦で勝利した。その後は失点が増えて3連敗したが、第7節以降はにキム・ミンテを中央CBに配置したことで守備が安定し、クラブ初となるJ1リーグ4連勝を記録した。前半戦を6位で折り返し、攻撃的なスタイルが浸透した。同時期には代表選出も増加し、鈴木武蔵が20年ぶりにクラブから日本代表入り。菅大輝はユース出身としては初めて東京五輪世代中心の日本代表としてコパ・アメリカに選出され、進藤亮佑も11月の国際親善試合での日本代表に選出された。韓国代表のクソンユン、タイ代表のチャナティップ、日本代表の鈴木武蔵はFIFAワールドカップ・アジア2次予選に継続的に選出され、チームは過密日程の影響を受けることとなった。J1リーグ戦・ルヴァンカップ・代表戦が重なる過密日程の中で、後半戦は連勝が一度もなく勝ち点を伸ばしきれなかった。最終的に13勝7分14敗の10位(全18チーム)でシーズンを終えた。天皇杯は2回戦敗退となった。
シーズン終了後のEAFF E-1サッカー選手権2019の日本代表では、鈴木武蔵と菅大輝と特別指定選手の田中が選出され、鈴木は中国戦、菅は香港戦で代表初得点を記録した。
- 初のルヴァンカップ決勝

ルヴァンカップでは、前年J2降格の長崎、前年のファイナリストの湘南(優勝)、横浜FM)(準優勝)が同組のグループAを1位で突破。プレーオフステージの磐田戦はアンデルソン・ロペスの2試合合計3得点と活躍し、2戦合計4-2(アウェイ:2-1、ホーム:2-1)で1997年以来21年ぶりに決勝トーナメント(プライムステージ)進出を果たした。準々決勝の広島戦でもアンデルソン・ロペスの2試合合計3得点、福森晃斗の直接FKを決めるなどし、2戦合計4-3(ホーム:3-2、アウェイ:1-1)で勝利。準決勝の相手はG大阪で、直前のリーグ戦と合わせて10日間で3連戦となった。直前のリーグ戦は0-5と大敗した同地でのアウェイ第1戦は、先制点を許すも終盤にキム・ミンテが同点ゴール。終了間際に失点して1-2で敗れはしたが、貴重なアウェイゴールを獲得した。ホーム第2戦はJリーグ杯でのクラブ史上最多となる15,996人が来場し、鈴木武蔵のゴールを守り抜き1-0で勝利。2戦合計2-2となりアウェイゴール差でクラブ史上初の決勝進出を決めた。
決勝の足手は、J1リーグ戦で一度も勝利したことのない川崎フロンターレ。前日の関東地方の悪天候で航空便が一部欠航し、多くのサポーターが移動手段を失う中、会場の埼玉スタジアム2002にはゴール裏を埋め尽くす程の多くのサポーターが駆けつけて、48119人の観客動員を記録した。試合は、前半10分に右WB白井のクロスを左WB菅がダイレクトで合わせ先制するも、前半アディショナルタイムに左CKから阿部浩之に押し込まれ、1-1で前半を終了した。後半も川崎に主導権を握られ、後半43分に小林悠に勝ち越し点を許すが、後半アディショナルタイムのラストプレーで福森の右CKに深井一希が頭で合わせ、土壇場で2-2同点に追いつき延長戦へ。延長前半4分にピッチ中央付近から中央突破を図ったチャナティップに谷口彰悟が後ろから倒してファール。一度はイエローカードを提示されたが、ビデオ・アシスタント・レフェリー (VAR)が介入しオンフィールドレビューとなった結果、「DOGSO(決定的な得点の機会の阻止)」と判定され、レッドカードによる退場となった。さらに、このファウルで得たフリーキックを欠場した宮澤裕樹に代わってキャプテンを務めた福森晃斗が直接決めて、3-2と勝ち越した。しかし延長後半4分に再び小林に得点を許し、3-3のままPK戦となった。PK戦では札幌は4人成功した一方、川崎は4人目の車屋紳太郎が失敗。5人目を決めれば優勝という場面で石川直樹のシュートは新井章太にセーブされてサドンデスへ。川崎は6人目の長谷川竜也が成功、札幌は6人目の進藤亮佑のシュートが再び新井に止められ、準優勝となった。
ペトロヴィッチ監督は2010年の広島、2013年の浦和に続き、史上初めて3クラブでJリーグカップ準優勝を経験した監督となった。
2020年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:乗り越えろ ~ BEYOND THE LIMITS)
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の3年目となった。岩崎悠人が湘南へ期限付き移籍し、シーズン途中には鈴木武蔵がベルギー1部のKベールスホトVAへ完全移籍、檀崎竜孔がオーストラリアAリーグのブリスベン・ロアーFCへ期限付き移籍した。
一方で、前年まで期限付き移籍だった菅野孝憲とルーカス・フェルナンデスが完全移籍に移行し、ブラジルのルヴェルデンセECからドゥグラス・オリベイラ、ベルギーのOHルーヴェンからタイ代表のカウィン・タンマサッチャーナンが期限付き移籍で加入した。前年に特別指定選手として登録した金子拓郎、高嶺朋樹、田中駿汰が正式加入し、2021シーズンの加入内定の法政大学の中野小次郎と明治大学の小柏剛と国見高校の中島大嘉を特別指定選手として登録された。シーズン途中には、ポルトガルのジル・ヴィセンテFCを退団したウーゴ・ヴィエイラが加入した。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、2月26日のルヴァンカップ第2節以降、公式戦は7月4日まで約4か月間中断された。4月6日には、収入減に直面するクラブを支えるため、外国籍選手を含む全28選手選手が年俸の一部返納を申し出た[24]。5月29日には、6年間在籍したク・ソンユンが兵役義務のため予定より早く韓国へ帰国し、韓国の大邱FCへ完全移籍した[25]。また、ブラジルに一時帰国していたアンデルソン・ロペスは出入国制限のために再来日が遅れたが、7月に入国許可が下り2週間の隔離措置を経てチームに合流[26]、8月5日のルヴァンカップ広島戦で復帰した。
Jリーグは、感染予防の観点から近隣クラブとの対戦を優先する方針[27]を出し、クラブは飛行機移動の繰り返しを避けるため、6月22日から約1カ月間にわたり千葉県のサッカー日本代表の新拠点である高円宮記念JFA夢フィールドを日本サッカー協会の協力で提供され[注 9]、アウェイ4連戦(開幕戦を含めると5連戦)に臨んだ。
再開後の第4節鹿島戦では敵地でリーグ初勝利を挙げ、アウェイ4連戦を2勝2分の無敗で終えた。同時期に当時チーム得点王の鈴木武蔵が移籍し、アンデルソン・ロペスも帰国後の隔離措置でコンデションが整わない中、第7節横浜FM戦では荒野拓馬を最前線に置く「ゼロトップ」を初採用。豊富な運動量で広範囲に渡って守備に貢献。局面での優位性を保つ事で相手のパスワークを封じて3-1で勝利した。以降も「オールコートマンツーマンデイフェンス」を軸に、1対1でボールを奪ってショートカウンターから得点する戦術を試みた。しかし、前線からの激しいプレスによる消耗や、コロナ禍での過密日程によるコンディション調整の難しさから守備が不安定となり、第10節川崎戦で6失点。その後の3試合でも4失点を喫するなど守備が崩壊し、8-9月の13試合を1勝2分10敗(31失点)と大きく負け越した。10月になると主力のコンデションが回復し、戦術理解も深まった。第23節では鹿島相手にクラブ初のシーズンダブルを達成。第26節では12連勝中で首位を独走する川崎にアウェイで対戦。再び荒野拓馬を「ゼロトップ」に配置し、「オールコートマンツーマンデイフェンス」で挑むと、川崎のパスワークを封じて主導権を握り、高い位置でボールを奪ってショートカウンターから2得点。終盤は菅野が好セーブを連発し、川崎相手にリーグ戦初勝利を挙げた。第34節浦和戦でも20本のシュートを放ち2-0で勝利するなど、攻守が噛み合う試合も増えたが、決定力不足により勝ち点をを取りこぼす試合も多くあり、最終的に10勝9分15敗の12位(全18チーム)でシーズンを終えた。天皇杯はコロナ禍の特例によりの、リーグ上位2チームのみが出場したため、不参加となった。
2021年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:仕掛けろ ~ NO CHALLENGE, NO CHANGE.)
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の4年目となった。石川直樹と早坂良太が現役を引退し、ウーゴ・ヴィエイラが契約満了、カウィンが期限付き移籍期間満了に伴い退団した。進藤亮佑がC大阪へ完全移籍し、前年湘南へ期限付き移籍していた岩崎悠人が千葉(8月に鳥栖へ移籍)、白井康介は京都、濱大耀は富山、藤村怜は山形、シーズン途中で中野嘉大は鳥栖、7月までAリーグのブリスベンへ期限付き移籍していた檀崎竜孔は千葉、キムミンテは名古屋へ期限付き移籍した。
一方で、ザスパクサツ群馬から岡村大八、新潟から大谷幸輝、FC東京から柳貴博、名古屋から青木亮太、モロッコのウィダード・カサブランカからガブリエル・オケチュク(8月に福島へ期限付き移籍)、琉球から1年半ぶりの復帰となる小野伸二が完全移籍で加入した。Honda FCへ期限付き移籍していた中村桐耶が復帰し、前年特別指定選手だった中野小次郎、小柏剛、中島大嘉が正式加入した。さらに、2022シーズンの加入内定の立正大学の田中宏武が特別指定選手として登録された。シーズン途中には、ベルギーのOHルーヴェンからミラン・トゥチッチが完全移籍で加入し、ユースの西野奨太がクラブ史上初となる高校在学中でのトップチーム昇格[28] を果たした。
開幕前に、ペトロヴィッチ監督が母国で負傷し手術を受け[29]、杉浦大輔コーチ兼通訳も病気で手術を受けた[30]。また、ジェイ・ボスロイドが母国イギリスで新型コロナウイルス感染症のPCR検査陽性となり[31]、新加入のガブリエル・オケチュクは緊急事態宣言による検疫の強化に伴う入国制限により、合流が遅れるなど、準備段階から不安定な状況に置かれた。
9年ぶりとなる第1節でのホーム開幕戦となる横浜FC戦は5-1と勝利し好スタートを切ったが、第6節神戸戦では3-0から4失点して逆転負けを喫するなど、序盤は試合ごとの波が大きかった。その中で得点を量産していたアンデルソン・ロペスが6月に海外移籍したが、第18節大分戦で金子拓郎が2得点、第23節浦和戦から第25節大分戦で小柏剛が3試合連続得点するなど若手選手が攻撃を牽引し、4チーム降格という厳しいレギュレーションの中でも残留争いに巻き込まれること無く中位を維持した。最終的には14勝9分15敗の10位(全20チーム)で終了し、5年連続のJ1残留を果たした。ルヴァンカップはベスト8、天皇杯は3回戦敗退となった。
シーズン終了後には小柏剛が日本代表に初選出された。
2022年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:突き進め Our Legacy,Our Future.)
2022年シーズンは、クラブの経営体制が大きく変化した年となった。1月11日付の取締役会で、代表取締役社長・CEOを務めていた野々村芳和が代表取締役会長に就任し、後任の社長・CEOは置かず、ゼネラルマネージャーの三上大勝が代表取締役GMに就任した[32]。野々村芳和は3月15日に行われた公益社団法人日本プロサッカーリーグ理事会で第六代Jリーグチェアマンに就任し[33]、同日付でクラブ会長を退任した。また、4月27日には株式会社CREATIVE OFFICE CUE取締役会長でありコンサドーレオフィシャルサポーターでもある鈴井貴之が社外取締役に就任した[34]。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の5年目となった今季は、ジェイ・ボスロイド、福島へ期限付き移籍していたガブリエル・オケチュクが契約満了で退団し、白井康介が前年期限付き移籍先の京都、中野嘉大が前年期限付き移籍先の鳥栖、前年名古屋へ期限付き移籍していたキム・ミンテが鹿島へ完全移籍した。また、チャナティップが当時の国内移籍における移籍金としては過去最高額と見られる移籍金で川崎へ完全移籍した。また、長年チームを支えてきた四方田修平ヘッドコーチも横浜FC監督就任のため退任した。またシーズン中に柳貴博が福岡へ期限付き移籍(7月に福岡で契約解除)した。
一方で、浦和から興梠慎三が期限付き移籍、名古屋からガブリエル・シャビエルが完全移籍で加入した。また、千葉へ期限付き移籍していた檀崎竜孔(7月に再びAリーグのブリスベンへ期限付き移籍)、山形へ期限付き移籍していた藤村怜が復帰、前年特別指定選手の田中宏武、ユース出身で筑波大学の井川空が加入した。さらに、浦和を契約満了となり沖縄キャンプに練習参加していた西大伍が13年ぶりに完全移籍で復帰した。またシーズン途中には、タイのブリーラム・ユナイテッドFCからスパチョークが期限付き移籍、京都からユース出身の松原修平、韓国の水原三星からキム・ゴンヒが完全移籍で加入した。
リーグ戦は開幕から6試合連続引き分けでスタート。その後も主力選手の負傷離脱が相次ぎ、最適な布陣を組めない状況が続いたことから、守備が安定せず大量失点で敗れる試合増加。8月までJ1残留圏ぎりぎりの順位が続いた。9月以降、声出し応援の解禁とともに負傷者も復帰し、チームは徐々に本来のパフォーマンスを戻した。第28節5位のC大阪戦は後半アディショナルタイムに逆転勝利、第30節首位の横浜FM戦は引き分け、第31節厚別での2位川崎戦でも点の取り合いの末、後半アディショナルタイムに逆転し4-3で勝利するなど上位クラブとの対戦で勝ち点を積み重ね、ラスト8試合を5勝2分1敗(上位相手に3勝1分)として、最終的に11勝12分11敗の10位(全18チーム)で、6年連続のJ1残留を達成した。ルヴァンカップはベスト8、天皇杯は3回戦敗退となった。
2023年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:共に勝利を、わかち合おう Fight together, Win together.)
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の6年目となった。期限付き移籍満了に伴い興梠慎三が浦和に復帰し、ガブリエル・シャビエル、Aリーグのブリスベンへ期限付き移籍していた檀崎竜孔(スコティッシュ・プレミアシップ・マザーウェルFCへ移籍)、濱大耀(サッカースクールのコーチに就任)が契約満了で退団した。高嶺朋樹が柏、岩崎悠人が前年期限付き移籍先の鳥栖、藤村怜が岩手へ完全移籍し、中野小次郎が金沢、井川空が岡山、ドゥグラス・オリベイラが岩手へ期限付き移籍した。またシーズン中には、中島大嘉が名古屋、金子拓郎がクロアチアのGNKディナモ・ザグレブ、田中宏武が藤枝MYFC、西大伍が岩手へ期限付き移籍した。
一方で、広島から浅野雄也、神戸から小林祐希、東京Vから馬場晴也が完全移籍で加入し、期限付き移籍で加入していたスパチョークが完全移籍に移行した。ク・ソンユンが2020年以来の復帰(同年7月に京都へ期限付き移籍)、順天堂大学の大森真吾が加入した。また、2024年加入内定の福岡大学の岡田大和、2025年加入内定の大阪体育大学の木戸柊摩が特別指定選手として登録された。シーズン途中には、大分から高木駿が完全移籍で加入した。
シーズン前半は攻撃力が際立ち、浅野雄也をはじめ、金子拓郎や小柏剛などが得点を重ねる一方で、守備の不安定さが続き、得点数はリーグ1位の38得点、失点数はワースト3位の32失点で、7勝5分5敗の8位で折り返した。シーズン後半も守備の改善は進まず、29失点を喫した。さらに、右サイドで主軸として攻撃を牽引してきた金子拓郎が海外移籍し、その穴をを埋められず得点数は前半の半分以下となる18得点に留まり、3勝5分9敗と勝ち点を伸ばせず苦しい結果となった。それでもシーズンを通し絵大崩れすることなく戦い抜き、最終的に10勝10分14敗の12位(全18チーム)で終了し、7年連続J1残留を達成した。ルヴァンカップはベスト8、天皇杯はベスト16となった。
この年限りで現役引退を発表していた小野伸二は、第34節浦和戦で11年ぶりにJ1先発出場を果たした。前半22分の交代時には、両チームの選手が歩み寄ってのガード・オブ・オナーでピッチを後にし、スタジアム全体からスタンディングオベーションが送られるなど、クラブの象徴としての存在感を示す試合となった。
2024年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガンは無し)
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の7年目となった。小野伸二が現役を引退、ルーカス・フェルナンデス(C大阪へ完全移籍)、大谷幸輝(北九州へ完全移籍)、ミラン・トゥチッチが契約満了で退団した。小柏剛がFC東京、田中駿汰がC大阪、松原修平が水戸へ完全移籍し、ク・ソンユンが前年期限付き移籍先の京都、井川が前年期限付き移籍先の岡山、西が前年期限付き移籍先の岩手へ完全移籍した。、福森晃斗は横浜FCに、前年名古屋へ期限付き移籍の中島大嘉は藤枝へ期限付き移籍(同年7月に水戸へ期限付き移籍)した。シーズン中にはGNKディナモ・ザグレブへ期限付き移籍中の金子がベルギーのKVコルトレイクへ完全移籍し、西野奨太が讃岐、大森真吾が北九州へ期限付き移籍した。
一方で、横浜FCから長谷川竜也と近藤友喜、G大阪から高尾瑠、いわきから家泉怜依、鈴鹿から2021年まで札幌に在籍していた阿波加俊太が完全移籍で加入した。G大阪から2020年まで在籍していた鈴木武蔵が期限付き移籍で復帰し、金沢へ期限付き移籍していた中野小次郎、藤枝へ期限付き移籍していた田中宏武が復帰した。明治大学の田中克幸と前年特別指定の岡田大和(同年7月に熊本へ期限付き移籍)、名古屋高校の原康介が加入し、ユースから前年2種登録選手の出間思努が昇格した。またシーズン途中には、Y.S.C.C.横浜から児玉潤、フリーの大﨑玲央、ポーランドのヴィジェフ・ウッチからジョルディ・サンチェス、琉球から白井陽斗、韓国の金泉尚武FCからパク・ミンギュ、スコットランドのダンディーFCからアマドゥ・バカヨコ、ポルトガルのCSマリティモからフランシス・カン、ポルトガルのSCプライエンセからキングロード・サフォが完全移籍で加入し、大規模な補強が行われた。
前年の主力が多数退団したうえ、シーズン前キャンプでは負傷者が相次ぎ、チームは開幕から不安定な状態が続いた。開幕戦こそ引き分けたものの、その後の5試合で4失点・6失点の試合を含む5連敗を喫し、守備が崩壊。5月から7月にかけては5試合連続無得点を含む8連敗と苦しい状況が続き、最下位で前半戦を折り返した。7月11日、三上取締代表GMとサポーターによるオンラインミーティングが実施され、大規模な補強の実施、パートナー企業による10万人規模の招待企画、サポーターへ継続した後押しの依頼など、クラブ全体でJ1残留を目指す方針が共有された。その直後のホーム神戸戦では、集中した守備と球際の強度で上位相手に互角以上の戦いを見せ、9試合ぶりの勝ち点を獲得した。ここを境に、補強選手の合流と負傷者の復帰などが進み、チームは徐々に機能し始めた。残りの15試合を7勝4分4敗と勝ち越すも、シーズン前半の成績が響き、最終的には9勝10分19敗の19位(全20チーム)でシーズンを終え、9年ぶり5度目のJ2降格となった。ルヴァンカップは準々決勝敗退(ベスト8)、天皇杯はベスト16となった。
シーズン終了後、7年間にわたりチームを率いたミハイロ・ペトロヴィッチ監督が退任した[35]。在任期間中には、クラブ史上最高順位(2018年4位)やルヴァンカップ準優勝(2019年)など、多くの成果を残した。
2025年 - (J2)
2025年
- チームスローガン:北海道とともに、世界へ (シーズンスローガン:FULL COMMIT)
9年ぶりにJ2で戦うことになった2025年は、クラブの経営体制とチーム体制が大きく変化した年となった。1月14日の臨時取締役会において、石屋製菓代表取締役社長の石水創がクラブの代表取締役社長に就任[36]、三上大勝代表取締役GMのと両代表体制だったが、3月24日けの臨時取締役会で三上大勝は退任となり、石水創の単独代表体制に移行した[37]。また、一般社団法人コンサドーレ北海道スポーツクラブの事業を株式会社コンサドーレに事業譲受し[38]、運営体制の一本化が進められた。
チームは、2023年まで鹿島を率いた岩政大樹が新監督に就任し[39]、1年でのJ1復帰を目標に新体制でシーズンに臨んだ。菅大輝(広島へ移籍)、駒井善成(横浜FCへ移籍)、小林祐希(岩手へ移籍)、阿波加俊太(現役引退・サッカースクールコーチに就任)が契約満了で退団し、浅野雄也(名古屋)、岡村大八(町田)が完全移籍した。鈴木武蔵が期限付き移籍期間満で退団(横浜FCへ移籍)した。また、前年横浜FCへ期限付き移籍していた福森晃斗は移籍期間が延長され、前年北九州へ期限付き移籍していた大森真吾は山形へ期限付き移籍先が変更された。
一方で、2022年まで在籍していた高嶺朋樹がベルギーのKVコルトレイクから完全移籍で復帰し、ユース出身で前年までは特別指定選手だった大阪体育大学の木戸柊摩が加入した。前年熊本へ期限付き移籍していた岡田大和、水戸へ期限付き移籍していた中島大嘉、讃岐へ期限付き移籍していた西野奨太が復帰した。
シーズン途中には、馬場晴也が柏へ完全移籍し、キム・ゴンヒが退団(Kリーグ1・江原FCへ移籍)、中島大嘉が群馬へ育成型期限付き移籍した。一方で名古屋産業大学から林田友兜、RB大宮から浦上仁騎、ブラジルのシャペコエンセからマリオ・セルジオが完全移籍で加入し、名古屋から宮大樹が期限付き移籍で加入した。さらに、2026年加入内定の大阪体育大学の佐藤陽成が特別指定選手として登録された。
「1年でのJ1復帰」を掲げて開幕を迎えるも、チームは序盤から苦しんだ。開幕4連敗(1得点7失点)と大きく出遅れ、7月まで3連勝が1回のみで昇格候補との直接対決では勝ち切れない試合が続いた。8月11日、クラブは岩政大樹監督との契約解除を発表し[40]、後任としてU-18監督を務めていたチームOBの柴田慎吾がトップチーム監督に就任した[41]。しかし、監督交代後も劇的な改善には至らず、ホームでは秋田・いわき・仙台・山形の東北勢にいずれも敗れるなど昇格争いに絡むことはできなかった。最終的に16勝5分17敗の12位(全20チーム)でシーズンを終了し、1年でのJ1復帰とはならなかった。勝ち点は中位だったものの、得失点差-13(リーグ下位6位)、失点数63(最下位愛媛に次ぐワースト2位)と守備面の課題が顕著となった。シーズン終了後に柴田監督は退任した[42]。
2026年 J2・J3百年構想リーグ
2024年まで鳥栖を率いた川井健太が新監督に就任した[43]。深井一希が現役を引退(札幌U-18コーチに就任)した他、児玉潤(栃木シティFC)、近藤友喜(横浜FM)が完全移籍で退団した。高嶺朋樹(名古屋)、中野小次郎(長野)が期限付き移籍、林田友兜(ヴェルスパ大分)、出間思努(群馬)が育成型期限付き移籍となった。前年群馬へ育成型期限付き移籍をしていた中島大嘉は移籍期間が延長され、宮大樹は期限付き移籍期間満了で退団した。
一方、鳥栖から堀米勇輝、新潟から2016年以来の復帰となる堀米悠斗、町田から内田瑞己が完全移籍で加入した。横浜FMから田川知樹が期限付き移籍で加入し、横浜FCへ期限付き移籍していた福森晃斗、北九州・山形へ期限付き移籍をしていた大森真吾が復帰した。ユース出身で前年までは特別指定選手だった大阪体育大学の佐藤陽成、国士舘大学の川原颯斗が加入し、ユースから唯野鶴眞が昇格した。1月28日にはBGパトゥムユナイデットFCからティラパットが期限付き移籍で加入し、4月20日には、法政大学の2026/27年加入内定の梅津龍之介が特別指定選手で登録された。
J2・J3百年構想リーグはEAST-Bに所属し、全18節の地域ラウンドを戦った。開幕5試合は1勝4敗・勝ち点2と最下位に沈み、攻守に苦しんだ。3年ぶりの厚別開催となった第11節で勝利すると、ここからチームは勢いを取り戻し、7連勝を記録して順位を上げたが。結果次第では1位を狙えた最終節で敗れ、地域ラウンドは11勝7敗の2位(全10チーム)で終了した。プレーオフラウンドは秋田と対戦し、PK戦で敗戦。続く新潟戦もPKで敗戦し、総合順位は8位(全40チーム)となった。
2026/27 シーズン
川井健太監督の2シーズン目となった。これまでクラブは開幕前の積雪の影響で札幌市内でのトレーニングが困難で、主に沖縄県や熊本県で長期キャンプを実施し、そのままキャンプ地でシーズン開幕を迎える形をとっていた。しかし、Jリーグが8月開幕・5月閉幕の秋春制に移行されたことにより、札幌市内で開幕に向けたトレーニングや練習試合を行えるようになった。
選手の動向では、高嶺朋樹(前年期限付き移籍先の名古屋)、中島大嘉(前年期限付き移籍先の群馬)、家泉怜依(水戸)、田中宏武(インドネシアリーグのPSSスレマン)が完全移籍となったほか、中野小次郎(長野)、林田友兜(ヴ大分)、出間思努(群馬)が期限付き移籍延長となった。
一方、群馬から野瀬翔也が完全移籍で加入し、清水からヴィニ・ペイショット、C大阪から木實快斗、G大阪から唐山翔自が期限付き移籍で加入した。前年に期限付き移籍で在籍したティラパット、田川知樹は期限付き移籍延長となった。また、前年に特別指定選手として登録した梅津龍之介と、関西大学の真田蓮司が新加入し、両名は2027年1月まで特別指定選手として登録された。
シーズン開幕戦は、秋春制移行により5年ぶりにホームで開催され、クラブは同じく5年ぶりとなる開幕戦勝利を記録した。
所属選手
- 現役選手・スタッフ
- 外国籍選手
- 背番号の変遷
- 過去の在職スタッフ・在籍選手
- アカデミー出身者
- 特別指定選手
成績
- 年度別成績・歴代監督
- クラブ別公式戦通算対戦成績
記録
Jリーグ記録
その他
- クラブ記録
- クラブ個人記録
- 最多得点 / 失点試合
- 年度別チーム得点王
- ハットトリック
- リーグ戦通算得点
タイトル
- 国内タイトル
- その他タイトル
- 表彰
- その他表彰
代表選出選手
| 代表 | 大会名 | 開催国/年 | 選手名 | 備考 |
| A代表 | FIFAワールドカップ | 2012年、アジア4次予選(最終予選)に選出。 | ||
|---|---|---|---|---|
| 2017年、アジア3次予選(最終予選)に選出。 | ||||
| 2019年、アジア2次予選に選出。 | ||||
| 2023年、アジア2次予選、2024年、アジア3次予選に選出。 | ||||
| コパ・アメリカ | ||||
| EAFF E-1サッカー選手権 | ||||
| 菅は追加招集、田中は特別指定選手(2020年より加入内定) | ||||
| AFCアジアカップ | 2013年、予選に選出。 | |||
| 2026年、予選に選出。 | ||||
| ASEANチャンピオンシップ (旧東南アジアサッカー選手権) |
||||
| 2024 | ||||
| アフリカネイションズカップ | 2024年、予選に選出。 | |||
| 国際親善試合 | 2019 | |||
| 2021 | ||||
| 2022 | ||||
| 2026 | ||||
| 代表 | 大会名 | 開催国/年 | 選手名 | 備考 |
| U-23代表 | オリンピック | 1999年、アジア1次予選、本大会のバックアップメンバーに選出。 | ||
| 2015年、荒野はアジア1次予選に選出。 | ||||
| AFC U23アジアカップ (旧AFC U-23選手権) |
2015年、荒野は予選に選出。 | |||
| 本大会に選出。2015年の予選は川崎の選手として選出。 | ||||
| 岩崎は2019年の予選に選出。菅と田中は2020年の本大会に選出。 | ||||
| 本大会に選出。 | ||||
| トゥーロン国際大会 | ||||
| アジア競技大会 | ||||
| 国際親善試合 | 2025 | |||
| 代表 | 大会名 | 開催国/年 | 選手名 | 備考 |
| U-20代表 | FIFA U-20ワールドカップ (FIFAワールドユース選手権) |
|||
| AFC U-19選手権 (AFCユース選手権) |
||||
| ジャパンユースカップ |
ホームスタジアム
- ホームスタジアム
現在のホームスタジアムは「大和ハウス プレミストドーム」(旧名称:札幌ドーム)である。過去のホームゲーム開催スタジアムは「#年度別入場者数」を参照。
- 札幌厚別・室蘭・函館での開催
Jリーグ加盟後、ホームゲームを開催したスタジアムは以下の通り。
- 札幌厚別公園競技場(札幌厚別)
- 室蘭市入江運動公園陸上競技場(室蘭入江)
- 函館市千代台公園陸上競技場(函館千代台)
室蘭での開催は2011年、函館での開催は2016年を最後にホームゲームは開催されていない。
札幌厚別はチーム発足当初からのホームスタジアムであったが、のちにJリーグクラブライセンス制度の基準を満たさなくなり、2014年以降はJリーグの特例開催の扱いとなり、限られた試合のみの開催となった。2014年度のJ1ライセンス交付時には、設備未整備(屋根の大きさ・トイレの数の不足)に関する是正通達も出された。
- 札幌ドーム(現・大和ハウス プレミストドーム)への一本化
2015年から登録上のホームスタジアムは札幌ドーム(当時)1か所となった[2]。札幌厚別での開催は、北海道日本ハムファイターズの主催試合や音楽イベント等でドームが使用される場合に限られた少数試合のみとなった。2022年には、札幌ドーム(当時)を運営する会社とホームタウン連携協定を締結[44]。2023年には宮の沢白い恋人サッカー場に移転していたクラブ事務所をドーム敷地内へ戻している[45]。
- 2023年以降の開催状況と名称変更
2023年、北海道日本ハムファイターズの本拠地が北広島市のエスコンフィールドHOKKAIDOへ移転したことにより、リーグ戦・ルヴァンカップのほぼ全主管試合を札幌ドーム(当時)で開催する体制となった。
札幌厚別での開催は以下の通りである。
- 2023年:1試合のみ
- 2024-25年:札幌厚別の改修工事により開催なし[46]。
そして2024年に札幌ドームの施設命名権を大和ハウス工業が取得し、「大和ハウス プレミストドーム」に変更された。
- 道外での公式戦ホームゲーム
札幌厚別公園競技場の改修工事(1996年・1998年)、冬季の積雪による閉鎖、照明設備未整備などを理由として、クラブは過去に道外で公式戦のホームゲームを開催した例がある。
2001年・2002年には、高知県でシーズン最初のホームゲームを開催した。この期間、クラブは高知県を「準ホームタウン」と位置づけ、2002年には同県でキャンプも実施している。また、札幌(新千歳空港)と高知(高知空港)を往復するチャーター機利用の観戦ツアーが企画されるなど地域連携の取り組みが実施されたが、入場者数が伸び悩んだことから、準ホームタウンとしての関係は2002年限りで終了した。
ホームゲーム
- 略記について
札幌ドーム:旧名称:札幌ドーム、現名称:大和ハウス プレミストドーム、札幌厚別:札幌厚別公園競技場、室蘭:入江運動公園陸上競技場、函館:千代台公園陸上競技場、帯広:帯広の森運動公園
仙台:仙台スタジアム、町田:町田市立陸上競技場、西が丘:国立西が丘サッカー場、平塚:平塚競技場、長良川:岐阜メモリアルセンター長良川競技場
高知:高知県立春野総合運動公園陸上競技場、長崎県立:長崎県立総合運動公園陸上競技場、水前寺:熊本市水前寺競技場
年度別観客動員数
リーグ戦(年間合計/年間平均・最多/最少)
- 太字は各カテゴリごとの歴代最多および最少[47]
- J1リーグ
- J2リーグ
- JFL
- 試合数および観客動員データはリーグ戦のみ(関連:日本プロサッカーリーグ#試合入場者数)。
| 年 | 所属 | 試合数 年間入場者 | 1試合 平均 | 最多入場者数 | 最少入場者数 | ||||||||||||
| 試合日 | 相手 | 結果 | 入場者数 | スタジアム | 試合日 | 相手 | 結果 | 入場者数 | スタジアム | ||||||||
| 1996 | JFL | 15 | 83,000 | 5,533 | 第14節(7月7日) | B仙台 | 3-0 ○ | 10,024 | 札幌厚別 | 第5節(5月16日) | 甲府 | 2-1 ○ | 615 | 平塚 | |||
| 1997 | 15 | 153,181 | 10,212 | 第28節(10月22日) | 大分 | 2-1 ○ | 17,492 | 第16節(8月17日) | 水戸 | 6-1 ○ | 5,609 | 帯広 | |||||
| 1998 | J | 17 | 203,195 | 11,953 | 2nd第13節(10月24日) | 磐田 | 1-6 ● | 19,739 | 1st第12節(5月9日) | 市原 | 3-2 ○ | 5,118 | 室蘭 | ||||
| 1999 | J2 | 18 | 197,752 | 10,986 | 第23節(8月29日) | FC東京 | 4-1 ○ | 17,427 | 第7節(4月25日) | 山形 | 3-2 ○ | 4,317 | |||||
| 2000 | 20 | 258,206 | 12,910 | 第40節(10月29日) | 大宮 | 2-0 ○ | 19,863 | 第4節(3月30日) | 新潟 | 3-0 ○ | 3,162 | ||||||
| 2001 | J1 | 15 | 333,425 | 22,228 | 1st第15節(7月21日) | 横浜FM | 1-1 △ | 39,319 | 札幌ドーム | 1st第2節(3月17日) | 柏 | 2-1 ○ | 6,276 | 高知 | |||
| 2002 | 15 | 287,098 | 19,140 | 2nd第6節(9月29日) | 磐田 | 0-1 ● | 32,416 | 1st第2節(3月9日) | 仙台 | 0-1 ● | 7,236 | ||||||
| 2003 | J2 | 22 | 236,861 | 10,766 | 第1節(3月15日) | 横浜FC | 1-3 ● | 23,590 | 第40節(10月25日) | 大宮 | 0-1 ● | 3,653 | 室蘭 | ||||
| 2004 | 22 | 208,241 | 9,466 | 第43節(11月23日) | 大宮 | 0-1 ● | 19,873 | 第39節(10月23日) | 湘南 | 0-0 △ | 5,061 | 札幌厚別 | |||||
| 2005 | 22 | 244,935 | 11,133 | 第24節(8月2日) | 横浜FC | 1-2 ● | 20,374 | 第37節(10月22日) | 山形 | 3-1 ○ | 4,959 | 函館 | |||||
| 2006 | 24 | 251,476 | 10,478 | 第46節(10月21日) | 神戸 | 1-4 ● | 18,547 | 第42節(9月27日) | 徳島 | 6-0 ○ | 3,896 | 札幌厚別 | |||||
| 2007 | 24 | 290,676 | 12,112 | 第50節(11月18日) | 京都 | 2-2 △ | 32,599 | 第8節(4月11日) | 福岡 | 0-0 △ | 2,161 | 西が丘 | |||||
| 2008 | J1 | 17 | 247,305 | 14,547 | 第31節(11月8日) | 浦和 | 1-2 ● | 28,901 | 第23節(8月27日) | G大阪 | 3-3 △ | 7,010 | 札幌厚別 | ||||
| 2009 | J2 | 26 | 265,376 | 10,207 | 第25節(7月4日) | 水戸 | 0-1 ● | 22,707 | 第46節(10月21日) | 栃木 | 1-0 ○ | 5,112 | |||||
| 2010 | 18 | 193,280 | 10,738 | 第19節(7月25日) | 横浜FC | 1-2 ● | 26,875 | 第28節(9月26日) | 岐阜 | 0-0 △ | 5,429 | ||||||
| 2011 | 19 | 199,162 | 10,482 | 第38節(12月3日) | FC東京 | 2-1 ○ | 39,243 | 第21節(7月16日) | 水戸 | 2-1 ○ | 4,609 | ||||||
| 2012 | J1 | 17 | 204,114 | 12,007 | 第1節(3月10日) | 磐田 | 0-0 △ | 25,353 | 第29節(10月20日) | 鹿島 | 0-0 △ | 7,208 | |||||
| 2013 | J2 | 21 | 211,568 | 10,075 | 第42節(11月24日) | 北九州 | 0-0 △ | 24,813 | 第20節(6月22日) | 岐阜 | 4-0 ○ | 5,464 | |||||
| 2014 | 21 | 232,255 | 11,060 | 第22節(7月20日) | 大分 | 1-1 △ | 20,633 | 第13節(5月12日) | 愛媛 | 0-1 ● | 6,646 | 札幌ドーム | |||||
| 2015 | 21 | 251,161 | 11,960 | 第42節(11月23日) | 栃木 | 4-1 ○ | 20,234 | 第36節(10月10日) | 金沢 | 2-1 ○ | 6,981 | 札幌厚別 | |||||
| 2016 | 21 | 305,732 | 14,559 | 第42節(11月20日) | 金沢 | 0-0 △ | 33,697 | 第35節(10月8日) | 水戸 | 1-0 ○ | 8,269 | ||||||
| 2017 | J1 | 17 | 313,100 | 18,418 | 第19節(7月29日) | 浦和 | 2-0 ○ | 33,353 | 第24節(8月26日) | 仙台 | 1-0 ○ | 9,535 | |||||
| 2018 | 17 | 309,798 | 18,223 | 第34節(12月1日) | 広島 | 2-2 △ | 34,250 | 第10節(4月25日) | 横浜FM | 2-1 ○ | 6,729 | ||||||
| 2019 | 17 | 319,053 | 18,768 | 第22節(8月10日) | 浦和 | 1-1 △ | 35,531 | 第16節(6月22日) | 鳥栖 | 3-1 ○ | 6,836 | ||||||
| 2020 | 17 | 73,155 | 4,303 | 第31節(12月5日) | C大阪 | 1-3 ● | 8,905 | 第11節(8月19日) | 大分 | 1-1 △ | 2,039 | ||||||
| 2021 | 19 | 129,515 | 6,817 | 第37節(11月27日) | 柏 | 3-1 ○ | 13,768 | 第26節(8月25日) | 名古屋 | 0-2 ● | 3,106 | ||||||
| 2022 | 17 | 207,654 | 12,215 | 第34節(11月5日) | 清水 | 4-3 ○ | 23,330 | 第15節(5月25日) | 柏 | 1-6 ● | 5,791 | 札幌ドーム | |||||
| 2023 | 17 | 273,456 | 16,086 | 第34節(12月3日) | 浦和 | 0-2 ● | 31,143 | 第21節(7月15日) | 新潟 | 0-1 ● | 7,591 | 札幌厚別 | |||||
| 2024 | 19 | 324,625 | 17,086 | 第19節(6月23日) | 横浜FM | 0-1 ● | 26,677 | 第14節(5月15日) | 磐田 | 1-0 ○ | 7,702 | 札幌ドーム | |||||
| 2025 | J2 | 19 | 274,929 | 14,470 | 第3節(3月9日) | 千葉 | 1-3 ● | 22,292 | 第16節(5月17日) | 富山 | 2-1 ○ | 9,417 | |||||
| 2026 | 百年構想 | 9 | 92,153 | 10,239 | 第18節(5月23日) | 磐田 | 0-1 ● | 15,032 | 第11節(4月18日) | 松本 | 2-1 ○ | 6,528 | 札幌厚別 | ||||
- リーグ戦でのホームゲーム平均入場者数(人/試合)
リーグ戦(ホーム開幕戦/ホーム最終戦)
- 太字は各カテゴリごとの歴代最多[47]
- J1リーグ
- J2リーグ
- JFL
| 年 | 所属 | ホーム開幕戦 | ホーム最終戦 | |||||||||
| 試合日 | 相手 | 結果 | 入場者 | 会場 | 試合日 | 相手 | 結果 | 入場者 | 会場 | |||
| 1996 | JFL | 第3節(5月5日) | コスモ四日市 | 1-2 ● | 966 | 町田 | 第30節(10月27日) | 富士通 | 1-0 ○ | 7,859 | 札幌厚別 | |
| 1997 | 第3節(5月4日) | NTT関東 | 1-0 ○ | 8,442 | 室蘭 | 第30節(10月29日) | ジヤトコ | 1-0 ○ | 8,535 | |||
| 1998 | J | 1st第2節(3月25日) | 鹿島 | 1-3 ● | 14,682 | 仙台 | 2nd第17節(11月14日) | 横浜F | 1-4 ● | 15,172 | ||
| 1999 | J2 | 第3節(3月28日) | 鳥栖 | 2-3 ● | 6,204 | 室蘭 | 第35節(11月14日) | 大宮 | 0-1 ● | 13,536 | ||
| 2000 | 第4節(3月20日) | 新潟 | 3-0 ○ | 3,162 | 第42節(11月12日) | 甲府 | 1-1△ | 12,515 | ||||
| 2001 | J1 | 1st第2節(3月17日) | 柏 | 2-1 ○ | 6,276 | 高知 | 2nd第15節(11月24日) | C大阪 | 0-1 ● | 39,156 | 札幌ドーム | |
| 2002 | 1st第2節(3月9日) | 仙台 | 0-1 ● | 7,236 | 2nd第15節(11月30日) | 広島 | 5-4 □ | 22,131 | ||||
| 2003 | J2 | 第1節(3月15日) | 横浜FC | 1-3 ● | 23,590 | 札幌ドーム | 第43節(11月16日) | 山形 | 4-1 ○ | 17,832 | ||
| 2004 | 第1節(3月13日) | 甲府 | 2-2 △ | 18,308 | 第43節(11月23日) | 大宮 | 0-1 ● | 19,873 | ||||
| 2005 | 第2節(3月13日) | 鳥栖 | 0-1 ● | 17,607 | 第44節(12月3日) | 草津 | 2-1 ○ | 15,087 | ||||
| 2006 | 第2節(3月11日) | 水戸 | 0-1 ● | 16,858 | 第52節(12月2日) | 鳥栖 | 0-2 ● | 14,349 | ||||
| 2007 | 第2節(3月10日) | 鳥栖 | 1-0 ○ | 13,568 | 第52節(12月1日) | 水戸 | 2-1 ○ | 28,090 | ||||
| 2008 | J1 | 第2節(3月15日) | 横浜FM | 1-2 ● | 25,225 | 第34節(12月6日) | 鹿島 | 0-1 ● | 26,220 | |||
| 2009 | J2 | 第1節(3月8日) | 仙台 | 0-1 ● | 21,908 | 第50節(11月29日) | 横浜FC | 3-1 ○ | 21,463 | |||
| 2010 | 第2節(3月13日) | 福岡 | 0-3 ● | 21,071 | 第38節(12月4日) | 熊本 | 4-0 ○ | 14,299 | ||||
| 2011 | 第8節(4月23日) | 湘南 | 0-1 ● | 11,734 | 第38節(12月3日) | FC東京 | 2-1 ○ | 39,243 | ||||
| 2012 | J1 | 第1節(3月10日) | 磐田 | 0-0 △ | 25,353 | 第33節(11月24日) | 横浜FM | 0-2 ● | 19,587 | |||
| 2013 | J2 | 第2節(3月10日) | 栃木 | 0-1 ● | 13,248 | 第42節(11月24日) | 北九州 | 0-0 △ | 24,813 | |||
| 2014 | 第2節(3月9日) | 山形 | 1-1 △ | 16,064 | 第42節(11月23日) | 磐田 | 1-1 △ | 19,634 | ||||
| 2015 | 第2節(3月15日) | 長崎 | 0-1 ● | 18,086 | 第42節(11月23日) | 栃木 | 4-1 ○ | 20,234 | ||||
| 2016 | 第3節(3月13日) | 愛媛 | 1-1 △ | 20,012 | 第42節(11月20日) | 金沢 | 0-0 △ | 33,697 | ||||
| 2017 | J1 | 第3節(3月11日) | C大阪 | 1-1 △ | 21,760 | 第34節(12月2日) | 鳥栖 | 3-2 ○ | 27,796 | |||
| 2018 | 第3節(3月10日) | 清水 | 1-3 ● | 19,390 | 第34節(12月1日) | 広島 | 2-2 △ | 34,250 | ||||
| 2019 | 第3節(3月9日) | 清水 | 5-2 ○ | 22,692 | 第34節(12月7日) | 川崎 | 1-2 ● | 26,399 | ||||
| 2020 | 第6節(7月22日) | FC東京 | 1-1 △ | 3,151 | 第31節(12月5日) | C大阪 | 1-2 ● | 8,905 | ||||
| 2021 | 第1節(2月27日) | 横浜FC | 5-1 ○ | 11,897 | 第37節(11月27日) | 柏 | 3-1 ○ | 13,768 | ||||
| 2022 | 第2節(2月26日) | 広島 | 1-1 △ | 9,519 | 第34節(11月5日) | 清水 | 4-3 ○ | 23,330 | ||||
| 2023 | 第2節(2月25日) | 神戸 | 1-3 ● | 17,078 | 第34節(12月3日) | 浦和 | 0-2 ● | 31,143 | ||||
| 2024 | 第3節(3月10日) | 浦和 | 0-1 ● | 18,942 | 第38節(12月8日) | 柏 | 1-0 ○ | 21,721 | ||||
| 2025 | J2 | 第3節(3月9日) | 千葉 | 1-3 ● | 22,292 | 第38節(11月29日) | 愛媛 | 3-0 ○ | 18,612 | |||
| 2026 | 百年構想 | 第4節(2月28日) | 岐阜 | 1-2 ● | 13,308 | 第18節(5月23日) | 磐田 | 0-1 ● | 15,032 | |||
| 所属 | 開幕戦通算成績 | 最終戦通算成績 | |||||||||||
| 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | ||
| J/J1 | 13 | 3 | 4 | 6 | 19 | 20 | 13 | 5 | 1 | 8 | 21 | 27 | |
| J2 | 15 | 2 | 3 | 10 | 12 | 22 | 15 | 8 | 4 | 3 | 26 | 12 | |
| 百年構想 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | |
| JFL | 2 | 1 | - | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | - | 0 | 2 | 0 | |
| 通算 | 31 | 6 | 7 | 18 | 34 | 46 | 31 | 14 | 5 | 11 | 49 | 40 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リーグ戦(会場別)
| 年 | 札幌ドーム(プレミストドーム) | 札幌厚別公園競技場 | 入江陸上競技場 | 千代台陸上競技場 | その他 | |||||||||||
| 試合 | 入場者 | 勝-分-敗 | 試合 | 入場者 | 勝-分-敗 | 試合 | 入場者 | 勝-分-敗 | 試合 | 入場者 | 勝-分-敗 | 会場 | 試合 | 入場者 | 勝-分-敗 | |
| 1996 | 9 | 62,001 | 9-0-0 | 2 | 9,285 | 2-0-0 | 花咲 | 1 | 5,943 | 1-0-0 | ||||||
| 帯広 | 1 | 4,190 | 1-0-0 | |||||||||||||
| 町田 | 1 | 966 | 0-0-1 | |||||||||||||
| 平塚 | 1 | 615 | 1-0-0 | |||||||||||||
| 1997 | 12 | 131,099 | 12-0-0 | 1 | 8,442 | 1-0-0 | 釧路 | 1 | 8,031 | 1-0-0 | ||||||
| 帯広 | 1 | 5,609 | 1-0-0 | |||||||||||||
| 1998 | 11 | 145,458 | 5-0-6 | 4[48] | 30,884 | 2-0-2 | 仙台 | 2 | 26,853 | 1-0-1 | ||||||
| 1999 | 15 | 182,643 | 10-1-4 | 3 | 15,109 | 1-0-2 | ||||||||||
| 2000 | 17 | 233,626 | 14-2-1 | 2 | 13,308 | 1-1-0 | 1 | 11,272 | 0-0-1 | |||||||
| 2001 | 5 | 185,814 | 1-2-2 | 7 | 116,758 | 3-1-3 | 1 | 9,289 | 1-0-0 | 1 | 15,288 | 1-0-0 | 高知 | 1 | 6,276 | 1-0-0 |
| 2002 | 9 | 212,289 | 3-0-6 | 3 | 43,242 | 1-1-1 | 1 | 10,203 | 0-0-1 | 1 | 14,128 | 0-0-1 | 高知 | 1 | 7,236 | 0-0-1 |
| 2003 | 9 | 140,559 | 2-2-4 | 10 | 81,076 | 4-4-2 | 2 | 9,327 | 1-0-1 | 1 | 5,899 | 0-0-1 | ||||
| 2004 | 8 | 112,694 | 2-5-1 | 12 | 84,068 | 1-2-9 | 1 | 5,534 | 0-0-1 | 1 | 5,945 | 0-0-1 | ||||
| 2005 | 13 | 179,534 | 4-5-4 | 7 | 54,692 | 4-0-3 | 1 | 5,750 | 0-0-1 | 1 | 4,959 | 1-0-0 | ||||
| 2006 | 11 | 156,375 | 5-3-3 | 11 | 83,428 | 5-3-3 | 1 | 5,065 | 0-0-1 | 1 | 6,608 | 0-0-1 | ||||
| 2007 | 11 | 198,900 | 7-3-1 | 9 | 71,570 | 5-4-0 | 2 | 11,581 | 1-0-1 | 1 | 6,464 | 0-1-0 | 西が丘 | 1 | 2,161 | 0-1-0 |
| 2008 | 9 | 172,495 | 1-0-8 | 8 | 74,810 | 0-4-4 | ||||||||||
| 2009 | 11 | 162,978 | 5-2-3 | 13 | 91,221 | 5-6-2 | 1 | 5,824 | 1-0-0 | 1 | 5,353 | 0-0-1 | ||||
| 2010 | 9 | 134,111 | 4-2-3 | 7 | 45,192 | 4-2-3 | 1 | 7,208 | 0-1-0 | 1 | 6,967 | 0-1-0 | ||||
| 2011 | 8 | 113,990 | 5-2-1 | 9 | 71,532 | 7-1-1 | 1 | 7,330 | 0-0-1 | 1 | 6,310 | 1-0-0 | ||||
| 2012 | 10 | 148,843 | 1-1-8 | 7 | 55,271 | 2-1-4 | ||||||||||
| 2013[49] | 10 | 138,020 | 5-1-4 | 11 | 73,548 | 6-2-3 | ||||||||||
| 2014 | 17 | 201,423 | 7-7-3 | 4 | 30,832 | 2-1-1 | ||||||||||
| 2015[50] | 19 | 235,419 | 7-6-6 | 2 | 15,742 | 1-0-1 | ||||||||||
| 2016[51] | 18 | 277,965 | 14-3-1 | 2 | 17,325 | 2-0-0 | 1 | 10,442 | 1-0-0 | |||||||
| 2017 | 15 | 293,951 | 7-4-4 | 2 | 19,149 | 2-0-0 | ||||||||||
| 2018 | 12 | 256,530 | 7-2-3 | 5 | 53,268 | 2-1-2 | ||||||||||
| 2019 | 14 | 291,908 | 6-4-4 | 3 | 27,154 | 2-0-1 | ||||||||||
| 2020[52] | 13 | 63,404 | 4-4-5 | 4 | 9,751 | 1-1-2 | ||||||||||
| 2021 | 13 | 106,847 | 5-4-4 | 6 | 22,681 | 3-0-3 | ||||||||||
| 2022 | 15 | 191,574 | 6-5-4 | 2 | 16,080 | 1-1-0 | ||||||||||
| 2023 | 16 | 265,865 | 5-3-8 | 1 | 7,591 | 0-0-1 | ||||||||||
| 2024 | 19 | 324,625 | 6-5-8 | |||||||||||||
| 2025 | 19 | 274,929 | 9-2-8 | |||||||||||||
| 2026 | 8 | 85,625 | 5-0-3 | 1 | 6,528 | 1-0-0 | ||||||||||
Jリーグカップ戦(入場者数・試合会場)
- 2024年より大会方式が変更され、1stラウンドはシングルエリミネーショントーナメントでの実施となり、原則として下位リーグクラブ(同リーグの場合は成績下位クラブ)のホームゲームとして行う事となった。
| 年 | 試合日 | 相手 | 結果 | 動員 | 会場 |
| 1997 | 第2節(3月15日) | V川崎 | 2-2 △ | 4,823 | 長崎県立 |
| 第5節(3月26日) | 横浜M | 1-2 ● | 2,913 | 長良川 | |
| 第6節(3月29日) | G大阪 | 1-0 ○ | 2,881 | 水前寺 | |
| 1998 | 第3節(5月30日) | 横浜F | 3-2 ○ | 3,352 | 室蘭 |
| 第5節(6月6日) | 川崎 | 0-2 ● | 4,093 | ||
| 1999 | 1回戦第1戦[53](4月7日) | 福岡 | 1-0 ○ | 1,854 | |
| 2000 | 1回戦第2戦[53](5月24日) | G大阪 | 0-1 ● | 10,808 | 札幌厚別[54] |
| 2001 | 1回戦第2戦[53](4月18日) | 大分 | 2-1 ○ | 2,439 | 室蘭 |
| 2002 | 第2節(4月30日) | 磐田 | 0-0 △ | 11,317 | 札幌厚別 |
| 第4節(5月6日) | 仙台 | 1-1 △ | 8,263 | 函館 | |
| 第6節(5月12日) | 柏 | 1-0 ○ | 5,643 | 室蘭 | |
| 2008 | 第2節(3月12日) | 川崎 | 2-1 ○ | 5,387 | |
| 第4節(5月25日) | 千葉 | 1-2 ● | 5,297 | 函館 | |
| 第6節(6月8日) | 柏 | 0-3 ● | 10,296 | 札幌ドーム | |
| 2012 | 第1節(3月20日) | 新潟 | 0-1 ● | 7,487 | |
| 第3節(4月18日) | 鹿島 | 1-2 ● | 6,877 | ||
| 第5節(6月6日) | 清水 | 0-4 ● | 3,687 | 札幌厚別 | |
| 2017 | 第3節(4月26日) | 大宮 | 1-1 △ | 6,611 | 札幌ドーム |
| 第6節(5月24日) | 仙台 | 1-2 ● | 5,865 | ||
| 第7節(5月31日) | 柏 | 2-1 ○ | 3,604 | 札幌厚別 | |
| プレーオフ(6月28日) | C大阪 | 0-2 ● | 5,192 | 札幌ドーム | |
| 2018 | 第2節(3月14日) | 磐田 | 0-1 ● | 6,398 | |
| 第5節(5月9日) | 甲府 | 0-3 ● | 4,371 | 札幌厚別 | |
| 第6節(5月16日) | 清水 | 0-3 ● | 4,427 | ||
| 2019 | 第2節(3月13日) | 長崎 | 0-0 △ | 7,023 | 札幌ドーム |
| 第3節(4月10日) | 湘南 | 4-1 ○ | 5,698 | ||
| 第5節(5月8日) | 横浜FM | 0-4 ● | 5,311 | 札幌厚別 | |
| プレーオフ(6月26日) | 磐田 | 2-1 ○ | 5,415 | ||
| 準々決勝(9月4日) | 広島 | 3-2 ○ | 6,906 | ||
| 準決勝(10月13日) | G大阪 | 1-0 ○ | 15,996 | 札幌ドーム | |
| 決勝(10月26日) | 川崎 | 3-3 △ | 48,119 | 埼玉スタジアム2002 | |
| 2020[55] | 第2節(8月5日) | 広島 | 2-1 ○ | 1,572 | 札幌厚別 |
| 第3節(8月12日) | 横浜FC | 1-1 △ | 3,787 | 札幌ドーム | |
| 準々決勝(9月2日) | 横浜FM | 1-1 △ | 2,515 | 札幌厚別 | |
| 2021 | 第4節(4月28日) | 福岡 | 1-1 △ | 4,446 | 札幌ドーム |
| 第5節(5月5日) | 鳥栖 | 2-1 ○ | 7,507 | 札幌ドーム | |
| 第6節(5月19日) | 鹿島 | 0-0 △ | 2,829 | 札幌ドーム | |
| プレーオフ(6月6日) | 横浜FM | 1-1 △ | 3,814 | 札幌厚別 | |
| 準々決勝(9月1日) | FC東京 | 2-1 ○ | 3,204 | 札幌厚別 | |
| 2022 | 第3節(4月20日) | 京都 | 4-1 ○ | 3,627 | 札幌ドーム |
| 第5節(4月23日) | 柏 | 1-2 ● | 4,450 | 札幌厚別 | |
| 第6節(5月18日) | 鳥栖 | 1-1 △ | 4,417 | 札幌ドーム | |
| プレーオフ(6月4日) | 広島 | 0-3 ● | 5,716 | 札幌ドーム | |
| 2023 | 第4節(4月19日) | 鳥栖 | 4-1 ○ | 4,439 | 札幌ドーム |
| 第5節(5月24日) | 横浜FM | 3-2 ○ | 5,923 | 札幌ドーム | |
| 第6節(6月18日) | 磐田 | 2-3 ● | 10,146 | 札幌ドーム | |
| 準々決勝(9月6日) | 横浜FM | 3-2 ○ | 7,566 | 札幌ドーム | |
| 2024 | プレーオフ(6月5日) | 富山 | 1-1 △ | 4,922 | 札幌ドーム |
| 準々決勝(9月8日) | 横浜FM | 3-1 ○ | 10,930 | プレミストドーム | |
| 年 | 会場 | 試合日 | 対戦チーム | 勝敗 | 入場者数 | |
| 1996 | 町田 | 5月5日 | JFL 第3節 | コスモ四日市 | 1-2 ● | 966 |
| 平塚 | 5月16日 | JFL 第5節 | 甲府 | 2-1 ○ | 615 | |
| 1997 | 長崎県立 | 3月15日 | ナビスコ杯予選 | V川崎 | 2-2 △ | 4,823 |
| 長良川 | 3月26日 | 横浜M | 1-2 ● | 2,913 | ||
| 水前寺 | 3月29日 | G大阪 | 1-0 ○ | 2,881 | ||
| 1998 | 仙台ス | 3月25日 | J 1st 第2節 | 鹿島 | 1-3 ● | 14,682 |
| 4月15日 | J 1st 第6節 | 浦和 | 2-0 ○ | 12,171 | ||
| 2001 | 高知陸 | 3月17日 | J1 1st 第2節 | 柏 | 2-1 ○ | 6,276 |
| 2002 | 3月2日 | J1 1st 第2節 | 仙台 | 0-1 ● | 7,236 | |
| 2007 | 西が丘 | 4月11日 | J2 第8節 | 福岡 | 0-0 △ | 2,161 |
スタジアムDJ
入場曲
配布物
- マッチデープログラム
- 2003年 - 2005年 : MATCH DAY PROGRAM
- 2006年 - 2008年 : kattare-カッターレ-
- 2009年 : -アカクロ-
- 2010年 - 2015年 : VOCS-ヴォックス-
- 2016年 - 現在 : Matchday PROGRAM
ユニフォーム
ホームユニフォームは前身である東芝時代に採用されていた「赤と黒の縦縞」を継承している。このデザインは、当時東芝サッカー部に選手として在籍していた石崎信弘が発案したものである。
- 1996年:東芝時代と同様の赤黒の縦縞を採用。
- 1997年 - 1998年:赤黒の縦縞を基調に、白とブルーグレーを追加。
- 1999年 - 2000年:赤黒のみの配色。
- 2001年 - 2002年:赤黒の縦縞の間に白のラインを配置。
- 2003年 - 2004年:中央を黒、サイドを赤とする構成。
- 2005年:正面を赤一色、背面を赤地に黒の三本線。
- 2006年:サプライヤーをadidasからKappaに変更し、赤黒の縦縞が復活。
- 2010年:1stユニフォームのソックスを黒へ変更。2ndユニフォームの前面に赤黒の帯を配置。
- 2011年:クラブ創設15周年を記念し、ゴールドのステッチを使用。
- 2013年:赤黒の縦縞が従来よりも細いピンストライプ。
- 2014年:袖とサイドにアイヌ文様を採用。
- 2015年:2ndユニフォームのパンツを赤へ変更。
- 2016年:1stユニフォームのソックスを黒から赤へ変更。クラブ創設20周年記念および北海道新幹線開業に合わせ、FPの1stユニフォームを白とグリーンの縦縞、パンツを紫を採用。GKは赤黒の縦縞を函館開催のみで着用。右袖に北海道旗を掲出。
- 2018年:右袖の北海道旗に代えて「北海道150年事業」シンボルロゴを掲出。また北海道命名150年を記念し、8・9月、および最終節の計6試合で記念ユニフォームを着用[57]。FPは赤黒の縦縞で、黒部分は北海道179市町村名で構成。GKはグリーンと黒の縦縞で同様の意匠を採用。
- 2019年:右袖にホームタウンマークとして「HOKKAIDO」の文字を掲出[58]。
- 2020年:チームとして初めてFPの3rdユニフォームを採用。従来2ndとして使用していた白を3rdへ、GKの3rdとして使用されていた紺をFPの2ndへ転用。腹部の背番号表示を廃止。
- 2021年:サプライヤーをKappaからミズノに変更。デザインはクリエイティブディレクターの相澤陽介が担当[59]。
- 2022年:FPの2ndユニフォームにゴールドのストライプを採用[60]。
- 2023年:1stユニフォームに北海道の地図を赤黒で配置。3rdユニフォームにはシマフクロウの羽根をモチーフとしたデザイン[61]。また、White Mountaineeringとのコラボユニフォームを1試合限定で着用[62]。
- 2024年:FPの2ndユニフォームに札幌中心部の街並みを表現。3rdユニフォームにはブルーグレーを採用[63]。
- 2025年:FPの1stユニフォームのパンツに白を採用。2nd・3rdユニフォームにアイヌ模様を採用[64]。
- 2026年:FPの1stユニフォームにアイヌ模様をストライプに落とし込んだデザインを採用。胸部のスポンサーロゴはクラブ創設30周年に合わせ「白い恋人」ロゴが復刻[65]。
クラブカラー
ユニフォームスポンサー
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出シーズン | 備考 |
| 胸 | 石屋製菓 | 白い恋人(1st) ISHIYA(2nd) | 1998年 2002年 - 2007年 2010年 - | 1997年は袖 1999年 - 2001年、2008年 - 2009年は背中上部 1998年 - 2018年、2026百年構想リーグは「白い恋人」表記 2019年 - 2020年、2022年 - 2025年は「ISHIYA」表記 2021年は1st・2ndは「ISHIYA」、3rdは「白い恋人」表記 |
|---|---|---|---|---|
| 鎖骨 | あいプラングループ | あいプラン | 2023年 - | 左側に表記 2016年途中 - 2017年は背中下部 2018年 - 2022年は背中上部 2016年7月 - 2017年は1stは「あいプラン」、2ndは「あいプラングループ 日本互助会」表記 2018年 - 2020年、2022年 - は「あいプラン」表記 2021年 - 2022年は1st・3rdは「あいプラン」、2ndは「AIPLAN」表記 |
| 片桐企業グループ | KATAGIRI | 2024年 - | 右側に表記 | |
| 裾 | 北海道電力 | ほくでん | 2026/27 - | 左側に表記 |
| 背中上部 | なし | - | - | |
| 背中下部 | ダイアモンドヘッド | Diamond head | 2018年 - | |
| 袖 | グラフィックホールディングス | GRAPHIC | 2025年途中 - | |
| パンツ前面 | なし | - | - | |
| パンツ背面 | サッポロビール | CLASSIC サッポロクラシック(1st) ☆SAPPORO(2nd) | 2024年 - | 1999年 - 2001年は胸 1997年 - 1998年、2002年 - 2007年、2010年 - 2016年は背中上部 2008年 - 2009年、2017年 - 2023年は袖 1996年 - 2004年は「サッポロビール」表記 1st、2ndで分割表記は2014年 - |
ユニフォームサプライヤーの遍歴
歴代ユニフォーム
歴代ユニフォームスポンサー表記
| 年度 | 表記場所 | サプライヤー | |||||||||
| 胸 | 鎖骨左 | 鎖骨右 | 裾左 | 裾右 | 背中上部 | 背中下部 | 袖 | パンツ前面 | パンツ背面 | ||
| 1996 | HUDSON | 解禁前 | 解禁前 | TOSHIBA | 解禁前 | サッポロビール | - | 解禁前 | PUMA | ||
| 1997 | サッポロビール | 白い恋人 | |||||||||
| 1998 | 白い恋人 | JALグループ | |||||||||
| 1999 | サッポロビール | 白い恋人 | adidas | ||||||||
| 2000 | JAL | ||||||||||
| 2001 | |||||||||||
| 2002 | 白い恋人 | サッポロビール | JR北海道 | ||||||||
| 2003 | |||||||||||
| 2004 | |||||||||||
| 2005 | ☆ SAPPORO | ||||||||||
| 2006 | Kappa | ||||||||||
| 2007 | |||||||||||
| 2008 | ニトリ | 白い恋人 | ☆ SAPPORO | JAL | |||||||
| 2009 | |||||||||||
| 2010 | 白い恋人 | ☆ SAPPORO | ニトリ | ||||||||
| 2011 | - | ||||||||||
| 2012 | JA北海道 | ||||||||||
| 2013 | |||||||||||
| 2014 | CLASSIC サッポロ クラシック (1st) ☆ SAPPORO (2nd) | ||||||||||
| 2015 | |||||||||||
| 2016 | あいプラン (1st) あいプラングループ 日本互助会 (2nd)[注 10] | ||||||||||
| 2017 | F-Power | CLASSIC サッポロ クラシック (1st) ☆ SAPPORO (2nd) | |||||||||
| 2018 | F-Power | トーホウリゾート | あいプラン | Diamond head | |||||||
| 2019 | ISHIYA | - | - | ||||||||
| 2020 | TOHO RESORT | CLASSIC サッポロ クラシック (1st) ☆ SAPPORO (2nd・3rd) | - | ||||||||
| 2021 | ISHIYA (1st・2nd) 白い恋人 (3rd) | - | あいプラン (1st・3rd) AIPLAN (2nd) | 札幌ドーム (1st) | 札幌ドーム (2nd・3rd) | Mizuno | |||||
| 2022 | ISHIYA | - | - | ||||||||
| 2023 | あいプラン | レオファン | |||||||||
| 2024 | KATAGIRI | SolutionPlus | CLASSIC サッポロ クラシック (1st) ☆ SAPPORO (2nd・3rd) | ||||||||
| 2025 | GRAPHIC[注 11] | ||||||||||
| 2026 百年構想 リーグ | 白い恋人 | - | |||||||||
| 2026/27 | 白い恋人 (1st) ISHIYA (2nd) | - | ほくでん | ||||||||
スポンサー
オフィシャルトップパートナー
|
2026年7月19日現在
アカデミー
アカデミー(育成組織)として、以下のチームを保有している。
| カテゴリー | クラブ名 | ||||
| 高校生年代 | 札幌U-18 (1997年4月) | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 中学生年代 | 札幌U-15 (1997年4月) | 旭川U-15 (2004年4月) | 釧路U-15 (2016年4月) | 室蘭U-15 (2019年4月) | |
| 小学生年代 | 札幌U-12 (2002年4月) | A.A.アンフィニ (2029年4月予定) | 東川U-12 (2017年4月) | 釧路U-12 (2016年4月) | 室蘭U-12 (2019年4月) |
- クラブ名は北海道コンサドーレを省略。
- () は設立年月。
- A.A.アンフィニは総合型地域スポーツクラブ「NPO法人さっぽろAMスポーツクラブ」との提携クラブ
歴史
クラブ創設の翌年1997年4月、トップチームは当時の練習場であった栗山町の藤野スポーツ広場を拠点として活動を開始し、同時に札幌U-18および札幌U-15が開設された。1998年4月には、遠方から栗山町へ通うユース選手のためにユース尞が設置された。
2003年には活動拠点を札幌市東区東雁来に移す方針となり、3月に栗山町のユース尞を閉鎖、5月にはユース専用の東雁来サッカー場が開設された。2005年3月はに札幌市西区に選手寮「しまふく寮」が開設され、トップチーム選手とともに一部のユース選手も入寮した。2002年4月には札幌U-12を開設した。
2024年には総合型地域スポーツクラブ「NPO法人さっぽろAMスポーツクラブ」とアライアンスアカデミー契約を締結し、2029年度4月から「北海道コンサドーレ札幌アライアンスアカデミーアンフィニ(北海道コンサドーレ札幌A.A.アンフィニ)」として提携クラブとして開設する予定である[66]。
2004年2月にはコンサドーレ旭川事務所が設置され、同年4月に旭川U-15が開設された。2005年6月にhクラブパートナーでもある進藤病院の院長が練習場運営会社ジャパンスポーツラボを設立し、上川郡東川町に旭川U-15の練習場「コンサフィールド東川」が開設された[67]。2017年4月には東川U-12が発足した[68]。
2016年4月に釧路市・釧路郡釧路町で活動していたR・シュペルブ釧路を母体として、釧路U-15および釧路U-12が開設され、合同でアカデミー活動を開始した。2019年4月に室蘭U-15および室蘭U-12が発足し、現在はジェネラーレ室蘭と合同で活動している。
- 札幌サッカーアミューズメントパーク天然芝グラウンド
- 全カテゴリースタッフ
| 役職 | コーチ | 在職年 | 備考 |
| アカデミーダイレクター | 2024年 - | 2009-10、17-20はトップチーム選手 | |
| スカウト 兼 サポートスタッフ | 2025年 - | 1997-2000はトップチーム選手 | |
| サポートスタッフ | 2024年 - | ||
| トレーナー | 2022年 - | ||
| トレーナー 兼 フィジカルコーチ | 2026年 - | ★新任 | |
| フィジカルコーチ | 2025年 - | ||
| GPグループチーフ | 2007年 - | 札幌U-12GPコーチ兼任 |
札幌U-18
| 2012年12月24日 第20回Jリーグユース選手権大会 vsG大阪ユース戦(長居スタジアム)の決勝スターティングメンバー。数字は背番号、(C)はキャプテン。 |
高円宮杯U-18サッカーリーグ2011 プレミアリーグは奈良竜樹や榊翔太らを擁して[69] 優勝し初代王者となった。これにより出場したチャンピオンシップは準優勝。2012年のJリーグユース選手権大会で北海道のサッカーのチームとして初めて全国大会を制した。
- 創設年:1997年
- 本拠地:札幌市東区東雁来
- 練習場:東雁来グラウンド、札幌サッカーアミューズメントパーク
- 所属選手
- スタッフ(2026年)
| 役職 | コーチ | 在職年 | 備考 |
| U-18チーフ 兼 監督 | 2026年 - | ★新任 | |
| U-18担当 | 2026年 - | ★新任、2013-25はトップチーム選手 | |
| U-18担当 | 2026年 - | 札幌U-12EASTコーチ兼任、2013-16、19はトップチーム選手 | |
| U-18GPコーチ | 2025年 - | 2009-13はトップチーム選手 |
- 過去の監督
保坂不二夫 (1997年 - 2000年)
財前恵一 (2001年 - 2003年、2019年)
四方田修平 (2004年 - 2015年7月)
川口卓哉 (2015年7月 - 2018年)
森下仁之 (2020年 - 2024年)
柴田慎吾 (2025年 - 同年8月)
倉持卓史 (2026年 - 同年4月)
成績
| 年度 | リーグ戦 | 旧高円宮杯 | クラブユース 選手権 | Jユースカップ | U-18監督 | ||||||
| 所属 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | |||||
| 1997 | - | - | - | - | - | - | - | - | GL敗退 | GL敗退 | |
| 1998 | - | - | - | - | - | - | - | - | GL敗退 | GL敗退 | |
| 1999 | - | - | - | - | - | - | - | - | GL敗退 | GL敗退 | |
| 2000 | - | - | - | - | - | - | - | - | GL敗退 | ベスト16 | |
| 2001 | - | - | - | - | - | - | - | ベスト16 | 準優勝 | GL敗退 | |
| 2002 | - | - | - | - | - | - | - | ベスト8 | ベスト4 | ベスト16 | |
| 2003 | プリンスリーグ 北海道 | 7 | 19 | 6 | 1 | 0 | 優勝 | GL敗退 | GL敗退 | GL敗退 | |
| 2004 | 7 | 19 | 6 | 1 | 0 | 優勝 | GL敗退 | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2005 | 9 | 19 | 6 | 1 | 2 | 優勝 | 準優勝 | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2006 | 9 | 15 | 4 | 3 | 2 | 5位 | - | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2007 | 9 | 25 | 8 | 1 | 0 | 優勝 | ベスト16 | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2008 | 9 | 27 | 9 | 0 | 0 | 優勝 | ベスト16 | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2009 | 9 | 23 | 7 | 2 | 0 | 優勝 | GL敗退 | ベスト8 | GL敗退 | ||
| 2010 | 7 | 19 | 6 | 1 | 0 | 優勝 | ベスト8 | GL敗退 | ベスト16 | ||
| 年度 | リーグ戦 | クラブユース 選手権 | Jユースカップ | U-18監督 | |||||||
| 所属 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | |||||
| 2011 | プレミアリーグ イースト | 18 | 35 | 10 | 5 | 3 | 優勝[注 12] | ベスト8 | ベスト8 | ||
| 2012 | 18 | 30 | 9 | 3 | 6 | 2位 | GL敗退 | 優勝 | |||
| 2013 | 18 | 29 | 9 | 2 | 7 | 5位 | ベスト8 | ベスト4 | |||
| 2014 | 18 | 20 | 5 | 5 | 8 | 8位 | ベスト4 | GL敗退 | |||
| 2015 | 18 | 13 | 3 | 4 | 11 | 9位 | ベスト8 | ベスト16 | |||
| 2016 | プリンスリーグ 北海道 | 14 | 34 | 11 | 1 | 2 | 優勝 | ベスト16 | ベスト32 | ||
| 2017 | 14 | 36 | 12 | 0 | 2 | 優勝 | ベスト16 | ベスト32 | |||
| 2018 | 14 | 30 | 9 | 3 | 2 | 2位 | GL敗退 | ベスト8 | |||
| 2019 | 14 | 34 | 11 | 1 | 2 | 優勝 | ベスト16 | ベスト32 | |||
| 2020 | 6 | 15 | 5 | 0 | 1 | 2位 | ベスト16 | 開催中止 | |||
| 2021 | 14 | 39 | 13 | 0 | 1 | 優勝 | 準優勝 | D組5位 | |||
| 2022 | 14 | 24 | 7 | 3 | 4 | 3位 | ベスト16 | D組4位 | |||
| 2023 | 14 | 33 | 11 | 0 | 3 | 2位 | ベスト16 | D組4位 | |||
| 2024 | 14 | 34 | 10 | 4 | 0 | 優勝 | GL敗退 | E組4位 | |||
| 2025 | 14 | 27 | 8 | 3 | 3 | 2位 | GL敗退 | D組3位 | |||
| 2026 | 14 | - | - | - | |||||||
- 主な全国大会結果
ベスト4以上を記載
- 高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会
- 準優勝:2005年
- 高円宮杯U-18サッカーリーグ チャンピオンシップ
- 準優勝:2011年
- 高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ イースト
- 日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会
- Jリーグユース選手権大会
- 主な北海道大会結果
ベスト4以上を記載
- 北海道チャンピオンズスーパーリーグ
- 優勝:2009年
- 知事杯全道サッカー選手権大会
- 準優勝:2010年
- ベスト4:2008年、2012年
- 2013年よりプレミアリーグとの日程調整がつかず不参加。2015年より第2種(U-18)チームは出場不可。
国際大会
- 日・韓・中ジュニア交流競技会
- 出場:2005年
- ダラスカップ
- 出場:2006年
- ゴシアカップ
- U18部 準優勝:2016年
- U16部 準優勝:2013年
- 国際スポーツ競技大会「アジアの子供たち」
- 優勝:2016年[70]
- U-19ミャンマー国際招待ユース (KBZ Bank U19 Cup 2016)
- 準優勝:2016年[71]
- U16 TOYO TIRES CUP 2019[72]
- 準優勝[73]
| 年 | 大会名 | 試合日 | 対戦相手 | 会場 | 結果 | 備考 |
| 2006 | ダラスカップ2006 | GL第1戦(4月9日) | ピザハット・パーク・フィールド 7 | 1-5 ● | ||
| GL第2戦(4月10日) | リッチランド・カレッジ・フィールド 10 | 0-4 ● | ||||
| GL第3戦(4月12日) | ピザハット・パーク・フィールド 7 | 2-1 ○ | ||||
| 2013 | ゴシアカップ2013 U-16部 | GL第1戦(7月15日) | ヘーデン 4 | 5-0 ○ | ||
| GL第2戦(7月16日) | ゴシア・アリーナ | 0-0 △ | ||||
| GL第3戦(7月17日) | 4-0 ○ | |||||
| 決勝T 1回戦(7月18日) | ヘーデン 4 | 7-0 ○ | ||||
| 決勝T 2回戦(7月18日) | ゴシア・アリーナ | 5-0 ○ | ||||
| 決勝T 3回戦(7月19日) | Harlanda 1 | 5-0 ○ | ||||
| 決勝T 準々決勝(7月19日) | ヘーデン 4 | 3-0 ○ | ||||
| 決勝T 準決勝(7月19日) | Slottskogsvallen | 2-2 (5PK4) ○ | ||||
| 決勝T 決勝(7月19日) | ゴシア・アリーナ | 2-3 ● | ||||
| 2016 | 第6回国際スポーツ競技大会 「アジアの子供たち」 | 第1戦(7月7日) | ユノスト競技場 | 7-1 ○ | [70] | |
| 第2戦(7月9日) | 2-1 ○ | |||||
| 第3戦(7月12日) | 3-1 ○ | |||||
| 第4戦(7月16日) | 7-0 ○ | |||||
| ゴシアカップ・チャイナ2016 U-18部 | GL第1戦(8月14日) | 哥德足球公园A6 | 10-0 ○ | [74] | ||
| GL第2戦(8月14日) | 23-0 ○ | [75] | ||||
| GL第3戦(8月15日) | 12-0 ○ | [76] | ||||
| GL第4戦(8月16日) | 哥德足球公园A5 | 3-0 ○ | 不戦勝[77] | |||
| 決勝T 準々決勝(8月17日) | 哥德足球公园A4 | 17-0 ○ | [78] | |||
| 決勝T 準決勝(8月18日) | 4-0 ○ | [79] | ||||
| 決勝T 決勝(8月19日) | 哥德足球公园A3 | 1-1 (10PK11) ● | [80] | |||
| U-19ミャンマー国際招待ユース2016 (KBZ Bank U19 Cup 2016) | GL第1戦(8月22日) | マンダラーティエリースタジアム | 4-1 ○ | [81] | ||
| GL第2戦(8月24日) | 1-3 ● | [82] | ||||
| GL第3戦(8月26日) | 1-1 △ | [83] | ||||
| 決勝(8月28日) | 0-0 (4PK5) ● | [71][84] | ||||
| 2019 | U16 TOYO TIRES CUP 2019 | GL第1戦(6月9日) | デュッセルドルフ市内 | 4-1 ○ | [72] | |
| GL第2戦(6月9日) | 0-0 △ | |||||
| GL第3戦(6月9日) | 7-2 ○ | |||||
| 決勝T 準々決勝(6月10日) | 2-0 ○ | |||||
| 決勝T 準決勝(6月10日) | 3-0 ○ | |||||
| 決勝T 決勝(6月10日) | 0-1 ● | |||||
海外遠征
| 年 | 遠征名 | 試合日 | 対戦相手 | 結果 | 備考 |
| 2015 | シュトゥットガルト遠征 | 第1戦(12月8日) | 4-5 ● | [85] | |
| 第2戦(12月9日) | 1-3 ● | [86] | |||
| 第3戦(12月10日) | 10-0 ○ | [87][88] | |||
| 2016 | 昌寧遠征 | 第1戦(12月27日) | 5-5 △ | [89] | |
| 第2戦(12月28日) | 0-3 ● | [90] | |||
| 第3戦(12月29日) | 0-2 ● | [90] | |||
| 2017 | リオデジャネイロ遠征 | 第1戦(3月26日) | 1-5 ● | [91] | |
| 第2戦(3月27日) | 3-6 ● | ||||
| 第3戦(3月28日) | 3-1 ○ | ||||
| 第4戦(3月30日) | 1-4 ● | ||||
| 第5戦(3月31日) | 3-2 ○ | ||||
| 2018 | バルセロナ遠征 | 第1戦(3月28日) | 4-0 ○ | [92] | |
| 第2戦(3月29日) | 6-1 ○ | ||||
| 第3戦(3月29日) | 6-0 ○ | ||||
| 第4戦(3月30日) | 3-1 ○ | ||||
| 第5戦(3月30日) | 0-0(PK4-5) ● |
札幌U-15
- 創設年:1997年
- 本拠地:札幌市東区東雁来
- 練習場:東雁来グラウンド
- 所属選手
- スタッフ(2026年)
| 役職 | コーチ | 在職年 | 備考 |
| 札幌U-15チーフ 兼 札幌U-15監督 | 2024年 - | ||
| 札幌U-15B担当 | 2025年 - | ||
| 札幌U-15担当(U-13) | 2023年 - | 2005-10はトップチーム選手 | |
| 札幌U-15GPコーチ | 2024年 - | 2007-08、11-12はトップチーム選手 |
- 過去の監督
三浦雅之 (1997年 - 2002年)
森下仁之 (2003年 - 2006年)
名塚善寛 (2007年 - 2012年)
関浩二 (2013年 - 2014年)
佐藤尽 (2015年)
森川拓巳 (2016年 - 2017年)
柴田慎吾 (2018年 - 2019年、2022年 - 2023年)
砂川誠 (2020年 - 2021年)
成績
| 年度 | 所属 | 部 | リーグ戦 | 高円宮杯 U-15 | クラブユース U-15 | JFA プレミアカップ | U-15監督 | |||||
| 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | |||||||
| 1997 | - | - | - | - | - | - | - | - | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | ||
| 1998 | - | - | - | - | - | - | - | - | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | ||
| 1999 | - | - | - | - | - | - | - | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | GL敗退 | ||
| 2000 | - | - | - | - | - | - | - | ベスト16 | 北海道大会敗退 | GL敗退 | ||
| 2001 | - | - | - | - | - | - | - | ベスト8 | GL敗退 | GL敗退 | ||
| 2002 | - | - | - | - | - | - | - | 準優勝 | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | ||
| 2003 | - | - | - | - | - | - | - | 準優勝 | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | ||
| 2004 | - | - | - | - | - | - | - | ベスト16 | ベスト8 | 北海道大会敗退 | ||
| 2005 | - | - | - | - | - | - | - | 北海道大会敗退 | ベスト16 | 北海道大会敗退 | ||
| 2006 | - | - | - | - | - | - | - | 北海道大会敗退 | GL敗退 | 北海道大会敗退 | ||
| 2007 | 北海道 カブスリーグ | 1部 | 7 | 21 | 7 | 0 | 0 | 優勝 | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | 北海道大会敗退 | |
| 2008 | 9 | 27 | 9 | 0 | 0 | 優勝 | ベスト4 | ベスト16 | 北海道大会敗退 | |||
| 2009 | 10 | 28 | 9 | 1 | 0 | 優勝 | 準優勝 | ベスト8 | 北海道大会敗退 | |||
| 2010 | 10 | 27 | 9 | 0 | 1 | 優勝 | ベスト16 | ベスト8 | 北海道大会敗退 | |||
| 2011 | 15 | 39 | 13 | 0 | 2 | 優勝 | ベスト32 | ベスト8 | 北海道大会敗退 | |||
| 2012 | 14 | 27 | 8 | 3 | 3 | 3位 | 北海道大会敗退 | ベスト16 | GL敗退 | |||
| 2013 | 14 | 42 | 14 | 0 | 0 | 優勝 | ベスト32 | ベスト32 | GL敗退 | |||
| 2014 | 14 | 35 | 11 | 2 | 1 | 優勝 | ベスト16 | ベスト8 | GL敗退 | |||
| 2015 | 14 | 38 | 12 | 2 | 0 | 優勝 | ベスト32 | ベスト16 | 準優勝 | |||
| 2016 | 14 | 38 | 12 | 2 | 0 | 優勝 | 準優勝 | ベスト4 | ベスト4 | |||
| 2017 | 14 | 31 | 10 | 1 | 3 | 2位 | ベスト32 | 北海道大会敗退 | GL敗退 | |||
| 2018 | 14 | 40 | 13 | 1 | 0 | 優勝 | ベスト32 | ベスト4 | GL敗退 | |||
| 2019 | 14 | 36 | 11 | 3 | 0 | 優勝 | ベスト8 | ベスト16 | - | |||
| 2020 | 9 | 22 | 7 | 1 | 1 | 優勝 | ベスト32 | 開催中止 | ||||
| 2021 | 6 | 9 | 3 | 0 | 3 | 5位 | ベスト8 | 北海道大会敗退 | ||||
| 2022 | 18 | 47 | 15 | 2 | 1 | 優勝 | ベスト16 | GL敗退 | ||||
| 2023 | 18 | 48 | 16 | 0 | 2 | 優勝 | ベスト32 | GL敗退 | ||||
| 2024 | 18 | 50 | 16 | 2 | 0 | 優勝 | ベスト32 | GL敗退 | ||||
| 2025 | 18 | 51 | 17 | 0 | 1 | 優勝 | ベスト32 | 北海道大会敗退 | ||||
| 2026 | 18 | - | - | |||||||||
- 主な全国大会結果
ベスト4以上を記載
- 高円宮杯 JFA 全日本U-15サッカー選手権大会
- 準優勝:2002年、2003年、2009年、2016年
- ベスト4:2008年
- 日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会
- ベスト4:2016年、2018年
- JFAプレミアカップ
- 準優勝:2015年
- ベスト4:2016年
- 全日本ユース(U-15)フットサル大会
- 優勝:2002年
- ベスト4:2016年
国際大会
| 年 | 大会名 | 試合日 | 対戦相手 | 会場 | 結果 | 備考 |
| 2016 | 中国足協青少年足球U15冠軍杯賽 | 第1戦(11月18日) | 武漢塔子湖体育中心体育場 | 9-1 ○ | [96][97][98][99][100][101] | |
| 第2戦(11月19日) | 1-0 ○ | [102][103] | ||||
| 第3戦(11月21日) | 2-1 ○ | [104] | ||||
| 第4戦(11月23日) | 1-3 ● | [105] | ||||
| 第5戦(11月25日) | 3-1 ○ | [93][106] | ||||
| 2017 | BOAL国際U-14大会 | GL第1戦(8月18日) | ユリアナ・スポルトパルク | 1-3 ● | [107] | |
| GL第2戦(8月18日) | 0-0 △ | |||||
| GL第3戦(8月19日) | 1-2 ● | [108] | ||||
| GL第4戦(8月19日) | 0-2 ● | |||||
| GL第5戦(8月19日) | 0-2 ● | |||||
| GL第6戦(8月19日) | 1-0 ○ | [109] | ||||
| GL第7戦(8月19日) | 0-1 ● | |||||
| 順位決定戦(8月20日) | 1-1 (2PK4) ● | [110] | ||||
| 順位決定戦(8月20日) | 0-0 (3PK4) ● | |||||
| 順位決定戦(8月20日) | 4-0 ○ | [111] | ||||
| 2019 | BOAL国際U-14大会 | GL第1戦(8月23日) | ユリアナ・スポルトパルク | 1-3 ● | [112] | |
| GL第2戦(8月23日) | 0-1 ● | |||||
| GL第3戦(8月24日) | 0-1 ● | [113] | ||||
| GL第4戦(8月24日) | 2-0 ○ | |||||
| GL第5戦(8月24日) | 0-0 △ | |||||
| GL第6戦(8月24日) | 0-4 ● | |||||
| GL第7戦(8月25日) | 0-2 ● | |||||
| GL第8戦(8月25日) | 1-1 △ | |||||
| 順位決定戦(8月25日) | 1-3 ● | [114] | ||||
旭川U-15
- 創設年:2004年
- 本拠地:上川郡東川町
- 練習場:コンサフィールド東川
- 所属選手
- スタッフ(2026年)
- 過去の監督
三浦雅之 (2004年 - 2006年)
賀谷英司 (2007年)
佐藤尽 (2008年 - 2014年)
北原次郎 (2015年)
柴田慎吾 (2016年 - 2017年)
中三川哲治 (2018年 - 2019年)
中村拓朗 (2020年 - 2022年)
⼭下泰明 (2023年 - 2024年)
成績
- 主な全国大会結果
ベスト4以上を記載
- 全日本ユース(U-15)フットサル大会
- 準優勝:2014年
- ベスト4:2015年、2017年
釧路U-15
釧路市を本拠地とするR・シュペルブ釧路のU-15を母体にして合同でアカデミー活動を実施
- 創設年:2016年
- 本拠地:釧路市・釧路郡釧路町
- 練習場:釧路町運動公園など
- チーフ:手塚泰象
- 監督:高橋勇気
- 所属選手
成績
室蘭U-15
室蘭市を本拠地とするジェネラーレ室蘭スポーツクラブのU-15を母体にして合同でアカデミー活動アカデミー活動。
- 創設年:2019年
- 本拠地:室蘭市
- 練習場:室蘭市立旧鶴ヶ崎中グラウンド
- チーフ兼監督:清川浩行
- 所属選手
成績
札幌U-12
- 創設年:2002年
- 本拠地:札幌市東区東雁来
- 練習場:東雁来グラウンド
- 所属選手
- スタッフ
- 過去の監督
- 主な全国大会結果
ベスト4以上を記載
- JFA 全日本U-12サッカー選手権大会
- 準優勝:第41回(2017)
- JFA 全日本U-12フットサル選手権大会
- ベスト4:2017年
東川U-12
- 創設年:2017年
- 本拠地:上川郡東川町
- 練習場:東川町ゆめ公園、コンサフィールド東川など
- 所属選手
- スタッフ
釧路U-12
- 創設年:2016年
- 本拠地:釧路市・釧路郡釧路町
- 練習場:釧路町運動公園など
- チーフ兼監督:手塚泰象
- 所属選手
室蘭U-12
- 創設年:2019年
- 本拠地:室蘭市
- 練習場:室蘭市立旧鶴ヶ崎中グラウンド
- チーフ兼監督:清川浩行
- 所属選手
アカデミー出身者
コンサドーレ北海道スポーツクラブ
| 創立者 | 株式会社コンサドーレ、株式会社明光ネットワークジャパン |
|---|---|
| 団体種類 | 一般社団法人 |
| 設立 | 2014年2月14日 |
| 所在地 |
北海道札幌市中央区北3条西2丁目1-13 NC北専北三条ビル7階 |
| 法人番号 | 2430005011848 |
| 主要人物 | 代表理事 三上大勝 |
| 活動地域 |
|
| 主眼 | サッカークラブである北海道コンサドーレ札幌が、サッカークラブの枠を越え、道内の地域活性化やスポーツを通じた子どもたちの心身の育成、生涯スポーツの実現やコミュニティの創出を目指す。 |
| 活動内容 |
スポーツクラブの運営事業 スポーツイベント、スポーツ教室、スポーツ大会の開催事業 スポーツ選手の養成・指導並びに管理業務 指導者及び審判員の講習会の開催事業 スポーツに関する調査、研究、情報の提供事業 スポーツを通じた国際交流事業 スポーツ施設の管理運営事業 |
| 活動手段 | コンサドーレジュニアサッカースクール 他 |
| ウェブサイト | http://chsc.jp/ |
一般社団法人コンサドーレ北海道スポーツクラブは、株式会社北海道フットボールクラブ(当時)と、学習塾「明光義塾」で知られ、首都圏でサッカースクールも展開する株式会社明光ネットワークジャパンの出資により2014年に設立された一般社団法人による総合型地域スポーツクラブ。代表理事は北海道コンサドーレ札幌ゼネラルマネージャーの三上大勝が兼任していた。
2025年4月、運営効率化を主な目的として、全事業を株式会社コンサドーレに譲渡すると発表した[115]。
コンサドーレジュニアサッカースクール
2001年に北海道フットボールクラブ(当時)により開始。
2014年のコンサドーレ北海道スポーツクラブ設立と同時に移管された[116]。
- カテゴリー内訳:U-5・U-6(幼稚園クラス)、U-7・U-8(小学校1・2年生クラス)、U-9・U-10(小学校3・4年生クラス)、U-11・U-12(小学校5・6年生クラス)
| スクール | エリア | 会場 | 活動場所 | カテゴリー | |||
| U-5/U-6 | U-7/U-8 | U-9/U-10 | U-11/U-12 | ||||
| 札幌校 | 札幌 | 東雁来会場 | 札幌市東区 | ○ | ○ | 夏 | 夏 |
| イーワン会場 | 札幌市白石区 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| ばんけい会場 | 札幌市中央区 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| ほのか会場 | 札幌市手稲区 | ○ | ○ | - | - | ||
| 吉田学園 SPORTS BOX会場 | 札幌市東区 | ○ | ○ | - | - | ||
| 宮の沢会場 | 札幌市西区 | 夏 | 夏 | - | - | ||
| 道央 | 岩見沢会場 | 岩見沢市 | ○ | ○ | ○ | - | |
| 恵庭会場 | 恵庭市 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| 室蘭会場 | 室蘭市 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| 旭川校 | 道北 | 東川会場 | 東川町 | ○ | ○ | ○ | - |
| グリーンヒル会場 | 旭川市 | ○ | ○ | 冬 | - | ||
| あつま~る会場 | 旭川市 | 冬 | 冬 | 冬 | - | ||
| 士別校 | 士別会場 | 士別市 | 夏 | 夏 | - | - | |
| 釧路校 | 道東 | 釧路会場 | 釧路市、釧路町 | ○ | ○ | ○ | ○ |
| 中標津校 | 中標津会場 | 中標津町 | ○ | ○ | - | - | |
| 根室校 | 根室会場 | 根室市 | - | ○ | ○ | - | |
- 「夏」:夏季限定の会場
- 「冬」:冬季限定の会場
主なコーチ
北海道リラ・コンサドーレ
2014年に、コンサドーレ北海道スポーツクラブを運営母体として、女子サッカーチームが設立[118] された。チーム名は一般公募により、ライラックのフランス語で『リラ』に決まる。花言葉は『pride(誇り)・beauty(美)』の意味を持つ[119]。2015年度より活動を開始[120] した(上述)。設立当初は目標として『5年でなでしこリーグ参入』をかかげていたが、『時間をかけた育成』へ転換。
2016年度は、A(一軍)・Bチームに分かれて各リーグ戦に参加[121]。全日本女子ユース (U-15)サッカー選手権大会で全国規模の大会デビューを果たした。また、札幌市民体育大会サッカー大会(一般女子の部)にて初優勝し、チーム初のタイトル獲得となった。
2017年度は、所属選手の一部がU-16世代に入り、U-18カテゴリーの試合にも参加。Bチームが参戦している札幌なでしこリーグにて初優勝し、チーム初のリーグタイトル獲得となった。
2018年度は、北海道コンサドーレ札幌が、Jリーグクラブ初となる女子単独U-12チームを設立し札幌地区のカップ・リーグ戦に参加。このチームが将来的に当チームの下部組織的な役割を果たす事が期待されている。2019年度は、社会人世代が加入し、初めて全世代が揃う事となった。
2020年度は、皇后杯北海道予選で2位となったものの、優勝チームの出場辞退による代替出場チームとなり、これが皇后杯初出場となった[注 13]。
2021年度は、なでしこリーグ2部入替戦予選大会へ初参加し、上位リーグへの挑戦をスタート[122]。
2025年度は初めてセレクション以外で選手が加入(一部は当チーム経験者)、参加10年目となった北海道女子サッカーリーグにて、全勝で初優勝を飾った。
スタッフ・所属選手
- コーチ
- 所属選手
成績
| 年度 | リーグ | チーム数 | 試合数 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失差 | リーグ順位 | 皇后杯 | 監督 |
| 2015 | 札幌地区 | 8 | 7 | 18 | 6 | 0 | 1 | 21 | 5 | +16 | 2位[123] | ||
| 2016 | 北海道 | 6 | 10 | 6 | 2 | 0 | 8 | 14 | 51 | -37 | 5位 | ||
| 2017 | 6 | 10 | 6 | 2 | 0 | 8 | 14 | 29 | -15 | 5位 | |||
| 2018 | 7 | 9 | 16 | 5 | 1 | 3 | 21 | 16 | +5 | 3位 | |||
| 2019 | 6 | 10 | 12 | 3 | 3 | 4 | 15 | 22 | -7 | 4位 | |||
| 2020 | 6 | 3 | - | 2 | 0 | 1 | 4 | 5 | -1 | 2位[124][注 13] | 1回戦敗退[注 13] | ||
| 2021 | 6 | 10 | 8 | 2 | 2 | 6 | 25 | 25 | 0 | 5位 | |||
| 2022 | 6 | 10 | 18 | 5 | 3 | 2 | 16 | 8 | +8 | 2位 | |||
| 2023 | 6 | 10 | 19 | 6 | 1 | 3 | 21 | 11 | +10 | 2位 | |||
| 2024 | 7 | 9[注 14] | 11 | 3 | 2 | 4 | 10 | 14 | -4 | 4位 | |||
| 2025 | 6 | 10 | 30 | 10 | 0 | 0 | 35 | 4 | +31 | 1位 | 1回戦敗退 |
入替戦
- なでしこリーグ入替戦
| 年度 | ステージ | チーム数 | 試合数 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | PK勝 | PK敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 順位 | 備考 |
| 2021 | 予選Aグループ | 4 | 3 | 0 | 0 | - | 3 | 0 | 0 | 0 | 12 | -12 | 4位 | 敗退、地域リーグ残留 |
| 2022 | 予選Aグループ | 4 | 3 | 0 | 0 | - | 3 | 0 | 0 | 0 | 9 | -9 | 4位 | 敗退、地域リーグ残留 |
| 2023 | 予選Bグループ | 3 | 2 | 0 | 0 | - | 2 | 0 | 0 | 0 | 8 | -8 | 3位 | 敗退、地域リーグ残留 |
| 2024 | 予選 | 5 | 4 | 3 | 1 | - | 3 | 0 | 0 | 1 | 10 | -9 | 4位 | 敗退、地域リーグ残留 |
| 2025 | 予選 | 5 | 4 | 4 | 1 | - | 2 | 1 | 0 | 3 | 2 | -1 | 4位 | 敗退、地域リーグ残留 |
最高成績を記載
- 全国大会
- JFA 全日本U-18女子サッカー選手権大会
- 1回戦敗退:2018年、2020年
- 日本クラブユース女子サッカー大会 (U-18)
- 13位タイ:2024年
- JFA 全日本U-15女子サッカー選手権大会
- ベスト8:2018年
- リーグ戦
- U-18女子サッカーリーグ北海道1部
- 2位:2023年、2025年
- JFA U-15女子サッカーリーグ北海道1部
- 2位:2024年、2025年
- フットサル
- 全道フットサル選手権大会 女子の部
- 3位:2024年
- 全道女子ユース(U-15)フットサル大会
- 2位:2017年
- 北海道フットサルエスクエラプログラム フットサルリーグ
- U-15女子:3位(2023年、2024年)
- U-18女子:2位(2024年)
表彰
- 北海道女子サッカーリーグ
世代代表選出選手
- U-16選抜
伊藤楓夏(JENESYS U-17 Women’s Football Memorial Cup2023、3月16 - 21日)
梶結南(Montaigu Tournament2024、3月25 - 31日)
- U-15選抜
宮林桜生(EAFF U-15 Girls Tournament2017、4月16 - 20日)
川本美羽(EAFF U-15 Girls Football Festival2019、8月3 - 11日)
- U-14選抜
スポンサー
- オフィシャルパートナー(2025年度時点)
- 2015年から:美冬→ISHIYA(石屋製菓株式会社、2015年 - )、キレートレモン→SPORTS WATER(商品名、ポッカサッポロフード&ビバレッジ)、アイングループ
- 2020年から:三和シヤッター工業
- 2021年から:Mizuno(ユニフォームサプライヤー)
- 2025年から:株式会社ニナガワ
過去
- 2015 - 2020年:Kappa(ユニフォームサプライヤー)
北海道コンサドーレ札幌バドミントンチーム
2017年4月8日、日本のプロサッカークラブとして初めて、『北海道コンサドーレ札幌バドミントンチーム』が発足した[127][128]。監督は吉田仁。5月19日のメンバー追加を経て、9名の選手で活動を開始した[129][130]。
9月24日、同じくJリーククラブを母体とするAC長野パルセイロバドミントンクラブとの交流戦を開催[131]。
2019年、2部リーグに当たるS/JリーグII昇格を決める[132]。
スタッフ・所属選手
- 監督
- 所属選手
- 選手一覧 参照
過去の主な所属選手
成績
- 2017年度
- 第67回全日本実業団バドミントン選手権大会2回戦
- 第71回全日本総合バドミントン選手権大会ダブルス予選2回戦(竹内宏気・大越泉)
- チャレンジリーグ男子2部優勝
- 2018年度
- 第68回全日本実業団バドミントン選手権大会準々決勝
- 第61回全日本社会人バドミントン選手権大会シングルス4回戦(三枝力起)
- チャレンジリーグ男子1部優勝
- 2019年度
- 第73回全日本総合バドミントン選手権大会
- ダブルス本戦1回戦(大越泉・三浦將誓)
- シングルス本戦1回戦(三枝力起)
- 混合ダブルス本戦1回戦(大越泉・與猶くるみ(ヨネックス))
- S/JリーグII準優勝
北海道コンサドーレ札幌カーリングチーム
| 基礎情報 | |||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 創設年 | 2018年 (前身チームは2012年) | ||||||||||||||
| 所在地 | 北海道北見市 | ||||||||||||||
| 使用施設 | アドヴィックス常呂カーリングホール | ||||||||||||||
| 戦績 | |||||||||||||||
| 世界選手権 | |||||||||||||||
| 出場大会 | |||||||||||||||
| 最高成績 | 4位 | ||||||||||||||
| パシフィックアジア選手権 | |||||||||||||||
| 出場大会 | |||||||||||||||
| 最高成績 |
| ||||||||||||||
| 日本選手権 | |||||||||||||||
| 優勝 | |||||||||||||||
| 公式サイト | |||||||||||||||
|
www | |||||||||||||||
| |||||||||||||||
| 2021年4月25日現在 | |||||||||||||||
2018年8月1日、『北海道コンサドーレ札幌カーリングチーム』として発足[133][134]。
母体となる「4REAL」は2012年に札幌市で設立され[135]、2017年からは北見市移転し、同年と翌2018年に日本選手権準優勝を果たす[136]。
トリノ・バンクーバー五輪女子日本代表監督だった阿部晋也を始めとする同チームの4名にSC軽井沢クラブの一員として平昌五輪に出場した清水徹郎が加入[137]。練習拠点は引き続き北見のままする[138]。
チームの初戦は8月2日から5日まで開かれたどうぎんカーリングクラシック2018[134]。
2018年パシフィックアジア選手権日本代表決定戦を制す[139]。
パシフィックアジア選手権本大会でも日本男子として2年ぶりとなる優勝[140]。
2019年日本選手権で4REAL時代含め初優勝[141]。
同年、初出場となる世界選手権で3位決定戦で敗れメダルを逃すも2016年大会(SC軽井沢クラブ)と並ぶ日本男子最高タイとなる4位[142][143]。セカンド谷田康真は大会オールスターに選ばれた[144]。
2021年2月に行われた第38回日本カーリング選手権大会を優勝しコンサドーレは日本選手権三連覇を達成と同時に2022年の北京冬季五輪日本代表としての権利を獲得し、同年4月に行われる世界選手権に北京五輪出場をかけて出場する事となった[145]。
2021年4月にカナダ・カルガリーで行われた世界選手権に出場。結果は6勝7敗の9位で終わった事で北京五輪出場枠の上位6か国に入る事が出来ず、北京五輪出場をかけて同年12月に行われる世界最終予選にまわる事となった[146]。
2021年12月にオランダ・レーワルデンで行われた北京五輪・世界最終予選に出場。上位4か国が北京五輪への出場が出来るが、結果は3勝5敗の6位で終了し、チームの目標でもあった北京五輪出場は叶わなかった[147]。
2022年3月31日をもってスキップを務めていた松村雄太がチームを退団[148]。
2022年6月13日をもって谷田康真と相田晃輔がチームを退団[149]。
2022年6月に選手補強のためのトライアウトを実施[150]、同年7月に大内遥斗[151]、敦賀爽太、鈴木実倫[152] の3名が新加入。
2023年4月30日をもって鈴木実倫がチームを退団[153]。
2023年5月、長野五輪カーリング男子日本代表選手の敦賀信人が選手兼コーチに就任[154]。
2024年2月に行われた第41回日本カーリング選手権大会で新体制としては初、チームとしては3年ぶりに優勝を果たした。スキップを務めた阿部は今大会の男子MVPにも選出された[155]。
2024年4月、前年まで札幌国際大学に所属していた佐藤剣仁が新加入[156]。
スタッフ・所属選手
- 所属選手
- 過去の所属選手
成績
- 2018–19シーズン
- パシフィックアジア選手権:優勝
- ワールドカップ 第2節:予選敗退
- ワールドカーリングツアー(WCT)軽井沢国際:準優勝
- 日本選手権:優勝
- 世界選手権:4位
- グランドスラム(GSOC)チャンピオンズカップ:予選敗退
- 2019–20シーズン
- どうぎんカーリングクラシック2019:優勝
- パシフィックアジア選手権:準優勝
- GSOCナショナル:予選敗退
- WCT軽井沢国際:優勝
- 日本選手権:優勝
- 2020–21シーズン
- 2021–22シーズン
- 日本選手権:3位
- 2022–23シーズン
- 日本選手権:3位
- 2023–24シーズン
- 日本選手権:優勝
- 2024–25シーズン
- 日本選手権:3位
コンサドールズ『月下美人』
60歳以上の女性によるシニアチアリーディングクラブ[159]。当初はコンサドールズとともに試合を盛り上げる単発イベントだったが、2011年より通年スクールとして開講。
コンサドーレパートナーアスリート
「北海道とともに世界へ」というスローガンを掲げ、このコンセプトに合致するサッカー以外の選手を「コンサドーレパートナーアスリート」と称してコンサドーレ北海道スポーツクラブが協力に当たる[160]。第一号はトライアスロンの細田雄一選手。
国際試合
提携クラブ
コーンケンFC (2013年締結)
ドンタム・ロンアンFC (2013年締結)
アレマ クロノスFC (2014年締結)
ジョホール・ダルル・タクジムFC (2016年締結[165])
シント=トロイデンVV (2019年締結[166])
クラブ経営
北海道と札幌市からの融資と補助金
1998年、北海道と札幌市からそれぞれ5億円の融資を受けた[167]。
1999年に、札幌市から毎年9000万円の補助金が開始された。2001年には、札幌ドームの年間3000万円近くする使用料を札幌市が負担し、補助金を間接的に受けるかたちとなった。2000年には、北海道からの補助金が開始された。北海道からの補助金は、2000年から2007年は毎年1億円、2008年からは毎年減少して2015年は6600万円となった[167]。
2008年の減資と2012年の増資
2008年5月に、債務超過解消に向けて約20.5億円の減資を実施し、あわせて増資により2億8421万円の資金を調達した。その結果、債務超過が解消された[168]。
同年4月28日付けで札幌市は、コンサドーレ札幌についての住民監査請求を受けている。その中で、貸付金や補助金等に係る札幌市の支出額全額(貸付金と補助金の合計で約17億円)が損害にあたるという主張がされた[169]。監査請求の回答書には、全国のJリーグ31チームのうち21チームが自治体から補助金を受け、2007年だけの総額で約7億円が自治体からJリーグに補助金として支出されていることが記載された。
2012年、債務超過を解消するため8070万円の増資を行った[170]。
Jリーグライセンスへの対応
Jリーグライセンスで2014年末時点で債務超過がないことがリーグ戦参加資格の財務基準となり、超過債務状態のコンサドーレ札幌は2013年9月30日付けで、2014年度末までに債務超過を解消する方法についてJリーグクラブライセンス事務局に具体的に提出することが求められた[171]。その後、コンサドーレ札幌は2013年度と2014年度の2年連続で単年度黒字を達成し、債務超過も解消した[172]。
決算
損益
| 年度 | 所属 | 収入 | 広告料 | 入場料 | 配分 | 物販 | その他 | 費用 | 人件費 | 管理費 | 利益 | 純利益 | 出典 |
| 1996 | JFL | 465 | 1,257 | -792 | -793 | [173][174][175][176][177] | |||||||
| 1997 | JFL | 851 | 1,841 | -990 | -984 | ||||||||
| 1998 | J | 1,088 | 332 | 421 | 125 | 209 | 1,669 | 843 | 307 | -581 | -970 | ||
| 1999 | J2 | 1,047 | 331 | 303 | 150 | 264 | 1,415 | 642 | 226 | -368 | -215 | ||
| 2000 | J2 | 1,192 | 397 | 420 | 177 | 197 | 1,358 | 545 | 216 | -166 | 75 | ||
| 2001 | J1 | 1,867 | 517 | 710 | 273 | 367 | 1,936 | 798 | 257 | -69 | 158 | ||
| 2002 | J1 | 1,794 | 570 | 711 | 160 | 353 | 2,016 | 853 | 196 | -222 | -87 | ||
| 2003 | J2 | 1,572 | 416 | 481 | 242 | 133 | 301 | 1,881 | 740 | 224 | -309 | -194 | |
| 2004 | J2 | 1,375 | 422 | 378 | 206 | 57 | 312 | 1,235 | 318 | 202 | 140 | 357 |
| 年度 | 所属 | 収入 | 広告料 | 入場料 | 配分 | 物販 | その他 | 費用 | 事業費 | 人件費 | 管理費 | 利益 | 純利益 | 出典 |
| 2005 | J2 | 1,254 | 404 | 403 | 173 | - | 274 | 1,391 | 1,202 | 498 | 188 | -136 | 55 | [178] |
| 2006 | J2 | 1,177 | 445 | 358 | 113 | 101 | 261 | 1,527 | 1,319 | 607 | 208 | -350 | -156 | |
| 2007 | J2 | 1,255 | 433 | 464 | 144 | 88 | 214 | 1,442 | 1,214 | 537 | 228 | -187 | 6 | |
| 2008 | J1 | 1,618 | 605 | 520 | 261 | 106 | 232 | 1,770 | 1,497 | 787 | 273 | -152 | -28 | |
| 2009 | J2 | 1,548 | 561 | 355 | 118 | 71 | 514 | 1,683 | 1,437 | 699 | 246 | -135 | -42 | |
| 2010 | J2 | 1,132 | 440 | 305 | 107 | 65 | 280 | 1,366 | 1,119 | 500 | 247 | -234 | -116 |
| 年度 | 所属 | 収益 | 広告料 | 入場料 | 配分 | 育成 | 物販 | その他 | 費用 | 人件費 | 試合 | トップ | 育成 | 女子 | 物販 | 販売 | 利益 | 純利益 | 出典 |
| 2011 | J2 | 1,297 | 399 | 310 | 102 | 41 | 69 | 445 | 1,383 | 513 | 205 | 166 | 56 | 0 | 67 | 443 | -86 | 17 | [179] |
| 2012 | J1 | 1,347 | 475 | 397 | 209 | 44 | 69 | 222 | 1,468 | 495 | 254 | 176 | 58 | 0 | 71 | 485 | -121 | -38 | |
| 2013 | J2 | 1,071 | 432 | 330 | 103 | 54 | 77 | 152 | 1,236 | 359 | 212 | 176 | 59 | 0 | 70 | 430 | -165 | 6 | |
| 2014 | J2 | 1,328 | 589 | 390 | 103 | 31 | 90 | 215 | 1,374 | 430 | 243 | 162 | 57 | 0 | 71 | 482 | -46 | 47 | |
| 2015 | J2 | 1,420 | 613 | 424 | 100 | 20 | 101 | 263 | 1,536 | 550 | 271 | 173 | 53 | 0 | 81 | 489 | -116 | 3 | |
| 2016 | J2 | 1,902 | 882 | 457 | 107 | 22 | 173 | 261 | 1,978 | 703 | 285 | 205 | 63 | 0 | 142 | 580 | -76 | 0 | |
| 2017 | J1 | 2,676 | 1,070 | 622 | 488 | 25 | 183 | 288 | 2,685 | 1,206 | 351 | 214 | 63 | 0 | 161 | 690 | -9 | 33 | |
| 2018 | J1 | 2,988 | 1,306 | 636 | 392 | 25 | 189 | 440 | 3,233 | 1,502 | 327 | 268 | 168 | 0 | 143 | 825 | -254 | -165 | |
| 2019 | J1 | 3,599 | 1,440 | 779 | 585 | 26 | 259 | 510 | 3,826 | 1,698 | 376 | 261 | 68 | 0 | 188 | 1,235 | -227 | -149 | |
| 2020 | J1 | 3,096 | 1,736 | 244 | 411 | 26 | 271 | 480 | 3,487 | 1,614 | 211 | 269 | 58 | 0 | 189 | 1,146 | -391 | -271 | |
| 2021 | J1 | 3,392 | 1,445 | 440 | 434 | 25 | 329 | 719 | 3,705 | 1,660 | 313 | 287 | 50 | 0 | 258 | 1,137 | -313 | -19 | |
| 2022 | J1 | 3,605 | 1,488 | 446 | 446 | 27 | 295 | 719 | 3,576 | 1,814 | 504 | 444 | 187 | 0 | 239 | 939 | -909 | -717 | |
| 2023 | J1 | 4,111 | 1,933 | 775 | 347 | 26 | 467 | 563 | 3,996 | 1,723 | 517 | 441 | 215 | 0 | 364 | 644 | -529 | -412 | |
| 2024 | J1 | 5,000 | 2,059 | 1,127 | 362 | 26 | 540 | 229 | 4,710 | 2.176 | 661 | 463 | 223 | 0 | 424 | 632 | -342 | -273 |
金額の単位: 百万円
- 2005年から2010年の人件費は事業費に含まれる。
- 2016年は、決算日が12月31日がら1月31日へ変更となったため、13ヶ月の変則決算期間
資産
| 年度 | 純資産 | 累積損益 | 資本金 | 出典 |
| 1996 | -707 | -793 | 1,500 | [173] |
| 1997 | -407 | -1,777 | 2,184 | |
| 1998 | -531 | -2,747 | 2,216 | |
| 1999 | -735 | -2,960 | 2,226 | |
| 2000 | -644 | -2,890 | 2,243 | |
| 2001 | -173 | -2,730 | 2,556 | |
| 2002 | -260 | -2,820 | 2,556 | |
| 2003 | -455 | -3,010 | 2,556 | |
| 2004 | -98 | -2,650 | 2,556 |
| 年度 | 総資産 | 総負債 | 純資産 | 累積損益 | 資本金 | 出典 |
| 2005 | 1,126 | 1,168 | -42 | -2,598 | 2,556 | [178] |
| 2006 | 983 | 1,181 | -198 | -2,754 | 2,556 | |
| 2007 | 983 | 1,175 | -192 | -2,748 | 2,556 | |
| 2008 | 1,196 | 1,132 | 64 | -731 | 795 | |
| 2009 | 1,022 | 1,001 | 22 | -773 | 795 | |
| 2010 | 840 | 937 | -97 | -892 | 795 | |
| 2011 | 847 | 927 | -80 | -875 | 795 | |
| 2012 | 751 | 788 | -37 | -913 | 876 | |
| 2013 | 685 | 716 | -31 | -907 | 876 | |
| 2014 | 741 | 726 | 16 | -860 | 876 | |
| 2015 | 693 | 674 | 18 | -858 | 876 | |
| 2016 | 1,054 | 1,035 | 19 | -857 | 876 | |
| 2017 | 1,394 | 942 | 452 | -824 | 1,076 | |
| 2018 | 1,867 | 1,192 | 674 | -988 | 1,287 | |
| 2019 | 1,906 | 1,381 | 525 | -1,138 | 1,287 | |
| 2020 | 1,732 | 1,478 | 253 | -1,410 | 1,287 | |
| 2021 | 1,953 | 1,718 | 235 | -1,429 | 1,287 | |
| 2022 | 2,034 | 1,619 | 416 | -2,146 | 1,736 | |
| 2023 | 1,891 | 1,887 | 4 | -2,558 | 1,376 | |
| 2024 | 2,543 | 2,212 | 331 | -2,832 | 2,037 |
金額の単位: 百万円
- 2016年は、決算日が12月31日がら1月31日へ変更となったため、13ヶ月の変則決算期間
メディア
雑誌
テレビ
- ほっとニュース北海道(NHK札幌放送局)
- 今日ドキッ!内「Bravo!スポーツ」(北海道放送)
- どさんこワイド朝・どさんこワイド179内「GO!GO!コンサドーレ」(札幌テレビ)
- イチモニ!・イチオシ!!内「イチスポ」(北海道テレビ)
- みんテレ内「みんスポ」(北海道文化放送)
- コンサラボ(北海道文化放送)
- コンサにアシスト!(テレビ北海道)
- 頂-ITADAKI-アスリート内「GO!コンサドーレ!!」(J:COM札幌)
- Challenge! Consadole(スカパー!)
- KICK OFF! HOKKAIDO(札幌テレビ)
- 過去
- コンサ梟の穴(北海道放送)
- のんのん。(北海道放送)
- [E]スポーツ(北海道放送)
- VIVA!ジョカトーレ(北海道放送)
- もっと!コンサドーレ→もっtotoコンサドーレ→もっと!コンサドーレ→スポーツどーむ(北海道放送)
- 特報!スポーツギア→スポーツどーむ北海道(北海道放送)
- 朝からコンサドーレ(札幌テレビ)
- 勝利に乾杯!コンサドーレ(札幌テレビ)
- スポーツSpirits→D(どさんこ)スポーツ→ぞっこん!スポーツ(札幌テレビ)
- マハトマパンチ(札幌テレビ)
- on!コンサドーレ(北海道テレビ)
- VIVA!コンサドーレ(北海道テレビ)
- みんスポSATURDAY(北海道文化放送)
- サタすぽ(北海道文化放送)
- 週刊コンサドーレ→スポーツワイド Fの炎〜SPORT HOKKAIDO〜(北海道文化放送)
- ファイコンEXP.(北海道文化放送)
- 月曜サポスタ(J:COM札幌)
ラジオ
- コンサドーレライブスタジアム(HBCラジオ)
- 朝刊さくらい内「コンサドーレ井戸端会議」(HBCラジオ)
- GO!GO!コンサドーレ(STVラジオ)
- LOVE CONSADOLE(AIR-G')
- にーはち.スポーツ(AIR-G')
- CONSA Ole(FMノースウェーブ)
- コンサドーレ GO WEST!(三角山放送局)
- Radio CONSADOLE(三角山放送局)
- Everyday, Smile!内「コンサタウン」(FMアップル)
- WITH-CONSADOLE(エフエムしろいし With-S)
- VIVA!コンサドーレ(FM G'sky)
- 過去
- フォルサ・コンサドーレ(AIR-G')
- 白い恋人Presents週刊コンサ・マニア!!(HBCラジオ)
- トクラジ9(FMノースウェーブ)
- コンサ!ラジオブログ(さっぽろ村ラジオ)
- 炎のサポーター(ラジオカロスサッポロ)
- 熱狂!!コンサライブ(FMアップル)
新聞
音楽
One Hokkaido Project「私たちの道」(宮澤裕樹、荒野拓馬、進藤亮佑が参加、2019年、 WESS RECORDS)[180]
MV
One Hokkaido Project「私たちの道」(宮澤裕樹、荒野拓馬、進藤亮佑が参加)[181]
キャンプ地
シーズン移行まで(1993-2026)
| キャンプ地及び対戦相手 | |||
|---|---|---|---|
| 年 | キャンプ地 | 場所 | 対戦相手(勝敗) |
| 1996 | |||
| 神奈川県横浜市 | |||
| 1997 | 宮崎県綾町 | ||
| 1998 | |||
| 静岡県 | |||
| 1999 | 沖縄県石垣市 | 神戸(0-2●) | |
| 高知県春野町 | |||
| 愛知県豊川市 | シロキ工業SEGグラウンド | ||
| 2000 | |||
| 静岡県 | |||
| 宮崎県 | |||
| 2001 | |||
| 静岡県御殿場市 | |||
| 宮崎県 | |||
| 2002 | |||
| 宮崎県宮崎市 | シーガイア | 阪南大学(2-2△)、 | |
| 高知県高知市 | 春野運動公園陸上競技場 | ||
| 2003 | |||
| 鹿児島県指宿市 | 京セラ川内FC(2-0○)、 ヴォルカ鹿児島(1-0○)、 鹿屋体育大学(4-0○,3-0○) 、 本田技研(2-1○)、 福岡(1-1○)、 流通経済大学(5-0○,3-0○) | ||
| 2004 | |||
| 鹿児島県指宿市 | 柏(0-1●,0-1●)、 名古屋(0-3●)、 佐川印刷(2-2△)、 本田技研(0-0△)、 静岡産業大学2-0○) 、 新潟(0-1●) | ||
| 2005 | 静岡県静岡市 | J-STEP | |
| 鹿児島県指宿市 | 京都(0-2●,0-1●)、 | ||
| 静岡県沼津市 | 愛鷹広域公園多目的競技場 | 磐田(2-1○,0-1●) | |
| 2006 | 宮崎県宮崎市 | 国際海浜エントランスプラザ | ホンダロックSC(6-3○)、 福岡(2-1○) 、 川崎(1-2●) 、 横浜FM(1-1△)、 甲府(2-3●) |
| 熊本県熊本市 | KK WING | 横浜FC(3-0○) 、 | |
| 鹿児島県薩摩町 | インターナショナルゴルフリゾート京セラ | 広島(2-3●)、 鹿屋体育大学(4-1○) 、鹿児島(2-1○) | |
| 2007 | 沖縄県国頭村 | ふれあい広場 | |
| 赤間総合運動公園 | |||
| 熊本県熊本市 | KK WING | 川崎(2-2△)、 | |
| 2008 | レオパレスリゾート・グアム | ||
| 熊本県熊本市 | KK WING | ||
| 2009 | レオパレスリゾート・グアム | 大宮(1-0○)、 神戸(2-2△) | |
| 熊本県熊本市 | KK WING | 清水(0-2●)、 | |
| 2010 | レオパレスリゾート・グアム | 大宮(1-2●)、 柏(0-2●) | |
| 熊本県熊本市 | KK WING | 鹿屋体育大学(4-0○)、 神戸(1-2●)、 大分(2-2△) | |
| 2011 | レオパレスリゾート・グアム | 大宮(1-4●)、 柏(2-2△) | |
| 熊本県熊本市 | KK WING | 熊本(3-3△)、 仙台(0-4●)、 大分(3-2○) | |
| 2012 | レオパレスリゾート・グアム | ||
| 熊本県熊本市 | KK WING | 北九州(1-2●)、 関西大学(2-1○)、 福岡(0-0△) 、 大分(1-2●)、 鳥栖(4-0○)、 鹿屋体育大学(2-1○) | |
| 2013 | 北海道札幌市 | サッポロ・イーワン・スタジアム | |
| 熊本県大津町 | 大津町運動公園 | 山口(3-3△)、 | |
| 2014 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 琉球大学(5-0○) |
| 熊本県熊本市 | うまスタ/ラグビー場 | 熊本(3-0○)、 山形(0-2●)、 鳥栖(2-4●)、 福岡大学(1-1△)、 仙台(1-2●)、 福岡大学(0-0△)、 東海大学(1-0○) | |
| 2015 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 川崎(1-1△)、 岐阜経済大学(9-2○)、 名古屋(0-5●) |
| 熊本県大津町 | 大津町運動公園 | 町田(0-0△)、 長崎(1-2●)、 山口(3-0○)、 金沢(非公開) | |
| 2016 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | ニューイヤーカップ(沖縄ラウンド):3位 東京V(0-1●)、 FC東京(1-2●)、 琉球(4-2○) 練習試合:湘南(1-0○)、 川崎(1-0○) |
| 熊本県大津町 | 大津町運動公園 | 北九州(2-0○)、 大分(1-2●)、 金沢(非公開 ○)、 山口(3-2○) | |
| 2017 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | ニューイヤーカップ(沖縄ラウンド):優勝 千葉(0-0△)、 琉球(2-1○) 練習試合:沖縄国際大学(6-1○)、 |
| 熊本県大津町 | 大津町運動公園 | 非公開(0-0△)、 福岡大学(1-1△)、 非公開(1-2●)、 非公開(0-0△) | |
| 2018 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 長崎(1-0○)、 千葉(0-4●)、 |
| ハワイ大学マノア校 イオラニスクール | 練習試合: Pacific Rim Cup 2018:優勝 | ||
| 熊本県熊本市/大津町 | 熊本県民総合運動公園補助競技場 大津町運動公園 | 北九州(0-0△)、 宮崎(6-0○) | |
| 2019 | アルパイン・ゴルフリゾート・チェンマイ | 練習試合: 2019 Jリーグ アジアチャレンジinタイ: | |
| 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 名古屋(3-4●)、 東京V(5-1○)、 琉球(6-2○) | |
| 熊本県熊本市 | えがお健康スタジアム | 非公開 | |
| 2020 | アルパイン・ゴルフリゾート・チェンマイ | ||
| 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 琉球(3-7●)、 川崎(5-11●)、 FC東京(0-4●) | |
| 熊本県熊本市 | 熊本県民総合運動公園補助競技場 | 熊本(5-3○)、 非公開、 北九州(3-5●) | |
| 2021 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 沖縄SV(2-0○)、 千葉(1-0○)、 京都(3-3△)、 浦和(4-1○)、 G大阪(4-1○) |
| 熊本県熊本市 | えがお健康スタジアム | 川崎(3-14●) | |
| 2022 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 長崎(1-2●)、 非公開、 FC東京(非公開)、 FCセリオーレ(非公開) |
| 熊本県熊本市 | 大津町運動公園 | 熊本(6-3○) | |
| 2023 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 町田(1-2●)、 FC東京(非公開)、 長崎(2-5●)、 名古屋(1-5●) |
| 熊本県熊本市 | 大津町運動公園 | 熊本(2-6●)、 松本(0-4●) | |
| 2024 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | FCセリオーネ(13-2○)、 川崎(3-3△)、 町田(0-2●)、 長崎(1-2●)、 鳥栖(1-1△) |
| 熊本県熊本市 | 大津町運動公園 | 福岡大学(2-1○) | |
| 2025 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | FCセリオーネ(11-0○)、 栃木SC(1-1△)、 長崎(2-1○)、 G大阪(2-2△) |
| 熊本県熊本市 | 大津町運動公園 | 北九州(3-1○)、 福岡大学(3-1○)、 熊本(3-1○) | |
| 2026 | 沖縄県金武町 | 金武町陸上競技場 | 浦和(1-2●)、 琉球(3-0○)、 G大阪(1-4●) |
| 熊本県熊本市 | 大津町運動公園 | 大分(0-1●) | |
| 千葉県千葉市 | JFA夢フィールド | 日本大学(1-1△) | |
シーズン移行(2026/27-)以降
| キャンプ地及び対戦相手 | |||
|---|---|---|---|
| 年 | キャンプ地 | 場所 | 対戦相手(勝敗) |
| 2026/27 | 北海道札幌市 | 宮の沢白い恋人サッカー場 | ASC北海道(9-2○)、 神戸(1-1△)、 名古屋(7/25) |