梅若雅俊

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梅若 雅俊(うめわか まさとし、1910年1月2日 - 1995年2月10日)は、日本の能楽師観世流シテ方54世梅若六郎の次男。本名は梅若貞之、前名は梅若武久。日本藝術院賞受賞者[1][2]

東京に生まれる[1]54世梅若六郎の次男として父に師事し、1913年に初舞台を踏んだ[1]1923年に「土蜘蛛」で初シテ、1933年に「道成寺」を披いた[1]。以後、多くの舞台を勤め、観世流梅若派の最年長の能楽師として、能楽界の発展と後進の育成に尽力した[1]

1961年梅若会理事、同年に梅若能楽院教授、1965年日本能楽会会員、1967年能楽協会理事となった[1][3]

受賞・栄典

1968年、「景清」により芸術祭奨励賞を受賞した[1]1981年勲五等双光旭日章を受章した[1]1985年、能楽界の発展に尽くした業績により日本藝術院賞を受賞した[1][2]

親族

父は54世梅若六郎、兄は55世梅若六郎、弟は梅若恭行である[1]

脚注

参考文献

関連項目

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