ザック・オサリバン
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| ザック・オサリバン Zak O'Sullivan | |
|---|---|
![]() 2025年 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 2005年2月6日(21歳) |
| 出身地 |
グロスターシャー州チェルトナム |
| SUPER GT - GT300での経歴 | |
| デビュー | 2025 |
| 所属 | CarGuy MKS Racing |
| 車番 | 7 |
| 出走回数 | 7 |
| 優勝回数 | 1 |
| ポールポジション | 2 |
| シリーズ最高順位 | 3位 (2025) |
| 基本情報 | |
| スーパーフォーミュラでの経歴 | |
| デビュー | 2025 |
| 所属 | TEAM IMPUL |
| 車番 | 19 |
| 過去所属 | KONDO Racing |
| 出走回数 | 12 |
| 優勝回数 | 0 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 0 |
| シリーズ最高順位 | 15 (2025) |
| 過去参加シリーズ | |
| 選手権タイトル | |
| 2021 | GB3選手権 |
| 受賞 | |
| 2021 2021 |
アストンマーティン・オートスポーツ・BRDC・アワード ジム・クラーク・トロフィー |
ザック・オサリバン(Zak O'Sullivan, 2005年2月6日 - )は、アイルランド系イギリス人のレーシングドライバー。
カート
8歳でモータースポーツの世界へ入る[1]。2014年よりカートを始め自身のキャリアがスタート、「イギリス・スーパー1・ルーキー・チャンピオンシップ」で優勝を果たした。2015年は、国内の「スーパー1・チャンピオンシップ」へ参戦した後「MSA・カートマスターズ・ブリティッシュ・グランプリ」で優勝する。2017年には、リッキー・フリン・モータースポーツから「ヨーロッパカート選手権」へ参戦し総合12位に入る[2]。これが自身初の国外カートレースとなった。オーサリバンは翌年もチームに残り、「ドイツカート選手権」のジュニアクラスでランキング2位の好成績を挙げた[3]。その他「世界カート選手権」でも出走しランキング28位で終える[1][4]。
ジネッタ・ジュニア・チャンピオンシップ
2019年、ダグラス・モータースポーツから「ジネッタ・ジュニア・チャンピオンシップ」へ参戦しカーレースデビューを果たす[5]。序盤10レースで5度の表彰台を獲得したが、R・レーシングへ移籍すると更に成績が向上する[6]。スネッタートンで2勝、スラクストンで1勝を含む9レース連続で表彰台へ登壇した。この好成績が追い風となり総合2位まで順位を押し上げ、ルーキーとしては最高位でシーズンを終えた[7]。
F4・イギリス選手権
2020年より「F4・イギリス選手権」へステップアップする。クリスチャン・マンセルとマティアス・ザガゼタがチームメイトとなる[8]。開幕戦(ドニントン)レース2で初優勝、続くブランズ・ハッチもレース1・3で勝利を挙げるなど好調な出だしを決めた[9][10][11]。しかし第3戦(オウルトン・パーク)で3レース全勝、第4戦(ノックヒル)で2勝したルーク・ブラウニング(英語版)に追い上げられランキング首位を明け渡した[12]。その後オーサリバンは第6戦(シルバーストン)レース1から4勝を含む9レース連続表彰台を獲得するなど追い込みを見せる[13]。シーズン最終戦(ブランズ・ハッチ)レース3を優勝で締めくくったが、赤旗の影響でハーフポイントとなったため首位のブラウニングへ4ポイント届かずタイトル獲得はならなかった(総合2位・408ポイント)[14][15]。
GB3選手権

2021年、オサリバンは「イギリス・F4」に引き続きカーリンから「GB3選手権」へ参戦する。チームメイトはクリスチャン・マンセルとアメリカ人ドライバーのブライス・アーロン[16][17]。開幕戦(ブランズ・ハッチ)レース2でシリーズ初勝利を挙げ、いきなり選手権首位のリードを奪う[18]。第2戦(シルバーストン)で牛島リース(英語版)が2連勝し首位に迫られるが、第3戦(ドニントン・パーク)レース1・2で自身が連勝したため引き離しに成功する[19][20]。第4戦(スパ・フランコルシャン)、第5戦(スネッタートン)でそれぞれ2度の2位表彰台を獲得しアドバンテージを更に拡大させる。そして最終戦(ドニントン・パーク)レース1で優勝したことにより、オサリバンのタイトル獲得が確定した[21]。
この活躍が評価され、2021年度のオートスポーツ・BRDC・アワードのノミネートされる。2022年2月、ジョニー・エドガー、ルイス・フォスター、オリバー・ベアマンと数ある候補者を抑えオサリバンの受賞が決まる[22]。更に2021年12月、BRDCは「GB3」のタイトルを獲得したオサリバンへジム・クラーク・トロフィーを授与した[23]。
FIA フォーミュラ3選手権
2022年

2022年、カーリンとの関係を継続し「FIA フォーミュラ3選手権」へエントリーする[24]。開幕戦(バーレーン)予選12番手タイムをマークしスプリントレースのリバースポールを得る。第2戦(イモラ)は予選8番手につける。しかし他車を妨害したためペナルティを受けた[25]。スプリントレースは、コントロールを失い9周目にクラッシュする不本意な形でレースを終える[26]。フィーチャーレースではトラブルに巻き込まれることなく無事6位入賞でチェッカーを受けた。続く第3戦(カタロニア)はノーポイントに終わるが、第4戦(シルバーストン)予選でトップタイムをマークしてポールポジションを得た[27]。フィーチャーレースではアーサー・ルクレールにリードを奪われたものの、後ろに迫るベアマンを抑え込み「FIA F3」自身初の2位表彰台を獲得した[28]。
第6戦(ハンガロリンク)・フィーチャーレースは雨が降る展開となる。終盤路面が乾きつつある状態でドライタイヤに履き替えたオサリバンは、次々とオーバーテイクを仕掛け表彰台まであと一歩の4位まで順位を上げチェッカーを受けた[29][30]。第7戦(スパ・フランコルシャン)スプリントレースはリバースポールからスタートしたが、1周目のファン・マヌエル・コレアとのバトルでフロントウイングを損傷し下位へ沈む結果となる[31]。第8戦(ザントフォールト)は予選10番手、スプリントレースの3番グリッドからスタートする。3位でフィニッシュし自身2度目の表彰台を獲得、これがシーズン最後のポイント獲得となった[32]。フィーチャーレースではレースの大半を10位で走行していたが、終盤でベアマンに抜かれその時の接触でペナルティを受け最後尾まで後退してしまう。最終戦(モンツァ)はノーポイントに終わり、総合11位・54ポイントを獲得し初年度を終えた。所属チームであるカーリンはチームズ7位で終え、これは「FIA F3」発足以降チームの最高順位となった[33][34]。F3表彰式にてハンガロリンクでの追い上げが評価され、カムバック・オブ・ザ・イヤーを受賞した[35]。
2023年

2022年のシーズン終了後、ヘレス・サーキットで行われた3日間のポストシーズンテストへプレマ・レーシングから参加した。11月、プレマからオサリバンを正式に2023年度のレースドライバーとして起用することが発表となる[36][37]。開幕戦(バーレーン)はノーポイントに終わり不本意な出だしとなった[38]。第2戦(アルバート・パーク)予選は5番グリッドに着け、スプリントレースでは順位を上げ2位でチェッカーを受けた。しかし首位のフランコ・コラピントが技術規定違反により失格となったため、オサリバンのシリーズ初優勝が確定した[39]。フィーチャーレースは順位キープの展開となり5位入賞で終える[40]。第4戦(モンテカルロ)は予選13番手と沈みポイント獲得が難しい状態となる。しかしフィーチャーレースでは前方のアクシデントにも助けられ7位まで順位を上げた[41]。
第5戦(カタロニア)ではリバースポールからスプリントレースがスタートする。同じくウィリアムズ・アカデミーのメンバーであるルーク・ブラウニングとの首位争いを制し2勝目を挙げた。フィーチャーレースは8位入賞となり、ポイントを加算していく[42]。第6戦(レッドブル・リンク)のスプリントレースは予選でペナルティを受け10番グリッドからスタートする。レースは徐々に順位を上げ4位まで挽回した[43]。フィーチャーレースはトップへ躍り出ることに成功し、フィーチャーレースでの初勝利を果たす[44][45]。地元凱旋となった第7戦(シルバーストン)はスプリント・フィーチャー共にノーポイントに終わり不本意なレースとなってしまう[46]。第8戦(ハンガロリンク)予選はシーズン初ポールを獲得する。スプリントレースは他車との接触によりピットインを余儀なくされる。フロントウィングを交換してコースへ復帰するも下位へ沈み22位でチェッカーを受ける[47]。フィーチャーレースはポールスタートからポジションを守り切り4勝目を挙げた[48]。この勝利でドライバーズランクも2位へ浮上する[49]。
第9戦(スパ・フランコルシャン)は予選を6番手で通過するが、決勝レースは不運に見舞われる。まずスプリントレースでは4位でフィニッシュしたものの、オーバーテイクの際にコース外へはみ出して相手をパスしたことが審議され、5秒加算ペナルティを科される。その結果、4位から15位へ順位が繰り下がりノーポイントとなってしまう[50]。続いてフィーチャーレースでは路面の判断が難しい状況でドライタイヤをチョイスするが、この選択が誤りとなりペースが上がらず12位でレースを終える[51]。今回の結果によりタイトル獲得の可能性が消滅した[52]。
最終戦(モンツァ)の予選は6番手タイムをマークする。スプリントレースはグレゴワール・ソーシーとの接触により10秒ペナルティが加算され11位ノーポイントで終える。フィーチャーレースは2位まで順位を上げシーズンを締めくくった[53]。優勝4回・ポールポジション1回・ファステストラップ2回・119ポイントを獲得しドライバーズランク2位の結果となった[54][55]。
FIA フォーミュラ2選手権

2023年10月、オサリバンは2024年の「FIA フォーミュラ2選手権」へARTグランプリから参戦することを発表した[56]。
フォーミュラ1
2022年2月、ウィリアムズ・ドライバー・アカデミーへの加入が発表される[57]。10月下旬、昨年にオートスポーツ・BRDC・アワードを受賞した特典としてシルバーストン・サーキットにてアストンマーティン・AMR21をドライブ。F1マシンを初めて運転した[58][59]。
2023年は自身初のF1公式セッションへ参加した。最終戦アブダビGPのフリー走行1回目へウィリアムズから出走する[60]。FW45をドライブして最速タイムから1.3秒差の18番手タイムをマークした[61]。シーズン終了後の若手ドライバーテストでは再びFW45へ乗り込み50周走行した[62]。
スーパーフォーミュラ
2024年12月に2025年の「全日本スーパーフォーミュラ選手権」のルーキーテストにKONDO Racingから参加。テスト後、TOYOTA GAZOO Racingのプレスリリースで同チームから参戦を発表。
SUPER GT
スーパーフォーミュラ開幕後の2025年3月に、「CARGUY MKS RACING」から小林利徠斗とのコンビでフェラーリ・296 GT3でSUPER GT・GT300クラスに参戦を発表。
