飯野愛

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名前 飯野愛
生年月日 (1986-11-17) 1986年11月17日(39歳)
プロ入り年月日 2013年10月1日(26歳)
 飯野愛 女流初段
名前 飯野愛
生年月日 (1986-11-17) 1986年11月17日(39歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都世田谷区[1]
棋士情報
プロ入り年月日 2013年10月1日(26歳)
女流棋士番号 48
所属 日本将棋連盟(関東)
師匠 飯野健二八段
段位 女流初段
女流棋士DB 飯野愛
2018年3月30日現在
■テンプレート ■プロジェクト

飯野 愛(いいの あい、1986年11月17日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は48。飯野健二八段門下。東京都世田谷区出身。東京都立千歳丘高等学校[2]将棋棋士飯野健二は実父。

女流プロになるまで

実父の飯野健二棋士であり、身近に将棋がある環境で育つ。そのため、将棋に馴染みがあったもの、本格的に女流プロを目指し始めたのは高校2年と女流棋士の中でもだいぶ遅い。父と仕事をするのが一つと夢だったと話している[3]

2005年女流棋士の育成機関である女流育成会に入会。2009年より女流棋士になるための制度が変わったため、同年4月に関西研修会のD2クラスに移った(C1クラス昇級で女流3級になる)。

研修会入会から4年3ヶ月、2013年6月23日にC1クラスに昇級して女流3級資格を取得[4]。資格申請を行ない10月1日付で女流3級に昇級することになった[2]。その後の同年8月17日、アマチュア枠で出場した第7期マイナビ女子オープン予選を突破し同棋戦の本戦入りを決めた。この「マイナビ女子オープン本戦入り」が女流3級から女流2級への昇級規定「『女流棋士昇段級規定』の女流1級に該当した場合」を満たしたため、当初「女流3級」として昇級する予定だった10月1日付で「女流2級」として昇級、プロ入りすることになった[5]

女流プロ入り後

2014年5月9日、第36期女流王将戦予選で大庭美樹を降して本戦入り。それにより、女流棋士昇段級規定の1級の条件を満たし、女流1級に昇級した[6]

2015年8月1日、第9期マイナビ女子オープン予選決勝で、女流育成会時代に何度も対局した戦友である高浜愛子と対局。当時3級だった高浜にとって悲願の女流2級(正式なプロ入り)がかかっていた対局であり、敗れた高浜の悲痛な姿を見て飯野も目に涙を浮かべた[7][8][注釈 1]

2017年度は年度成績を8勝6敗とし[9]、昇段規定「年度指し分け以上(7勝以上)」を満たしたことにより、2018年4月1日付で女流初段に昇段[10][11]

2024年7月3日、出産・育児のために2024年7月9日から2025年3月31日まで休場することを、日本将棋連盟が公表した[12]

2025年4月10日の第33期倉敷藤花戦(対石高澄恵女流二段 戦)で公式戦に復帰[1]

棋風

振り飛車党で、特に三間飛車を得意とする。

人物

  • 高校2年のとき、唐突に女流プロを目指すと宣言した。父はこれまで女流棋士として育ててなかったため、驚かされた。将棋の道が厳しいものだと知る父は、普段の優しさとは一変し、厳しく指導した[3][13]
  • 将棋ニュースプラスの中の一コーナーであった『激突!目隠し将棋』にて、記録・秒読みを担当した(2008年)。
  • 2007年より新設された非公式戦である『世田谷花みず木女流オープン戦』に2017年まで毎回出場[14]
  • 2016年度よりNHK杯の棋譜読み上げを担当している。2018年8月から11月までは司会の藤田綾が産休のため、同じく棋譜読み上げの和田あきと共に交替で司会も担当していた。
  • 2019年11月22日に一般男性と結婚[15]。女流棋士としての活動名は飯野姓のまま変更なし[15]

昇段履歴

女流育成会→研修会
女流棋士

主な成績

年度別成績

  • 2024年度(2024年7月9日 - 2025年3月31日:休場)[12]
    • 年度成績:6局 0勝6敗・勝率0.0000 [17]
    • 通算成績:162局 55勝107敗・勝率0.3395 [18]

出演

  • AbemaTV初級講座(2017年4月配信開始、AbemaTV[19]

脚注

関連項目

外部リンク

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