樽本樹邨

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樽本 樹邨(たるもと じゅそん、1937年3月25日 - 2025年12月23日)は、日本の書家。本名は樽本英信(たるもと ひでのぶ)。中京大学名誉教授日展名誉会員、読売書法会顧問。日本藝術院賞受賞者[1][2][3]

名古屋市に生まれる[2][4]中京商業高校在学中は野球部に所属し、所属中の1954年に同部は全国高等学校野球選手権大会で優勝を果たしたが、部員のレベルが高く、樽本自身はボールさえ持たせてもらえなかった立場であり、のちに書道部へ移った[4]。書道部では中林子鶴の指導を受け、張猛龍碑の書写を重ねたことが、その後の書業の基礎になったと回想している[4]

中京大学商学部を1960年に卒業した[4]。その後、中京商業高校教諭、中京大学文学部講師、助教授、教授を務め、のちに中京大学名誉教授となった[4][5]青山杉雨に師事し、力強い楷書で知られた[2][5]

1962年、25歳で日展に初入選した[4][2]1982年および1984年に日展特選を受賞し、2008年には「應詔讌曲水詩」により日展文部科学大臣賞を受賞した[5]。また、「現代書道二十人展」で活動し、全日本書道連盟理事長なども歴任した[2]。創業間もないコメダ珈琲店の屋号を書いたことでも知られる[2][4]

2025年12月23日、老衰のため死去した。88歳没[2][3]

受賞・栄典

2009年度、第66回日本藝術院賞を、書「富陽妙庭観董雙成故宅發地得丹鼎」により受賞した[1]2023年旭日小綬章を受章した[2]

脚注

参考文献

関連項目

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